神風・愛の劇場スレッド 第171話『眠った翼』(その10)(08/24付) 書いた人:佐々木英朗さん
 HOME 記事一覧 前の記事へ 次の記事へ
From: 佐々木 英朗 <hidero@po.iijnet.or.jp>
Newsgroups: japan.anime.pretty,fj.rec.animation
Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: Sun, 24 Aug 2003 18:03:52 +0900
Organization: Public NNTP Service, http://news.yamada.gr.jp/public.html
Lines: 432
Sender: hidero@po.iijnet.or.jp
Message-ID: <bi9v1o$ks5$3@zzr.yamada.gr.jp>
References: <20030207193955.4f870217.hidero@po.iijnet.or.jp>
<Yo23a.2551$WC3.310686@news7.dion.ne.jp>
<_J25a.3308$WC3.341924@news7.dion.ne.jp>
<b3a25s$672$1@news01cf.so-net.ne.jp>
<zm16a.4114$WC3.360177@news7.dion.ne.jp>
<b4eoe8$rfr$1@news01cf.so-net.ne.jp>
<bci8j2$una$5@zzr.yamada.gr.jp>

佐々木@横浜市在住です。

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられているヨタ話です。
# そういう2次創作物が嫌いじゃ無い方のみ、以下をどうぞ。

# 第171話(その1)<bci90c$una$6@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その2)<bd4i2h$nqo$2@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その3)<bdngph$252$1@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その4)<be8nqr$tci$2@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その5)<berk9t$2dq$2@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その6)<bg0898$4ie$1@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その7)<bglrv9$30b$2@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その8)<bhjf32$c19$1@zzr.yamada.gr.jp>、
# 第171話(その9)<bhjfe7$c19$2@zzr.yamada.gr.jp>の続きです。



★神風・愛の劇場 第171話『眠った翼』(その10)

●桃栗町内

履物を脱いで素足で地面に立ちました。土では無くコンクリートの地面でしたが、
そこから足下にある建物の大きさを感じます。拡がっていく感覚、自分が希薄になり
建物に染み込んでいきます。そしてそのまま今度こそ土の地面へと滑り込んで行き、
そのままどんどん横にも縦にも拡がり続けます。多くの感情がその上に乗っていて、
いちいち感じているときりがありません。もっとも今のままでは自分の方が薄まり過ぎ
ていて、強く意識しないとそこにある感情の意味を掴むことは出来ませんでしたが。
やがて限界まで拡がると突然重さが抜け落ちて、ふわりと宙を彷徨い始めます。
何時の間にか高い視点から地を見下ろしていて、それすらもどんどん遠くにある様に
見えていきます。遠ざかっているのが地なのか自分の方なのかも曖昧なまま。そして
その先には熱さと冷たさが、光と闇が同居する広大な世界が待っています。そこまで
自分が拡がった事を知覚したところで、改めてすっと周囲を見回します。探している
ものはすぐに見つかりました。何故ならその世界の外側近くには、“心”を持つ者は
ひとつしか存在しなかったから。そしてそれに対して集中するにつれて、そこから延び
そして今まさに千切れてしまいそうな細い糸が見えました。その糸を逆さに辿っていく
と、再び元の狭い自分へと辿り着きました。飛ばしたはずの意識がふいに戻ってしまい
ユキは視線を彷徨わせます。

こっちが先かしら…

ユキは目を閉じると手近な問題を先に片付ける事にするのでした。

●枇杷高校

ずっと静止した水面の様に穏やかだった心が、ふいに乱れ波紋を次々と広げ始めて
いました。波紋の中心は何処か遠くにあって、拡がった同心円の縁は既に弧では無く
押し寄せる平行線にしか見えません。それでも波は何処かで起こって確実に届いて
来るのでした。そしてその波は少しづつ大きくなっていったかと思うと突然の様に
小さくなり引き始めていきます。しかし波が去っても後に静けさは戻らず、むしろ
ざわめきは増しています。どうして静けさが戻らないのか。とめどなく湧き上がる
不安と不快感。何処かから誰かがじっと見ている、その視線が逃げても逃げても
振りほどけない様に感じられました。今すぐ逃げ出してしまいたい。此から…。
エリスは目をかっと見開いて見えないはずのものを虚空に見ました。

