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記事一覧

新しい朝は来るか?

BBBBase Ball Bearのアルバム「新呼吸」を聴いている。ふだんは聴かないような若いバンドの新作だ。数年前にシンコーミュージックが出版したプログレシッシブロックのムックにこのバンドのベーシスト関根史織さんのインタビューが掲載されていた。24歳(当時)の彼女が、ツアーで廻る地方都市のレコード店でマイナーなプログレ作品を漁っているという内容にとても驚き、どのような音楽をバンドでやってるのかと、YouTube で確認することにした。当然というか想像通りプログレではなかったのだが、それはとても小気味のよい青春ギターロックだった。XTCあるいはモノクロームセット、ヘアカット100あたりのようなギターポップのビートをもっと強くした音。30年前に英国のニューウェイブと云われた音楽は、パフュームのようなテクノポップで今に聴くこともできるが、ギターロックとなると昨今の日本ではメジャーなバンドで聴くことはあまりなかったように思う。ソニックユースのようなオルタネティブっぽい音が、今でもインディーズシーンの定番として残ってはいるものの、だいたいそういうロックを聴く若者そのものが減っている。メジャーになる道は険しい。いわゆるファンの人々の Base Ball Bear の聴き方ってのも、曲を書いている小出祐介くんの描く青春世界に浸ってるみたいなものだ。それじゃまるで吉田拓郎じゃねえか! いや、そういうものなのかと。湯浅将平くんのギターが小出くん歌の邪魔をしてると嘆く人がいるに至っては、こりゃ最近のロックバンドも大変なんだなあと思ってしまう。私は湯浅くんのギターはとても良いと思う。運指が早いとか正確だとかということではなくて、過去のいろいろなロックを聴き、アルバム毎にアレンジのパターンを増やしてきてるのがよくわかるからだ。邪道と馬鹿にする人もいるのだろうが、私はプログレファンなので、エフェクター(ギターシンセかな?)を使いギターで単音シンセやハモンドオルガンのような音を出してるのを聴くのはとても楽しい。東海大学工学部中退だそうだからギズモやロックマンみたいなのを極めるのもどうか。カッティングに拘る小出くんの隣で、エフェクターの展示会のようなギター弾きまくるってのも面白いではないか。ドラムの堀之内大介くん、この人は年を追うごとに上手になっている。ポリスのスチュワートコープランドみたいなこともやっいてギターバンドのドラマーにしておくのは勿体ない。将来が楽しみ。最新アルバム「新呼吸」は、ビートが強靭になり、音色が多彩になっている。過去のアルバムと異なり大人の鑑賞にも耐えるものになっているように思う。古い言葉で恐縮だがコンセプトアルバムにしてあるのもロック的で良い。そろそろ青春を歌うもの辛くなる歳だ。XTCやポリスをリアルタイムで聴いた世代を納得させられれば所得が高くCDを買ってくれる新しいファンが増えるだろう。最後に関根史織さん。Base Ball Bear にプログレは期待しないが、ポリスやポリス期のラッシュの線はありだ。ライブで観衆も踊れる。ところでプログレおやじはみな関根さんが好きだと思う。軽薄短小が喜ばれた80年代にプログレおたくはキモイというレッテルを貼られてしまったが、もともとプログレは70年代のコンテンポラリーな音楽だ。ちょっと偏差値の高い高校にいくと必ずキースエマーソンやグレックレイクの写真を学生鞄の中に忍ばせている女子高生がいたりしたものなのだ。おやじ達は関根さんにその面影を見ているのではないか。なんて書くとエロ目線と勘違いされてしまうが、そうではなくそれは女子高生も聴くほどにメジャーなポップだったことを再確認したいという願望のようなものなのだと思う。それともうひとつ、アタマの固い堅物オヤジには理解できないかも知れないが、実は Base Ball Bear の「C」から「新呼吸」までの進化は実はプログレ。ささやかだが70年代的進歩観を体現してる。それが理解できると音楽は愉しい。

