神風・愛の劇場スレッド 第156話『誤算』(その8)(11/19付) 書いた人:携帯@さん
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From: Keita Ishizaki <keitai@fa2.so-net.ne.jp>
Newsgroups: japan.anime.pretty,fj.rec.animation
Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: Tue, 20 Nov 2001 00:34:27 +0900
Organization: So-net
Lines: 813
Message-ID: <9tb8q7$435$1@news01bf.so-net.ne.jp>
References: <9s39i4$jh$1@news01bf.so-net.ne.jp>
<9tb15m$a86$1@news01bj.so-net.ne.jp>
<9tb332$ag9$1@news01bj.so-net.ne.jp>
<9tb4am$gl3$1@news01cf.so-net.ne.jp>
<9tb5hj$feu$1@news01be.so-net.ne.jp>

石崎です。

 このスレッドは、神風怪盗ジャンヌのアニメ版の設定を元にした妄想スレッド
です。そう言うのが好きな人だけに。

 hidero@po.iijnet.or.jpさんの<9qope5$1nh@infonex.infonex.co.jp>における
談合結果に基づき、前回に引き続き今週も私パートです。
 佐々木さんのファンの方には申し訳ありませんが、今暫くお付き合いの程を。

 第156話の残りの話をお送りします。
 約2800行程ありますので、(その4)〜(その8)までの5分割でお送り
します。
 この記事は、第156話(その8)です。

#やっと第156話が終わりました。長かった……。


第156話(その1)は、<9qu0j7$cda$1@news01cc.so-net.ne.jp>
     (その2)は、<9rghhm$2b9$1@news01ch.so-net.ne.jp>
     (その3)は、<9s39i4$jh$1@news01bf.so-net.ne.jp>
     (その4)は、<9tb15m$a86$1@news01bj.so-net.ne.jp>
     (その5)は、<9tb332$ag9$1@news01bj.so-net.ne.jp>
     (その6)は、<9tb4am$gl3$1@news01cf.so-net.ne.jp>
     (その7)は、<9tb5hj$feu$1@news01be.so-net.ne.jp>から

それぞれお読み下さい。



★神風・愛の劇場 第156話『誤算』(その8)

●県立桃栗体育館・外側

「何ですですっ?」
「巨大な妖気に包まれているな、ここは…」
「この中にアクセスが?」
「恐らくそうでしょうね。するとさっきの光は」
「アクセスの救難信号ですですっ」

 周囲では建物の中に出入り出来なくなったため、人間達が騒いでいましたが、
それはお構いなしに天使達が建物の中を窓から覗き込みながら話していました。

「でもどうやって入りますですっ?」
「何やら結界が張られていますね。しかも強力な」
「魔族の気配ですですっ」
「純粋悪魔族が降臨しているそうですから」
「本当ですですっ?」
「セルシア。貴方、渡された資料をちゃんと読んでいませんね…」
「兎に角結界を破るですですっ」
「簡単に言いますね」
「二人で力を合わせれば…」
「いや、三人らしい」
「え?」

 窓の向こう側で、何故か身体に白いものを付けたアクセスが手を振っているの
が見えました。


●県立桃栗体育館・通路

 プティクレアを手に、廊下を駆け抜けました。
 あちこちに悪魔の気配がありました。
 その数は数えきれない程。
 しかしその中でもっとも強力なものは、やはり会場の第1体育室に存在。
 変身しなきゃ。
 でもさっきは出来なかった。
 でも、今だったら…。

「フィン、力を貸して。ジャンヌダルクに私の声を届けて!」



 稚空によって、白い物質──稚空が言うには、米軍が開発している非致死型兵
器を転用したもの──から解放されたアクセスは、まろんと合流する事を命じら
れました。
 その途中で、窓の外に自分達の同族が居ることに気付きました。

「トキ、セルシア!」

 しかし、声は届きませんでした。
 ですが、お互いに相手を見る事は出来ましたので、額の第3の目を光らせ、会
話を試みました。
 発光信号で、内部の状況を簡単に説明したアクセス。
 三人で、結界を破ることになりました。

「せーの!」

 額から、光球が一点に向けて注がれます。
 爆発。
 窓が破れました。
 しかし、まだ外から内部に入る事は出来ませんでした。
 何度か、結界を壊すことを試みました。
 しかし、破れませんでした。
 それでも諦めずに、結界を破ろうとエネルギーを集中した時です。