「アンがどこか行っちゃう!」

急ぎ身体を起こし、ポケットに手を突っ込んで携帯電話を取り出しました。細々した
ボタンの操作を思いだそうとしても気持ちが先走っていて中々思い出せません。
苛々がつのって思わず握り潰してしまいそうになった刹那の事。頭の中に涼しげな、
金属を叩いた様な音がキンッと響きました。エリスはそれを呼び出し音と勘違いし、
慌てて携帯電話を耳元に寄せました。

「もしもし?ノイン様?それとも」
“落ち着きなさいエリス”
「えっ…」

エリスは手のひらの上の携帯電話をじっと見詰め、それからおもむろに天を仰いで
目を閉じました。

“誰ですか”
“ユキです。判りますか?昨夜会いましたね”
“はい、判ります。ユキ様、昨夜はろくなご挨拶も出来ず申し訳ありませんでした”
“挨拶って?何処かで会ったことがあったかしら”
“初対面です。ですがお名前はかねがね”
“それは誰から…”
“申し訳ありませんが、今急いでいるんです。早くしないと”
“アンね”
“ご存知なんですかっ?今アンは?気配が遠くなっている気がするんです”
“大丈夫、アンは私が連れ戻します。だからあなたは任務に集中なさい”
“ですが!”
“翼指を見ました。彼女の”

目の前に居るわけでは無いのに、その時ユキにははっきりとエリスが息を飲むのが
判りました。

“…それじゃもう誰も”
“私は信用出来ない?”
“…いえ、そんな事は…”
“お願いだから私に任せて欲しいの。あなたはその間に自分のするべき事をして”
“…………判りました”
“ありがとう”

声が途切れた途端、エリスは不快感が去っている事に気付きました。再び不安に
襲われるエリス。それはアンが、その身の上の事を感じられない程に再び遠く離れて
しまった為に違いないのでは無いか?しかしユキが任せろと言ったのだから、あの
方の妹君が。エリスは深呼吸を数度繰り返して、何とか気持ちを取り繕うと再び周囲に
張り巡らせた匂いの“場”に自らを接続します。その中に属する全ての生き物の状態が
空気中に満ちた化学物質に対する各種の反応としてエリスの元へと返って来ます。
そしてエリスは顔を曇らせ、舌打ちをしました。決して短くは無かった彼女の集中力の
切れ目が捕らえていた人間の一部を既に取り逃がしてしまっていたのです。エリスは
今度こそ冷静にボタンを操作して携帯電話を目的の相手へとつなぎました。十回程の
呼び出しの後、その小さな機械の中からノインの声が発せられます。

「ノイン様!」
「…どうやら私も生き返った様ですね」
「寝ぼけてるんですか?とっとと目を醒まして下さいっ!」
「大声を出さないで下さい。少々頭痛がしますので」
「大事な話があるんです」
「しくじりましたね?」
「あれ……バレましたか…」
「判りますとも。今、目の前で神の御子が私をなじっていますのでね」

良く良く聞いてみると、確かに電話口の向こうから誰かが嘘つきだの猿芝居だのと
わめいている声が聞こえています。何と言って良いのか判らず、とりあえず頭を
ぽりぽりと掻いてみるエリス。別にその仕草が相手に見える訳でもありませんが、
その印象は確かにノインに伝わります。

「エリス」
「はい…」
「失敗したものは仕方ありません。撤退して下さい」
「ですが!」
「私もこれで消えますので」
「あ、待って下さ…」

それきり携帯電話は黙ってしまい、何度かけ直してもノインにつながる事はありません
でした。ずっと耳にはめ込んでいたイヤホンを外して無雑作に投げ棄て、携帯電話は
捨てようとして何となく怒られそうだなと思い直してポケットに仕舞います。
それからもう一度深呼吸してからエリスはすっと背筋を伸ばし、誰も居ない体育館を
見回します。そうして自分に言い聞かせる様に呟きました。

