神風・愛の劇場スレッド 第169話『青い蜜柑の香り』(その2)(01/10付) 書いた人:佐々木英朗さん
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From: 佐々木 英朗 <hidero@po.iijnet.or.jp>
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Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Message-ID: <20030110171137.5a399b4b.hidero@po.iijnet.or.jp>
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<20030103161643.0b809aca.hidero@po.iijnet.or.jp>
Lines: 271
Date: Fri, 10 Jan 2003 17:11:37 +0900

佐々木@横浜市在住です。
こんにちわ。

例のやつ、第169話(その2)をお送りします。
#(その1)は<20030103161643.0b809aca.hidero@po.iijnet.or.jp>です。

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられているヨタ話です。
# 所謂サイドストーリー的な物に拒絶反応が無い方のみ以下をどうぞ。



★神風・愛の劇場 第169話 『青い蜜柑の香り』(その2)

●桃栗町の外れ

アンは考えてみました。この土地に何時まで留まるのかという彼女の問いに対して
トールンは明確な答を返してはくれていません。仕事が済むまでという曖昧な
返事では漠然とした不安を解消する事は出来ませんでした。それならばとアンは
思うのです。過去に何度も見知らぬ街へと移り住んだ時の様に、少しづつでも
ここを新天地と思ってこの土地に慣れていくべきなのでは無いか。
もしそうであるなら、ずっと屋敷に引き篭もっていては何も変わらない。

「あの」
「はい?」
「私、行きます。町へ出てみたいと思います」
「そう、その気になってくれて良かった」

ユキはゆっくりとアンに近づき、そっと彼女の両の頬を両手で包み込みました。
そして額に優しく口づけ。何をされたのかすぐには判らず、判った途端に顔を
真っ赤に染めるアン。

「勇気のおまじないよ」
「勇気…」
「大丈夫、私がついているから」
「はい」
「それじゃ、出かける前にまず着替えましょうね」

ユキの視線が自分の身体をくまなくなめる様を感じて恥ずかしげに身をよじるアン。

「着替えですか?」
「ええ。目立つから、その格好だと」

寒がりなのに肌を覆う服装はしないでいたアン。その日も昨日とたいして変わらない
Tシャツに短パンという、およそ冬に外出する服装ではありませんでした。

「駄目ですか、こんな格好では」
「寒いでしょう?」
「でも我慢出来ますから」
「それに見ている方も寒いの」
「ユキさんが?」
「私というよりは他の人達が、ね」
「そういうものでしょうか…」

アンはやや意味を掴み損ねていましたが、それでもユキの言う通りにしようと
決めました。ですがどんな格好をすれば良いのか判りませんし、そもそも
着替え自体あまり多くは持って来てはいませんでした。まして冬服などは。

「あ、着替え持って無いのかしら?」

ユキはアンの戸惑いを見透かしたように言いました。

「はい…同じ様な服ばかりなので…」
「では私が」

術で、と言い掛けてユキははたと気付きました。彼女の前では自分はあくまでも
普通の人間の女性として振舞わなければならないのです。だからこそ朝からずっと
慣れない姿で我慢し徹しているのですから。少し考えてからユキは言い直しました。

「私が何か選んであげるから、町で買い物をしましょう。どうかな?」
「はい」

アンは頷いてぎこちない笑顔を見せました。それを見てユキも笑顔で応えます。
やはり種族の違いを越えて女の子は身の回りの品を買う事は楽しいのだろうか、
そんな感慨を抱きながら。そしてその笑顔の裏でもう一つの準備を整えるユキ。
アンに対して以上に、これから会いに行く相手には自分の正体を気付かせる訳には
行きません。ユキの戦いはもう既に始まっているのですから。

「(閉塞モード…開始)」

種族としての能力の大半を記憶と共に封じてしまっている状態のアンが気付くはずも
ありませんが、この瞬間より後のユキは外部から観る限りにおいて限りなく
人間に近い気配を発散するだけとなっていました。彼女の存在を追跡する事が
たとえ同族であっても困難な程、最低限度の希薄な力を残すのみになって。



