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スマトラ地震

災害の全貌を伝えるのは難しい。スタジオの照明が揺れるところを執拗に見せたり、アスファルト道路が地割れした部分にビデオカメラを接近させ舐めるように撮影し、さほど被害の出ていない地震を誇大に見せている映像は誰もが見たことがあろうかと思う。映っている内容自体は事実だが、伝達の段階でデフォルメされている。最近は視聴者も眼が肥えているので、「テレビがまた大騒している」などと案外冷静に見ていたりもする。この程度のことなら大きな問題はない。しかし、逆の場合は困りものだ。つまり、地震被害が巨大で伝えきれないケース。巨大地震のときはいつもそうだ。普段なら一軒の火事で一人焼死しただけでニュースだというのに、街中全部がそれではとてもすべては伝えられない。結局、象徴的な場所、もっと酷い表現をすればより悲惨な場所やドラマのありそうな場所にメディアは群がる。阪神淡路大震災の際も、倒壊した阪神高速道路の高架ばかりが繰り返し放送された。あれが総てだなどと思われたら神戸の人々は怒る。それがテレビというメディアの限界だ。ところが今回のスマトラ地震ではインターネットがテレビが伝えない(伝えきれない)事実を伝えている。家庭用ビデオで撮影された映像がテレビで頻繁に放送されているが、実はインターネットで先に公開された映像が多い。インドネシアのアチェ州やスリランカ北部など、政治的に問題のある場所の情報もインターネットの方が詳しい。それによると各国が巨額の支援を表明しているが、政府間の援助が被災者にきちんと届くかはかなり怪しいようだ。インドネシアについていえば、海外メディアに対しては特例でアチェ州への立ち入りを緩和しているが、実はインドネシア国内メディアはアチェ州の被害状況についてほどんど放送してない。海外メディアがいなければ、関東大震災の際の在日朝鮮人虐殺のように、地震に紛れてアチェ州の独立派を根こそぎ殺してしまいたいのが本音なのだ。日本からの巨額の援助にインドネシアの首脳はニコニコ顔。数年後には政府高官の家が次々に立派に建て替わることだろう。スリランカに到っては、政府側も現地に入れない状態で支援どころではない。一方、タイに関しては自力で復興するプログラムが進んでいる。被災者対応とは別に、泳げるビーチの情報まで流してたり、商店街の再生プランまで発表されてるのだそうだ。昨今、こういうことはインターネットで先に情報が出て、メディアが後から追いかける状況になっている。上に書いたこともそのうちテレビでも伝えられることだろうが、メディアにとって都合の悪い情報は伝えられないので注意が必要だ。

産めよ増やせよ

1d9680bc.jpg国立社会保障人口問題研究所によると、日本の人口は来年をピークにその後は減少傾向をたどり、2050年にはピーク時より2700万人少ない1億人まで減少するらしい。その結果、成長率は低下し必要雇用者数も減ってしまうが、それ以上に労働人口が減るため、15年後の2020年の段階で、220万人の労働力が足りなくなり深刻な労働力不足に陥るとの予測がある。単純に考えれば求人難になるわけで、働く側にとっては歓迎される予測だが、仮に外国人労働者を受け入れてしまえば、日本人の失業者は逆に増えるだろう。それどころか専門的な業種以外の給与は外国人労働者並みにまで下がってしまう可能性が高い。治安状態は最悪。この状況は30年前の英国で実際に起きたことだ。企業の利益を優先すれば住み心地が悪くなる。個人の利益を追求すれば国の活力が失われる。どちらも嬉しくない。それをどう解決すれば良いのか。答えは簡単。子供を作ること。労働の質などここでは後回しだ。働かなくなったと言われる日本人だが、国民1人当たりの労働生産性は未だに世界一。これが日本の強さの秘密でもある。強いていえば「ゆとり教育」は見直し、せめて1970年代の水準にまで戻す必要はあるだろう。しかし、ガリ勉やモーレツ社員、成果主義にのって一生懸命で働いたところで、そんな利益は人口の減少による巨大な損失の前では焼け石に水なのだ。深刻な話なのに国や財界の対応はぬるい。企業は90年代の失敗が響き、社員のケツを叩いて目先の利益を確保するのに精一杯、国は人口を増やす施策を一向に示さず、逆に子供を育てている世代からの税金を増やす始末。昨年、結婚しない女性を「負け犬」と称した本が話題になった。結婚しようがしまいが個人の勝手ではあるし、終身雇用が崩れつつある現状では、独身でいた方が経済的にはるかに豊か生活も出来る。独身であっても親の借金を背負っていたり、要介護者を抱えていたり、いろんな人がいるから一元的には語れないものの、仮にそういう要因を抱えていなければ、40代で独身なら、弊社のような安月給でも外車を乗り回し、海外旅行も楽しめるだろう。妻帯者と職務遂行能力に差がないどころか、家庭のある人以上に職務に打ち込んでいたりするのだから、堂々と報酬は受け取れる。しかし、実は「負け犬」が増えると「国は滅ぶ」のだ。昨今の日本の社会的思想の根本的な失敗は、「個人の努力やら達成感と国家の衰亡を同一のもの」と捉えていることにある。「働かざるもの食うべからず」という格言を個人で信じるのはとても良いことだと思うが、国家や大企業がそんなレベルで動いていたとしたら能が無さ過ぎる。この格言、旧ソ連の指導者が生み出した言葉だった。ソ連がどうなったかは説明する必要もないだろうし、ソ連と似たような発想で国を興し、最近、目を見張る経済成長を遂げ鼻息の荒い中国のアキレス腱も実は日本とは逆の意味での「人口問題」ではないのか。子供を作る作らないはもろろん個々の自由で強制されるようなものではない。しかし、日本の国の行く末を危惧するのなら、せっせと子供を作る必要はあるだろう。