ザゴラ 1994.10.31

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朝、6時頃に起きて、宿の玄関ホールから外を眺めると、雨がざんざんに激しく降り込んでいた。雨脚がはっきり見えるくらい強く地面に叩き付けるように降っている。これは、今日は中止だな、と思って部屋に戻る。昼頃になると、小降りになり、やがて止んだ。建築士の人が私を見つけて、「行かなかったんだ。良かった。」と心配してくれた。フロントにいたガイドの人が「日本語を紙に書いて」と、私をつかまえて言う。ひらがなとカタカナと漢字で書いて見せる。なんだか知らないが、商売用の青いマントを着たそのガイドの人は喜んでいた。

雨は止んでいたが、水は町中にあふれ、洪水の一歩手前で大通りは冠水している。一応、歩道もあるにはあるのだが、靴底より浅い水面を選んで歩いていく。後で聞くと、この日はヨーロッパで記録的な大雨が降ったらしかった。

お昼を食べに、出かける。街の入り口から宿まで続く大通り沿いの小さな食堂に入る。少し柄が悪い雰囲気である。他には男の人しか座っていない。オムレツとパンを頼む。卵は貴重品らしい。ざくざくと切られたフランスパンがバスケットに載って運ばれてくる。生の野菜はどうしても食べる気になれないので、火を通してあるのがとてもありがたい。向かい側に座った子供が同じくパンを注文していたらしいのだけれど、運ばれてきた籠を比べてみて、どうも私の目の前のより焦げていたりあまりおいしくなさそうなのである。子供はそれをすっかり平らげてしまって、しばらくじっとしている。よほど、こっちの分も食べていいよと勧めようかと思ったが、気後れして言い出せないでいるうちに、食堂の主人が子供から代金を徴収して追い出してしまった。少し気まずい雰囲気の中、私も食事代を払って外に出る。

腹ごなしと休息を兼ねて大通りの一つ裏の通りを歩いていると、前方から中学生らしい女の子が二人やってきた。ピンクと白のスポーツウェアを着ている。にこにこと、例によって職務質問をされるのであるが、頭が重くて、疲れていて、あまり会話にならない。それでも手を振って別れる。手帳に名前を書いてくれた。

夜、停電になり、懐中電灯をともしながら真っ暗な通りを、食料品を扱う小間物屋へと向かうと、フェズで一行を共にした学生二人に、またしても会った。マラケシュの方に戻るのだという。なんだか、ずいぶん疲れている様子だった。小間物屋に入ると、中は暗めで、灯りの投げかける影があちこちに揺らめいている。奥の方にいろいろな雑貨が積んである棚がある。手前の木製の棚に、丸い茶色の堅そうなものが無造作に積み上げてある。平パンだ。すすもついているように見える。一枚、明日のために購入する。保存食もあるといいかな、と思って、いわしとトマトピューレの缶詰を、それぞれ買う。部屋に戻ってきて、懐中電灯を点けてこもっていると、窓をこんこんと叩く音がする。「はい。何でしょう?」ろうそくを頂いた。



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