午後になっても戻らないユキを心配して屋敷へ顔を出したミカサを出迎えたのは
全ただ一人だけでした。ミカサは全の表情を見て即座に情況を理解します。

「君は置いていかれたんだね?」
「お留守番と言われましたぁ…」
「全く…」

その直後、背後に浮かんだ気配に一瞬緊張するミカサでした。ですがすぐに
この屋敷において突然現れ得る気配の正体は一人しか居ないと思い出しました。

「ノイン様、早いですね」
「ええ。今日は午後に担当する授業が無かったもので」
「ところで、実はお話が」
「独断行動は悪魔族の性、といったところでしょうか」
「まさか初めから判って?」
「確証はありませんでしたけれどね。ああいう突き放した事を言われて、
黙って大人しくしている娘には見えませんでしたし」
「まったく人が悪い…」
「一応、職業悪魔をやっていますので」

微笑むノインに呆れたという表情を向けるミカサ。しかしそんな視線をノインが
気にするはずも無いとミカサは良く理解しています。諦めて今後どうすべきかを
考える事にするのでした。

「もし許可を頂ければ、私が追いますが」
「追えるのですか?」
「入念に気配を消し去っていますが、歩き回ってでも探し出します。目的は
判っているのですし、行き先は限られるでしょう」
「そうですね…」

ノインは軽く腕組みをして少し考えてから答えました。その際、脇で所在なげに
していた全に身振りでお茶を持ってくる様にと伝えてもいます。

「様子を見る事にしましょう」
「よろしいのですか?ユキ独りならいざ知らず、アンも連れ出している様ですが」
「昨日の事もありますから、何かあればアンの事はユキが何とかするはず。
違いますか?」
「ええ。彼女ならそうするでしょう」

そう答えて、ミカサはふと浮かんだ疑問を口にします。

「何故そう思われたのですか?」
「君が連れているなら、そういう娘だろうと思ったのですよ」
「恐れ入りました…というべきところなのでしょうね」

ノインは軽く肩をすくめて手近な椅子に腰を下ろします。ミカサもまたテーブルを
挟んで彼の向かい側に座りました。程なくして全がカップに入れたお茶を並べ、
しばしの休憩という事になったのです。

●桃栗町中心街

真冬のオープンカフェの営業など無意味。というのが彼の基本的な考えでした。
若干の常連(盲目ながらかなりイイ線をいっている女性も含めて)は居るものの、
晴れた日の日中の纔かな時間以外は大抵の客は寒がって屋内の席を選びます。
たまに来る客の為だけに常に屋外へも気を配る必要がある分、面倒なだけ。
経営者は意地だと言っていましたが、彼に言わせれば酔狂でしかありません。
ところがそんな思いを吹き飛ばす客がその日はやって来ていました。一人は昨日
見かけた季節外れの“夏娘”。もっとも今日は普通の丈のジーンズに同じくデニム
素材のジャケットを着ており、胸元からは白いシャツが覗くという出で立ちでした。
そしてもう一人はチェックのスカートにブラウスとジャケット。肩から前に無雑作に
長く垂らした黒髪。見栄えに頓着しなくとも素の良さがそのまま表に出ている美人。
そんな二人が同じテーブルに斜向かいで並び座っている様はまるでタウン誌か何かの
グラビアページにて店を紹介する為の撮影の様でした。しかしそれは紛れもない
単なる客なのです。普段なら感じない緊張感に身が引き締まる思いを抱く彼。

「ご注文は?」

最初に声を掛けた褐色の肌の少女は当惑の表情で見詰め返すだけ。思わず彼も
後退ってしまいそうになります。そこへ即座に隣りから声が掛かりました。
一語一語がはっきりした大変美しい発音の言葉が彼の耳に届きます。

「コーヒー…この店のオリジナルブレンドはありますか?」
「はい」
「では、それを二つ。それと何か甘い物を」
「ええっと…ケーキですか?チョコレート、ベイクドチーズ、それから」
「チョコレートケーキがいいわ。それも二つ」
「かしこまりました」

注文を聞こうとした際の緊張は薄れ、代わりに何か大きな事を成し遂げた様な
満足感が彼を包んでいました。それは結局は彼と一言も言葉を交わさなかった
褐色の肌の少女の感じた事と同じものだとは勿論気付く事はありませんでしたが。



