神風・愛の劇場スレッド 第170話『二つの故郷』(その12)(06/08付) 書いた人:携帯@さん
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From: Keita Ishizaki <keitai@fa2.so-net.ne.jp>
Newsgroups: japan.anime.pretty,fj.rec.animation
Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: Sun, 08 Jun 2003 18:30:50 +0900
Organization: So-net
Lines: 805
Message-ID: <bbuvoc$mnk$1@news01bb.so-net.ne.jp>
References: <b9l9b5$ghe$1@news01di.so-net.ne.jp>
<ba7jci$934$1@news01bg.so-net.ne.jp>
<baq5n2$j5j$1@news01bf.so-net.ne.jp>
<bbcacj$ek3$1@news01cb.so-net.ne.jp>
<bbus1g$3te$1@news01di.so-net.ne.jp>

石崎です。

 例の妄想スレッドの第170話完結編です。
 全体で1,800行程になってしまったので、(その11)〜(その13)までの
3記事に分けて投稿します。

 この記事は、(その12)です。

(その1)は、<b4eq3c$scr$1@news01ch.so-net.ne.jp>
(その2)は、<b51m9o$6fm$1@news01dh.so-net.ne.jp>
(その3)は、<b5k511$5qt$1@news01bh.so-net.ne.jp>
(その4)は、<b6p2k8$pmc$1@news01bf.so-net.ne.jp>
(その5)は、<b7tkbv$10s$1@news01cf.so-net.ne.jp>
(その6)は、<b97u9k$ag3$1@news01ch.so-net.ne.jp>
(その7)は、<b9l9b5$ghe$1@news01di.so-net.ne.jp>
(その8)は、<ba7jci$934$1@news01bg.so-net.ne.jp>
(その9)は、<baq5n2$j5j$1@news01bf.so-net.ne.jp>
(その10)は、<bbcacj$ek3$1@news01cb.so-net.ne.jp>
(その11)は、<bbus1g$3te$1@news01di.so-net.ne.jp>からどうぞ。

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられている妄想スレッドです。
# そう言うのが好きな人だけに。



★神風・愛の劇場 第170話『二つの故郷』(その12)

●オルレアン・まろんの部屋

「でね、オーストラリアから来たユキさんとアンって娘とお友達になったんだけ
ど…」

 一人分の夕食を二人で分け合い、足りない分は冷蔵庫にあったケーキを紅茶と
共に。
 体育館が崩壊してから、今までの出来事についてのまろんの話をフィンはある
時は肯き、ある時は相づちを打ちつつ聞いていました。
 ツグミの処にイカロスが戻った話や、山茶花弥白とツグミが、何故か仲良くし
ていたという話に胸を撫で下ろし、ノインの屋敷に居候している筈のアンとまろ
んが出会っていた話に胸をどきりとさせるフィン。
 会話の内容は兎も角、それはこれまで二人が過ごして来た時が戻って来たかの
様でした。

 しかし、フィンは何か物足りないものを感じていました。
 そして、それが何であるのかも薄々感じていたのですが、次のまろんの一言で
それを確信しました。

「お風呂沸いてるから、フィン、先に入っておいでよ」
「え…?」

 一緒に入らないの?
 その一言がフィンの口に出かかり、そして消えました。
 大人しく一人でバスルームに入ったフィン。
 湯船に身体を浸していると、磨りガラスの外にまろんの姿が見えました。

「フィン」
「何?」
「寝間着、ここに置いておくから」

 その言葉に、小さな溜息をつくフィン。

「ありがとう。まろんも一緒に入ったら?」

 思い切って、自分から声をかけてみたフィン。
 外のまろんの動きが止まりました。

「私は後で入るから。あ、そうだフィン」
「何?」
「下着、ここに置いておくね。良かったら」
「うん」

 肯くと、まろんはばたばたと脱衣所の外へと出て行きました。
 そして、フィンは顔を俯けお湯の中でブクブクと音を立てながら、息を吐き出
すのでした。


●桃栗町中心部上空

「急げアクセス!」
「人間達に気づかれてしまいます。これ以上の速度は」
「そうだぜ。もうそこまで来ているんだし」
「あの…フィンちゃん達の邪魔、しない方が良いですです…」