今日は一日プログレ三昧

0905progre_zanmailNHK-FMが「今日は一日プログレ三昧、再び」と題して10時間ぶっ通しでプログレ特集番組を放送していた。昨年も放送していたのを知っていたが仕事で聴けなかった。録音すれば聴けるわけだが、昔と違いFM放送を録音できるシステムが我が家にはないのでそのままになっていた。今年も放送日が仕事だったのだが、今回は力強い味方を手にすることができた。NHKのストリーミングサイトらじる☆らじるとその録音ソフトを使い10時間すべて録音し、i-Podに移してこの数日少しずつ聴いている。昔だったら120分テープを5本用意して2時間に一度テープ交換してたのだろう。今回はパソコンソフトで自動録音、10時間で200MB程度、便利な世の中になったものだ。番組は昨年に続いて山田五郎氏がMC。サブカル評論家だと思っていたが筋金入りのプログレマニアなにのは驚いた。うれしかったのは森田美由紀アナウンサーが登場したこと。かつてニュースの森田美由紀と言われ、今やNHKの重鎮アナだが、私はこの方がブリティッシュロックファンであることを彼女の著書を読み知っていた。北大在学中にアルバイトでNHK札幌局で働いていたそうだ。最初はFM放送で流すレコードの整理などを担当していたが、そのうちDJを任されてしまったらしい。札幌局のお偉いさんに勧められてNHKを受けたらそのまま合格してしまったとか。番組では個人的なことはあまり触れられていなかったが、彼女はデヴィッドボウイのファンだ。プログレというよりは当時の流行音楽の中心で多くの人が聴いていたブリティシュロックの一部としてELPやフォーカスを聴いていたのだろう。その頃はそういう女の子は珍しくなくなかった。偏差値のやや高めの女子高に必ずそういう女の子がいて、文化祭になると模造紙いっぱいにデビットボウイやグレッグレイクを少女マンガ風に描いて壁一面に張り出し、レコードコンサートと称して一日中ロックを聴いていたものだ。山田五郎さんも文化祭でフォーカスのシルヴィアを演奏していたといっていたが、大概の高校生バンドはディープパープルのコピー止まりで、果敢にプログレに挑戦するのは、演奏力に自信のあるバンドや親が金持ちでシンセサイザーを持ってるバンドだけだったように思う。森田美由紀さんが札幌局でアルバイトしていた話も懐かしい。もちろん私が札幌のFMを聴いていた訳ではないが、当時のNHK-FM放送は土曜日の午後がローカル枠で、地方局独自のDJ番組を放送していた。私の地元では歌謡曲やフォーク(ニューミュージック)を流すしょうもない番組しかやっていなかったが、相互にエリアが重複する関東地域の県域局ではかなり個性あるプログラムを放送していた。NHK水戸局で田中正美アナが担当していたプログレユーロロックだらけのプログラムはプログレファンの間でもいまも伝説として語られている。大きなFMアンテナを立てると我家でも関東のNHK-FMを受信できたのだが、水戸局と横浜局は入感できず悔しい思いをしたのが忘れられない。後年、80年頃になると浦和局もプログレに特化したプログラムを放送してくれた。大蔵真実さんお元気かな。だから今回の番組、デイブシンクレアがどうとかミスターシリウスがどうとかではなく、そういうNHK-FM的なプログレ界が懐かしくて聴き入っている。来年は山田五郎、森田美由紀、高嶋政宏のゴールデントリオで賑やかにやってほしい。

真正オケカス登場

TarcusY「タルカス ~クラシック meets ロック」アトム・ハーツ・クラブな吉松隆氏が遂にタルカスをオケ版に編曲してしまった。3月にコンサートが行なわれたのは、その告知がされた時点から知っていたが、悲しきかな地方在住者にとっては遠い出来事だった。生活を仕事に追われて過ごす私はこのコンサートがNHK-FMで放送されたことも後から知り、CDも発売日にその存在を初めて知った。「聴く気があんのか?」ってな対応だが、そうでないと?十年もプログレと付き合うことはできないものだ。さて、本題。時間とお金に余裕があれば行きたかった演奏会。どんな内容だったのかと期待してCDを再生して驚いた。東京フィルハーモニー交響楽団ともあろう人々がよくもまあこんなに下品な演奏をしたものだと。がはは。下品というのは賛辞だよ、賛辞。お間違えのないように。でも、正直なところ下品に聴こえた。金管重視でクラシックではあまり使わない和音が炸裂するさまは、ぶっ壊れた映画ベンハーのサントラみたいで、演奏会当日も正装して訪れた東フィルの会員には耐えられない人もいたのではないか。でもこれはロックだ。上品である必要は元々無い。そう思えばこのパワーは特筆もの。「噴火」や「アクアタルカス」の激しさは、その下品さにおいて前衛だと思われる。指揮者藤岡幸夫氏が最後に嗚咽のような叫びをあげるところなどは最高。コンサートマスターはモルゴーア・カルテットの荒井英治氏。嬉々として跳ねまくるヴァイオリンが楽しい。パーカッションが大健闘している。クラシックの演奏会なのに時々ビートを感じた。最近は中学校の吹奏楽あたりでもパーカッションがグルーヴしてたりすることがある。生まれたときからビートのある音楽が巷に溢れる時代に育った若者は凄い。バンド演奏と比べるとオーケストラのリズムのキレの悪さは致命的だ。今回、それをあまり感じさせなかったのはパーカッションの頑張りがあったからだろう。ちょっと残念だったのは「ストーン・オブ・イヤーズ」あたりか。原曲にあるブルージーさをもっと表現して欲しかった。マイルス・ディビスのようなトランペット。弦がベースになっていればジャズにはならないだろうと。管楽器が苦労しているのが素人にもわかってしまうし、テンポが一定な「ストーン・オブ・イヤーズ」なんてツマラナイ。自分に酔って唄うグレックにキースとカールがアイコンタクトでテンポを合わせていくところが良いのだ。そこまでいくとクラシックではないとかオーケストラではないのかも知れないが、いわゆる西洋音楽としてのクラシックが20世紀で終わってしまったのは現代音楽を上品で進歩的な音楽としてもてはやしたからだろうと考える。それらは20世紀後半にはエレクトロニクスやメディアの進歩によりロックやロックから派生した音楽にすっかり飲み込まれてしまったではないか。ストラビンスキーやショスタコビッチ、あるいはバルトークあたりががやり始めたことを継続し、現代人の感覚に合うよう強化すれば、逆に伝統的な音楽が既に進歩を停止したジャズやロックを飲み込むことも不可能ではないような気がする。再びクラシックの時代が来るかも知れない。んなわけないか。