ズドオオオオン

 それまでの数倍の規模の爆発が起こると、外から冷たい風が吹き込んで来まし
た。

「やったな、アクセス」
「ですですっ」
「お、おう…」

 トキ達との再会を喜びつつも、アクセスは今の爆発に釈然としないものを感じ
るのでした。



「変身…出来た…」

 駄目元で試みた変身でしたが、あっさり変身出来てしまいジャンヌは唖然とし
ていました。
 今まで変身出来なかったのはどうして?
 釈然としない思いと、結局、都を傷つけることなく変身出来たことにほっとし
た思いが半分ずつでしたが、それでもジャンヌは走り出しました。

「ゲームスタート!」

 途中で徘徊する悪魔達に出会いました。
 変身した今ならば、隠れる必要はありません。

「チェックメイト!」

 悪魔達が現れる度に、ジャンヌは悪魔を封印して行きました。

「おっと危ない」

 そこかしこで人が倒れているために、戦う時にはそちらの方に気をつける必要
がありました。

「都、待ってて。今行くから!」


●県立桃栗体育館・地区大会会場

 まろん達が競技場を出た後、たった一人で偽ジャンヌと戦っていた都。
 新体操で鍛えた運動能力。
 警察で鍛えた格闘技。
 自分の意志でコントロール出来る不思議なリボン。
 それにフィンから貰った身を守る障壁。
 それらをフルに発揮して、戦う都。
 気のせいか、身まで軽くなった気がしました。

 戦う最中、コートが邪魔だったので、脱ぎ捨てました。
 どうせこの場には、他に起きている者は誰もいないのです。
 隙を見て、破れた部分を結んで我慢することにしました。
 もちろん、コートのポケットの中に入れていた、自分を守ってくれる白い羽根
を抜き取り、レオタードの胸に刺して置くのは怠りませんでした。

「人間にしてはなかなかやるな」
「じゃああんたは何なのさ」
「人間のお前は知る必要は無いことだ」

 戦いながらも、会話をかわす二人。
 無敵の障壁と瞬間移動能力。
 これが為に、戦いの決着はなかなかつきませんでした。
 しかしその均衡が破れる時がやがて訪れました。

「何?」

 瞬間移動で都のリボンを避けた偽ジャンヌに、ブーメランが命中。
 偽ジャンヌは地面へと落下しました。
 そのブーメランに、都は見覚えがありました。

「シンドバット!」
「怪盗シンドバット、参上」

 声の方を見上げると、観客席の上にシンドバットが立っていました。

「今だ都!」
「ええい!」

 地面に倒れた偽ジャンヌを都はついにリボンで捕らえました。

「今だ!」

 シンドバットが叫び、ジャンプしたその時です。
 リボンが突然、途中から切断されました。

「きゃっ」

 張りつめていたリボンが切れて、都は尻餅をつきました。
 切れたリボンからは、何か青い靄のような物が出現し、驚いたことにリボン全
体が消え去っていきました。

「な…」

 砂となったリボンのスティックだった物を手に、都は唖然としていました。

「お遊びが過ぎますよ。ミスト」
「ノインか」

 ノインと呼ばれる男が、突然目の前に出現しました。
 その手は刀のような形をしていましたが、都が見ている前で元の手の形に戻っ
て行きました。

「あ…」

 ノインの黒いマントの中から、桐嶋まなみが倒れ、ノインに抱きかかえられま
した。

「悪魔が消滅して、気を失ったか」

 そう、ノインは呟きました。
 悪魔? 彼らは悪魔なの?

「ミストよ」
「何だ」
「私の手駒に勝手に悪魔を憑けましたね」
「話を進める都合上、必要な展開よ」
「私の脚本には、そんな筋書きは無かった」
「本番でアドリブが入るのは、良くあることでしょう」
「まぁ良いでしょう。作戦は失敗です。ここは退くべきです」
「いや、まだ終わってないわ」
「しかしジャンヌは既に…」
「邪魔だ!」

