神風・愛の劇場スレッド 第170話『二つの故郷』(その11)(06/08付) 書いた人:携帯@さん
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From: Keita Ishizaki <keitai@fa2.so-net.ne.jp>
Newsgroups: japan.anime.pretty,fj.rec.animation
Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: Sun, 08 Jun 2003 17:27:26 +0900
Organization: So-net
Lines: 803
Message-ID: <bbus1g$3te$1@news01di.so-net.ne.jp>
References: <b97u9k$ag3$1@news01ch.so-net.ne.jp>
<b9l9b5$ghe$1@news01di.so-net.ne.jp>
<ba7jci$934$1@news01bg.so-net.ne.jp>
<baq5n2$j5j$1@news01bf.so-net.ne.jp>
<bbcacj$ek3$1@news01cb.so-net.ne.jp>

石崎です。

 例の妄想スレッドの第170話・完結編です。
 全体で1,800行程になってしまったので、(その11)〜(その13)までの
3記事に分けて投稿します。

 この記事は、(その11)です。

(その1)は、<b4eq3c$scr$1@news01ch.so-net.ne.jp>
(その2)は、<b51m9o$6fm$1@news01dh.so-net.ne.jp>
(その3)は、<b5k511$5qt$1@news01bh.so-net.ne.jp>
(その4)は、<b6p2k8$pmc$1@news01bf.so-net.ne.jp>
(その5)は、<b7tkbv$10s$1@news01cf.so-net.ne.jp>
(その6)は、<b97u9k$ag3$1@news01ch.so-net.ne.jp>
(その7)は、<b9l9b5$ghe$1@news01di.so-net.ne.jp>
(その8)は、<ba7jci$934$1@news01bg.so-net.ne.jp>
(その9)は、<baq5n2$j5j$1@news01bf.so-net.ne.jp>
(その10)は、<bbcacj$ek3$1@news01cb.so-net.ne.jp>からどうぞ。

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられている妄想スレッドです。
# そう言うのが好きな人だけに。



★神風・愛の劇場 第170話『二つの故郷』(その11)

●オルレアン

「夕食、出来ているから。食べるよね?」
「うん」

 まろんは、フィンをダイニングへと招きました。
 セルシアとまろんの二人分しか作っていなかった夕食。
 セルシアの分を食べる訳にもいかず、自分が我慢することにしました。

「さあ、どうぞ」
「あれ? まろんは?」
「私、もう食べちゃったから」
「ひょっとして…これ、まろんの分じゃないの?」
「そんなこと無い無い!」
「嘘は私には通じないわ。知っているでしょ」

 そう言った直後、フィンは後悔しました。
 まろんの表情が一変したからです。

「そう…だよね。フィンは私の心を読めるんだよね」
「感情を読めるだけ、よ。何でも判る訳じゃない。それに普段は心を覗いたりな
んかしてないわ」

 少々言い訳がましいとは思いつつ、フィンは言いました。

「とにかく、まろんだけお腹を空かせる訳にはいかないわ。これからでも何か作
ろうよ。冷蔵庫に何かあるんじゃない?」
「あ…」

 何故かまろんが止めようとするのを不思議に思いつつ、勝手知ったるキッチン
へと足を踏み入れたフィン。

「あれ?」

 鍋とフライパンの中には、今一人分の料理が残っていました。

「まだあるじゃない」
「実は、その…」

 口籠もるまろん。

「そっか。セルシアのでしょ、これ」
「うん」
「一緒に住んでいるのよね」
「うん。だけど、外で仕事していることが多くて、たまにしか帰って来ないけど」
「仕事?」
「そう。山茶花さんのところ」
「そうなんだ」

 一応敵の自分相手に、平然とその辺りを話してしまうまろんに呆れたフィンで
すが、それだけ自分のことを友達だと思ってくれているのだと思い、嬉しく感じ
ました。

「それじゃあ、こうしましょう。取りあえず、ご飯は二人で半分こ。足りなかっ
たら、後で何か作る! もちろん、私も手伝うわ」

 そうフィンが提案すると、まろんも笑顔で肯くのでした。


●桃栗町郊外・採石場跡地

 フィンが去ってから程なく、稚空の発熱が始まりました。
 うめき声を上げ、苦しそうな稚空を少しでも楽にしようと、アクセスは彼の体
温を下げようと試みましたが、トキが止めました。