 一応、稚空の家に向かって飛んでいるアクセス達。
 しかし、セルシアを除く三人、特に稚空とアクセスは、フィンとまろんの邪魔
をする気満々でした。
 邪魔と言っても、何も無理に二人の仲を引き裂こうという訳ではありません。
 単に、二人きりにさせない/二人きりになっても、聞き耳を立てて好き勝手さ
せないだけの積もりでした。
 セルシアにしてみれば、それこそが問題なのですが。

「稚空!」
「何だ」

 オルレアンはもう目の前。
 そこまで来た時に、アクセスは前方を指さしました。
 その方向を見て、稚空も驚きます。

「ノイン!」
「お久しぶりです。名古屋稚空君、それにアクセス。それと、天界から来た天使
の皆さん。直接にはお初でしたか。私は悪魔騎士ノイン」
「あ、どうも初めまして。準天使セルシア・フォームですぅ」
「セルシア!」

 オルレアンの前方。空中にノインが立っていました。

「どうやら、お嬢さんの方は礼儀をわきまえておられる様だ」
「何の用だ!」
「実は、お願いがありまして」
「お願い?」
「はい。クイーン…フィン・フィッシュと、日下部まろんについてです」
「今、会っているらしいな」
「はい。今日はそのため皆様方に色々ご無礼があったかと思いますが…」
「死ぬかと思ったぞ!」
「フィンが貴方に力を分け与えたでしょう。お詫びの印です」
「人間達に悪魔を取り憑かせ、私達を攻撃させたのも?」
「悪魔を取り憑かせ…? クククク…。そうですか…ハハハハ…」

 一瞬きょとんとした顔をしたノインは、やがて笑い始めました。

「何が可笑しい」
「いえ。そうですね。確かに我々は人間を利用しました。しかし、彼らは直ぐに
解放されることでしょう」

 実はもう解放されているんですがね。人間としての束縛から。
 そう、ノインは心の中で呟きました。

「本当かよ」
「信じる信じないは貴方の自由。それよりも本題です」
「何だ」
「話は単純です。フィンとまろんを今夜一晩、二人きりにさせて欲しいのです」
「二人きりにして何をする積もりだ」
「二人の関係はご存じでしょう。名古屋稚空君」
「関係って何ですか?」
「いや、その…」

 意味が良く判らないらしいトキの質問に、稚空はどう答えたものかと感じます。

「もちろん。貴方が日下部まろんのことを好きだということも百も承知でのお願
いです。フィンは、明日魔界へと旅立ちます。だから、今晩は二人きりになりた
いと。この通りです」

 驚いた事にノインは頭を下げていました。

「セルシアからもお願いですですっ。フィンちゃんと約束したですです!」

 ノインと稚空達の間に割って入ると、セルシアも言いました。

「しかし解せない」
「は?」
「どうしてノインがフィンのために頭を下げる」
「背負っている物の重さ…でしょうか」
「重さ?」
「はい。私はジャンヌ様と自分のため、魔王様にお仕えしています。ですがフィ
ンが背負っているのはもっと重い物です。だから、フィンの望みに協力する気に
なったのです」

 ノインが言った、フィンの背負っている物。
 それが何であるのか、稚空には判りません。
 しかし、ノインの今の発言は真実なのだろうと感じました。
 それでも、素直に肯くのは躊躇われてので、こう言いました。

「もしも、俺達が嫌だと言ったら?」
「今この場で戦いを挑みます。もちろん、全力で」
「馬鹿な!」
「その結果、この街がどうなるか…」
「魔界でも、人間に気づかれる様な形での戦いは禁じられていると聞きます。本
気ですか?」
「我々は本気です。それは、先程身を持って経験された筈です。本当は、もっと
穏便な形で貴方達をどこかに隔離することも可能でした。しかし、我々としては
その覚悟を貴方達に知って貰いたかったのです」

 飛んでいる間は気づきませんでしたが、町中をパトカーがサイレンを鳴らして
走り回っている音が聞こえました。
 それは、稚空達が先程居た場所へ続く道を走っている様子でした。
 結界の内側の音は外に漏れないはずだから、最後の戦いの時の銃声を聞かれた
のだろう。そう、稚空は推測しました。

「判った」
「聞いて下さいますか」
「ああ。セルシアも約束してることだしな」
「ありがとうございます。それと今一つ」
「何だよ」
「盗み聞きは無しにして下さい」
「そうですです!」
「ああ、判った判った!」
「それでは、宜しくお願いしますよ。ちなみに、私はマンションの屋上で番をし
ていますので、ベランダ伝いも無しにして下さいよ」
「そういうノインこそ」
「失敬な。私は騎士ですよ」
「どうだかな」
「それでは、失礼します」