 二人が話をしている隙に、飛びかかるシンドバット。
 しかし、偽ジャンヌは片手でシンドバットを壁まで吹き飛ばし、シンドバット
は気を失いました。

「シンドバット!」

 どうしよう。
 武器が無くなってしまった。
 どうやって戦えば…。

「そうよ。ジャンヌがこの娘を残して逃げる筈など無い」

 すぐ近くで、偽ジャンヌの声がしました。

「あ…」

シュルルルル

 気がつくと、一瞬の内に都は偽ジャンヌのリボンによって捕らえられていまし
た。



「都!」

 扉を開け、そう叫んでからジャンヌは自分の失敗に気付きました。
 今の自分は怪盗ジャンヌなのです。
 まろんと判るような行動は慎まなくてはなりませんでした。

「良く来たな、怪盗ジャンヌ。変身出来たようだな」

 向こうから、偽ジャンヌの姿をしたミストの声がしました。
 その手には、リボンに捕らえられた都。
 そして横にはノインの姿もありました。

「都を放しなさい! ミスト」
「そうはいかない。大事な人質だからな」
「く…」

 稚空は一体何をしていたの?
 ジャンヌは内心、怒っていました。
 周囲を見回すと、シンドバットが倒れているのが目に入りました。
 あの、役立たず!
 そう心の中で呪詛を呟きかけましたが、シンドバットは元々自分程には強力な
力を持たない普通の人間である事を思い出し、それは堪えました。

「さあ、武器を捨てて貰おうか」
「駄目! ジャンヌ!」
「さもないと、この娘を辱めるぞ。さっきのようにな」
「駄目よ! こいつの言う事を聞いちゃ駄目!」
「都を解放してくれるなら」
「良いだろう」
「こいつの言う事を信じないで!」

 ジャンヌは、手にしていたリボンを床に落としました。

「そのままこっちに来い。変な真似をするなよ」

 ミストに言われるまま、ジャンヌは歩いて行きました。
 ノインの姿が急に消えると、背後でリボンを回収した様子。
 用心深いのね。
 でも…。

「嫌…」
「そうだ良いぞ。そのままだ」

 ミストの前に立ったジャンヌ。

「都を解放して」
「良いだろう。約束だからな」
「止めてジャンヌ!」

 ミストはリボンを緩め、都を解放するとすぐさまジャンヌの身体にリボンを巻
き付かせて捕らえました。

「フフフ…ついにジャンヌを捕まえた」
「ジャンヌを放して!」
「五月蠅いぞ人間!」
「キャア!」

 ミストの一撃で、吹き飛ばされた都は壁に叩き付けられ、意識を失いました。
 悪魔族の本気には、少しばかりの障壁など、役に立たない事をジャンヌは目の
当たりにすることとなりました。

「都!」

 ミストの横に再び現れたノイン。
 マント越しにジャンヌのリボンを持っているのは、恐らく聖なる力を用心して
の事なのでしょう。

「どうしてくれよう。まずはこやつを辱めて…」
「そうは行くかしら」

 不敵な笑みをジャンヌは見せました。

「何?」
「リボンよ!」
「馬鹿な!」

 ノインが手にしていたリボンが、主人が触れていないにも関わらず勝手に動き
出したと思うや、ジャンヌを拘束していたミストのリボンが一瞬にして両断され、
そのまま砂となって消滅しました。

「闇より生まれし悪しき者をここに封印せん!」

 リボンが消滅し、自由になったジャンヌ。
 その場で後ろに向かって跳躍すると、懐に忍ばせたプティクレアからピンを取
り出し、ノインに向かって投げつけました。

「チェックメイト!」

 マントでピンから自分の身を庇ったノイン。
 そこにピンが突き刺さり、煙が上がりました。
 もちろん、この程度でノインを封印出来るとは思ってはいません。

カラン

 マントの一部が消滅し、ノインはマント越しに持っていたリボンを取り落とし
ました。
 ジャンヌが狙っていたのはこの一瞬。

「リバウンドボール!」

 ジャンヌは続けてプティクレアからリバウンドボールを取り出すと、リボンの
スティック目がけて投げました。

「いかん! ノイン!」

 ノインがリボンのスティックを手にしようとする直前、リボンが動いてノイン
を攻撃し、ノインは回避を余儀なくされました。

「く…」
「リボンの美しさ、頂き! やっぱり本物は性能が違うわね」

 リボンをリバウンドボールで回収したジャンヌは、改めてミスト達と対峙しま
した。
 ちらりと、壁際に倒れている都を見やります。

「よくも都を!」
「フン。我等が用があるのはお前だけだったのに、お前が愚図愚図しているから、
あの娘が傷ついたのだ」
「そうかもしれない。でも、やっぱりあなた達は許せない!」

