神風・愛の劇場スレッド 第171話『眠った翼』(その12)(09/08付) 書いた人:佐々木英朗さん
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From: 佐々木 英朗 <hidero@po.iijnet.or.jp>
Newsgroups: japan.anime.pretty,fj.rec.animation
Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: Mon, 8 Sep 2003 01:05:15 +0900
Organization: Public NNTP Service, http://news.yamada.gr.jp/public.html
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<b3a25s$672$1@news01cf.so-net.ne.jp>
<zm16a.4114$WC3.360177@news7.dion.ne.jp>
<b4eoe8$rfr$1@news01cf.so-net.ne.jp>
<bci8j2$una$5@zzr.yamada.gr.jp>

佐々木@横浜市在住です。

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられているヨタ話です。
# そういう2次創作物が嫌いじゃ無い方のみ、以下をどうぞ。

# 第171話(その1)<bci90c$una$6@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その2)<bd4i2h$nqo$2@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その3)<bdngph$252$1@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その4)<be8nqr$tci$2@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その5)<berk9t$2dq$2@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その6)<bg0898$4ie$1@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その7)<bglrv9$30b$2@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その8)<bhjf32$c19$1@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その9)<bhjfe7$c19$2@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その10)<bi9v1o$ks5$3@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その11)<bisgrl$1sv$1@zzr.yamada.gr.jp>の続きです。



★神風・愛の劇場 第171話『眠った翼』(その12)

●宙の彼方

再び意識を拡大して“自分”を空間へと跳ばします。やや時間が開いてしまった
所為か目的の相手は最後に確認した時よりも更に遠く離れており、心のある者と無い
物の区別が可能なぎりぎりの距離に達していました。ユキは仮想の視界に格子状の
模様を展開した状態を想像し、その網目の角度を少しずつ変えて遠ざかっていく者の
辿る軌跡が網目の表面と水平になる様に調整します。そして網目の上を移動する軌跡の
速度を手早く計測してみるのでした。

「ほぼ等速直進運動に落ち着いた様ね」

そしておもむろに自分の意識を軌跡がまだ踏んでいない格子のずっと先の一点に向けて
収束させていきます。格子の梁のひとつに沿って滑って行く様に。身体から抜け出して
空間を俯瞰していた自分を呼び戻さずに別の場所でひとつに戻す感覚。身体はその意識
に引きずられる様に自らの中心へと滑り落ち、やがてすっかり元の場所からは消え失せ
て跳んで行った自分の心を追い掛けて行きました。ほぼ同じ時、遙な距離を越えた一点
で精神と物質が再結合し、小さな人の形を何もない空間に浮かばせていました。
心と再会した身体はほんのわずかな間だけでしたが急激な変化に対応出来ず、ユキが
試しに顔の前へと持ち上げてみた両手が本当に視界の正面に来るまで時間がかかり
ました。無理な姿勢の所為で痺れた身体が元に戻るのを待つように、もどかしい気分を
味わいます。その時が目前に迫っている事を感じました。相手は概算で秒速18キロは
出ているはずの高速飛翔体。体重の事を考えるとまともに受け止めただけで相手の方が
ぐしゃりと潰れてしまうはずでした。ですから真正面から受け止める訳にはいきません
でした。さりとてこの速度では進行軸に対して距離を取り過ぎると、全く取り付く機会
は有りません。動いている相手の背後に直接跳躍するだけの技量を持ち合わせては
居なかった今のユキには、“ほぼ正面”という絶妙な位置ですり抜けていく相手を
掴むという別な意味での神業への挑戦が必要でした。そしてユキの感覚の中で、
真っ直なはずの相手の軌道がわずかにブレた事が知覚されたのです。



遠くへもっと遠くへ逃げないと。じっとしていたら駄目、また取り囲まれてしまう。
どうせ待っていても誰も救けに来てはくれないのだから、戦うか逃げるか道は二つ。
だから私は逃げた。今も逃げ続ける。“あの日”からずっと逃げている。