「解熱はいけません。人間の身体の自然調節機能を麻痺させることになります」
「でも…」
「外側から冷やす分には良いと聞きます」
「判った」

 トキの指示に従い、稚空の額を冷却するアクセスでした。



 熱にうなされつつ、稚空は夢を見ていました。
 それは、自分が子供の頃の夢。
 風邪を引き、今と同じように熱にうなされていた時。
 側で何かと世話を焼いてくれている女性の手。
 自分の頭の上に乗せてくれたほどよく冷やした濡れタオル。
 しかし、どうしても顔がぼやけて良く見えない。
 あんなにも好きだったのに。

「母さん…」



 稚空が目を開けると、アクセスが心配そうな顔をして覗き込んでいました。

「稚空、大丈夫か?」
「ああ、心配無い」

 そう言い、起き上がろうとした稚空。
 しかし、インフルエンザで寝込んだ時と同じ様に、身体を起こそうとすると目
眩がしてなかなか起き上がる事が出来ませんでした。

「まだ、熱が下がっていない。暫く動かない方が良い」
「悪魔達は?」
「今のところ、動きはありません」
「こちらが動けないのを見透かされているってことか」

 アクセスがかけてくれていた身体の痛みを無くす術…麻酔術みたいなものなの
でしょう。
 それは既に施術されておらず、身体を動かせることに気づくと、無理矢理に起
き上がり、周囲の様子を見回しました。

 この周囲を取り囲む悪魔達の光る目と、上空からの月明かりと星明かり。そし
て、トキが展開している障壁から発せられている微かな光で、何とか周囲の様子
が判るという状況でした。

「俺の鞄…」

 悪魔との戦いの最中、置き去りにしていた鞄。
 しかし、アクセスが気を回してくれたらしく、直ぐ側にそれはありました。
 鞄の中から暗視ゴーグルを取り出して装着し、辺りを見回します。

 悪魔達をそれで見ることが出来るかどうかが心配でしたが、月明かりを増幅す
るタイプの暗視ゴーグルを通して見える緑色の画像には、こちらの様子を伺う悪
魔達が見えました。

「まだまだ沢山居るな」
「巣穴を突いたら、中の悪魔が皆出て来たというところでしょう」
「ところで、悪魔達の目的なのだが」
「それは、私も気になっていました」
「あの男が言っていたな。俺達に明日の朝までここに留まれと」
「はい」
「まろんと俺達を引き離すのが目的じゃ無いのか?」
「私もそう思います」
「俺達を引き離して、まろんに何かする積もりか?」
「まろんさんが危険です。ここを脱出し、助けに行くべきと考えます」
「そうかなぁ?」

 アクセスが、緊張感のかけらも無い声で言いました。

「まろんさんが強大な力を持っているのは知っていますが…」
「いや、力の問題じゃなくて。行ったのはフィンちゃんだろう? 多分」
「恐らく。フィンさんにこのことを聞きそびれてしまったのですが」
「フィンちゃんなら、堕天使となって人間界に降りて来てからも、暫く一緒に住
んでいた位だから大丈夫だと思うぜ」
「はぁ…」
「アクセスの言う通りかもな。あの二人、何だかんだ言って仲良しだからな」
「そうそう」

 アクセスと稚空の話の中身が良く見えて来なかったトキは首を傾げます。
 しかし、自分が地上に降りてきた時、フィンがこっそり自分達に力を貸してく
れたことは後で聞かされたので、信じても良いかと思い始めたのですが。

「だけど、フィンとまろんを二人きりにさせるのは拙いよな」
「うん。それは同意するぜ」
「え? しかし…」
「二人きりにすると、危険だ」
「賛成!」
「じゃ、決まりだな。稚空、身体の調子はどうだ?」
「まろんのためだ。我慢する」

 ふらつく足取りながら、驚くべき事に稚空は立ち上がりました。

「稚空。この周辺には結界が張られているそうだ」
「突破出来るか?」
「俺とトキの二人分の力を集中すれば、何とかなるかも」

 最初大丈夫と言いながら、今度はまろんを助けに行くと言う。
 相変わらず、トキは二人の会話の流れについていけないままでいました。
 しかし、まろんを助けに行くという方針自体に異論があろう筈もありません。

