ラバト 1994.10.20
戻る
朝、起きて、ホテルを出てくると、目の前に年配の女の人がやって来て、話しかけて来る。何を言っているのかさっぱり分からない。え?財布、ですか?財布を出すと、これこれ、というかのように5DH硬貨を受け取り、私の手を握って、にこにことして去って行ってしまう。何だったのでしょう。はっ。もしかして、これが、喜捨っつーやつか。そう、昨夜泊まっていたのは、四つ星だったのだから。
次のホテルを探す。カサブランカで一緒だった人に聞いたホテルに行ってみることにした。チェックインの手続きをして荷物を預け、ぶらぶらと散歩に出かける。車は右側通行で走っている。大通り沿いのパン屋さんが店を開いていた。そおっと入り、いくつかトレイに載せてレジにもっていって、紙にくるんでもらう。三つで8DH。歩きながら、ウィンドーショッピングする。本屋さんがあって入ってみた。でもすぐに出てきてしまう。空手教室の看板が出ている。大通りの突き当たり、旧市街の壁沿いに広がる公園の門がちょうど開いていたので、中へ入る。亜熱帯らしい草木が生い茂り、樹木が緑の影を広げていて非常に涼しい。道の途中のベンチに腰掛けてさきほどのパンを食べていると、つかつかとやってきて隣に座り、フランス語で話し掛けてくる人がいた。しかし、言っていることがさっぱり分からないから、返答のしようもない。次第に向こうも飽きて、去って行ってしまった。
昼頃、メディナ(旧市街)に入ってみた。昼休みなのか、開いている店がほとんどない。迷路、と言われているほど入り組んでいるようにも見えない。直線状に行ってみて、反対側から外に出てしまった。そのまま、東に向かい、外部をぐるっと回る。北の高台は、墓地になっているという。車両がよく通る道路との三叉路まで来ると、高い壁が道路の向こう側にそびえていて、少し下っていった階段の先には巨大な城門が見える。何人かひとがいる。そのうちの一人が英語で声をかけてくる。「案内しましょう。でも私はガイドではありませんよ、学生ですから」学生ならいいのかな、と思って、ついて行く。城砦として使われていたが、今でも人が実際に居住しており、「清掃などをして、清潔に維持するように皆で心がけているんですよ」と言う。確かにこのカスバの中は先ほどの黄土色の壁のメディナ、旧市街とはことなり、白い壁、白い敷石造りで、ごみ一つ落ちていない。ただ、歩いていても道が曲がりくねっているので、一人では迷うだろうな、と思う。急な階段などでは、手を引いてくれる。しばらく進むと、海が見える位置に登った。河口が見える。聞くと、ラバトはこの河口にできており、対岸に見えるのがサレの町だそうである。眼下には円形状の塔の基部があり、端に腰を下ろして魚釣りをしている人の姿が見える。左手の方を見晴るかすと、砦のようなものが見える。今はレストランになっているという。カスバの内部にある美術館にも行きたかったので、そろそろ、というと、なぜかもう一人出てきて、料金を払え、と言う。うそでしょう?100DHも?そんなにもっていない、と半分泣き顔になりかけると、二人で顔を見合わせて、じゃあ30DHでいいという。仕方ないから払う。美術館の入り口はこう行ってこうだよ、と教えてくれるが、もう言われた通りには進まないで、別の方向に進んでみて、行き止まりに当たって引き返して、ようやく見つけて中に入る。美術館の入り口では、切符を切ってくれて、入場料は一律10DH。楽器や、天幕の下で織物をしている人型の模型が印象的だった。カスバの外に出て、南の方に戻っていく。絨毯や革などが干されている。またメディナの中に戻り、細道を歩いていくと、今度は屋根の下に差しかかって方向が不明瞭になる。途中、楽器店を見つけて、立ち寄る。ウードやタンバリンなどが天井から吊るされていて、いいな、と思いながらい弦を弾いたり、叩いたりしてみる。店の人がいくらなら買うか、と声を掛けて来たが、「まだ、道は先が長いから」とアラビア語で答えて店先を出る。旧市街出口の方まで戻ってくると、蝿がぶんぶんたかっている場所がある。近づきたくなかったので引き返して、雑貨屋さんで飲み物を、と思って、ファンタを買う。「どこから来たの?」「日本」「日本のどこ?」「東京」海辺の見える柵のあたりまで戻って、ファンタの瓶のふたを開けて飲み干す。