 そう言うと、風と共にノインは姿を消しました。

「(そう言えば、平和って…)」

 ノインが目の前から居なくなってから、あの隊長とか言う男が言っていた言葉
の意味を確かめていなかったなと稚空は気づきます。

「ま、明日になれば判ることか…」
「え?」
「いや。兎に角帰るぞ。俺の家へ」
「おう」
「セルシアも、今日は俺の家で良いか?」
「あ…。私は弥白さんのお屋敷に戻るですです」
「そう言えば…山茶花嬢を放置して来たのですか!」
「だってぇ…」
「ですが、今日はセルシアのお陰で助かりました。それで、任務放棄の件は不問
ということで」
「ありがとうトキ!」

 そう言うと、セルシアはトキの頬に口づけ、そして枇杷町の方角に飛び去って
行きました。

「ほ〜」
「ほほぅ」

 セルシアの姿を目で追っていたトキは、稚空達の視線に気づきます。

「な、何ですか」
「いやぁ。お熱いね。お二人さん」
「俺は知ってたけどよ」

 トキのことを冷やかすアクセスと稚空。
 彼の慌てた反応を期待しての冷やかしでしたが、トキの反応は二人の予想を裏
切るものでした。

「否定はしません。ですが、これは内密と言う事でお願いします。一応、掟では
恋愛は禁止とされておりますので」


●オルレアン・まろんの部屋

 お風呂から上がり、まろんの用意してくれた下着と寝間着…ネグリジェを身に
つけたフィン。
 まろんは入れ替わりにバスルームへと姿を消し、フィンは冷蔵庫から牛乳を取
り出しそれを飲みました。
 リビングを横切り窓際に立ち、カーテンを少し開け外の様子を見ました。
 この部屋の周囲に極弱くかけた結界には今まで誰も触れていませんでした。
 少なくとも、今まではノイン達が上手くやってくれているということなのでし
ょう。

 そもそも、ここまで話を大げさにする必要があったのか。
 今までは、好きに出入りしていたじゃない。
 そう考えないでも無かったフィン。
 しかし、クイーンとしての立場が彼女に自由な行動を取れなくさせていました。

 全てのしがらみを捨てて生き、そして魔王様との契約も終了して旅立ったミス
トが自分の今の姿を見たらどう思うだろう?
 やはり、嗤うだろうか?

「フィン!」

 背後から声をかけられ、フィンはカーテンを閉めました。
 お風呂から上がり髪も乾かしたまろんが、白いパジャマを着て立っていました。

「セルシア…帰って来ないね。折角、フィンが来てくれたのに」
「セルシアは、今夜は帰って来ないわ」
「え?」
「ここに来る前、セルシアの処に寄ってお願いしたの。今夜は二人きりにさせて
欲しいって」
「そうなんだ」
「もう零時過ぎよ。そろそろ寝ましょうか」
「うん」

 二人で並んでリビングを出て、両親の寝室の前でまろんは立ち止まり、振り返っ
て言いました。

「じゃあ、お休み。フィン」
「あ…。待って」

 自分の部屋に行こうとするまろんの肩に、フィンは手を載せました。

「一緒に寝てくれないの?」
「でも…」
「独り寝の夜は寂しいわ。何時も一緒に寝てくれたじゃない」
「うん…」

 まろんが何を感じているのか、今のフィンには力を使わずとも手に取る様に判
りました。
 既に、まろんに気持ちは伝えたつもりですが、それでも未だ自分の気持ちを信
じ切れていない様子。
 だから、こちらから積極的に出る必要がある。
 そう、フィンは考えていました。

 両親の使っていたダブルベッドに並んで横になったまろんとフィン。
 しかし、まろんはフィンに背を向け、触れようともしませんでした。
 フィンのことを嫌っている訳でもないのに。
 だからフィンは自分からまろんの身体に触れました。
 すると、まろんの身体が反応します。

「ねぇ。どうして私が来たか、話してなかったわね」
「フィンは私の家族…少なくとも、私にとってはそうだもの。理由なんか要らな
いわ」
「そうね…。でも、最近は来れなくてゴメンね」
「フィンだって、クイーンとかやってて、忙しいんだよね。気にしないで」

