神風・愛の劇場スレッド 第168話『再会』(その5)(12/02付) 書いた人:携帯@さん
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From: Keita Ishizaki <keitai@fa2.so-net.ne.jp>
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Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: Mon, 02 Dec 2002 06:58:50 +0900
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石崎です。

例の妄想の第168話本編(その5)(最終)です。

>># 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
>># 着想を得て書き連ねられているヨタ話です。
>># 所謂サイドストーリー的な物に拒絶反応が無い方のみ以下をどうぞ。

第168話(その1)は、<aq4tca$hju$1@news01bb.so-net.ne.jp>から
     (その2)は、<aq50pd$hvf$1@news01bb.so-net.ne.jp>から
     (その3)は、<ar7uvj$nlu$1@news01bh.so-net.ne.jp>から
     (その4)は、<arq9rp$mt9$1@news01bh.so-net.ne.jp>から

 それぞれお読み下さい。



★神風・愛の劇場 第168話『再会』(その5)

●……

 それは父と母が離婚することが決まった直後の出来事。
 当時は未だやっていた新体操部の練習が無くなって、いつもよりも早く帰って
来たその日。
 マンションの扉をこっそりと開けたのは、どうしてなのか今では判らない。
 多分、ドアの開け閉めの音が近所に響くので、無意識に静かに開け閉めしてい
たのだろう。

 その後で、廊下を忍び足で歩いていたのは何故だろう。
 多分、兄さんか姉さんを驚かせたかったから。
 姉さんの部屋のドアを一度に全部開かなかったのは?
 静かだと思っていた部屋の中で、そこからだけ声がしたから。

 そして扉の中を覗き見て…。

 驚いたのは私の方だった。


●枇杷町・山茶花本邸

 息苦しい感じがして、椿は目を覚ましました。
 何か暖かい物が胸元から下に在る感触。
 それが今夜一緒に寝ている弥白だと気付くのには、時間はかかりませんでした。

 泣き疲れて横になると、今度は直ぐに眠りへと落ちたことは覚えています。
 その時、しっかりと手を握り合っていたことも。
 少し離れて横たわった筈ですが、何時の間にか弥白の方から寄ってきた様子で
した。

 離れようかどうしようか。
 そう椿が悩み始めた時、変化は起きました。

「え?」

 弥白は手を椿の首に回し、身体の上を這い上がって来ました。
 その顔が椿の顔の前に来た時、椿の胸は、弥白の胸に押し潰される形となりま
した。

「(わわっ)」

 同性ながら、心静かではいられなかった椿。
 しかも、それだけでは済みませんでした。
 弥白のしなやかな手が、弄るように動き、椿の両の頬に添えられました。

「(弥白様、寝惚けてる〜)」

 目の前の弥白は目を瞑っていて、未だ夢の中の住人だと思われました。
 どんな夢を見ているのか、椿には覗く術もありませんが、大体想像はつきまし
た。

「(どうしよう)」

 そう思う間もなく、弥白の唇が椿の鼻の頭辺りに触れ、続いて椿の唇の上に弥
白の唇が重ねられました。

「(え〜ん。初めてなのに〜)」

 そう心の中で叫びを上げる椿でしたが、主人を夢から覚ましては申し訳ないと、
身動きすることすら出来ません。

「ひゃっ」

 思わず叫び声を上げた椿。
 弥白の手が椿の身体をなぞり、唇が椿の頬を、首筋を這っていきます。

「(我慢しなくちゃ。我慢…)」

 寝惚けているだけなのだから、そのうち終わる。
 椿の思いとは裏腹に、弥白の動きは止まることはありませんでした。
 ただ、じっと耐えていた積もりの椿。
 しかし、気がつくと自分の身体の芯が熱くなっていました。
 思わず口から漏れ出る吐息。

 私は本当に我慢しているだけなの?
 本当は、私…。

「稚空さん…」

 このままずっと身を任せていても良いかも。
 弥白の口から、その人物の名が出たのは、椿がそう思い始めた時。

「あ…」

 熱くなった身体が一気に冷え込むのが判りました。
 そうだった。
 弥白様はあの方のもの。

「私なんかが…」

 そう呟くと、椿は覆い被さる弥白の両肩に手を置き、起こさない様にそっと弥
白の身体を回して、仰向けに横たえました。
 何者かを求め、羽根布団の下から手を上げ彷徨う弥白の両腕。