「結界の強度が判りませんが、これは試してみないと」

 そう言うと、トキは障壁を解除しました。
 その様子に気づいたのか、悪魔達がざわめく様子がこちらからも判りました。
 トキは両手の間に光球を形成すると、稚空が止める間も無く前方に向かって投
げつけました。
 すると前方でこちらの様子を伺っていた悪魔達は一瞬にして左右に別れました。
 悪魔達の間を通り抜けた光球は、やがてその後ろで弾けました。

「良い動きをしています。これは案外手強いかもしれません」
「悪魔達が?」
「そうです。我先に襲いかかって来ない辺りと言い、こちらの攻撃をかわす今の
動きと言い、指揮官が余程良いのでしょう」
「指揮官ねぇ…」

 自分を撃った男のことを思い出した稚空。
 どう見ても、彼がそんなに凄いとは思えなかったので、もっと上の司令塔が居
るのではと考えました。

「ノインかな?」
「そうかもしれません」
「兎に角、誰が指揮官でも良いじゃん! とっととここから脱出しようぜ」
「ああ」
「本当に大丈夫ですか? 稚空さん」
「大丈夫だ」

 そう言う稚空の額には、汗が浮かんでいました。

「やはり心配ですね…」

 結局、トキの提案で障壁を形成したまま、移動することになりました。
 稚空達が包囲している悪魔達に向け歩いて行くと、まるでモーゼの如く悪魔達
の集団が割れて行きました。
 悪魔達に挟まれつつ、結界の端に向け歩いて行く稚空。
 数百メートルも歩いたでしょうか。
 やがて、障壁が結界と干渉して火花を散らし、ここが結界だと知れました。
 自分達に道を開けた悪魔達は、稚空達が通り過ぎると再び集結し、三人の後を
つけて来て、やはりこちらを見続けていました。

「ここらしいな」
「ですね」
「じゃあ、早速二人で結界を」

 結界の近くから攻撃すると、爆発に巻き込まれる可能性があるということで、
少し後退した稚空達。
 すると、後ろで様子を伺っていた悪魔達が、その分だけ後退しました。

「何か、気になるな」
「取りあえず、手を出して来ない限りは無視しても良いでしょう」

 そう言うと、トキは悪魔達に背を向け、アクセスもそれに倣います。

「稚空さん。攻撃するために、一時的に障壁を解除します。気をつけて下さい」
「判った」

 トキが障壁を解除すると、悪魔達から一斉に何かが飛んで来ました。

「何か来る!」

 稚空が叫ぶと同時に、トキは背中を向けたまま障壁を再展開しました。
 トキが「気の矢」と呼ぶ、悪魔達の遠距離射撃が障壁に当たり、全て弾かれま
した。

「どうやら、簡単には外に出してはくれないようですね」
「どうする?」
「稚空さんが完全な状態なら、悪魔達を殲滅するという選択肢もあるのですが」
「俺の身位自分で守るぞ」
「ですが、あの数だと骨です」
「だが、障壁を張ると攻撃出来ないんだろ?」
「手が無い訳ではありません。幸いにして後ろは結界ですから」

 トキが言うと、障壁はそれまでの半球状から平面に姿を変えました。

「成る程」
「一人では結界を破るのは難しいかもしれませんが、アクセス」
「任せろ」

 アクセスはそう言うと、両手の間に気を溜めました。
 その間も悪魔達の攻撃は続いていて、中には障壁の隙間から攻撃しようとする
悪魔もありました。
 そんな悪魔に対しては、トキが片手で障壁を展開しながら片手でビーム状の攻
撃を放ち、また、稚空がブーメランを投げ威嚇すると、悪魔達は退散するしかあ
りませんでした。

「くそ。素早いな」
「無理しないで良いですよ。あまり勇敢な敵では無いらしいですから」
「行っけ〜!」

 アクセスが叫びつつ、手から光球を放つと直後に結界があるとおぼしき場所で
爆発が起こります。

「やった!」

 爆発の煙が、結界の外側に流れていくのを見て、アクセスは歓声を上げました。
 その煙の太さから、開いた穴は極僅かで、もう一押しが必要だろうと稚空は感
じます。
 アクセスも考えは同じらしく、第二弾の攻撃の準備をしていました。

