神風・愛の劇場スレッド 第165話『悪魔の矢』(その7)(5/10付) 書いた人:佐々木英朗さん
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From: 佐々木 英朗<hidero@po.iijnet.or.jp>
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Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
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NNTP-Posting-Date: Fri, 10 May 2002 12:09:49 JST
Organization: DION Network

佐々木@横浜市在住です。

<20020504035425.6a274489.hidero@po.iijnet.or.jp>の続きです。

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられているヨタ話です。
# 所謂サイドストーリー的な物に拒絶反応が無い方のみ以下をどうぞ。



★神風・愛の劇場 第165話 『悪魔の矢』(その7)

●桃栗町郊外 ツグミの家

手を伸ばすとすべすべした手触りの敷布と軽くて温かい掛け布団に挾まれて
いるのだとすぐに判りました。もっともそれは慣れ親しんだ我家では無い事も
すぐに判ります。そしてごく最近同じ様な事を体験した気がしていました。
やがて、あの時は病院で目覚めたのだったと弥白は思い出します。
或いはそれは今この瞬間の事だろうかとも思えるのでしたが。
多分もう目を開いているはずでしたが、何も見えませんでした。
ただ何となく然程広く無い部屋に寝かされているのだろうとは、部屋の周囲
の壁や多分窓がありそうな辺りとの間に感じる空気を押し付けて来る様な感覚
から察する事が出来ます。自分の居場所の手掛りを探ろうとして耳を澄ませる
弥白。何処か遠くから歌を唄っている声が聞こえる気がしました。
かすかに記憶の底に触れてくるメロディ、子供の頃に誰かが唄っているのを傍で
聞いていた様に思えます。あれは誰だったろうかと考えて、自分の母親だったかと
気付きます。もっと良く聞こえる様にと身体を起こし声のする方へと身を
乗り出してみましたが、途端に歌声は途切れてしまいました。そして残されたのは
耳鳴りなのかさえ判然とはしない、頭の中でのみ響くシンという音だけなのでした。
やがて意を決してベッドを抜け出て立ち上がるとぐるりと見回してみます。
時計や電化製品といった、何処の家にもあって灯りの点っていそうな何かが
無いかとの期待もすぐに消えてしまいました。目印が無い為に自分が真っ直に
立っているのかさえ定かではありません。ふらふらと再びベッドに腰を下ろす
弥白。そのままぼんやりと過ごしているとドアノブを回す音がして扉が開きます。
廊下から射し込んだ灯りが段々と拡がって部屋を満たします。眩しさに目を
細めながら暗いシルエットの人物を見詰めていると、急に視界が一気に明るくなり
部屋の電灯が点された事が判りました。眩しさに慣れた目で灯りの下に立っている
人物をはっきりと見た途端に弥白は思わず息を飲みます。
そして驚きが声が出てしまわなかったかと思い、慌てて手で口を塞ぎました。

「起きたわね」

そっと探る様に、或いは触れてくる様に静かな声が響きます。

「もし良かったら食べてみる?」

ツグミはそう言って四角いお盆に乗ったポタージュの皿を弥白に勧めました。
弥白は黙ってお盆を受け取ると腿の上の辺りに置き、皿から昇る湯気を眺めました。
そして時々は視線をツグミの方へと忍ばせます。ツグミは弥白の寝ていた
ベッドの脇に正座しており、弥白に対してはやや斜めの横顔を向けています。
正面から向き合うのでも無く、さりとてそっぽを向いている訳でも無い姿勢。
弥白にはその横顔からツグミの考えを見て取る事は出来ませんでした。
そうしてポタージュに口を付けるでも無くツグミの顔を見詰めている弥白。
そんな彼女にしびれを切らした訳でも無いのでしょうが、先に口を開いたのは
ツグミの方でした。

「どうしてこんな所に居るのか、聞かないの?」
「…それは」

消え入りそうな弥白の声を聞いてツグミは不思議そうな顔をして座る向きを
変えました。閉じたままの目の奥からの視線を痛いと感じる弥白です。

「そうだ。大事な事を先に言わなくちゃ」
「え?」
「何時だったか私の手を取って支えてくれたわね、交差点で」
「私は…」
「決して大袈裟で無くあなたは命の恩人よ、感謝しています。山茶花弥白さん」

お盆が大きく揺れて皿が飛び跳ねカチャりと音を立てました。

「何で…私の名前を」
「まぁ色々と」
「でも私はあなたを救けた事なんて」
「あらそう?」

ツグミは正座の格好のまま手を突いて前に進み出ると狼狽える弥白の背中に
さっと手を差し伸べて髪の毛を撫でさすりました。

「メルヴィスのコンデョショナ、ブーケの24番」
「そ、それが何か?」
「私は見本しか知らないけど、24番は限定版よね?もう販売はして無いのに
どうしても、と言って直接注文してくるお得意さんが枇杷町に居るって聞いたわ」
「だからって」
「私を救けてくれた人も同じ香りをさせていたの。これは偶然」
「…あなたが」

弥白が小さな声を上げ、ツグミは言葉を切って耳を傾けました。

「あなたが私を連れていくの?」
「連れて行く?」
「覚悟は出来てます。でも、最後にもう一度だけ」

弥白が何を言っているのか理解出来ず、今度はツグミが狼狽える番でした。

「ちょ、ちょっと待って」

更に身を乗り出して弥白に差し出したツグミの手に温い水がぽたぽた落ちました。

「お願い」

そして弥白はそのまま両手で顔を被って泣き始めてしまいました。



どのくらい経ってからでしょうか。リビングで椅子に座っていたツグミに
おずおすと話しかける者がおりました。

「あの…」
「落ち着いた?」
「…ええ」
「ではここへ座って」

ツグミは椅子を一つ引いて弥白に勧めると自分はキッチンへ向かいます。
程なくティーカップとポットを持って戻ってきた所を見ると、何時でも
良い様に準備されていたのでしょう。カップに紅茶を注ぎながらツグミが
言います。