「私に、今、出来る事をする」

エリスの周囲、そして枇杷高校一帯を充たす意思の気が初めは緩やかにやがて激しく
動き始めます。

「第二幕です」

舞台の演出家に専念していた者が、大幅に出演者を入れ替えるために動き出しました。



枇杷高校校舎内にあって、敷地内全ての様子を知る事が出来る場所というものは本来は
存在しませんでした。しかしこの日、勝手に持ち込まれた装置の働きによってそれを
可能とした部屋があったのです。校内各所に放送用に設置されたスピーカーの結線を
逆転させ、あたかも校内にくまなく集音マイクが設置されているのと同じ状態を作り
出す装置によって。そしてそれが置かれた場所、放送室に陣取っていたのはミカサ。
事態が作戦失敗という形で終結しつつある事が彼にもまた伝わっていました。
エリスの能力が無関係な者の身体に与える影響を最小限にするため、常に“敵”の
周囲のみで“死者”が発生する様にきめ細かくまろん達の動向をエリスに伝えるという
役目は最早必要が無く、また謎の声の主を演じるという出番の時も過ぎていました。
落ち着いた動作で耳に当てていたヘッドホンを外し、機材を片付けるミカサ。
素早く撤収の準備を整えると、タイミングを合わせるべくエリスの携帯を呼出します。
しかしいくら待っても呼出し音が鳴り続けるだけ。呼出しを止め、ふと周囲の気配に
注意を向けた彼の耳に校内のざわめきが届きます。

「ん?」

昨日ノインから聞かされた話では、たとえ作戦が中断されても撤収に充分な時間は
エリスの能力の余韻によって誰も目を醒まさないはずでした。しかし今、窓越しに
見える廊下にはちらちらと生徒が横切る姿があるのです。ミカサは注意深く気配を
うかがい、人の流れが途切れた瞬間に速やかに機材の入ったトランクを携えて廊下
へと出ました。そしてそこで何らかの違和感と安らぎを同時に感じます。経験から
その違和感の正体が押し付けられた感情から来る独特のものであると理解したミカサ。
それはつまり終わったはずの作戦が別な形で継続しているらしい事を表していました。
ミカサはそこで考えます。この情況に対して自分が如何にあるべきかと。少なくとも
ノインからの追加の指示はありません。であれば、当初の予定通りにするしか
なさそうです。それに。

「気紛れな方だしな」

きっとまたノインの気紛れであろうと、何となく納得してしまうのでした。



ほとんど責任者もしくは犯人に間違い無いはずのノインがちょっと息継ぎをした間に
姿を消してしまった後、まろんはやり場の無い怒りをもごもごと独り言の様に呟いて
何とか静めました。それから慌てて廊下に飛び出し、出口の方へと走って行きました。
そうして先ほどのままに横たわっている都を再び抱きかかえます。腕の中で纔かに
身じろぎする感じがし、確かに呼吸している手応えがありました。その温もりを
噛みしめる様にぎゅっと強く抱きしめると、少し苦しそうに都はうめきます。
そしてまろんがそっと腕をほどくのと殆ど同時に都はぱっと目を開きました。

「…何よ、暑苦しいわね」

ほんの纔かの間であったにもかかわらず、物凄く久しぶりに声を聞いた気がして
ふいにまた涙がこぼれそうになります。しかし、まろんの充血して腫れぼったい目を
見ても都は特に何も言わずそのままのっそりと立ち上がると荷物を拾い上げて歩き
出していました。そしてぽつりと一言。

「ほら、帰るわよ」
「…うん」

まろんが呆気にとられて中途半端に答えても、やはり何の反応もせずに都は既に
すたすたと先へ行ってしまっていました。その後を急ぎ足で追い掛けたまろんでしたが、
脇の教室からふらりと出てきた枇杷高校の生徒とぶつかりそうになり立ち止まります。

「ごめんなさい」
「いいえ…」

見知らぬ生徒はそれだけ言うと、まろんにはまったく興味が無いといった風にそのまま
歩いて行ってしまいました。カバンを下げていて、どうやら帰宅するらしい生徒。
よくよく見回せば廊下は何時の間にか帰宅する生徒が溢れていました。先に行って
しまった都の姿を大勢の他の生徒が隠してしまっています。まろんは不安になって
小走りで生徒達の間を抜け、校舎の外へと出ました。そこもまた帰宅しようとする
生徒でごった返しており、それだけでは無く教職員らしき大人達もまた校門から外
へと出ていくところでした。その人混みの様子から、校内の人間が一斉に帰り始めて
いるらしいと判ります。そしてその事に気付いて、まろんは遅ればせながら変だと
感じ始めていました。そして同じ様に変だという顔をした稚空がトキと共に妙な足取り
で近づいて来たのです。もっとも、姿が見えた途端に声だけは稚空の方からかけて来て
は居たのですが。