 漸く、まろんはフィンの方に顔を向けてくれました。

「実は私、魔界に行くことにしたの」
「え…」

 まろんの表情が見る見るうちに暗くなるのが判りました。
 その表情を見て、何故かフィンは安心しました。

「だけど安心して。すぐに戻って来るから」
「本当に? 今度は本当にすぐだよね?」
「本当によ」
「だって、前は出かけてから4ヶ月近くも…」
「ごめんね」
「本当に、寂しかったんだから! 一人で…誰も頼りに出来なくて…たった一人
で戦って! 優しくしてくれた紫界堂先生は実はノインで…」

 それが私達の狙いだったのだから。
 まろんの心を壊すこと。
 二度と蘇る気にさせないこと。

 最初の作戦が失敗して、それが私の居ない間の作戦だった。
 しかしそれも上手く行かず…再び私の出番となった。

「まろんには、色々と巻き込んで、悪いと思っているの」
「だって、それが私の運命なんでしょう?」
「貴方がその魂を持って誕生したのは貴方の責任では無いわ」
「でも、こんな運命を持ったお陰で、私はフィンと会うことが出来た。稚空と会
うことも出来た。ツグミさんとだって…。悲しい想いをしたこともあったけど、
普通の16歳の女の子には出来ない経験を一杯することが出来たと思うの。だから、
私は自分の運命を呪わない」

 表情が段々といつものまろんに戻って行くのが、薄暗闇の向こうで判りました。

「運命…か。ねぇまろん。天使って何か、考えたことある?」
「神様が、死んだ人間の魂から造った生命…だっけ? 本当なの?」
「そう。神様が自分の住む世界を維持し、自分を守護するためだけに造った命。
それが天使よ。神のために生まれ、神のために死んで行く。それが私達の運命」
「神様のために…」
「でも、私達は自分達の運命を呪ったことなんて無い。だって、私達はかつて人
間であった時、未練を残して死んだ者の魂から造ったものだから、新しく与えら
れた命を喜びこそすれ、恨む者など居ないのよ。それに、死んだ後には神様は人
間に転生させてくれると約束してくれているし」
「輪廻転生…。キリスト教の神様じゃ無いわね。その神様って」
「クスクス…。そうね」
「でも、どうしてフィンは堕天使になったの?」
「私は、天界から捨てられたのよ。でも、最終的に魔王様にお仕えするのを決め
たのは私」
「どういうこと?」

 まろんは上半身を起こし、興味深げに身を乗り出して来ました。
 それに合わせ、フィンも身体を起こします。

「私達天使は、それぞれ神に奉仕する者。そのお役目の中には、神様自身に直接
奉仕するものがあるの──」


●霧の期・天界

 「花の期」の同期の中で、真っ先に準天使に昇進した私は、神様に直接謁見す
る栄誉を与えられた。
 出世自体はトキやセルシアと同時だったけど、神様はお会いになる相手を選ば
れる方だから、それはそれは大変名誉なことだった。

 神様が住む「神殿」。
 身を清め、礼服を整え私は謁見の儀に赴いた。
 その儀式についてはとかく噂があったけど、私は気にしなかった。

 儀式の中身については…噂は事実だった。
 神様が、自分の寂しさを紛らわす相手を夜な夜な呼び入れる。
 それが謁見の儀の正体なのだと。

 リル様──今、大天使として出世しているリル様──は特にお気に入りで、一
ヶ月も神殿に閉じ込められていたというのは有名な話。

 だけど、一晩だけ一緒に過ごした後で、神様は私にこう言った。

「貴方には、私以外にも大切な人が居るのですね?」
「え…」
「隠し事は私の前では無意味です。私の前に立ち、考えを隠すことの出来る者は
いません」
「はい…。でも!」
「判っています。フィン・フィッシュ。貴方の私に対する忠誠は、良く判りまし
た。これからも、天界のため、そして貴方の大切な者のために働きなさい」