シンフォニックロックの名作

harada1原田真二を初めて見たのは「8時だよ!全員集合」だったと思う。郷ひろみみたいな奴がエレビを弾きながら「♪キャンディ~」と唄う姿はかなり強烈で、全国津々浦々、翌週月曜日の学校の休み時間の話題になったはずだ。「てぃーんずぶるーす」「キャンディ」「シャドーボクサー」の3枚のシングルが3ヶ月連続で発売され、それが同時にオリコンの上位にランクインしたことにも驚いた。和製エルトンジョンかポールマッカートニーという印象だったが、すぐに女の子の黄色い歓声を受けるアイドルスターになってしまったので、当時すでにロックに入れ込んでいた私は冷めた目でテレビを見ていたように思う。それが変わるのが翌年。「ザ・ベストテン」という歌番組が始まり、そこで彼は「タイムトラベル」という曲をロックバンド形式で演奏していた。これには参った。演奏が上手い。アレンジも秀逸。4分弱のシングルの中にシンフォニックロックアルバムのような構築美がコンパクトに詰められている。凄い才能だ。こずかいを貯めてはキングクリムゾンやフォーカスのアルバムを買っていたその頃の私が、赤面しながら丸い蛍光灯を持ったジャケットの原田真二のシングル盤を買った想い出がある。この曲は今でも大好きで、聴きたくなるたびにYouTubeにアクセスしている。後になって調べてみれば、ザ・ピーナッツに「エピタフ」を唄わせたり、キャンディーズに「スリーディグリーズ」を唄わせたりしていたナベプロのマネージャー大里洋吉さんが、独立して最初に手かげたタレントが原田真二だったのだそうだ。コントが不満で「8時だよ!全員集合」の本番をすっぽかしで帰った件は有名だが、それも大里氏だからできたことなのだろう。大里氏はその後、サザンオールスターズを世に送り出すことになるが、原田真二の方はアイドル生活に見切りを付け独立してしまう。彼が始めたのはなんとプログレ。原田真二&クライシスだ。北島健二とのツインギター、豊田貴志のキーボード&バイオリンという編成はプログレ的に無茶苦茶カッコ良過かった。しかし時すでにプログレ冬の時代。「タイムトラベル」のようなシンフォニックな路線のプログレアルバムを作れば歌謡曲的にもっと売れた可能性もあったが、彼が選んだのは演奏主体のクロスオーバーなもの。クライシスのアルバムを買うのはアイドル時代からの熱心な女性ファンと私のようなプログレオタクだけだった。その後は、テレビではあまりみかけなくなったもののコンスタントに自身のアルバムを出したり、楽曲提供を続けていたようだ。10年ほど前に彼のファンだったという松田聖子とコラボして紅白歌合戦に登場したこともあった。実力と才能はある。彼も50代に突入。体が動き声が出るうちに大々的に再評価されれて欲しいものだと思う。