「もういっちょ!」

 再びの爆発。
 今度は、中から外に向けて風が出て行くのが稚空に感じられました。

「やったぜ!」
「よし。直ぐに脱出だ」
「おう!」

 アクセスの攻撃で開けた穴に向け、歩き出した稚空達。
 しかし、みるみる内に結界の穴が塞がっていることを風の流れで知ると、慌て
て走り出しました。

「ありゃりゃ…」

 稚空達が結界のある位置まで辿り着くと、結界の穴は見事に塞がってしまって
いたのでした。


●前線司令部

 天使達が動き出したとの報せを聞き、ミカサは立ち上がりました。
 まず最初にしたことは、第二大隊長に連絡を取ること。
 作戦方針を再確認すると、彼は水晶玉の向こうで肯きました。
 その後、予定通りに悪魔達が天使達の前面には立ちはだからず、結界を破ろう
とした時には背後から集中攻撃を加える様子を確認したミカサは、安堵の溜息を
つきました。

「意外に、彼はやる様だ」
「はい。魔王様のお気に入りだけのことは」
「魔王様の?」

 驚きの目で、ミカサは背後に控えるユキを見つめます。

「あ…はい。第二大隊長は魔王様が自ら推挙したと、噂で」
「クイーンも同じことを言っておられた」
「これは想像ですが」
「何だい?」
「あの方は、魔王様が自らお造りになられた実験体かもしれません」
「どうしてそう思うんだい?」
「私が知る、魔界のどの種族とも気配が合致しません」
「そうか…。ユキの言う事ならば信じるよ」

 そう言われ、ユキは頬を少し染めました。

「ヒトの姿をとれるのは、魔王様が造られたのであれば当然」
「だが、その割には…」
「はい。私もあの方に何の力も感じません」
「実験って言ったね。魔王様は何を実験しておられたのだろう?」
「はい。それは…」

 どう見ても善人にしか見えない者。
 それでいて、何の力も持たない。
 しかし、魔王様のなされることには意味がある筈。

「心…かな?」

 それは、ユキが出した結論と同じでした。

「ミカサ様も感じましたか。多分、魔王様はヒトの『心』を自らの手で作ろうと
なさったのだと思います」
「なるほど」

 ユキに対して肯いたものの、ミカサは別のことを考えていました。
 どう見ても基本的に善人にしか見えないあの男。
 魔界生まれには珍しい性格の持ち主とは言え、多様な種族が共存して暮らす魔
界に居ても不思議では無いとは思います。
 しかし、それを魔王が自分で直接造ったのだとしたら、どういう意味があるの
だろう。

 ユキは彼の心をヒトの心だと言った。
 しかし、ヒトの心は彼の様に綺麗な物ではない。
 そもそも、美しい人の心を奪い、闇の心を増大させるのが悪魔では無かったか?
 それとも、魔王が欲しいのは、人の美しい心か。
 もしも彼の様な魔族がこれから造られ続けることがあれば…。

「まさか…な」
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと考え事を」
「?」
「もしも人が彼の様な者ばかりなら、人間界はもっと平和になるだろうと」
「そうかもしれません」

 そう答え、ユキはミカサが何を懸念していたかに気づきました。

「ミカサ様。魔王様はヒトを哀れには思っても…」
「報告!」

 ユキの言葉は、この司令部の中にいた人間の声で中断されました。

「逆探感あり。数1。天使と思われる。時速100ノットにて北西より接近中!」
「(あの馬鹿天使?)」
「結界展開部隊に警報!」

 これまで、特段することの無かった司令部の動きが慌ただしくなりました。
 本当であれば、自分で直接天使を抹殺したいと考えたユキ。
 しかし、力の多くを封印した今では、ただ見守ることしか出来ないのでした。


●桃栗町上空

 枇杷町から桃栗町にまで飛行する間、セルシアは何度もトキとアクセスに呼び
かけましたが、何の応答もありませんでした。

 オルレアンの様子を遠くから伺ってみたものの、稚空の部屋には誰の気配も無
く、ただ、まろんの部屋だけに灯りが点り、フィンとまろんの姿が見えました。
 二人が和やかに談笑している雰囲気だったので一安心したセルシア。
 フィンとの約束を守ってオルレアンにはこれ以上近寄らず、トキとアクセスを
探すことに専念することに決めました。