 そう神様は仰られ、私の謁見の儀は終わった。


●オルレアン

「何よそれぇ!」

 フィンの話の途中で、まろんは叫びました。

「神様って、そんな浮気者だったんだ」
「まろんも人の事言える?」
「う…」

 この前同様、図星を突かれてまろんは落ち込みました。
 ついさっきも、都の気持ちの事などさっぱり忘れ、無神経な発言で彼女を傷つ
けてしまったばかりです。

「神様も、寂しい人なの。もう長い間、自分以外に同じ生き物が側に居ないらし
いから」
「そうなんだ…」
「神様は分厚い壁に囲まれた建物から一歩も出ることなく生活しているわ。どう
してだと思う?」
「どうして?」
「人の考えが見え過ぎるのよ。だから、自分に絶対の忠誠を捧げる者以外、側に
置いておけないの」
「寂しい人…」
「そう。神様は寂しい方なのだと、私は悟った。だから、そんな神様のために出
来ることをしよう。謁見を終えた後、私はそう考えていたの」
「フィンは神様のことが好きなんだ」
「うん。だけど、そうは思わなかった者が居たの──」


●霧の期・天界

 謁見が終わって数日が過ぎた後、私は突然幹部会に呼び出された。
 そこで突然、私は神の御子──まろんの事──の守護を命じられた。

 それは、とても名誉なこと。
 それと同時に、天使に対する死刑宣告も同じだった。

 私の知る限り、今の神の御子が生まれてから、何人もの天使が守護の命を受け
旅立って行ったけど、只の一人として天界には戻って来なかった。

 記録では、悪魔と戦って戦死となっていたけれど、多分、正確ではない。
 何故なら、人間界での任務は普通、一定の期限がある筈なのに、神の御子の側
に在る天使だけは、その期限が存在しないらしいから。
 事実、私にも期限は告げられなかった。

 多分、謁見の儀での出来事がいけなかったのだ。
 誰かが、私が神に対する不遜の心を抱いているか、神様以外に誰か好きな者が
居るに違いないと、告げ口したに違いない。
 そうで無ければ、こんな仕打ちを受けるはずがないのだ。


●オルレアン

「フィンの前にも、私の近くに天使が居たの?」
「記録ではね」
「全然気づかなかった」
「そうよ。神の御子を守護する者は、貴方に気づかれずに、魔界の者共から貴方
を守るのが使命だったから」
「じゃあ、私の知らないところで、天使と悪魔が戦っていたんだ」
「そういうこと…多分」
「ところで、フィンの好きな人って、誰?」

 興味津々と言った感じで、まろんは聞きました。

「え?」
「やっぱり、アクセスかなぁ?」
「それは…」
「それは?」
「内緒!」
「え〜」
「(あいつに本当のこと言うと、つけ上がるからね)」

 頬を膨らませ、フィンの好きな人が誰か問いつめようとしたまろん。
 しかし、フィンは絶対に答えませんでした。

「良いわ。誰にでも秘密ってあるし。それで、人間界に降りてからは?」
「気が早いわね。まろんに会うのはまだよ」


●霧の期・天界

 私は、機密保持という名目で他の誰とも会うことを禁じられ、幹部会のある建
物の一室に留めおかれた。事実上の軟禁状態だった。
 そう。私には好きな人が居た。
 掟のことは知っていたけれど、私はそれを守っていた。
 心の中で恋い慕うことすら、この世界では赦されないことなのか。
 絶望の中で、それでも私は上からの命令には逆らえず、ただ一人、泣くことし
か出来なかった。

「…フィン。聞こえるか? フィン・フィッシュよ」

 そんな私の心の中に、囁きかける声があった。
 楽園の外側から話しかけていると言ったその人は、こう名乗った。

”私には名など無い。だが人は、私のことを『魔王』と呼ぶ”

 魔王様は、私の現状を良く知っていた。
 私の役目も、その意味も。
 そして、魔王様は私に魔界に来るように勧めた。
 魔界でも、私の望みを叶えることが出来るのだと…。


●オルレアン

「アクセス達とも会うことが出来なかったの?」
「きっと、私の口から真相が広まるのを恐れたのね」
「何か、神様って酷い人」
「多分、神様じゃなくて、他の誰か」
「どうして、そんなことするの?」
「人間界でも良くあることでしょ」

 指を頬に当て、考えたまろん。
 しかし、完全には理解出来ない様子でした。
 そんなまろんの姿を見て、寂しいと言いつつも、彼女は良い人に囲まれて育っ
たのだと羨ましい思いをフィンは抱きます。

「それじゃあ、人間界に来る前に魔界に行ったのね」
「そう」


●霜の期・魔界

 「霧の期」の最終日である第三十日。人間界の暦で言うと、十一月位。
 天界から人間界に旅立つ日に、予定通りアクセスの目の前で私は魔王様に魔界
へと「連れ去られた」のだ。