 リボンを手に、ジャンヌはミスト達に向かって突進しました。

「ミスト。やはり作戦は失敗です。私が防いでいる間に撤退を」

 そう素早く告げると、ノインは手を刀に変形させて、ジャンヌとミストの間に
割って入りました。
 ジャンヌに向かって身構えようとしたノイン。
 しかし、別方向からの殺気を感じると、その方向に手刀を向けました。

ガキッ

 そんな音がして、ノインの手刀とシンドバットのブーメランがぶつかりました。

「お前の相手は俺だ。ノイン」
「ち…」

 ブーメランと手刀のつばぜり合いを避けて通った他は、真っ直ぐミストに向か
って駆けて行くジャンヌ。

「悪魔族のこの私に叶うものか!」

 ジャンヌがミストまで辿り着くまで、ほんの数秒。
 その間に、ミストは何度もビームを放ちましたが、それは悉く「神のバリ
ヤー」に阻まれ、吸収されました。

「やらせはせん、この純粋悪魔族、ミストの名誉にかけても!」

 ジャンヌが辿り着く寸前、ミストは自分の周りに障壁を展開しました。
 しかし、それすらも神のバリヤーの前には無力だったのです。



 全ての動きが止まった時、ジャンヌはジャンヌの姿を纏ったミストに、リボン
のスティックを突きつけていました。
 そのまま、ジャンヌとミストはにらみ合ったまま。
 ノインとシンドバットすら、動きを止めていました。

「どうした。何故封印しない」
「…嫌なの」
「どういう事だ?」
「貴方を前に一度封印した時、キャンディーボックスを受け取った時の貴方の目。
今でも覚えてる。貴方にも、こんな事する事情があるんでしょ」
「馬鹿な事を」
「お願い。見逃してあげるから、貴方の生まれた場所に帰って。そして、二度と
私達に関わらないで。もう、あんな思いをするのは、嫌なの…」

 ジャンヌの目に涙が浮かんでいる事に、ミストは気付きました。

「止めろ。そんな目で私を見るのは」
「約束して。もうみんなを狙ったりしないって。その為なら、私…」
「それは出来ない。人間に情けを掛けられて、おめおめと生き長らえる程、我等
悪魔族は落ちぶれてはおらぬ」

 どうしようか。
 ジャンヌの迷いが手に取るように判りました。
 隙を突こうと思えば突くことは可能でした。
 しかし、それは躊躇われました。
 ミストにも迷いがあったのです。

 親友を汚された怒りが故か、神のバリヤーが再び力を増している今、攻撃をか
けても徒労に終わるだけかも。
 それならば。

 競技場の中で動きが止まった瞬間。
 しかしそれは、意外な形で破られました。



「ぐぅっ!」
「何?」

 どこからともなくミストの物でもジャンヌの物でも無いリボンが飛んで来ると、
瞬時にジャンヌの首に巻き付きました。
 一日に何度も首を締め付けられ、首筋には跡が残っていたのですが、そこに再
びリボンが巻き付きました。

「お前…」
「今の内に逃げて下さい!」
「山茶花さん?」
「弥白!」

 入り口に残してきたままの弥白が、再びここに現れたのです。
 どうして山茶花さんがここに?
 委員長が一緒の筈じゃ無かったの?
 それにこのリボンは一体。

 リボンの色に覚えがありました。
 これは確か、さっき拾ったリボン。
 そう言えば、荷物と一緒に置いたままだった!
 それじゃあ委員長はひょっとして…。
 ジャンヌは、自分の迂闊さを呪いました。

「どうして私を助ける。お嬢様。契約には無い筈だが」
「あなたが私を励ましてくれたからですわ」
「お前、まさか気付いて…」
「早く! 私ではジャンヌを抑え切れませんわ!」

 しかしミストは、自分の手駒を見捨てて自分だけおめおめと逃げ延びる事は出
来ませんでした。
 自分の身体から作り出した悪魔なら兎も角、「契約」を交わした相手とあって
は。
 しかし、気がつくとミストの身体は宙に浮かんでいました。