ふと気付くと周囲をぐるりと闇に覆われていました。しかしそれは真の闇では無く、
数多くの小さな光がびっしりと埋めつくしている闇。その光の点はある部分では密に
集まっていて何かの輪郭をぼんやりと浮かび上がらせており、それ以外の部分では
疎らで所々にはまったく光っていない部分がありました。そしてそんな闇が周囲で
ぐるぐると同じ方向へゆっくり回っています。丁度それが自分の身体を舳とした
回転であり真正面が回っていない事に気付くと、本当に回転しているのは自分の方で
あるとすぐに理解しました。皮膚が少しぴりぴりとむず痒く、何かが身体中をこすって
いる様な感覚。何が身体をこすっているのかと俯いて見ようとしてやっと今の自分の
姿を覚ります。飛行速度を優先した第二形態は首がほとんど動かせず、頭部上面と
左右に開いた細長い隙間の中でせわしなく眼球を移動させる事で視界を保っています。
第一形態に戻そうかと考え直後には今の自分は恐らく服、或いはかつては服だった
繊維の残滓は全く身に付けては居ないだろう事に思い至り姿を戻す事は止めにしました。
そしてそう考えた途端に身の内から嗤いが沸き起こります。誰も居ないこんな場所で、
何を恥ずかしがる必要があるのかと。嗤いは自身の骨格を通じてだけ耳に届いていて、
妙にくぐもって聞こえて来ましたがまるで気にはなりませんでした。
空気が無いのだから当たり前の事、何処かでそう正確に理解している自分がありました。
そしてこれはその為の身体、あらゆる外的驚異から組織を保護し得る、皮膚が変化した
結果としての外骨格。それは同時に周囲の希薄な星間物質から各種の元素を吸着して
蓄える呼吸組織を兼ねています。大気圏内での高速飛行と呼吸を両立させる為に顔
では無く肩にある吸鼻孔も背中の排鼻孔も閉じて、無音の世界でただ独りである実感に
浸ります。

誰もいない…

呟きもまた光と同じく闇に吸い込まれ、相変わらず穏やかに回っている光の点のみが
ずっとずっとついて来るだけ。何時の日にか、何処か静かに暮らせる世界へ辿り着く
事があるのだろうかと考えます。それは数ヶ月先か数年か、もしかしたら数百年先か。
その時を眠って待つべきでした。そして眠る前には、後に続く仲間に道しるべを残して
おく必要があると思い出します。光も音も何処かへと消えてしまう世界にあって、永く
残せる印は物質そのもの。丁寧に組み替えた炭素球の中に、情報をたっぷり乗せた
匂いを詰めて通った軌跡に沿って残しておけば何時の日にか仲間がその匂いを嗅いで
後に続いてくるはずでした。一族に道を標す為の能力を使って。一族…………誰が……
誰が来る…そもそも私は誰……。

ひっ

思わず漏れた小さな叫びは、無論音にはなりませんでした。しかし驚きに混乱した
心は口から叫び声を上げさせようとし、第二形態では外には開いていない口を
動かそうとする試みは筋肉を無意味に痙攣させました。その行き場の無い筋電流は
吸鼻孔に隙間を開かせ、肺の中に圧縮されていた空気の一部を噴出させてしまいます。
結果、足場の無い空間のただ中で無用な反作用を受けた身体が不自然な回転を始めて
しまいます。初めから持っていた身体を軸とした回転に、身体を縦に回す力が加わり
先程までと違って周囲の世界が不規則に視野を横切って行きます。その視界の動きは
ますます混乱を呼び、本来ならば自然に備わっている姿勢制御の為の運動機能を硬直
させていました。じたばたと翼を動かすと更に複雑な動きが身体に加わり、最早収拾が
つかなくなっていたその時。その特殊な三点視が空間上の異物を一瞬で捉えました。
それはそこに有るはずの無い二本足で立つ人の姿。そしてアンの意識はそれを即座に
“人”以外の者と認識します。人の姿であって人で無いモノ…それは敵!敵!敵!
圧倒的恐怖が今の混乱を吹き飛ばし、アンの身体はわずか数瞬の補正動作で真っ直に
正面を向いて固定されます。しかし最初から持っていた運動エネルギーは今もアンの
身体を生命体の限界を越えた速度で前進させていて、その距離は理解よりも早くに
急速に減少していました。攻撃か防御か、ですがアンの本能はそのどちらも必要無い
と告げています。極く極く近傍ながら間違い無く自分は敵の脇をすり抜けるはず。
相手が何者であっても触れる事すら出来ないはず。たとえそれが奴等でも。