「稚空さん…」

 また、弥白が彼の名前を呟きました。
 椿は自分の枕を手にすると、布団を持ち上げ弥白の身体の上に枕を宛いました。
 すると弥白は安心した様にそれに両手を回し、今度は離さぬようにしっかりと
抱きしめました。
 続いて聞こえてきたのは弥白の吐息。

 それから後、弥白が何を呟いたのか、どうしたのか、椿は知りません。
 椿は弥白に背を向けて目を瞑り、耳を塞いでいたからです。
 ここは私が居てはいけない、神聖な場所だったんだ。
 そんな後悔を胸にしつつ、再び椿は眠りの中へと落ちていくのでした。



 天界であれば神か余程の上級天使で無ければ、許されぬであろう豪奢な寝台。
 そこに仲良く横たわっている二人のヒトをセルシアは見下ろしていました。
 部屋の片隅で眠っていたのですが、暖房を切られてしまい、寒さで目が覚めた
のです。
 もちろん、その程度で風邪を引くことは無かったのですが。
 することも無く、仲良く寝ている風に見えた二人を見下ろしたセルシア。
 二人の顔を交互に見比べつつ、やがてセルシアは椿の顔を注視します。

「(どうしてこの子のことが、気になるんだろう…)」

 ひょっとして、この子は自分と何かの関わりがあるのかも。
 そう思い始めた時、椿が目を覚ましました。
 目が合ってしまった様な気がして、慌てて小さくなったセルシアは、やがて椿
と弥白が愛の営みを始めた様に見えたので、邪魔してはいけないとその場から離
れようとしました。

「あれ?」

 セルシアが遠慮しようとした矢先、椿は弥白から離れ、今度は背中を向けて寝
てしまったのを見て、首を傾げました。

「(どうしたんですです?)」

 やがて、椿が苦しそうなうめき声を上げ始めました。

「(た、大変ですです!)」

 セルシアは慌てて寝台の上にそっと舞い降りると、椿の額に手を乗せました。
 念を込めると、忽ち頭の中に椿の想いが流れ込んできます。
 『掟』に反する行為かと感じましたが、緊急事態であるので仕方が無い。
 そう結論付けて咄嗟に行動したのはもちろん、椿のことが気になっていたから
に他なりません。

 椿の横に腰を下ろし、額に手を乗せ目を瞑っていたセルシアはやがて呟きます。

「違う…違うですです。椿」


●……

 そこは見覚えのある部屋でした。
 6畳ばかりの和室にカーペットを敷いた部屋。
 学習机に本棚。クローゼット。
 ここは、父さんと暮らしていたマンションの一室。
 ベットから身を起こした椿は、扉の向こうから足音がすることに気付きます。
 その足音は二つ。
 まさか泥棒では無いと思うけど。
 そう思いつつ、何となく部屋の片隅に置いてあった新体操で使うクラブを手に、
扉へと忍び足で歩いて行く椿。
 そっと扉を開けると、廊下は暗闇に包まれていました。
 玄関の方を見やると、二人のうち一人がこちらの方を見ています。
 その表情は緊張していました。

 それを見て、椿は安心の表情を浮かべます。

「兄さん、どうしたの?」
「ちょっと、走りに」
「こんな時間に? 暴走族とか走っていて、危ないよ」
「こんな時間だから、道路が空いていて良いんだ。それに、あいつらは出る日、
決まっているから」
「だったら椿も連れて行って」
「駄目よ」

 兄の隣りに立っていて、ブーツを履いていた人影がこちらに向き直って言いま
した。

「シートは一つしか空きが無いもの」
「今日が最後の機会なんだ。椿はまた今度、な?」

 そう言うと、兄はわざわざ椿の立っている所まで歩いて来て、頭を撫でました。

「うん…」

 兄に微笑まれ、肯かざるを得なかった椿。
 椿の反応を見て、兄は満足そうに肯き、姉の肩に手を乗せ二人で玄関の外へと
出て行きました。

 そうか、思い出した。
 今日はあの日だ。
 姉さんが母さんの所に旅立つ前の晩。
 そして二人は兄の操るバイクに乗って出て行って、そのまま。
 行かせたらいけないんだ。
 二人を止めなくちゃ。