タイム・トラベル 原田真二 1978
http://www.youtube.com/watch?v=l0zfr_9EdVM

PRINCE RUPERT'S LAMENT

lizard前回のエントリーに続きパクリネタをもうひとつ。坂本冬美の「また君に恋してる」がロングヒットとなり、遂にはオリコンチャートで3位(週間)にまでなってしまった。ビリーバンバンの原曲が「いいちこ」という焼酎のCMで流れていたのでサビの部分は頻繁に聴いてきた。プログレファンの私(たぶん筋金混入)は、最初に耳にした時から「やってくれたあ、『ムーンチャイルド』だ!」と単純に喜んでいたわけだが、続く坂本冬美ヴァージョンを紅白歌合戦で聴いてまたまたびっくり。AメロBメロのコード進行が「ルパート王子のめざめ」だろこれ。サビの「ムーンチャイルド」のように完全にメロディをパクッた訳ではないのだけれど、ルパートが「また君に恋してる」の伴奏で歌えるよ。作曲者氏の略歴からするとこれはオマージュなんだろうな。自分の持つバックボーンの中からこれだけ美しい曲が書ければ立派なもの。良い曲だと思う。かの井上大輔さんの「機動戦士ガンダム? ビギニング」に比べたら全く問題はないし、「ムーンチャイルド」の方も印象的ではあるけれど4~8小節程度だ。ウィキペディアにこんなことが書いてある。(ビリーバンバンが)「坂本冬美との対談を行なった際、兄の孝は、『また君に?』の音階が急に上がる部分が不自然であると感じ、当初は『変えたい』と考えていたことを明かしているが、弟の進は『いや、不自然じゃないよ。あれがポップなんですよ。イギリスの音楽にはよくあるんですよ。森君もそこを考えてやったんだと思います。新鮮に響くように。曲の出だしからしてきれいだからね。映画音楽というか。ヨーロッパの町並みと、そう霧のかかった田園地帯とかが浮かんでくる。』と語っている。」 おいおいおい、全部許すから「※ングクリ※ゾン」と云ってくれよ。そういや、「音階が急に上がる」ので有名なのは「ク※スタルキン※」の「大都会」だった。まったく中国を笑えねえ。でもオマージュとか憧憬なら許したい気もする。フリップさんが著作権に厳しい人なので心配ではあるけれど。

■御参考

LIZARD Prince Rupert Awakes = KING CRIMSON (1970)
http://www.youtube.com/watch?v=cx2oA6a6Qvk&feature=related

MOON CHILD = KING CRIMSON (1969)
http://www.youtube.com/watch?v=9YsHeDfLlyQ&feature=related

また君に恋してる = 坂本冬美 & ビリーバンバン
http://www.youtube.com/watch?v=l8KHnIQ8mjo&feature=related

岡本万博

cmicky5月1日に開幕する上海万博のPRソングが、岡本真夜さんの「そのままの君でいて」に酷似してることが問題になり、上海万博事務局が曲の使用を暫定的に停止することになった。検証サイトで実際に聴き比べてみたが、これは完全にアウト。有名曲の一部をオマージュやノリで頂いてるヒットソングは古今東西あまたあるが、これはいわゆる丸パクリだ。作曲のことを英語では、Make Music でなく Compose(構成する)と云う。限定された音階の中で音楽は作られるので、当然類似曲も出てくる。しかし、今回は構成も全く同じではないか。作曲者が元曲を知らなかったとは到底思えないし、万が一偶然同じになったとしても責任を取らされるレヴェルだろう。個人的にはパクリがすべて悪いとは考えていない。オマージュとして4小節とか8小節程度のモチーフを上手に取り込んだ曲とか、意図的に元ネタと同じ音色を使ったりした曲なんぞはむしろ大好物。元ネタの作者とパクッた作者の関係性に暖かいものがあったりすれば聴いている側も楽しい。奥田民生さんがアイドル?に書き下ろす曲などは元ネタ探し自体が洋楽厨にとっては至上の愉しみたったりもする。ところが、今回のそれにはな~んか淋しいものしか感じない。中国が国家の威信を賭けて開催する万国博のPRソング。ビデオを見れば錚々たる中国の有名人が入れ替わり登場する。それが10年前のしんきんバンクのCMソングの丸パクリじゃ笑えるというより哀れではないか。岡本真夜さんも自分の曲に矜持をもちつつも「こんなのでいいのかしら?」と思っているに違いない。岡本さんの曲もおそらくサビはジャクソン5を意識しているのではないかと思われるが、前述したように愛する曲のほんの一部を失礼のない形で頂いて再構成している分にはむしろ好感が持てるし、もしかしたら曲想自体が岡村孝子さんのスタイルを少し意識してるのかなとも思ったりもするが、その世代の女性シンガーソングライターが10代の頃聴いたであろう音楽は私も大好きなので、共感の方が先立つ。元ネタにも元ネタがあるのが流行音楽の歴史。単純に音楽を楽しみたい私としては、関係性が良ければそれも楽しみにひとつなのだ。しかし、国家の威信を賭けたイベントとしんきんバンクじゃあ関係性もへったくれもないわな。商業的な権利を持つ関係者にとっては金の問題もあるだろう。中国の作曲者が若い頃、J-POPが好きだったとしても、TPOとしてはかなり変だ。まさか太陽の搭を意識して「万博といえば岡本」としたわけでもなかろうに。なんとも恥ずかしく哀れな沙汰になったものだ。・・・と思っていたら、今日、岡本真夜さんが上海万博実行委員会から楽曲使用申請にOKを出したというニュースが入ってきた。「そのままの君でいて」が「上海万国博覧会公式PRソング」になった訳で、これで法的な問題はたぶん回避。はっきり云えば上海万博実行委員会が盗作と認めたようなものだ。岡本さんも変に争ったりするより中国に協力したほうが得策と判断したのだろう。いわゆるオトナの解決ってヤツか。いや違う。万引きした子供の親が商品を買い取って補導を免れたようなものだよな。トラブルは無くなったが、恥ずかしく哀れな結果は変わらない。