「おい、大丈夫なのか?」
「平気。稚空は?」
「何とかな。しばらく寝ていたらしいが」
「相変わらずだらしなぁ〜い」
「すまん…」

まろんは冗談めかして言ったつもりだったのですが、稚空の方は真面目に恐縮して
しまい逆にまろんを慌てさせます。

「き、気にしなくていいよ?稚空はフツーの人なんだし」
「…ああ」

慰めるつもりが余計に傷を広げている様な気がしたので、まろんはさっさと話題を
変える事にしました。そしてそちらこそが今もっとも大事な本題でもあったのです。

「ねぇ、何か変じゃ無い?」
「ああ。変だ」
「どうやら」

本題にしか興味の無いトキがどちらにともなく告げます。

「皆さん、操られている様です」
「え?」

まろんは少し意外そうな顔をしていました。確かに様子が変だとは思っていましたが、
周囲の人々の行動に第三者の作意らしきものは感じられません。むしろ粛々と避難訓練
に参加している様な印象すらあるのです。まろんはそこまで考えてから、あっと小さな
声を上げました。

「これって、まさか皆で何処かに連れ去られてるところなんじゃ」
「ところがそうでも無い様なのです。セルシアが言うには」
「あっ!セルシアは何処?」
「弥白嬢の所に今も着いています。何でも帰宅するそうで」
「……え?」
「家に帰るんだそうだ」

稚空もついさっき知った事実を詳しく知っているかの様に話して聞かせます。

「何処かへ誘導されている可能性は考えました。ですがセルシアが言うには、皆この
施設の外に出た後は各々違う方向へと向かっているそうなので、恐らく帰宅…」

そこで何故かトキは少し言い淀み、やがて付け足しました。

「ついでにセルシアも家に帰ると言っています」
「…」「…」「…」

三人はしばらく黙って顔を見合わせていました。

「…帰っちゃうんだ…」
「彼女の弁護の為に敢えて言いますが、決してセルシアはサボろうとしている訳では
無く」
「やっぱり操られちゃってる?」
「はぁ…まぁ恐らく…」

ちょっと卓袱台をひっくり返したい気持ちを何とか押さえて、まろんは言います。

「それで稚空はさっきからその中から出てこないんだね」

その中、つまりトキの作っている障壁の中で稚空が頷きました。

「良くわからんが、障壁が無いとヤバいんだ。まろんは本当に大丈夫なのか?」
「うん。別に何とも無いけど」
「それは障壁の所為でしょう」
「え?」
「やっぱりご自分でも判っていらっしゃらないのですね」
「何が?」
「先程から、まろんさんもずっと障壁が展開されたままになっています」
「ええっ?」
「そうなのか?」
「はい。もっとも非常に薄いものを身体の線に合わせて服の様に纏って。ですから
流石だと感心していたのですが」

トキの顔は感心して損したと言いたい様に、まろんには見えました。

「だって、時々勝手に出るんだもん…」

コホン。トキは軽く咳払いをしてから続けました。

「それは兎も角、どうやら何らかの敵の意図が相変わらずこの周囲には満ちている。
これだけは確かです」
「敵…そうだ、ノイン!」

まろんが急に思い出して声を荒げます。稚空がその名前に鋭く反応して返します。

「何処だ!」
「逃げたの!」
「隠れて操ってやがるんだな」
「でもね、ひとつ変な事があるの」
「何だ?」
「さっきまでノインも一緒に死ん…じゃなくて寝てた」
「そんなの芝居に決まってるだろ」
「うん。そう思うんだけど…だったらどうして私の見ている前で芝居を止めたのかな」
「まろんが見ている前で止めた?」
「そう。突然“がばっ”て感じに起きたの、何だか本当に気絶から醒めたみたいに」
「何だよ、それ」
「私にだって全然判んない」
「それは恐らく」

まろんと稚空はそろって何か答を期待する様にトキを見詰めます。

「ノイン以外の敵が隠れているという事かと」
「…やっぱりそうなのかな」

本当はそのノイン以外の何者かを教えて欲しかったのですが、流石にそれには情報が
少なすぎなのだろうとも思います。そこでまろんは考える事にします。

「その敵、探せないのかな」
「それではまず敵が如何にして皆さんを操っているのかを考えてみましょう」
「うん」
「まず一番直接的な手段である精神感応ではありません」
「なんで?」
「障壁で精神感応は防げません。発信している相手が確定すれば反抗防壁を作れます
が、無意識に展開した障壁では無理です。今、我々が影響を受けていないと思われる
以上は精神感応では無いと判断して良いでしょう」
「ほうほう」