 そう気付くと、椿はパジャマの上にカーディガンを素早く羽織り、サンダルを
履いて玄関の外へと出ました。
 廊下の端にあるエレベーターに飛び込み、1階へのボタンを押しました。
 深夜は1階毎に止まってしまうエレベーターがもどかしく、直ぐ下の階からは
階段を駆け下りた椿。
 駐車場の入り口で、兄と姉を乗せたバイクのヘッドライトの青白い光が椿を照
らしました。

「兄さん! 姉さん!」
「椿?」
「行っちゃ駄目!」
「危ないから、そこをどきなさい」
「どかないもん!」
「どうしたんだい? 椿」
「だって…だって…」

 どうすれば、二人を止めることが出来るのだろう?
 でも、止めない訳には行かない。
 だって、二人とも私の唯一人の兄であり、姉だから。

「このまま行かせたら、もう、ずっと会えないから!」

 そう叫ぶと、バイクのシート上の二人はぎょっとした。
 その様に、椿には思えました。

「ごめん、椿」
「私達、こうするしか無かったの。私達が一緒になるには」
「そんな! 離ればなれになっても、生きてさえいれば…」
「無理なんだよ、椿」
「どうして…」
「兄さん、行きましょう。椿、元気でね。父さんを宜しく」
「ああ」
「待って! 私も一緒に行く!」

 椿の叫びを無視し、兄はバイクを急発進させました。
 止める間もなく、夜の街へと走りだして行った二人のバイク。
 それは、忽ちのうちに小さくなって行きました。

「兄さん! 姉さん! 待って! 私を置いていかないで! 一人にしない
で!」

 その場にへたり込んだ椿はそのまま、泣き続けるのでした。



「……椿ちゃん」
「うっううう……」
「椿ちゃん!」
「う……」
「もう! こっち向くですです!!」

 どれほど泣き続けたでしょう。
 椿の背後から、女性の声がしました。

「え?」

 椿が涙で濡れた顔を声の方向に向けると。
 目の前には、白いドレスを着た女性が立っていました。
 その女性の顔を見て、あっと椿は声を上げます。
 微風に流されている銀色の髪。
 そして銀色の瞳。
 何より、背中から生えている白い翼は彼女が人間では無いことを物語っていま
した。

「貴方は…天使なの?」

 椿がそう言うと、目の前の女性は肯きました。

「ここは…天国? 私…死んじゃったの?」
「違うですです。ここは、椿ちゃんの夢の中ですです」
「私の…夢?」

 辺りを見回すと、そこは夜の駐車場では無く、陽光溢れる草原の中。
 そこには、自分とその天使以外の何者も存在しませんでした。
 少なくとも、椿の視界の範囲内には。

「もしもここが夢の中ならば、私の望みを叶えることが出来ますか?」
「それが叶えられる望みならば可能ですです」
「兄さんと、姉さんを生き返らせて下さい」
「無理ですです。死んでしまったヒトを蘇らせることは私には」
「ならば、私を兄さんと姉さんの今居る世界に連れて行って」
「ヒトとしての身体を捨てるんですです? 折角今、ヒトとしての生を受けてい
るのに、どうしてそう思うんですです?」
「…寂しいの。身寄りも無く、ただ一人で生き続けることが」
「ここは椿ちゃんの夢の中。もしも貴方がそれを願うなら、そうすることも出来
るですです」
「え?」

 何時の間にか、椿の手には短剣が握られていました。
 その短剣を自分の顔の前に持ち上げた椿。
 鞘が無く、剥き身のままの短剣は、椿の表情を映し出していました。

「さぁ、その剣で…」

 ごくり。
 椿の唾を飲み込みました。
 心臓の鼓動が速まり、手が震えます。
 そうだ。
 最初からこうすれば良かったんだ。
 どうせ私は一人きり。
 みんな最初は泣いてくれるだろうけど、直ぐに私のことなど忘れてしまう。
 だけど……。

「出来ません。やっぱり」

 だらりと力無く、椿は短剣を持った手を下ろしました。
 やがて手にした短剣自体、光の泡となって消えてしまいます。
 目の前の天使が椿の手を取ると、夢の中であるにも関わらず、その手から温か
さを感じました。