TRANSATLANTIC - The Whirlwind (2009)

transプログレッシブロックのCDを購入するのは何年ぶりだろう。「現代のプログレを代表するスーパーグループ、トランスアトランティック!」キャッチプレーズも70年代的で実に結構だ。プログレも40年の時を経てすっかり様式と化してしまった。それを肯定して聴けば確かにトランスアトランティックはスーパーグループ。マニアがシンフォニックロックと呼ぶ70年代前半に盛んに生産されたプログレッシブロックのスタイルを見事に現代に再現させてくれている。ELP、イエス、キングクリムゾン、ジェネシス、ピンクフロイド、業界で5大バンドなどと呼ばれる英国のプログレッシブロックグループは、70年代当時の聴衆が驚くような音楽を演奏していたこともさることながら、優秀なポップバンドでもあった。それが全英はもちろん全米のアルバムチャートを賑わした要因でもあるし、彼らが産業ロックの元祖との学説?もある。ELPにはグレッグレイク、イエスにはジョンアンダーソン、ジェネシスにはピーターガブリエルやフィルコリンズ、ピンクフロイドにはロジャーウォータースなどいった優れたポップシンガーがいる。それが売れるプログレッシブロックバンドには絶対必須な条件だった云ってしまっても問題はない。トランスアトランティックにおいてそこを担っているのはニールモーズ。ルックスは普通のアメリカ親父であり、少女マンガの主人公のような美青年ではないが、彼の創る歌は70年代的なポップセンスに溢れている。そこに各国のプログレを代表するプレーヤーが集まれば、現代でもこうしたシンフォニックロック作品を創ることができるのだということを知れるだけでも嬉しい。このプロジェクトのもう一人のキーマンはマイクポートノイ。このドラマー、ホントにプログレが好きだね。ドリシアのファンを連れてきてくれればトランスアトランティックの経営も安定するので実に有難いが、だったらプログレに専念すれば?と云いたくもなる。意外に健闘しているのがマリリオンのピートトレワヴァス。こんなにリズミックにベースを弾く人だったのかと驚いた。マリリオンではスティーブロザリーのギターやイアンモズレーのドラムに注目することはあっても、ピートトレワヴァスに関心をもつことはほとんどなかった。プロジェクトに最も嬉々として加わっているように見えるのもピートトレワヴァスだ。一方、醒めて見えるのがフラワーキングスのロイネストルト。元々グイグイとソロを弾きまくるようなタイプのギタリストではないので、やる気があるのか?と心配になってしまうが、ファーストアルバムのロイネストルトミックスのクオリティはオリジナル以上だったし、トランスアトランティックでの方法論を自分のバンドであるフラワーキングスに持ち込んで創ったであろうアルバム、スペースリボルバーの出来の良いこと良いこと。醒めて見えるのはきっと彼にパーソナリティに因るものなのだろうな。ところで、このトランスアトランティックのサードアルバムにはデラックスエディションってのがある。実はそこに付属するDVDを見るとこのプロジェクトの本質を表す一端が垣間見える。50分もあるビデオが佳境に入った頃、彼ら4人はレコーディングに使われた家の狭いベランダに集まり、アコースティックギターを持ち、全員で本当に楽しそうにビートルズのマザーネイチャーズサンを唄う。彼らがトランスアトランティックでやりたい音楽は表面的にはシンフォニックロックの再現なのだろうが、根底には後期ビートルズのようなものをやりたいという気持ちがあるように思う。ビートルズがジョージマーチンと作り上げた音楽はシンフォニックロックの元祖のようなものでもあるし、プログレ自体が60年代のサイケデリックムーブメントの成れの果てでもあるが、そういうこととは別に、彼らなりのやり方でビートルズをやろうとするとトランスアトランティックのようなものになる、というとなのだ。そのあたりに好感が持てる人ははトランスアトランティックを良いと思うだろうし、そこの価値を感じない人はたとえプログレファンを自称する人でもトランスアトランティックを良いと思わないだろう。メタルやプログレメタル筋からトランスアトランティックに流れてきた人の場合も同じ。メタルやハードロックの世界にも似たような価値観の違いが存在する。この時代の音楽を聴く時、ビートルズを通過するかしないかは大きな違いになって現れる。そんな音楽を2009年に新譜で疑似体験できるのがトランスアトランティックの良さかも知れない。冒頭に書いたように私自身は昨今プログレを聴くことはほとんどないのだが、聴いている音楽は常にプログレと同じ時代、同じ価値観で形成されてきた音楽だ。