「トキ〜。アクセス〜。どこですです〜?」

 口に出し、二人に呼びかけつつ飛んで行くセルシア。
 この方面に向かってきたのは適当にではありません。
 トキと最後に話したのが、この方角だからでした。
 結界の直ぐ側まで飛んで来たものの、セルシアはそれに気づくこと無く、結果
として殆ど無警戒のままで魔界の者共の巣窟に迷い込む形となってしまいました。

 セルシアが異変に気づいたのは、地上の光。
 人間界では夜でも光が満ちあふれていましたが、先程まで暗闇に包まれていた
その場所で、一瞬だけ光が瞬き、続いてもう一度より大きな光が見えました。
 セルシアが持てる力を振り絞って見ると、そこからは煙が出ていました。

「(爆発?)」

 トキやアクセスが戦っているのかも。
 そうで無くても、何か大変なことになっているのでは。
 そう思い、そちらへと方向を変えたセルシア。
 すると、それを待ちかまえていたかの様に、自分の足下近くの地上で、閃光が
光るとともに、何かがこちらに向かって光を放ちつつ飛んで来るのが判りました。

「(何ですです?)」

 速度を上げ、回避しようとしたセルシア。
 その何かはセルシアの位置とはずれた方角を飛んでいるのを確認して一安心。
 …する間もなく、それは軌道を変えるとセルシアに向け飛んで来ました。

「きゃああ!」

 急遽展開した障壁の向こう側で爆発が発生し、何かの破片が飛び散ります。
 普通であれば破片は満遍なく周囲に飛び散る筈ですが、それはセルシアの方向
のみに向け破片を飛ばしました。
 しかし、そんな物騒な代物も障壁を破るまでの威力は無いらしく、破片は全て
弾かれ、落ちていきました。

「ふうっ」

 溜息をついたセルシアは、地上に悪魔の気配があるのではと捜索します。
 気配が無い訳では無いものの、具体的な場所までは特定出来ないでいると、次
の攻撃がありました。

「わ、わ…」

 今度の攻撃は、何かの金属弾。
 もちろんこれも、障壁を破ることは出来ませんでしたが、セルシアを正確に狙
っていました。
 厄介なことに、その攻撃は悪魔の気配が殆どと言って良い程感じられませんで
した。

「(まさか、人間ですです?)」

 その時セルシアが感じたのは、悪魔に取り憑かれた人間が自分を攻撃している
可能性。
 そもそも、普通の人間には自分の姿が見えるはずは無いのです。

 そう考えている間にも、セルシアに向け次から次へと攻撃が加えられて行きま
した。
 逃げずにこれに対処する方法はただ一つ。
 悪魔に取り憑かれた人間を捜し出し、悪魔を封印すること。

 そう考え、地上へと接近して行きました。
 すると、地上のそこかしこから、光る弾が飛んで来て障壁をガンガンと叩きま
した。
 更にはこれはセルシアにも理解出来る、人間の由来の術らしい、炎や雷の弾ま
で飛んで来る始末。
 圧倒的不利な状況にも見えましたが、それでも全力を発揮すれば、何とかなる。
 そう思い、冷静に火点の位置を頭の中に叩き込んで行きました。

 その時、全く別の方角、最初に光った位置で再び閃光を目撃しました。
 続いて、もう2回。

「(もしかして!)」

 そう思ったセルシアは、トキに呼びかけてみました。

”その声、セルシアですか?”
”ですです! 今の爆発は…”
”私達です! 今、結界の…”

 そこで、通信は途切れてしまいました。

「(結界? …そうか、結界の中にトキ達が閉じ込められているんですです!)」

 そう気づくと、セルシアは一端高度を上げ、複雑な回避軌道を描きながら今の
閃光の場所に向け飛んで行きました。
 地上からの攻撃はセルシアの動きに追随出来ず、後ろに向かって飛んで行くば
かり。
 あっという間に、先程の爆発のあった場所まで辿り着きました。