「それで良いんですです。命は神から与えられしもの。粗末にしてはいけないで
すです」
「でも、兄さんと姉さんは捨ててしまった」
「それは違うですです」
「え?」
「貴方の兄さんと姉さんは、兄妹だけど愛し合ってしまったですです」
「どうしてそれを…」
「でも、離れ離れになるからって、死を選ぶようなことはしなかったですで
す!」
「貴方にどうしてそれが判るのよ!」
「どうして? それはですです…」

 天使の身体が光に包まれました。

「まだ気付かないの? 椿」

 眩しさに目を瞑った椿の耳に、声が届きました。
 その声は、つい先程まで話していた天使とはまるで違うもの。
 目を開けると、そこには天使の姿はありませんでした。
 栗色の自分の髪とは違って、アップにした黒髪は母譲りの色。
 紺色のブレザーにグレーのスカートの高校の制服。

「まさか…そんな…」
「言ったでしょう? ここは夢の中。貴方の望んだ夢は叶うって」

 信じられない。
 その女性は、そんな思いを抱く椿の身体に手を回し、しっかりと抱きしめまし
た。
 その身体から感じる暖かみと、香り。
 それは、あの当時の感触と同じ。

「姉さん! 美鈴姉さんだぁ…」
「椿…元気そうで良かった」

 椿の瞳から再び涙が流れ出し、頬を伝いました。
 椿の嗚咽は、暫くの間止まらず、その間、美鈴は椿の髪を撫で続けていました。


●枇杷町・山茶花本邸

 椿が三度目を覚ました時、まだ夜は明けていませんでした。
 何をどうしたのか、羽根布団は半分捲れていて、寒気が椿の身体を包み込んで
います。
 それでも、椿自身の身体は冷えてはいませんでした。
 きっと、姉が暖めていてくれたからなのだと思います。

「う…ん…どこ?」

 隣から寝言が聞こえ、椿はそちらの方を見ました。
 隣りに横向きで寝ていた弥白は、枕では満足しなかったらしくその手は未だ誰
かを求めて彷徨っていました。
 その様子を見て椿はため息をつきましたが、その表情は穏やかなもの。
 捲れた布団をかけ直そうとして、何かが落ちている事に気付いた椿。
 それは、白い羽根でした。

「(お布団? …いや、この大きさは)」

 それを手にして、近づけてみた椿。
 するとそれは見る間に、消えていきました。

「姉さん…。本当に居たんだ」

 そう呟くと、椿は部屋の中の何も無い空間に視線を漂わせました。
 もちろん、何も見つけられはしなかったのですが。

「うん、判ったよ。姉さん。弥白様は私が見守っています」

 やがて椿は肯くと、彷徨う弥白の手を取ります。
 すると、弥白の呻き声はそれで収まりました。

「弥白様…。今度は、私が」

 そう呟くと、椿は今度は自分から弥白の方に寄り添い、布団を掛けました。
 そうして弥白の体温と柔らかさを感じつつ、今度は朝までの眠りに落ちるので
した。



 弥白が目を覚まし、意識がはっきりしてから最初にした事は、隣を見る事でし
た。
 そこには、椿の姿はもうありませんでした。
 自分の腕がしっかりと枕を抱きしめていることに気付き、顔を赤らめた弥白。
 その目はしっかりと開かれていましたが、どこか焦点は合っていません。

 目覚まし時計が鳴り響くには、少し早い時刻。
 寝直す程の時間も無く、そのまま起き上がった弥白。
 しかし、ベットから降りることも無く、正座したままでいました。
 右手を胸の上に当てた弥白はため息を一つ。
 そして呟きます。

「夢…でしたのね」

 それは、それまでも何度か見た忘れようの無い至福の夢。
 現実にあった出来事の再体験。
 いつもなら、その余韻に浸ったまま朝を過ごすのですが、今日はそうも行きま
せん。