悲しくてやりきれない

katoかつてニューフォークと呼ばれた音楽があった。欧米の伝統的なフォークソングに若者が社会的なメッセージを込めて唄った新しいフォークソング。ピート・シーガー、PP&M、ボブ・ディランあたりが元祖かと思う。その影響を受けた音楽は日本でもたくさん作られた。マイク真木、フォーク・クルセイダース、赤い鳥、五つの赤い風船、岡林信康、高石ともや・・・、挙げればキリが無い。社会的なメッセージを込めたもの、日本の古謡や民謡、労働歌に根ざしたもの、当時の若者の生活や心象を唄ったもの、いろんな歌があった。そうした中で強いて私が好きなものと云えば、フォークの真髄を追求する人にはやや申し訳ない気もするが、チューリップやガロに通じるフォークギター以外の楽器も駆使し、架空の事象や若者の夢を歌ったカラフルなタイプのものだ。その分野の先駆け、加藤和彦さんが逝った。デビュー曲「帰ってきたヨッパライ」からいきなり当時としては画期的なテープの早回し、これは「ブルー・シャトウ」の替え歌などと共に当時のハナタレ小僧が熱狂したコミックソングのひとつになった。「あの素晴らしい愛をもう一度」の12弦スリーフィンガーの凄さとアレンジのカッコ良さに本当に夢中になった。ナショナル住宅のCMソング「家をつくるなら」にはマイホームの夢を子供心に見させてもらった。角川文庫から出ていた北山修さんの詩集は未だに私の本棚にある。元来はアコースティックなフォークから始めた人だ、エレクトリック・ギターを使おうがストリングスが入ろうがポップで親しみやすいメロディーが常に基本にあるところが私は好きだった。しかし、一方でスノッブな雰囲気もあった。70年代に入ると私自身がブリティッシュ・ロックやプログレッシブ・ロックに嵌ってしまう。そこ頃聴いた加藤さんのサディスティック・ミカ・バンドは海外進出の気負いがウザくで私は敬遠気味だった。80年代のソロ作品になるとブルジョワ的過ぎて普通の若者だった私の夢とはあまりにも異質な世界で、正直辟易した。私的には「あの素晴らしい愛をもう一度」あたりの時期が一番しっくりくるなとずっと感じていた。しかし、訃報を聞いて久しぶりにサディスティック・ミカ・バンドの「黒船」を聴いてみたら、そのあまりの先進性に驚いてしまった。その後の日本の「良い子の」ロックに脈々と流れる何かの源流がそこにはある。むろん、高橋幸宏さんや高中正義さんによるところも大だが、フラワートラベリンバンドやはっぴいえんど、あるいは意外と先進的なことをしていたチューリップと比べてもやはり一日の長があるように思う。訃報が報道された際、若い人の中には「それ誰?」と思った人も少なくなかったらしい。借金もあったらしいが、鬱の要因は「それ誰?」だろうなと勝手に想像してしまう。90年代以降は懐メロ企画で目にすることが増え、かつてのスノッブさは見る影もなく、坂崎幸之助らとテレビに出て「あの素晴らしい愛をもう一度」を唄ってくれる人の良いオジサンという印象でしかなかった。遺書には「今の世の中には本当に音楽が必要なのだろうか。死にたいというより生きていたくない。消えたい」というようなことが書かれていたという。確かに日本のポップスは技術的には世界レヴェルにまで進化しているものの、40年前に比べれば実にツマラナイものになっている。ある時期、日本のポップスを牽引し続けた加藤さんにしてみれば、現状のツマラナサを自分のツマラナサのように感じてしまってもまあ不思議ではない。やはりスノッブな人だったのかな。昔の名前で出ていても最大限の敬意を持って接する人も少なくない。そういう人々のためにもっと長生きして欲しかった。