「トキ! アクセス! 稚空くん!」

 セルシアの目の前に広がる見えない壁の向こう側。
 そこに、悪魔達と戦っているらしいトキ達の姿が見えました。
 アクセスが結界を破ろうとしていることに気づいたセルシアは、自分も両手の
間に光球を作りました。
 そしてアクセスがそれを放つタイミングに合わせ、一瞬だけ障壁を半分だけ解
除して、光球を放ちました。
 二つの光球は狙い違わず同じ地点に着弾。結界には大きな穴が開きました。
 …いえ、開いた様に感じられました。
 こちらに向かって走って来るトキ達。
 しかし、自己修復機能を持っているらしい結界は、みるみるその穴を縮めて行
きました。

「(いけない!)」

 普段は寝ぼすけと言われていても、俊敏な時は俊敏なセルシア。
 その時は、自らの身体を盾にして──正確には、自らの障壁を盾にして──、
結界に開いた穴を支えていました。

「く…トキ! 早く…」

 セルシアが考えていたよりも結界が元に戻ろうとする力は強く、少しでも気を
抜くと押しつぶされてしまいそうでした。

「お…遅い…ですです……」
「すまん…」

 何とか脱出した後。
 遅くなった原因である稚空は謝るばかりだったので、トキが横から事情を説明
しました。

「フィンちゃんがこっちにもですです?」
「ああ」
「待てよ。こっちにもって、セルシアの処にも?」
「え…えと、来て無いですです!」

 しかし、トキの目から見ればセルシアが嘘をついているのは明らかでした。

「それで、まろんさんとフィンさんは仲良くしてましたか?」
「はいっ! だから安心…あ…」
「やっぱり、知っていたんですね」
「だってぇ…フィンちゃんが魔界に帰る前にまろんちゃんにご挨拶したいって言
うから…」
「えええっ!」

 アクセスが大声を上げました。

「それ、本当かよ!」
「本当ですです。だから明日の朝、アクセスに会いたいってフィンちゃんが…」
「そうなんだ…」

 がっくりと肩を落としてしまったアクセス。
 しかし、セルシアの次の一言で立ち直りました。

「あ、でもすぐに戻って来るって言ってたですです」
「え? なーんだ。やっぱり、俺のことを忘れた訳じゃ無かったんだ」
「調子良い奴」

 兎にも角にも、結界を脱出した以上、稚空の家に帰ろうと提案したトキ。
 稚空、アクセスにも異論はありませんでしたが、セルシアが口を挟みます。

「この周りにも敵だらけですです。気をつけるですです」
「何?」

 そう言い、辺りを見回した稚空。
 すると、連続した銃声が響き、こちらに向けてアイスキャンデーの様な曳光弾
が飛んで来て、トキの障壁に弾かれました。

「銃撃かよ!」
「悪魔に取り憑かれた人間が居るですです!」
「どうする?」
「出来るなら、悪魔を封印したいところですが…」

 そう言い、ちらりとトキは稚空を見ました。

「今は、この場を離脱することを優先しましょう」
「フィンちゃんの方が大事だもんな」
「それを言うならまろんだろ」
「アクセスは稚空さんを運んで下さい。私とセルシアの二人で障壁を作り、四人
固まって飛んで行きましょう」
「そうだな。このままここに居たら、警察が来るだろうし。そうなると拙い」
「どうして警察が?」
「考えてもみろ。これだけ派手に撃ってくれば、誰かが通報する」
「確かに。魔界の連中がこれだけ目立つことをしてくるとは意外です」

 アクセスが稚空を抱え、上空にゆっくりと浮かび上がった四人を追って、銃弾
が追いかけてきましたが、トキとセルシアの結界はそれを悉く弾き返しました。
 やがて、採石場の跡地から離れるにつれ、銃弾は背中から追ってくる形となり
ました。
 自分達を追い越していく弾を眺めていた稚空は、突然叫びました。

「止まれ!」
「え?」
「あれを見ろ」

 稚空が指さす方向を見ると、後ろから放たれた銃弾が、前方で何かに弾かれて
いるのが確認出来ました。

「これは…」

 ゆっくりとその見えない壁に向け飛んで行く四人。
 やがて、トキが手を上げ他の三人を止めました。

「結界です。ここから先には進めません」
「じゃあ、もう一度結界を破って…」
「トキ!」

 後ろから、セルシアが声を上げました。
 背後を見ると、地面には悪魔達が何匹もこちらを見上げていて、気の矢を放ち、
又ある者は腕を伸ばし障壁に爪を立てようとしているのでした。