 ネグリジェ姿のままリビングに入ると、キッチンの方からは良い匂いが包丁の
音と共に運ばれて来ました。

「おはようございます。弥白お嬢様」
「おはよう」

 メイド服を着込んだ椿はキッチンで朝食の支度に余念がありません。
 昨日と違い、今日は仕事なのでした。
 手伝いましょうという言葉を仕事を奪うのは拙いと思い直し、寸前で飲み込ん
だ弥白。
 何時も通りシャワーを浴び、身支度を整えます。
 今週の木曜日の地区大会に向けて練習があるために、日曜日とは言え枇杷校の
制服に着替えた弥白。
 その頃には、ダイニングテーブルに朝餉の準備が整えられていました。

 着席し、食べ始めようとした弥白。
 しかし、その手を止めて振り返ります。

「椿さんも如何?」
「いえ、私は後で頂きます」
「独りでのお食事は寂しいものよ。一緒に食べて頂けないかしら」
「あ…。はいっ」

 嬉しそうに椿は答えました。

 手早く自分の分の食事の支度を整え、正面に座った椿。
 食べ始めたのは同時でしたが、食べ終わったのは椿の方が先でした。

「ごちそうさまでした」

 そう言い、立ち上がろうとする椿。

「椿さん」
「何でしょう?」
「昨日…私の寝言、五月蠅くありませんでしたか?」

 食事中、何度も言おうとして言えなかったことを、漸く弥白は言いました。
 すると、椿の方は明らかに動揺している様子でした。
 ああ、やっぱり聞かれていたんだ。
 そう感じ、弥白は頬が熱くなるのを感じ俯いてしまいました。

「いえ、私の方こそ五月蠅くありませんでしたか?」
「え!?」

 一度寝てしまってから、朝まで一度も目を覚まさなかった弥白。
 椿もずっと寝ていたのかと思うと、少し安堵します。

「いいえ。ずっと寝ていたから…」
「そうですか。良かった」
「何か良い夢でもご覧になったのかしら」
「実はその通りです」
「どんな夢? 差し支えなければ」
「夢の中で、天使に会いました」

 椿の言葉に、内心驚いた弥白。
 しかし、何とか驚きを表面に出すことはしませんでした。

「まぁ。やっぱり、羽根が生えているのかしら」
「ええ。だけど、只の天使では無かったんです」
「実はとってもドジだとか」

 佳奈子から聞いた話から、思わず弥白はそう口走ります。

「いいえ。実はその天使は、死んだ私の姉さんの生まれ変わりだったんです」
「まぁ」
「姉さんは私に言いました。あれは本当に事故だったんだって」
「四年前の話ね」

 弥白がそう言うと、椿は肯きました。

「今は天国で兄さんと幸せに暮らしているから、私も自分の幸せを見つけなさい。
姉さんは兄さんと一緒に、何時でも私のことを見守っているからって」

 椿の話を聞いた弥白は目を閉じ、少し考えてから言いました。

「その天使、本当に椿さんのお姉様では無いかしら?」
「はい。私もそう信じています」
「だとすると、今もどこかでお姉様は椿さんのことを見守っているのかも」
「そうでしょうか」
「そうに決まってますわ」

 言葉だけでは無く、弥白は心から信じているので、自然と言葉に力がこもりま
す。

「そうですね。そう思うことにします」
「でしたら、椿さんもお姉様の期待に応えないと」
「期待…ですか?」
「椿さんも自分の幸せを見つけること」

 この子には、山茶花家に仕えるだけで無く、高校生らしい幸せを掴んで欲しい。
 そう思い弥白はこの言葉を口にしたのですが、椿の返事は意外なものでした。

「それでしたら…。もう、幸せは見つけています」
「何ですの?」
「弥白様とご一緒出来ること。お仕えするだけで無く、お友達として側に居られ
ること。気の良い同僚達とこのお屋敷で働けること。このお屋敷での生活が、私
の今の幸せです」

 椿の言葉をそのまま受け取った訳では無いものの、それでも嬉しく感じた弥白
は微笑を浮かべます。
 しかし、それだけではいけないと直ぐに思い直します。

「そう。でもそれだけじゃ駄目。もっと外の世界…。例えば、学校で部活動と
か」
「部活動…」

 そう言われて、椿は何か考えている様子でした。
 もう一押しする必要を感じた弥白は、水を向けることにしました。

「そう言えば椿さん、中学生の頃は何か部活とかしていなかったんですの?」
「その事なのですが、実はお願いがあるのですが」
「何かしら?」
「木曜日に新体操部の団体戦があるそうですが、弥白様も出場されると聞きまし
た」
「そうですわ」
「応援に行って、良いですか? 私、新体操を昔やっていたので、興味あるんで
す」