Sarah Brightman's Starship Trooper

cc9d294a.jpg輝けるディーヴァ。クラシカルクロスオーバー、サラ・ブライトマンのCDが日本を含む全世界で毎度バカ売れらしい。かなり昔に紅白歌合戦に出演した時の印象では、自分には無縁なジャンルかな、と関心すら持たなかったのだが、ニュース番組のテーマソングになったり、電気製品のCMに使われたり、各種運動会の公式ソングを唄ったりで、いつの間にか否が応にも耳にその歌声が入ってくる存在になってしまった。後で知ったことだが、私がサラ・ブライトマンの歌声を初めて聴いたのは、その辺の俄かファンなんぞよりも実はずっと古かったりもする。サラがアンドリュー・ロイド・ウェッバーと仕事をする「さら」に前、今から30年前の1978年に唄ったサラ・ブライトマン&ホットゴシップの「Lost My Heart to a Starship Trooper」ってのがそれ。イエスのファンだった私は音楽雑誌の全英チャート欄に載ったスターシップトルーパーという英単語に反応し、僅かな期待をしてラジオでその曲を聴いたものの、案の定イエスとは似ても似つかない音楽に当然の如く落胆し、「何でこんなオカマ踊りみたいな曲ばかり流行するようになってしまったのだろう。」と、いつものように当時のポピュラー音楽の変貌を嘆いた記憶がある。もちろん、サラのことなどまったく意識しておらず、あったのはスターシップトルーパーという言葉への関心だけ。ところが現在、そのサラが、30年前の私の勝手な期待に応えてくれているのだから実に面白い。サラ・ブライトマンのCDを購入する人の層はきっと幅広い。アンドリュー・ロイド・ウェッバーのミュージカルのファン。ポップス的な歌唱を許容できる寛容なクラッシックファン。美しい女性の声に癒されたいヒーリング音楽のファン。そして最後にくるがきっと私のような、6~70年代英米ポップのファンってことになるのではないか。私の場合、サラ・ブライトマンをテレビで耳にするだけ音楽から、CDで聴く音楽に切り替えさせた曲は、「すべては風の中に」だった。「Dust In The Wind」ってカンサスだろ。何でそんな歌を唄ってねん。と、CDショップの試聴機で聴いてみたら、あまりに美しく、そのまま即ご購入と相成った。プロコルハルムの「青い影」はさすがにあざとい選曲かなとも思ったが、イントロの迫力に悶絶。ビージーズの「若葉の頃」には若き日の想い出が甦りホロッときてしまった。ノスタルジーといえばそれまでだが、それを美しく演出してくれるのがサラの歌声だ。いいぞもっと英国ポップを唄ってくれ~!と期待し始めた矢先、今年実に5年振りの新録「神々のシンフォニー」が発売された。そのボーナストラックは何と「禁じられた色彩」。坂本龍一とデヴィット・シルヴィアンの曲だ。耽美調? いやこのアルバムの中の「嘆きの天使」はゴリゴリのゴシックメタルではないか。ヒーリングファンがショック死しそうな曲。微妙な路線だが、私は好きだねこういうの。で、それからたった数ヶ月で「冬のシンフォニー」なるクリスマスアルバムが届けられた。早い。そしてその内容こそ、まさにポップファンへのクリスマスプレゼントだった。まずはアバの「アライヴァル」 プログレファンにとってはマイク・オールドフィールド版の秀逸なトラディショナルフォーク風アレンジが忘れられなかったりする。ボーナストラックには定番、ジョン・レノンの「ハッピークリスマス(戦争は終わった)」 続いてジョニー・マティスの「When A Child Is Born」この曲、最近はクリスマスソングになっているらしいのだが、元曲はダニエル・サンタクルズ・アンサンブルの「哀しみのソレアード」だ。ルネサンス期作曲家が作曲した曲を基にしたイタリアンロック。この曲でのサラの歌唱はとても感動的。いずれも超有名曲だが、一連の選曲に潜むテーマはやはり6~70年代ロックといっていいだろう。その極めつけは正規トラックの最後を飾るエマーソン・レイク&パーマー。「夢みるクリスマス」これがディーヴァの選曲かと思うと自然に笑みがこぼれる。グレック・レイクの曲だが、キース・エマーソンが挿入したであろうプロコフィエフの「キージェ中尉」のフレーズが印象深い。このアルバムの中でサラ・ブライマトン自身が最も唄いたかった曲だというのだから実に実に結構なことではないか。サラはELPの熱心なファンだったらしい。1960年生まれの48歳、確かにドンピシャ世代だな。デヴィット・ボウイやピンク・フロイドも好きだったようだ。こうなったら、その手に選曲だけで1枚CDを作るしかないだろう。ベタな希望で恐縮だが、ケイト・ブッシュの「嵐が丘」とか、クリムゾンの「ルーパート王子のめざめ」とか、イエスの「スーン」あたりが聴いてみたい。ELPの「トリロジー」なんかもいいだろう。クラシカルクロスオーバーなんぞと云われるが、要は攻撃性の抜けたプログレみたいなものだ。「サラ・ブライマトン、プログレをうたう」「サラ・ブライトマン、ハードロックをうたう」なんて昭和な帯タイトルでもいいぞ。聴いてみたい。まあ、サラが私の期待に応えれば応えるほど、かのアンドレア・ボチェッリとのデュエットしたディーヴァとしての格が落ちてしまうような気がしないでもないが、とりあえず折に触れてロックの名曲を小出しに歌ってくれるだけでもとても嬉しい。

