ワルザザート 1994.11.2
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バスを降りて、今度は街の地理も少しは分かっていることだし、一つ星の宿に泊まろう、とおもって歩いていくと、声をかけてくる人がいる。「こっちのホテルの方がお薦めだよ」アラビア語が通じる。ガイドブックを見てここにしようと思っていたところと同じだったので、とりあえず、部屋の条件を言うと、案内してくれた先のホテルで話をつけてくれて、部屋は空いているという。回り階段を荷物を持ちながら後をついて上っていくと、「街を見て歩こうよ」「今、病気だからそれどころじゃない」「え?どこが?」「...おなか」「わかった。それは消化のよいものを食べないと。日本人は弱いからね。近くでお米を買ってきて、おかゆを作ってあげよう」そんなもの、こんなところで売ってるの?「中華料理の材料を売っている店がある」ちょっと角を曲がった先に、乾物屋のようなお店があり、段々に並べた豆やら何やらの上から、秤が吊り下げられている。言われたとおり、400グラムほどの米を買う。うるち米。14DH。ホテルに戻って、どうやって料理するのかと思っていたら、「食堂の人に頼んでくる」とのこと。2階のフロアの椅子に座って、ついでにお湯も頼む。荷物からフリーズドライの味噌汁と卵スープを取り出しておいて、運んできてくれたおばさんの目の前で熱湯に入れてもどし、片方の椀は「こういう味のものもあるの」と言って勧めてみる。けげんな、興味深そうな顔をしながら食べていた。ほどなく待つうちに、真っ白な皿にのった御飯をもってきてくれた。しかしその場では食欲がなく、薄くのばしてのせてあるのに量がありそうで食べられない。「部屋にもって帰って食べて、君は2時まで休む。それから、回復しそうだったら、街に出よう。僕はそれまで階下で待っているから。」じっと顔を見上げると、目が黒い。つい「わかった」と約束のように承知してしまった。ゆっくりとふやふやの御飯を食べて、少し休む。手持ちの目覚しが2時に鳴る。多少元気になっていたので、躊躇したけれども、そのときは降りて行かなければならないような気がして下に降りる。それほど厳密なものではなかったのだろうに。
この街の周囲には、遺跡がある。サッカーコートのような土の広場を歩いていく。向かいから学校帰りの人達や町の人が通り過ぎていく。そうこうして歩いて行くと、市内バスに乗る。「切符代、いくら?」「2DHでいいや」と運転席の近くに座っていた女の人に話をして、出してもらったらしい。その辺りの習慣がよく分からない。バスは郊外に出て、どんどん赤茶けた大地を走っていく。「ジャッキー・チェンって日本の人だよね」確か香港の人だったように思うのだが...「ここの町では、映画のロケをやっていたんだよ。ほら、向こうのほうでも」手の指し示す方向を見ると、ロケ用のセットが見える。「帰りにそこも寄ろうね」途中の停留所でバスを降りて、小道は村落を抜けて、畑の中を縫っていく。畑の先は林になっており、歩く右側も丈の高い草木が一面に植わっている。その先には、茶色い遺跡のような建物群がはるかに見える。話し掛けてくる言葉を聞きながら、ぼんやり歩いていた。?「...向こうへ行ったらジュティマーゥがあって」え。ジュティマーゥって確か会合、集会、それから?いずれにしても変である。必死に考え込むのであるが、他に意味があったかどうか思い出せない。しかしそもそもなんで私はここにいるのだろう?不安がかすめる。「帰る」言うなりもと来た道を戻り始めると、手首をつかまれて「こっちこっち」「いや。帰る」「だ〜か〜ら、なぁに誤解してるのかなぁ?」と軽く言うのであるが、つかまれた手にはきつく力が込められてくる。無理矢理に振りほどいて、畑を通り過ぎて村落へ入り、建物の前で日向ぼっこをしていた人達に、「出口はどこ?」と聞く。何をそんなに?という顔をしながらも、「あっちだよ」と笑いながらけげんそうに方角を指差してくれる。「そっちは出られないよん」と後ろから聞こえてくる声をかわしながらその方向へ走っていくと、車の通れそうな広い道に出た。しかし、傍らの村落と、遠くに見える街道沿いの店を除けば、辺り一面荒野である。「バスは1時間に4本通るから」と言うのであるが、30分待ってみても、何も通らない。「15分たっても来ないでしょう?あなた信用できない」来たのはこっちからだったから、と見当をつけて歩き始めようとすると、私の手にしていた辞書をするっと取り上げ、ひらひらと手を振って「ほ〜ら、ほ〜ら、取りにおいでよ」完全にからかって楽しんでいるのである。追いかけると逃げる。むっとして、「いらない。あげるからもってれば」と言って、さっさと街の方角へ歩いていった。辞書は貴重だけれど、背に腹は変えられない。買ったときの値段を思い出して、多分それくらいならガイド料としても十分だろう、と不届きなことを考えながら後ろを振り向かずに進む。街境からは5kmくらい離れているはずなので、歩けば数十分で帰ることができるだろう。
街に戻ってきて一人で歩いて行くと、整然と区画された街並みが続くのに気付く。石畳もレンガを敷き詰めたように舗装されており、白い壁の家が建ち並ぶ。ワルザザートはこんなに奇麗な街だったのだろうか。ここは普通に生活している人達が住むところなのだろう。まだ先だったように思うので、大通りを歩いていく。進むうちに、坂を越えて、見覚えのあるレストランやホテル街に戻ってきた。雑然としていて、どこか場末の雰囲気が漂っている。さらにそこも通り過ぎて、観光案内所の前まで来ると、後ろからようやく追いついて、また話し掛けてくる。黙って中に入り、自由にもっていってもいいように広げてある資料の中からいくつかもらう。係員の人が、「この人は知り合いですか?」と聞くので、「全然知らない人」と返事をして外に出ると、さすがに引き止められたのかそれ以上は追いかけて来ない。
次の朝にホテルでチェックアウトするとき、前日と同じフロントの人だった。態度がぎこちないのは気のせいかもしれない、と思うことにする。
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