 魔王様は私に、この世界の現状を自由に見る様に勧めた。

 魔界。そこは、天界とは異なり複数の知的生命体が共存して生きる世界。
 そして、時には弱肉強食が横行する世界でもあった。

 ここに来たことを後悔する時もあった。
 だけど、この世界の片隅で生きる、異世界から来た人々と出会い、私の心は決
まった。

 私は魔王様に、この世界に生きる者のために働きたいと願い出た。
 すると、魔王様は私にクイーンの称号と、魔の力を授けてくれた。
 そう、私は魔王様を受け入れたのだ。


●オルレアン

「嘘〜。フィン、魔王の愛人になっちゃったの?」

 まろんの反応を見て、フィンは苦笑します。
 彼女に取っては、位よりも誰と付き合っているのかの方が重要なのかと。

「それが、私の望みを叶えるのに最短の道だと信じたから。そして魔王様も、そ
んな私の願いを百も承知で、私のことを受け入れてくれたわ」
「異世界の人々って言ったよね。フィンの他にも堕天使が居るの?」
「うん。それだけじゃ無く、ノインみたいな人間界から来た人も」
「フィンはそんな人の為に魔王と、その…」
「そうよ」
「それで、フィン自身は魔王に何を望んだの?」
「え?」
「魔界に行く前に、魔王が叶えてくれるって言ったんでしょ」
「それは…内緒!」
「え〜」

 再び、頬を膨らませるまろんでした。


●霜の期・魔界

「そうか。フィンはそれを望むか」

 夜の帳の中、魔王様は私の横でそう囁いた。

「はい。魔王様」
「ならば、策を授けよう。今一つのフィンの望みにも叶うことだ」
「え?」
「天界から、神の御子の処には未だ守護天使は降臨していない。この機会にフィ
ンは人間界に赴き、神の御子に近づくのだ」
「え? そんなことをしたら…」
「天界は慌てて、別の天使を派遣して来るだろう。それは恐らくは…」

 彼もまた、口封じの対象と言う訳か。
 彼の事だから、私に会えると知り、喜び勇んで人間界に降りて来るだろうけど。
 それにそもそも、それを望んだのは私自身。
 トキとセルシアには悪いけど、あの二人は相思相愛だから、彼は私が…。

「それで、神の御子に近づいて、私は何をするのですか?」
「神の御子の信用を得るのだ。そのために、ある仕事をして貰いたい」


●オルレアン

「それが、悪魔を封印することなの?」
「そう」
「どうして魔王がそんなことを?」
「私達が封印した悪魔は、魔王様が大昔に造り出した実験体の一つなの」
「実験体?」
「そう。テーマは、『肉体を持たず、知性だけを持った生き物』」
「でも、美しい心に取り憑く」

 まろんがそう言うと、フィンは肯きました。

「あれは、失敗作だと魔王様は仰った。他の知的生命体に取り憑き、美しい心を
吸うだけに飽きたらず、悪さをする者まで現れたと」
「それが、私達が封印した悪魔なのね」
「そう。魔界でその実験体を飼っておくことが出来なくなった魔王様は、それで
もその生命を廃棄することが出来ずに、人間界にそれを解き放ったの」
「酷い! 人間界はペットを捨てる場所じゃ無い! それに、あの悪魔のお陰で
どれだけの人が…」
「悪魔に取り憑かれなくても、悪さをする人間は居る。人間は魔界の住人の全て
を足したよりも数多く、しかも刻々と増え続けている。だから、少し位悪魔を取
り憑かせても、問題は無いと考えた。それに、悪魔が取り憑いた人間を魔界の味
方につければ万々歳。そう考えたの。けど、やっぱりここでも取り憑いた相手の
欲望に忠実に、無視出来ない悪さをする実験体が目立ち始めた。そして数年前、
この実験体を大量にばらまいた在る大陸で、これを原因の一つとして魔界と天界
との間で激戦が繰り広げられ、双方に大きな犠牲が出た。その後で、魔王様は遂
に実験体を封印する決断をなされたの」

 まろんはフィンの言葉を頭の中でもう一度反芻し、そしてフィンと共に悪魔を
封印していた日々のことを思い出します。
 あれは本当に正しいことだったのだろうか?
 フィンが言ったことが本当であれば、間違ったことはしていないのかもしれな
い。でも、そうであればどうして…。