 もちろん弥白が否と言う筈はありませんでした。



 朝食の後片づけを椿に任せ、リビングのソファに腰を下ろした弥白。
 まだ時間があったので、テーブルの上に置かれた内外の主要紙にざっと目を通
します。
 ふと、昨日の食べ残しのクッキーが目に入りました。
 残されたその数は、昨日の夜最後に見た記憶と異なっていました。

「まぁ」

 そう呟いた弥白は、辺りを見回します。
 そしてある一点を見据えます。

「椿さんの事も見守っていて下さったんですのね。これからも宜しくね、天使さ
ん」

 そう呼びかけてみましたが、やはり返事はありませんでした。


●桃栗町上空

 朝食後、悪魔探索に出かける前に、セルシアの様子を見に行くことにしたトキ。
 わざと念波で連絡を入れず、驚かせるつもりでした。
 悪魔探索を兼ね、ゆっくりとした速度で地上を眺めつつ飛行して行くトキ。
 下を見ていた所為で、前から飛んで来るそれに気付くのが遅れました。
 そして、それに気付いた時は既に手遅れだったのです。

「トキ、トキ!」

 そう叫びながら猛スピードで飛んで来たセルシアが、トキに抱きついて来まし
た。

「せ…セルシア? どうしたんです、慌てて」
「やっと会えたですです」
「やっと? 昨日会ったばかりでしょう」
「そう…ですけど」
「弥白嬢はどうしたんです?」
「学校に向けて、お車で出て行ったですです」
「だったら、そちらに早く。悪魔は何時、どこで弥白嬢を狙っているのか判らな
いのですよ」
「判ってるですです。でも…」

 セルシアはしっかりとトキを抱きしめたまま、離れようとしません。
 トキはため息をつき、セルシアの身体に手を回して抱き寄せると、セルシアは
トキの胸に身体を埋め、肩を震わせていました。

「セルシア?」

 トキが声をかけると、少し間をおいてセルシアが顔を上げました。
 笑顔でした。
 セルシアは目を瞑り、何かを待っている様子でした。
 トキはセルシアの顎の下に指を乗せて顔を自分の方に向けると、その唇に自分
の唇を重ねました。
 息苦しくなるまでそのままで居た二人。
 離れても、二人の間を光る糸が繋いでいました。
 それも切れた頃、漸くセルシアは目を開けました。

「トキ…」
「愛しています、セルシア」
「私もですです」
「決めました」
「何をですです?」
「今のセルシアを私は愛します。だから、セルシアも今の私を愛して下さい」

 トキの言葉を聞き、きょとんとしていたセルシアは、やがて明るい笑顔を見せ
ると、「うん!」と力強く肯くのでした。

「では、お仕事に行って来るですですっ」
「気をつけて」

 枇杷校の方角へと飛んで行ったセルシアは、一端停止するとトキに手を振りま
した。
 手を振り返すと満足したのか、今度こそセルシアは仕事に向かいました。
 セルシアの姿が点になっても、トキはそのままそこに留まっていました。
 何かを考え込むような姿勢で。

「(まさか…セルシアも?)」

 しかし直ぐに、思い直しました。

「(そんな筈は無いか。あのセルシアが、気付いて口にしない筈はありませんか
ら)」

 そう結論付けると、トキは今日の仕事を始めることにするのでした。



 暫く飛行を続けると、目的地の枇杷校が見えてきました。
 新体操部の練習場。そこが弥白の行く先の筈でした。
 セルシアが高校の上空に到達した頃、弥白の乗った車も学校に到着します。
 運転手がドアを開け、弥白が車から降りてきます。
 スポーツバックを手にして、練習場へと向け歩いて行く弥白はその中途で立ち
止まると、空を見上げました。
 そしてセルシアの方を見てにっこりと微笑むと、再び歩き始めました。