既に傾き掛けた陽に照らされながら家路を急ぐ影が二人。今日も部活で遅くなった
まろんと都の、ある意味では日常の一コマでした。違ったのはふっと立ち止まった
都が洩らした一言ぐらいのものでしょうか。

「あの…さ」
「ん?何?」
「お茶、飲んでいかない?」
「いいけど、どうしたの急に」
「んー、何となく最近外でお茶飲む回数が減ってるかなぁって思ったから」
「そうだっけ?別にいいけど」
「それじゃその先の広場で」

ゆるゆると石段を越えた先に見える広場。そこには真冬でも律儀に営業している
オープンカフェがあるのです。もっとも今頃の時刻はまず十中八九外に客はおらず、
殆どの客は広場に面した店舗の中の席に陣取っている…はずなのでしたが。

「ありゃ…」
「何よこれ」

広場は既に日影になり寒々しい空気に満ちているというのに、何故か屋外の
テーブルはほとんど全て客で埋まっていました。真夏の夕涼みの時刻さながらに。
いくら風が無く極端に寒い日では無いとはいえ、それはそれは奇妙な光景でした。

「まろん…」
「ん?」
「今日、何かあったっけ?」
「何かって?」
「寒中花火大会とか」
「無いんじゃないかな…多分」
「だよね…」

訝しげな表情で互いに顔を見合わせる二人。そんな二人を呼ぶ声がありました。

「そこのお二人さぁ〜ん」

お二人というのが自分達を指していると先に気付いた都が辺りを見回し、まろんが
その視線の先を追う様に視線を彷徨わせます。

「あ、あの娘」
「え?」

都が指差した先には知らない少女が手を振っていました。あれは誰だっただろう…
そこでその隣りにいる別の少女に気付き、こちらはすぐに昨日出合った少女なのだと
思い出しました。ぎこちなく笑う少女の隣りでぶんぶんと手を振っている少女には
相変わらず全く見覚えはありません。それでも二人とも知らない相手ならば
いざ知らず、片方は一応知った顔でしたので都とまろんは呼ばれるままに二人の
傍へと向かいます。すぐに都とまろんは二人のテーブルへ辿り着きますが、それでも
昨日の少女は硬い表情のままで、むしろこちらの方が古い知り合いであるかの様に
二人にとって見知らぬ少女の方が屈託の無い笑顔で話しかけて来ました。

「こんにちは」
「はぁ」
「こんにちは。ところであんた誰?」

訝しげな二人の表情にも全く動ぜず、その少女は答えました。

「昨日は彼女がお世話になったそうですね。私、彼女の親友のユキって言います」
「あ、どうも。日下部まろんです」
「私は東大寺都。ところで」
「はい?」
「この娘の事も紹介してくれる?名前とか知らないのよ」
「あっ…」

黒髪の少女は隣りの褐色の肌の少女に話しかけました。その二人の会話は都にも
まろんにもさっぱり理解出来ませんでしたが、昨日の経験からその事自体には
特に驚いたりはしませんでした。

「失礼しました。改めまして自己紹介させますね」

黒髪の少女、ユキが言いながら傍らの少女を促します。

「…あんデス…キノウワドモアリガトウ…」

一瞬、驚いた様な顔を見せるまろんと都。ですがすぐに彼女の言葉に応じます。

「ううん。何にもしてないし、気にしないで」
「アンタ、言葉覚えるの早いわね」

相手の返事の意味が全く判らないアン。そんな彼女が小首を傾げて不思議そうに
見詰め返す様を見て、まろんが洩らした一言。

「いや〜ん、可愛い〜」

まろんの反応を見て都が声に出さずに一言。

「(こういうタイプも嫌いじゃないってわけね…ま、確かに健気っぽいけど)」

そんな二人を見てユキは内心でほくそ笑みつつ、表面上は変わらぬ人当たりの
良い笑顔を見せていました。

(第169話・つづく)

# 寒いところで温かいものを頂くというのは、それはそれでヨシ。^^;

では、また。

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