●前線司令部

「天使達が結界の第二陣に到達しました」
「結界第三陣の展開未だか!」
「現在、第四魔導猟兵中隊の第三、第四小隊が展開中」
「第三小隊の布陣が遅れているぞ」
「第三魔導猟兵中隊の第三、第四中隊は予定地点に移動。結界第四陣を準備せよ」
「人間達の動向は!」
「独立龍兵中隊よりの報告では、人間達に動き無し」

 司令部の中では、続々と報告が寄せられていました。
 ミカサはテーブルに胡座をかき、そこから指示を出していました。
 後ろには椅子もきちんと用意されていたのですが。

「やれやれ。話に聞くより天使は厄介な相手だね」
「しかし、我々も善戦しています」
「第二大隊が良くやってくれている」

 水晶球の向こうでは、天使達の様子が映し出されていました。
 悪魔達の攻撃は激しさを増し、天使達は障壁の維持のため多くの力を割かねば
ならず、結果として思う様に結界を突破出来ていませんでした。
 結界の第三陣が完成した頃合いに、わざと攻撃を手控え結界を「突破させた」
魔界軍。
 疲労困憊の天使達には再び元人間達と悪魔達により集中攻撃が加えられました。
 ある時は、天使達は反攻に転じようとした事もあります。
 しかしその時は、悪魔達は整然と後退し、損害を最小限に留めていました。
 そして天使達が結界の破壊作業に取りかかると、再び攻撃を再開。
 決して天使達を倒すことは出来ないものの、翌朝までの足止めは可能である。
 ユキですら、その時にはそう考えていました。


●桃栗町上空

 悪魔達の攻撃を耐えつつ、オルレアンに向け遅々とした進軍を続けるアクセス
達。
 その後衛として障壁を支えていたのはセルシアです。
 トキの考えでは、先鋒が最も危険なのでセルシアを後衛に配置したものの、実
際に攻撃の矢面に立たされるのは後衛だということが直ぐに明らかとなりました。
 なので、アクセスがそれとなく代わろうかと言ってくれましたが、セルシアは
彼女にしては珍しく婉曲な言い回しでそれを拒否しました。

 もっとも、セルシアにしてみれば無理をしているという積もりもありません。
 要は、只障壁を周囲に展開してさえすれば良い話なのですから。
 悪魔達の攻撃は激しい攻撃をかけている風で、こちらから押せば直ぐに引いて
しまう様な、どこか腰の引けたところがあり、先程障壁を支えた時に比べれば、
大したことはありませんでした。

 しかしそれでも時間が経つに連れ、段々とセルシアは退屈になって来ました。
 とは言え、眠る事も出来ないという地獄。
 こんな辛い思いは、天界での耐久訓練以来だとセルシアは思います。
 どうしたら、この辛い思いから逃れることが出来るのか。
 セルシアは、何か良い策は無いかと周囲の様子をきょろきょろと見回しました。
 そして目を閉じ、周囲の悪魔達の波を拾います。

「セルシア!」

 アクセスの呼びかけで、セルシアは目を見開きました。
 どうやら集中が薄れ、障壁が弱まっていた様です。
 慌てて、障壁の強度を上げました。

「頼むよ。こんな時に」
「ごめんなさいですです。だけど、判ったですです」
「何を?」
「悪魔さん達の動きですです」
「え?」


●前線司令部

 天使達の行動に変化が生じたのは、丁度日付が変わった頃でした。
 第4陣の結界を破壊しようとするのを止め、天使達は、攻撃を続ける悪魔達へ
と向かって来ました。
 それは前もあった事なので、予定通り急速に悪魔達は後退して行きました。
 違うのはその後で、今度は今来た方向に天使達は進軍を始めました。
 それも全速で。

「気づかれたか!」
「至急、第三中隊を転移させ…」
「それでは間に合わない」
「ミカサ様。私の封印を解いて下さい!」
「ユキ?」
「私が全力を発揮すれば、あの天使達を封じられます」
「成る程。ユキなら可能かもしれないね」
「だったら…」
「でも、それは駄目だ」
「どうしてですか!」
「これは、部隊の集団運用のテストケースだからね」
「ですが」
「それに、保険はかけてある。心配無いよ。ユキ」