「どうして…」
「え?」
「どうして、本当のことを最初から教えてくれなかったの? どうして途中から
でも教えてくれなかったの? どうして、私を騙す様なことをしたの!? 神様と
か魔王とか、私には関係無い。ただ目の前の人に良い事が出来て、そして側には
何時でも居てくれる人。それさえ在れば、フィンが魔王の手先だって私は構わな
かったのに!」
「まろん…」
「でも…ありがとう。本当のこと、教えてくれて。私がしていたこと、間違って
無かったんだよね?」

 目を潤ませフィンを見つめ、まろんはそう言いました。
 そんなまろんを見ていると、フィンは本当のことが言えなくなりました。
 本当は、最初は駒として神の御子を使い捨てる積もりだったことを。

「うん。まろんのして来た事は、間違ってなんか、無いよ」

 本当のことを言う代わりにそう言うと、フィンはまろんの頬を撫で、何時の間
にか彼女の瞳から流れ出た滴を指で拭いました。

「やがてまろんの周りに居た実験体を回収し尽くし、私は魔界への帰還を命じら
れた。代わりに人間界に派遣されたのが、ノインとミストよ」
「私を何度も殺そうとした…」

 魔界への帰還を命じられた本当の理由について、フィンは話しませんでした。
 本当は、まろんと余りにも親しくなり過ぎたフィンを案じた魔王が、まろんか
らフィンを引き離そうとしたという事実を。

「そう。だけど魔王様の見立て通り、二人はまろんを倒すことは出来なかった。
そして私が再び人間界に派遣されたの」
「何のために?」
「私のことを信じ切っていたまろんを私が目の前で裏切り、貴方の心を壊すため」
「どうして…」
「目覚めたまろんの存在が、魔界と天界の間の争いの火種となると考えたからよ」
「私の存在が?」
「魔王様が恐れていたのは、まろんが秘められた力に目覚め、自分の意志で人間
界に居る魔族を探し出し、封印して歩くことなの。それは必ず人間界に居て、大
人しく暮らしている魔族達の反応を引き起こし、それは天界の天使達との争いを
招くわ」
「大人しく暮らしている魔族?」
「居るのよ、実際。それで話を戻すけど、実際にはまろんの心は壊れなかった。
それどころか、堕天使となった私を貴方は優しく受け入れてくれた。私は戸惑っ
た。貴方を倒すべきか、それとも仲間にすべきなのか」
「魔王の仲間?」
「そう。まろんがジャンヌの魂を受け継ぎ生まれ出た時、魔王様は最初、その魂
を倒そうと考えて、数々の手を打って来た。でも、私が魔界に来たことで、別の
可能性があることに気づいたのね。つまり、あなたを仲間にしてしまう可能性」
「私が…魔王の…?」
「そのための駒が、私。そして倒すための駒が、ノインとミストなの。私が人間
界に戻って来てからの話は、まろんも知っている通りよ。私達は、貴方を倒そう
としたけれど、多大なる犠牲を払った挙げ句、それは叶わなかった」
「だから今度は私を仲間にしようって訳? 冗談でしょ」
「冗談ではこんなことは言わない。これは、まろんのためでもあるのよ」
「私のため?」
「それは、こういうことよ…」


●霧の期・天界

「フィン・フィッシュ。人間界での役目について伝えおくべきことがある」
「はい」

 既にこの時、私は魔王と名乗る者の誘いに乗る決意を固めていたけど、それで
も、真面目にその話を聞いていた。

「君に与えられた役目は判っているな?」
「神の御子に気づかれぬ様、魔界の者共から守護することですね」
「目覚めた時には?」
「神の御子に付き従い、彼女に適切な助言を与えること」
「よろしい。私が今から伝えることは、公式には記録されない。だから、頭の中
でのみ記憶しておくように。これは、幹部会から、君に与えられる極秘の役目で
ある。心して聞くように」

 神の、では無く幹部会からの役目ということか。
 その時の私は、妙に冷静だった。
 つまりは、必ずしも神の意志に沿うことでは無いのだろう。
 神様は誰にでも優しい人だと聞く。
 それでは色々と不都合なことがあるから、天使達が神の言葉を恣に解釈するこ
とがある。
 噂では聞いていたけれど、実際在ったとは。