そろそろ水分補給と非常食料の確保が必要不可欠になってきたようなので、旧市街から新市街に戻り、町中を歩きまわって雑貨屋さんを探す。ミネラルウォーターが置いてある。プレーンなビスケットも気に入ったので、その後もそれを見かけるたびにちょくちょく手に入れるようになった。食べ物を片手に町中を歩きまわっていると、角を曲がったところで、送迎バスが止まっていて、そこから、お揃いの帽子をかぶった幼い子供たちがクモの子を散らすように走り出てくる。幼稚園の帰りだろうか。見ているうちに、ここもふつうの街におもえてきて、なんだかうれしくなる。道に迷って、通りを歩いているオレンジ色の制服を着た警察官らしき人に聞いた。親切に教えてくれたのだが、なぜか記念に握手を求められる。
ラバト新市街の南方には、ムハンマド5世の廟がある。遠くからはランドマークとなっている塔しか見えないが、階段を上り、塔の裏の高台に造られた広場に入ると、2メートルほどの高さのトーテムポールのような円柱が規則正しく間隔をあけて立ち並んでいる。ある種、厳粛かつ丁重な雰囲気が漂う。廟そのものの中には、派手な制服を着込んだ警備兵が警護にあたっていた。外に出て、円柱の陰にいくつか設置されているベンチに座って、しばらく汗を冷やす。と、近づいてくる二人連れがいる。二人ともジュラバを着ているのであるが、片方は鮮やかな青い服である。年下の方はフードをかぶっている。自己紹介をして、少し話をするが、あまり通じない。その妹さんの方は、さらに全然聞き取れなくて、「この子は中学生で、まだ余り共通語は喋れないから」と言われる。ウジュダという街の近くの人で、これからそこに帰りたいのだけれども、と言う。ラバトからだと東の方になる。時刻表を見て、値段を確かめる。千円、くらい、か。そこまでだったら、私でも出せるので、遠回りをしてその街に寄ってみてもいいかな、と思い、そう言ってみる。「じゃ、明日の7時にここに来て、約束よ」「うん、わかった」と言って別れる。
夕食を取るところを探して、暗い通りを歩き回る。洒落たつくりのレストランが見つかったので、ええい、ままよ、と思って入ってみる。何せ、もう夜の8時を回っていたので、どこでもいいから開いていてまともなものを食べさせてくれれば、という気分になっていた。メニューを出してきてもらう。フランス語で書かれていて、持っていた会話集と照らし合わせても、どんな料理か見当がつかない。給仕の人を呼んで、これは、なに?とひとつひとつ聞き出してみると、親切に教えてくれる。パイのようなものを一つ選んで、それを注文することにした。出てきた皿には、確かにミートパイのような食べ物が載っている。中を切り分けてみると、ミルワームのような、白く細い糸状のものが茶色く塗されて、沢山入っている。海産物は、食べてはいけないという声が脳裏を掠めるが、強いてこらえて、口に運ぶ。シナモンの香りがきつく、喉が渇く。水をがぶがぶ飲んで、3分の2位食べたところで、満腹になって、出てきた。帰りにも道に迷って、今度は青い制服を着たおまわりさんに道をきく。
夜、ホテルに帰ると、部屋の中は真っ暗だった。電灯がつかない。備えの懐中電灯を取り出してきて、点ける。薄暗い部屋の端の窓には、鍵がかかっておらず、薄物のカーテンが下がっているのみである。この外って、すぐ、通りに面しているじゃないか!別室にシャワーがあることはあるけれども、暗い中、手探りで浴びることになった。Hさんが、シャワー用のサンダルもっていた方がいいよ、と言っていたのを思い出す。えらく、みじめではあったが、明日、部屋を替えようと思って、とりあえず眠ることにする。虫は出なかった。
インデックスへ戻る