 自信たっぷりにミカサがそう言うので、黙ってしまうユキでした。


●桃栗町上空

「稚空。しっかり掴まってろよ」
「OK!」
「熱は?」
「もう熱は下がった。フィンの術は凄いな」
「よっぽど効率良いやり方だったんだな。羨ましい」
「何だよそれ!」
「不潔ですです!」

 稚空の身体のことを案じ、本来の力を発揮していなかったアクセス達。
 しかし、稚空の熱が下がった後は遠慮無く動き回り、悪魔達を翻弄して行きま
した。
 天使三人(+稚空)は散開し、忽ちのうちに先程突破したばかりの結界に辿り
着くと、悪魔達が自分達の動きに追随出来ないのを良いことに、障壁を解除して
結界に大穴を穿ち、忽ちのうちに結界を逆に突破しました。

「さて。セルシアの推理が正しいかですが…」

 そうトキは呟くと、光球を元来た方向の闇の中に放ちました。
 その光球は、二番目に通ってきた結界のあった筈の場所を通り過ぎ、更には最
初の結界のあったと思われる場所さえも通り過ぎ、やがて消えていきました。

「成る程ね」
「どうりで何時まで経っても結界が続く訳だ」
「これと似た作戦、どこかで読んだことがあるぞ」
「良く判りましたね」
「悪魔さん達が、私達の後ろから、右側と左側を前進していたですです。それで」
「テレポートするんじゃ無いのかよ」
「無駄な転移で術力を消耗するのを嫌ったのでしょう」
「俺達、目の前のことしか見ていなかったのな」
「えへへ…」
「今回ばかりは、セルシアのよそ見を大目に見てあげましょう」
「ひどーいですです」

 頬を膨らませるセルシア。しかし、それでも嬉しそうな顔をするのでした。

「とにかく、急いでオルレアンに向かうぞ」
「待って!」
「どうしました?」
「強力な波が、あそこから出ているですです!」
「何だ?」
「敵の親玉が居るのかもしれません」
「どうする?」
「そりゃもちろん…」


●前線司令部

「天使3、司令部に向かって急速接近!」
「第三中隊の転移完了。何時でもどうぞ!」
「本部付小隊。準備良し!」
「撃ち方始め」
「撃ち方始め!」

 一瞬後、周辺に伏せていた人族魔導第三中隊の一斉射撃が開始されました。



 静まりかえっていた地面が突然真っ赤に染まり、辺りは轟音に包まれました。
 急遽展開した障壁に、銃弾が次から次へと命中し、そして弾かれて行きました。
 その間隙を突き、トキが光球を地面に向けて放ちました。
 地面に激突すると思われた直前、それは空中で炸裂します。

「マジ?」

 一瞬途絶えた銃撃が再び再開されました。
 今度はセルシアが、攻撃を仕掛けます。
 が、再びそれは弾かれました。

「結界を防御に用いていますね。これは厄介だ」
「どうする?」
「時間をかければ何とかなりそうですが、今は時間の方が貴重です」
「トキの言う通りだ。時間が経つと前方に結界を作られるかも」
「稚空の意見に賛成」
「ですです」

 四人は肯き合い、今度は地上に目もくれず、一目散に飛び去って行くのでした。


●前線司令部

「天使達は遠ざかって行きま〜す」
「独立龍兵中隊より緊急連絡! 人間の警察がこちらに向かいつつあり」
「状況終了。撤退する」
「状況終了! 各小隊は、手筈通りに撤退せよ」

 ざわざわと撤退の準備を始めたミカサ戦闘団司令部。
 そのざわめきの中、ミカサは大あくびをしていました。
 その後で、懐から携帯電話を取り出し、操作します。

「もしもし? ミカサです。申し訳ありません、突破されてしまいました。…は
い。後は宜しくお願いします」

 電話を切った後で、ユキはミカサの前に立ち、言いました。

「ミカサ様。保険とは何だったんですか?」
「ノイン様にお任せしたということだ。彼らの扱いには慣れていらっしゃる。き
っと、上手く処理して下さるだろう」

 そう言うミカサを見つめながら、どうしてミカサ様はノイン様をこうまで信頼
しているのだろうと考えるユキでした。

(第170話・つづく)

 では、(その12)に続きます。

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Keita Ishizaki mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp
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