その瞬間をアンは見てはいませんでした。同じくユキも見てはいませんでした。
ただ感じるままに身体を動かしただけ。予想よりもわずかに頭上方向にずれていた
アンの軌道へ向けて差し上げたユキの両手の指先が人間風に表現するならば鎖骨の
辺りの窪みに引っかかり、一瞬でユキの身体をアンと同じ速度に加速しました。
指が千切れたり逆にアンの身体が引き裂けたりしないのは、捕まえる瞬間の前後に
ユキが自身の質量を逃がしていた為。今、少しずつ元の重さを取り戻したユキの
身体をアンもまた取り付いた異物として認識しつつありました。

「放せ!離れろ、このっ」

肩口にちらりと見える白い指先をじっと見詰めながら、身体を無茶苦茶に揺さぶる
アン。しかし相手はまるで動じず、やがてアンの身体を這い上る様にしてその姿を
現して来ていました。銀色の髪が見えた時にはアンの鼓動は飛翔とは無関係な量の
血液を体内に押し出し、その顔が視界に完全に捉えられる位置にまで迫り上がった時
には一瞬にして血の流れが止まっていました。そしてその口が聞こえないはずの言葉を
そっと囁きました。

“つかまえた”

ユキの笑顔にアンの心は凍り付き、身体は無条件に飛翔の継続を中止する判断を
下していました。頭頂部を肩越しに覆っていた二枚の細長い三角形の突起が背中側に
反り返り、排鼻孔を覆う位置に移動。翼指によって展開していた高速形態用の飛翔翼
が体側に沿って収束吸収され、代わりに腕が肩の本来の関節位置に戻って前に突き
出されます。変形して長く前方に延びていた下顎が半分程にまで縮み、呼応する様に
上顎が逆に延びて噛み合わさる様になります。肩の構造が余裕を持った時点で首が
前に折れ、ここで初めてアンの視界が自分の胸元にしがみついているユキの全身を
捉えました。同時にアンは右腕でユキを鷲掴みにして身体から引き剥がし、前へと
放り投げます。ユキの身体は両手足をあらぬ方向へと突き出した格好で宙を転がり、
しかしある程度の距離を取った所でぱったりと動きを止めると硬い地面がそこに存在
するかの様な足取りで真っ直に立ち上がっていました。排鼻孔を開いて圧縮された
空気を一気に背中の突起、肩胛骨が変形した安定翼に沿って噴出させるとともに
宙を両足で蹴って前進するアン。そしてユキに向けて鋭い爪を備えた両手を降り
下ろしました。何度も何度も。あっと言う間に銀の髪も白い肌も服も赤く染まり、
間もなくそこには形を留めない肉塊が小さな山を作っているだけになっています。
アンはうなり声とも溜息ともつかぬ声を裂けた様に長い口の透き間から洩らし、
そして中途半端に握りしめた両手をじっと見詰めました。やがて顔を真っ直に上に
向け、どうだ!と言わんばかりに鋭く短い咆哮を上げるのでした。それから満足した
様にゆっくりとうなだれるアン。その視界に入ってきたのはまるで何事も無かった
かの様に美しい姿のままのユキ。アンの赤い目がカっと見開かれ、両手の鈎爪がユキの
両肩を強く握ります。雑作も無くその肌に食い込む鈎爪。ユキの顔がアンを見上げ、
そしてその口が動きます。今度ははっきりと声として聞こえました。