「ノイン! 馬鹿、放せ!」
「もう限界です。ここは退くのです。ミスト」
「くっ…」

 ノインはミストの襟首を掴むと、空中へと浮かび上がって行きました。
 ジャンヌは攻撃しようと思えば出来た筈ですが、追いかけることはしませんで
した。
 ノインがもう片方の腕でまなみを抱えていて、両腕が塞がっている今ならば、
大きな隙があるにも関わらず。

「山茶花弥白!」

 空中から、ミストは弥白に呼びかけました。

「何ですの?」
「ここから早く、逃げろ! この建物はもう保たない」
「どういう事ですの?」
「この建物を支える柱に悪魔を取り憑かせた。いざという時の為の用心にな」
「悪魔なんて、どこにも姿が見えませんわ」
「そこの怪盗が、封印してしまったのだろう」
「…まさか!」
「そうだ弥白。この建物は柱が何本か、欠けた状態となっている」
「それじゃあ」
「今は私の結界で支えているが、私がいなくなったら…。だからお前だけでも逃
げろ!」
「ミスト、喋り過ぎです」
「良いな。今すぐだ!」

 ミストとノイン、そしてまなみは空間の狭間へと姿を消しました。



 ミスト達が消えた直後、シンドバットは弥白とジャンヌを結んでいたリボン目
がけてブーメランを投げました。
 彼の予想通り、リボンは切断された場所から砂となって消滅し、弥白は意識を
失って倒れました。
 弥白も悪魔に取り憑かれていたのだ。目を覚ませば、恐らく今の出来事は忘れ
ているだろう。
 そうシンドバットは思いました。

「今の聞いたか、まろん」
「聞いた!」
「早くここから逃げるぞ!」
「駄目だよ!」

 ジャンヌは強い調子で言いました。

「この建物はもう保たない。下敷きになっちまうんだぞ!」
「だから駄目なの! 周りを見て、稚空!」

 シンドバットが周囲を見回すと、倒れていた人々が呻き声を上げ、起き上がろ
うとしていました。

「稚空、変装を解いて!」
「まろんはどうするんだ!」
「出来るかどうか判らないけど…」

 その時、建物の中で振動が始まりました。

「拙い。崩れ始めた!」
「ジャンヌダルクよ! フィン! 私にみんなを守る力を!」

 リボンのスティックを縦にして、ジャンヌは祈りを込めました。
 すると、ジャンヌを中心に淡い緑色をした障壁、「神のバリヤー」がぐんぐん
と大きさを増して行きました。
 やがてそれは、建物全てを覆い尽くしました。

「神のバリヤーで建物全体を支える積もりか! 無茶だ!」
「他に方法が無いの! 今の内にみんなを避難させて! 稚空!」


●……

 それから後、桃栗町の災害史上有数の救助作業が始まりました。
 意識を取り戻した警察官が、意識を取り戻した民間人を誘導し、そしてまだ意
識を失ったままの同僚や民間人を運んで行きました。
 警察だけではありません。
 待機していた消防署員は言うに及ばず、民間人まで率先して救助作業を手伝っ
たと記録に明記されているし、父さんもそう言ってました。
 最終的に体育館が崩壊するまで、怪我人は出たものの、死者は一人も出ません
でした。
 この時の働きで、父さんは感状を警察や様々な官公庁等から貰い、地元ではし
ばらく、ちょっとした有名人となりました。
 でもあたしは知っている。
 本当にこの時、誰が活躍したのかを。
 そして彼女の名前が、決して表に出ることが無いことを…。


●県立桃栗体育館・地区大会会場

「ジャンヌ! 民間人は全て避難した! 全ての部屋は確認済みだ! 後は我々
だけだ!」
「私は最後まで残ります! 東大寺警部は先に出て下さい!」
「駄目だ! 君も私と一緒に来るんだ!」

 建物の崩壊を障壁で防いでいるとは言え、その外で建物は崩壊を始めていまし
た。
 その騒音の中、氷室警部が呼びかけを行っていました。

「東大寺警部!」
「何だ!」
「都は無事に脱出しましたか?」
「無事だ! 怪我は軽傷で、命には全く別状は無いそうだ!」
「良かった…」
「え!?」
「何でも無い!」
「ジャンヌ! 俺と一緒に来るんだ!」
「名古屋君、まだ残っていたのか。早く君も退避するんだ」
「名古屋君とか言ったわよね!」
「ああ! そうだ!」
「あなたの相棒とその友達は無事?」
「ああ! みんな作業を手伝っている!」
「彼らに言って! 先に脱出してと!」
「馬鹿な! そんな事をしたら!」