「吃驚したわ」
「ごめんなさい、私取り乱してしまって」
「私こそ、ごめんなさい。またやってしまったみたい」
「また?」
「頭の中でね、一本の糸が繋がると確かめないでは居られなくなるの。
それで良く人に嫌がられてしまうのよねぇ」
「繋がる…糸って?」
「ええと、そうね。糸っていうのは、何だろうなって思うことかな。以前に私が
精神的に揺れていた時に救けてくれた誰か。名前も名乗らずに去ってしまった
恩人さんが誰だったのかがずっと謎だったの」
「…」
「でもそれが山茶花さんだと判ったら、ああ、そうかそうだったのかって
納得出来た」
「それは」
「私と日下部さんがお友達だって知っていたのでしょ?だから本当はあまり
関わりたく無かったのでしょ?」
「…そうじゃ無いの…そうじゃ…」
「あ、違うんだったわね、人違いなのよね」

少しの間の後、ツグミがぽつりと漏らしました。

「私って気持ち悪いのかな、やっぱり」
「どうして…そんな事を」
「さっき山茶花さんの声が震えていたから」
「…」
「また言っちゃった。無気味でしょ」
「…」
「何でもお見通しみたいな事言うから」
「私は別に何とも…」
「こんな女の話相手になってくれる人って滅多に居ないし」
「でもあなたには」
「中世だったら魔女扱いで火炙りって所かしら」
「…」
「ごめんなさい。つまらない事を言ったわ」

頬杖を突いて窓の方へと顔を向けたツグミ。弥白には今のツグミの横顔は
普通の女の子の横顔に見えていました。そしてツグミのいれた紅茶は
弥白の好きな香りがしていました。それから暫くどちらも何も言わずに
時間が過ぎました。カップに残った最後の一口を飲んだツグミは、それから
急に慌てた口調で言いました。

「そうだ、忘れてた」
「何ですの?」
「山茶花さん、今日何があったか覚えている?」

弥白は答に窮してしまいました。逆に弥白はツグミに尋ねたいくらいだった
のです。貴女は何をどこまで知っているの?と。そんな様子を知ってか知らずか
ツグミは続けました。

「一緒に居た女の子の事は?」

今度は弥白が慌てた口調に変わります。

「そうだわ、佳奈子さんは何処?」
「そうそう、その娘、お家は何処?」
「それは…」

手帳をと考えた弥白はポケットを探ろうとして自分の腰の辺りを見下ろし
ました。そしてその時になって弥白は自分の着ている物にやっと気付き、
眩暈にも似た感覚をおぼえていました。弥白の着ていた服、それは極く普通の
パジャマではあったのですが。

「な、私、何でこんな物着ているんですの?」
「濡れていたから着替えさせたの。そのままじゃ風邪をひいてしまうし、
私の家のお布団も濡れてしまうから。別に構わないでしょ?女性同士だし、
ほら私何にも見えないから余計に安心」

思わず、"貴女だから余計に心配なの"と言いそうになるのをぐっと堪えて
弥白は尋ねました。

「その事はいいわ。それで、私の服はどちら?」
「洗濯したけど、まだ乾かないと思う」
「ええっ!」
「心配しなくても」

ツグミは部屋の片隅の小さな飾り箪笥の上を指差しました。

「ポケットの中の物は出しておきました」

最後まで聞かずに弥白はツグミの示した家具の傍へ行くと雑多な品物の
中から携帯電話を拾い上げてボタンを操作しました。ですが。

「壊れてる…」
「何が?私の所為?」
「携帯電話よ。壊れたのは濡れた所為ね、きっと…」
「電話ならそこにもあるけど」

そう言うとツグミは別の片隅を示します。

「借りてもよろしいの?」
「勿論」

弥白は礼を言うと何処かへと電話を掛けました。聞くとも無く聞こえてくる
弥白の受け応えから、どうやら相手は自宅の誰からしいと想像するツグミ。
それから弥白はもう一度ツグミに断わって別な場所に電話を掛けてから受話器を
置きました。

「佳奈子さん…まだ寝たきりですって…」
「ご自宅で?」
「名古屋病院…でも、そんなはずは…」

そう言ったきり無言で立ち尽くす弥白。ツグミは暫くそのままにさせて
おきましたが、弥白が動こうとする様子を見せなかったので声を掛けます。

「とりあえず座ったら?」

促されてやっと弥白は椅子に腰を下ろしましたが、相変わらず茫然として
考えを進める事が出来ない様子でした。とりあえず放っておく事にして、
ツグミは頼まれていた用件を済ます事にしました。

●オルレアン

前夜の約束通りとはいかず、今夜もまろんの部屋での開催となった報告会。
しかし同時に夕食を楽しむという雰囲気にはなりませんでした。
そんな沈黙を破ったのは一本の電話の呼出し音でした。
やがて手短な会話を終えたまろんは受話器を置くと振り向いて皆に言います。

「判ったよ、彼女の居場所」
「何処だ?」
「稚空のお父様の所」
「何?」
「入院しているみたいだって」

話の最中に既に椅子を立っていたトキが表情を引き締めて言いました。

「急ぎましょう、生命に危険が迫っているのかもしれません」

もとより誰にも異論があるはずも無く、まろん達は夜の町へと出発して
いきました。

(第165話・つづく)

# 2/25日、金曜日夜まで。
## 病院では静かにしましょう。(笑)

では、また。

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