「もしも神の御子が目覚め、我々の意志に従わず自らの意志で行動する時は…」


●オルレアン

「まろんの存在は、神様にとっては大事でも、天界にとってはただの厄介者だっ
たのよ」
「嘘…そんな…」
「事実よ。まろんの先代の神の御子は、それで消された」
「ジャンヌ・ダルクが?」
「そう。彼女は正義感が強すぎたが故に、天界から見捨てられたのよ」

 そこまで話すとフィンは言葉を切り、まろんの表情を伺いました。
 まろんは身体を震わせていました。
 その目はどこか落ち着きが無く、やがて自分に救いを求める様な表情を見せま
した。

「でも、魔界は…私はまろんを受け入れる」
「どうして?」
「好きになってしまったから。まろんの事が」
「嫌!」

 まろんを引き寄せ、キスしようとしたフィンをまろんは突き放しました。

「まろんは私のこと、嫌いになった?」

 まろんは、首をぶんぶんと振りました。

「じゃあ、私の言う事が信じられない?」

 まろんは俯くと、身体毎横を向いてしまいました。

「やっぱり、急には信じて貰えないわよね」
「だって…。出会った時に言ったことと、今言っている事が全然違うんだもの」
「じゃあ、私がまろんのことが好きだということは信じられる?」

 今度は、まろんは肯きました。

「本当に?」

 再び、肯くまろん。

「じゃあ聞くけど、どうして今日は私から逃げているの?」
「そんなこと…無いよ」
「以前だったら、一緒にお風呂に入って、愛し合った仲じゃない」
「でも、フィンはそんな関係、嫌だったんでしょ?」
「嘘…」
「え?」
「本当は、嫌じゃなかった。だから最初はこの家で暮らしていた」
「だったら…!」
「嫉妬…ね」
「え?」
「ツグミとまろんが仲良くしているのを見て、私はもう要らないのかなって」
「フィン…」

 ツグミとつきあい始めてから、確かにフィンのことを置き去りにしていたかも
しれない。
 それが、どんなにかフィンを傷つけるか。
 地区大会前日に、フィンに言われるまで、ちっとも気がつかなかった。
 そんなことをまろんは考えていました。

 一方でフィンは、口とは裏腹なことを考えていました。
 まろんとツグミが結ばれることを画策したのは自分だった。
 でも、実際にそうなってみると、自分一人が取り残された様な気がして…。

「だから、まろんを消してしまおうと考えた。だけど出来なかった」

 地区大会会場での決戦。
 自分を助けに来てくれた時のことをまろんは思い浮かべます。

「そして今、私はここに居る。何のためだと思う?」
「それは…」
「判っているんでしょ。まろんと愛し合うために決まっているじゃない」
「でもでも」

 未だ、まろんはフィンの真意を測りかねている様子。
 そう、フィンには思えました。

「判ったわ。こうしましょう」
「何?」
「私は今からまろんを愛する。それで私の気持ちを信じられたら、今度はまろん
が私を愛して」

 寝台の上、自分に向けて横向きに座っているまろん。
 そのまろんの首に手を回し、右肩にフィンは手を置きました。
 まろんの身体がぴくりと反応し、顔はフィンの方を向きました。
 まろんの身体に寄りかかる様にしたフィンは、腰を動かしまろんの側にすり寄
ると、右から回した手をまろんの頬に添えて固定し、その唇に自分の唇を重ねま
した。

「んんん…」

 まろんの身体から力が抜けていくのが、フィンに感じられました。
 それを確認するとフィンは、まろんのパジャマの隙間に、自分の手を滑り込ま
せるのでした。



 その夜。まろんは確かに幸せでした。
 それまでもフィンを愛していたまろん。
 けれど、その愛情は専ら自分から押しつけている感じがどうしても拭えないも
ので、何時でもフィンが自分のことをどう思っているのか不安なものでした。

 しかし今日は違いました。
 まろんは、自分を心から愛してくれているフィンを感じ、彼女と身体だけで無
く、心でも触れ合った様に感じていたのです。

 しかし心の片隅ではこうも考えていました。
 こうすることで、他の誰かを傷つけてはいないのかと。
 それは、これまでの寂しがり屋のまろんには、決して生まれ出なかった感情な
のでした。

(第170話・つづく)

#結局、こういう展開に雪崩れ込んでしまいました(笑)。

 では、第170話完結編に続きます。

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Keita Ishizaki mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp
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