 それまでずっと、崩れ行く建物を支え続けていたジャンヌ。
 ジャンヌ一人ではありません。
 アクセスとそして今日到着したばかりだという天界からの天使達。
 彼らもそれぞれ、建物を支えるのに力を貸してくれている。
 稚空がボランティアとして救出作業を手伝う合間、こっそりとジャンヌに伝え
てくれていたのでした。
 もちろんそれは、稚空が発案して、依頼してくれたのでしょうが。
 そのお陰で、建物の維持に必要とするエネルギーが少なくなった事は事実。
 準天使の力の限界は良く判りませんが、フィンの例から考えれば、遠からず限
界が来るはずでした。



「名古屋君!」
「何だ!」

 それまで背中を向けていたジャンヌが、こちらを向いて言いました。

「都に伝えて! 私は絶対に死なないから!」
「判った! 行きましょう、東大寺警部。ジャンヌは絶対に死にませんよ」
「いいや! ジャンヌが動くまで、絶対に儂はここから動かんぞ」

 言い張る氷室警部の身体が、突然崩れ落ちました。

「公務執行妨害。前科者だな、俺は!」
「何を今更言ってんのよ!」
「それはお互い様!」
「おじさまを宜しく、稚空」
「判った! まろん!」
「何?」
「死ぬなよ!」
「判った! 約束する!」

 稚空は、氷室警部を担ぐと、誰も見ていない事を良いことに、シンドバットと
しての能力をフルに発揮して、建物の外へと向かいました。



 それから一人で、ジャンヌは最後の力を振り絞り、建物を支え続けていました。
 多分今力を抜いたら、建物は崩壊する。
 すぐに神のバリヤーを張り直す力も無く、瓦礫の山の下敷きとなるだろう。
 そうなれば、一溜まりもない。

 桐嶋先輩、聖先生と上手くやれると良いね。
 山茶花さん、私が居なくなったら、稚空の事を宜しくね。
 委員長。都を泣かせたら、承知しないから。
 稚空。山茶花さんを泣かせたら、以下同文!
 ツグミさん。こんな事になる前にもう一度会いたかった。
 フィン。貴方の気持ちの事考えなくて、ごめんね。
 パパ…ママ…。

 そして都…。ごめんね。約束、守れそうにない…。

 誰も聞くことのない遺言を心の中でジャンヌは呟いていました。

「まろん!」

 都まで言い終わった時、突然稚空の声がしました。

「稚空!?」

 びっくりして、一瞬集中力が途切れそうになりました。

「どうして戻って来たのよ!」
「まろん。一人で死のうなんて馬鹿な真似はよせ!」
「稚空こそ、山茶花さんを悲しませるつもり?」

 側まで駆けてきた稚空は、ジャンヌの集中力が途切れないように、そっと彼女
を抱きしめました。
 稚空は、シンドバットの姿をしていました。

「まろんを一人で死なせはしない! 俺も一緒だ」
「稚空の馬鹿!」
「ああ、大馬鹿だよ、俺は」
「でも…」
「何だ」
「嬉しいよ、稚空。本当は一人で、寂しかったの」
「まろん…」

 こんな時なのに、こんな時だからこそ、お互いの唇と唇が触れ合おうとしたそ
の時。

「盛り上がっている所、悪いんだけどね」
「え?」
「フィン!」

 目の前に、フィンが立っていました。

「どうしてこんな所に!」
「馬鹿な部下がしでかした不始末の尻拭いといった所ね」
「部下…?」

 問いかけて、フィンが魔界のクイーンだった事を思い出しました。

「名古屋稚空」
「何だ」
「まろんの事は、私に任せては貰えまいか」
「何だと」
「天界と魔界の争いに関係無い大勢の人間を巻き込んだ事、この魔界のクイーン
たるフィン・フィッシュ、心から詫びよう」
「今更…」
「お詫びと言っては何だが、日下部まろんの命はこの身に代えても必ず助けよ
う」
「お前達はまろんの命を狙っているんだろ! 信じられるかよ!」