Superfly

f2938f89.jpgSuperflyのファーストアルバムがオリコンのアルバムチャートで2週連続トップになったらしい。洋楽ばかり聴いていて国内のミュージシャンはテレビで拝見する程度の私だが、昨年、家人がミュージックステーションを見ている時に突然聴こえてきた「マニフェスト」のアフタービートにはぶったまげた。ファッションまでヒッピー。こりゃレコード会社の年寄りが自分の趣味で仕立てたアイドルバンドなのかと一瞬邪推したが、ハイトーンヴォイスでシャウトする女性ヴォーカリストの歌唱を聴いて、「こいつらホンモノだよ」と家人に薦めたのを覚えている。冬になり、やはり家人と「エジソンの母」というTBSのドラマを見ていたら聴き覚えのある声が・・・。クレジットには「愛をこめて花束を Superfly」とあった。ここでは「五輪真弓(70年代の)みたいな歌い方もするんだ~」と感心。だが、この時点ではまだヴォーカリストの名前さえ知らなかった。ところがつい最近、携帯電話のCMに使われていたジェファーソン・エアプレインみたいな曲「Hi-Five」を聴いてまた驚いてしまった。こいつら一体何者だ!? ようやくネットで調べてみた。80年代前半に生まれた愛媛出身の健康的な若者ではないか。彼らがやっている音楽は彼らが生まれた頃には既に下火になっていて、昨今でいう Perfume みたいなのが流行っていたはず。それがなぜここまで70年代ロックに徹することができるのか不思議。日本という国は面白い。マーティ・フリードマンが驚くのもよくわかる。めざましテレビで越智志帆のミニドキュメンタリーのようなものを放送していたが、それを見れば、高校生時代は愛媛の田んぼの中で歌ってたという。そりゃ防音室要らずで思い切りシャウトできるよな。しかし、越智志帆にしても多保孝一してもおそらくは屈折した特別な生い立ちを送ったわけではないだろう。その辺りを辛く評価する向きは必ず出てくるとは思うが、80年代生まれの彼らをジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリクスのようにロック界で伝説とされているミュージシャンと比較して評価しても仕方がない。年寄りはSuperflyの楽曲でオリジナルを懐かしみ、若い人々はSuperflyの楽曲でオリジナルを知ることができれば、Superflyを一流のポップソングと言い切っていいのではないか。じゃ、そのオリジナルって何なのよってことになるが、Superflyから聴こえてくるオリジナルは、ローリング・ストーンズやスモール・フェイセズ、ジャニス・ジョプリン、「愛をこめて~」をピアノ弾き語りで歌ってる越智志帆はまるでキャロル・キングだし、スティーヴ・ニックスにも見える。これらは極上の6~70年代ポップだ。私の本籍地は「プログレ」だが、メロトロンやシンセサイザーあるいはフルオーケストラなどを多用し、非ロック的に見えるプログレではあるが、実はその基本はモッズから始まっている。良質のプログレには必ずストーンズやフェイセズと同じブリティッシュロックのスピリッツが脈々と流れているものだ。そういうモノがあれば何も演っても問題はない。Superflyも越智志帆の可能性を活かすために、今後いろんな音楽に挑戦する可能性があるが、何をやっても Superfly に聴こえるような何かは必要になるだろうと思う。さて、最後に気になっていることがひとつ。それは宗教問題。信仰は自由、海外のミュージシャンにも宗教と密接な活動をしている人物も珍しくはなく、それ自体は悪いことではない。しかし、「愛と感謝」なる曲には正直違和感を覚えた。信仰を持たない人にも聴いて欲しいのであれば当然節度は必要になってくるのではないか。

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