「痛いわ、アン。やめて」

アンの口から後を引く長い咆哮が上がり、そしてその両手に軽く力が込められました。
ぐしゅりと音がしてユキの両腕が下に落ち、アンの両手には生温い液体がまとわり付く
感覚が伝わります。ですがアンが瞬きをした一瞬の後には、そこには元の姿のユキ。
しかも今度は背中に白い翼が。アンは逆上してその白い姿を蹴り倒し、足で押さえ
つけて背中から翼を引きちぎります。勢いを付けて放り投げた翼は右手の方へと飛んで
行き、そして壁に当る様に宙で止まってからぽとりと落ちました。アンの右目がその
様子を捕らえ、そして思考が現実に追い付く為に少しの間を必要としました。

“…壁?”

そういえば私が立っているのは何処なのか、何故この空間の一点で敵を踏み付けて
居られるのか、何故私は息をしていられる?何故こいつの声が聞こえた……………。
アンは首を何度も振り回して周囲を仰視しました。それこそ目を皿の様にして。
光の点、星が歪んで見えていました。わずかですが光を屈折させ、輪郭を滲ませて。

「ヒギッ」

今度のそれは紛れもなく叫び。そして足下にあるはずの血塗れの身体は最早無く、
正面には何処も変わらぬ白さに満ちたユキの姿があるのでした。敵と認識した者に
気付かぬうちに完全に捕らわれていた自分。その事実は一瞬にしてアンの中から
攻撃衝動を消し去っていました。逃げる様に後退るアンの背中が見えない壁に当り、
アンはそこでへたりこむ様に腰を落としました。殺される殺される殺される殺される。
アンは顔を両手で覆い隠す様にして身体を小さく丸めていました。まるで小さく
丸まって居れば、誰も気付かずに通り過ぎてくれるのだと思っているかの様に。
そのアンの耳と心に声が響きます。

「私を見て」

嫌嫌をする様に首を振るアン。

「顔を上げて、よく見てちょうだい」

アンは更に身を固くしました。

「顔を上げて、私を見なさい。アン」

その声は抗う事を許さない響きを持ってアンの中に届いていました。アンは自分に
最期の時を与えに来た敵に向けて、最後の勇気をもって顔を向けました。そして
そこに見たのです。天使とは全く違うモノを。外見だけでは無い、内から滲み出る
全てが異なった存在。白く輝く姿は眩しく、その全身を詳しく見る事は出来ません
でした。ですがただ一ヶ所違う色に光る目が、しかし敵とは思えない優しい眼差しを
向けています。そしてその目がアンに問いかけます。

「あなたは誰?」

アンは音声にならない声で何事かを答え、続いてこう言葉にして言いました。

「私は…私は竜族十八族長家のひとつに生まれた者…アン」
「あなたは何故ここに居るの?」
「逃げて来ました。全てから」
「何が望み?」

再び俯き両手で自分の肩を抱くアン。

「帰りたい」
「何処へ」
「エリスのところ、皆の居るところへ」

ユキは驚かさない様にゆっくりと近づき、そして何処からともなく取り出した大きな
布をアンの頭からすっぽりと掛けてやりました。その布の感触に目を上げるアン。
そこには何時もの姿で膝を崩して座っているユキが柔らかい笑顔で見詰めていました。
アンはちょっとだけ迷って、しかしすぐにユキの太股に飛び込む様にして顔を埋め
大声で泣きだしました。何度も何度もユキの名を呼び「ごめんなさい」と繰り返し
ながら。もうユキの前には赤銅色の獣は居らず、小さな身体を震わせて泣く裸の少女が
居るだけでした。

(第171話・つづく)

# 似非エフ話。^^;

では、また。

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■■■■■■ 佐々木 英朗 ■■■■■■■
■■■■ hidero@po.iijnet.or.jp ■■■■
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