 そう叫ぶと、稚空はブーメランを構えました。

「待って! 稚空!」
「まろん…」
「フィンの言う事を信じてあげて欲しいの」

 今のフィンは誇り高い魔界のクイーンとして、人間の戦士に話しているんだ。
 そう、まろんは確信していたのでした。

「だがしかし」
「お願い!」
「私の話を信じるか信じないかは自由だ」

 稚空は、フィンを睨みました。
 フィンは臆することなく、真っ直ぐ稚空の目を見ていました。

「判った。信じよう」
「部下の、そして私の数々の無礼にも関わらず、受け入れてくれた事に感謝す
る」
「後は私とフィンに任せて、稚空は脱出して!」
「そうして欲しい。二人分の命を助けるのは、私にも骨でな」
「まろん! 絶対に死ぬんじゃないぞ!」
「稚空こそ!」

 そう言い合うと、稚空は再び競技場の外へと文字通り跳んで行きました。



「そろそろ、稚空は外に出たかな」
「もう少し、待った方が良いんじゃない?」

 稚空が去った後、フィンはジャンヌの後ろに立ち、抱きかかえるようにしてい
ました。
 その手はリボンのスティックに添えられて、フィンの力がジャンヌの力に加わ
っているのが判りました。

「ねぇ、まろん」
「何? フィン」
「どうして私がここに来たと思う?」
「どうして?」
「謝りたかった事があったから」
「フィンが私に謝ることなんてあるの?」
「私、まろんに嘘をついた」
「堕天使だったって事? そんなの気にしないよ」
「そんな事じゃないわ」
「じゃあ、何?」
「まろんが大嫌いだなんて嘘。本当は私…」

「その先は言わないで良いよ。私も、フィンの事が今でも大好きだもの」
「まろん…」

 思わずフィンがジャンヌを抱きしめると、ジャンヌはスティックを落としまし
た。
 その瞬間、集中力が途切れ、建物を支えていた神のバリヤーが消滅しました。
 天井にひびが入り、壁に亀裂が走りました。
 主要な柱が無くなっていた建物は、屋根や上層階が持つ重量に耐えきれず、下
の階から崩壊を始めました。
 崩落の中、口づけをかわす二人。
 そしてその上にも、瓦礫の山が降り注ぎ、そして何も見えなくなりました。


●県立桃栗体育館・敷地内

 轟音が響くと、1階から体育館の建物が崩壊して行きました。
 ざわめく周囲の人々。
 建物が崩壊すると予告を受けていたとは言え、こんなにあっさりとこれだけの
大きさの建造物が崩れ去るとは、誰も思っていなかったのです。

「まろん!」

 崩れ行く建物に向かって、稚空は叫びました。
 その声は轟音にかき消されました。
 建物が崩れ去ると共に、周囲にもうもうと煙る埃。
 それを避けようと、わらわらと人々が逃げていきました。

 稚空も煙から逃げながら、何度と無く、後ろを振り返りました。
 そして稚空は確かに見たのです。

 崩落した建物の煙の中から、光球が上昇していく様が。
 その光球は、稚空とまろんの住むマンションの方角に向かって飛んで行きまし
た。
 それを見て、稚空はフィンが約束を守ったことを確信しました。

「稚空〜!」

 向こうから、先に脱出したアクセスと、今日到着したばかりの天使達が飛んで
来ました。

「稚空、大丈夫か? まろんはどうした? おい稚空、何泣いてるんだよ」
「ああ…何でも無い。とにかく今日は疲れた。家に帰ろうぜ、相棒。それと友達
も一緒にな」
「おう!」

 本当は弥白や都、そして委員長の事など、気がかりな事が沢山ありましたが、
稚空は真っ直ぐに家へと向かいました。
 確かめたい事があったからです。

 全力で家に駆けていく稚空。
 その途中で日が暮れていきました。

 そして、オルレアンの最上階の一室に、出る時はついていなかった筈の灯りが
ついている事を確認した時、稚空は再び嬉し涙を流すのでした。

(第156話(その8) 完)


 一ヶ月掛かりで第156話が終わりました。

#引っ張りすぎだって

 2月19日(土)の夕方まで。

#ちなみに今回は書いてませんが、多分大会二日目は延期の筈。

 ごろりと話が動いたような、あまり動いていないような。
 次回から漸く佐々木さんパートが読めます。お楽しみに。

#多分、一番楽しみにしているのは、私自身。


●久々の次々回予告編

「私を受け入れて、まろん」

#一応、後日談。

 では、また。

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Keita Ishizaki mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp
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