「やっぱり…気付いているですです? でも…」

 自分の事は見えていないし、天界について気付かれた訳でも無い。
 自分の存在を受け入れてくれているのであれば、却って仕事はやり易い。

 そう考え、セルシアはこのことをトキに報告するのは止めにしました。
 彼が知れば、大騒ぎになることは間違いないですから。

 トキに隠し事をするのは気が引けましたが、それでも自分だけが悪いとは思っ
ていません。

「隠し事は私だけじゃ無いですです。ね、真琴兄さん」

 そう呟くと、セルシアは任務を果たすべく、地上へと降下して行くのでした。


●天界・大天使リルの執務室

 『神殿』で一夜を過ごしたリルは、執務室へと戻っていました。
 途中で抜け出た会議は明け方には休憩になっていて、夕刻に再開されることに
なっていました。
 事の重大さの割に悠長な動きに何とも歯痒い感を抱くリルでしたが、事の重大
さを隠しているのが他ならぬ自分自身であることに思い至ると、苦笑するしかあ
りません。
 むしろここは、貴重な時間を稼いでいると思い、喜ぶべきでした。

 神からあまりにも衝撃的な話を聞かされた余韻が覚めやらぬ中、それでも執務
室で一日、地上に降下させるべき天使の人選を進めていたリル。
 それに疲れた頃、地上の様子を見ようと思い立ちます。
 リルの術力に操られた水鏡は、神にも匹敵する遠くを見通す力を持ちます。
 その力を最大限に行使し、地上の『神の御子』の様子を見ることにしました。
 学校の帰りらしい神の御子の姿は、常人では考えられない聖気を発散している
ことから程なく見つかり、そこに焦点を合わせようとします。
 すると、壁の鏡からトキを呼ぶ声がしました。
 声だけで、姿は見えないのですが。

「大変です。リル」
「神よ。何事ですか?」

 昨夜聞かされた話以上に大変な事があるものか。
 そう心の中で毒づくリル。

「人間界で魔王の御子が、神の御子…日下部まろんと」
「今、丁度その神の御子を見ているところです。これは!」

 見たところ普通の人間としか思えぬ少女が、神の御子の近くに立っていました。
 しかし、その表情が普通ではありませんでした。
 無表情。
 そうとしか形容出来ぬ顔をまろんの方に向けたその少女は、両の腕をまろんに
向け、手の平の前には、何か強力な力の集中が行われているのが水鏡越しでも感
じられました。

「彼女を止めないと! 神よ、お力を!」
「それは出来ません。ただ、見守るしか。私の御子の力を信じましょう」
「かつての過ちを繰り返されるおつもりか。それに、魔王の御子も貴方の」
「私は人間界に深く関わってはいけないのです。それが、二人の御子を生み出し、
戦いの原因を作り出した私の結論です」
「しかし…」

 二人が言い争っている間に、危機は唐突に終了しました。
 神の御子の友人が近付くと、その少女は臨戦態勢を解いたからです。

「危ないところでした」
「『あちら側』の方針が、これまで通りで幸いでした」
「まさか、これ程早く接触するとは思わなかったのです」
「しかし、時間の問題でした」
「判っています。……少し考えさせて下さい」

 そう言い残すと、壁の鏡は元の鏡に戻りました。
 水鏡の中心に映し出されている少女をじっと見つめていたリル。
 やがてため息と共に呟きます。

「神の御子が二人とは…。あなたはどれだけ私に難題を押しつければ気が済むの
です」

 そう愚痴りつつも、それでもリルはその困難な任務をやり遂げるつもりでした。
 それが、リルの愛した者の頼みである以上。


●人間界・桃栗町のどこか・ノインの館

 アンが街に飛び出た騒動が収まったその日の夜。
 ノインの元に再び魔界からの伝令が到着しました。
 クイーンへの伝令と思いきや、自分への伝令であったので少し驚いたノイン。
 しかし、伝令から言伝を聞いて納得の表情を浮かべました。

「ミストよ。貴方は居なくなってまでも私に迷惑をかける。どうせ旅立つのなら、
一緒に連れて行けば面倒は起きなかったものを」

 ミスト自身には何の責任も無い。
 そう理性では理解していても、誰かに愚痴りたくもなるノインなのでした。

(第168話(その5)完)

# 何とか予定通り終了出来ました。(^^;)
# 2月27日(日)の夜まで

 第168話はこれで終わりです。

 次回からは再び佐々木さんパートです。お楽しみに。

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Keita Ishizaki mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp
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