まろんは素直に感心したのですが、トキは少し眉をひそめました。

「触覚や味覚への干渉というのも除外して良いでしょうね。同時に大勢を操るには
向かない手段ですし、そもそも全員が必ず口に入れるものがあるとも思えません」
「あ、そうだ」
「何ですか?」
「枇杷高の水道って浄水器通しているから美味しい水なんだって。飲んでみようと
思ってたのに忘れてた」
「…そうですか。ちなみに私は水は飲んでいません」
「え?トキも寝ちゃってたの?」
「ちょっと意識が薄れただけです。寝てません、断じて」
「判った。信じる」

まろんの言い方には心がこもっていない気がして仕方の無いトキ。しかし敢えて
気にしない事にします。

「視覚を使っている訳でも無さそうです。我々は目を閉じてはいません。すると
聴覚か嗅覚を媒介にしていると推測出来ます」
「え〜っと、音か臭いって事?」
「そうです。そこで実験の提案があるのですが」

トキはそう言って稚空の方に顔を向けました。

「お、おう。何をすればいいんだ?」
「稚空さん、息をどのくらいの間止めて居られますか?」
「三分くらいかな」
「一分で結構です。障壁を開きますので息を止めていてください」
「ちょっと待て、実験って俺が実験台かよ」
「では始めます」

トキは稚空の話を聞き流して障壁を消してしまいました。慌てて口をつぐむ稚空。
意図が掴めずにまろんはきょとんとした顔で二人の様子を見詰めていました。時計を
持っていないので実は非常にいい加減に時間を計ってから後、トキは再び障壁を展開
しました。

「稚空さん」

はぁ〜っ。稚空は深い息をついてから答えます。

「何だよいきなり」
「肉体的な意味での御気分は?」
「変化無い」
「決まりですね。嗅覚への干渉、何らかの化学物質で人間を操っているのです」
「え?何で?」

トキは少々ぎこちない笑みを浮かべつつ、まろんに説明します。

「障壁を解いていた間、耳は塞いでいませんので。音による影響なら稚空さんに何らか
の変化があるはずです」
「おっ、成程。稚空、平気だった?」
「遅ぇよ!」

どうやら平気そうな稚空に安心するまろんでした。そしてそれと同時に疑問も感じ
ます。

「でもさ、臭い?って防げるんだ、壁で…」
「当然です。障壁には選択的透過性がありますので」
「洗濯板をどうにかせい?何それ?」
「気にしないでください。取りあえず臭いによる攻撃は平気って事ですので」
「ああそう…」

相手にしてもらえなくて、ちょっと面白くなさそうなまろんを無視して続けるトキ。

「問題は発生源が何処かという事です。相手が臭いを使っているなら、発生源に
ずばり敵が居る可能性がとても高いのですが」
「でもどうやって探すんだ?臭いを感じた途端に敵の術中に嵌まっちまうんだろ?」
「その通りです。ですから傍証から推理してみるしか…」

トキは少し考えてから、こう二人に尋ねました。

「今日、ここへ来て周囲の方と臭いについて話題にしましたか?」
「いや」

稚空は即答し、まろんはちょっと視線を泳がせてから答えます。

「都が、値段が高い香りが何とかって言ってたかな」
「値段が高い香りって何だよ」
「えっと、ごめん、値段が高そうな花の香りだった」
「花…」

そういえば此は良い匂いがしていたが。トキもまた知らない香りを嗅いだ事を
思い出していました。花の香りなどという物にまるで興味が無かった上、人間界では
そもそも知っている花など殆ど無いのですからすっかり忘れ去っていたのですが。

「その花の香りとやらが怪しい様です。手分けして探してみましょう、とりあえず花を。
とは言っても私と稚空さんは一緒に行動せざるを得ないのですが」
「悪かったな、足手まといで」
「後で挽回していただきます」
「後でね」

まろんは笑顔で言うと走り去っていきました。稚空はその後ろ姿を見詰めながら無言で
気合いを入れるのでした。

(第171話・つづく)

# 実現しない予定を書いても仕方ない様な気はしていますが、
# あと4話くらいで終わるはずです。^^;;;;;;;

では、また。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■ 佐々木 英朗 ■■■■■■■
■■■■ hidero@po.iijnet.or.jp ■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 HOME 記事一覧 前の記事へ 次の記事へ

 記事に対するご意見・ ご感想などがありましたら書いてやって下さい

 件名:
 名前: (ハンドル可)
 E-Mail: (書かなくても良いです)

 ご意見・ご感想記入欄