神風・愛の劇場スレッド 第156話『誤算』(その5)(11/19付) 書いた人:携帯@さん
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From: Keita Ishizaki <keitai@fa2.so-net.ne.jp>
Newsgroups: japan.anime.pretty,fj.rec.animation
Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: Mon, 19 Nov 2001 22:56:48 +0900
Organization: So-net
Lines: 826
Message-ID: <9tb332$ag9$1@news01bj.so-net.ne.jp>
References: <9qope5$1nh@infonex.infonex.co.jp>
<9qu0j7$cda$1@news01cc.so-net.ne.jp>
<9rghhm$2b9$1@news01ch.so-net.ne.jp>
<9s39i4$jh$1@news01bf.so-net.ne.jp>
<9tb15m$a86$1@news01bj.so-net.ne.jp>

石崎です。

 このスレッドは、神風怪盗ジャンヌのアニメ版の設定を元にした妄想スレッド
です。そう言うのが好きな人だけに。

 hidero@po.iijnet.or.jpさんの<9qope5$1nh@infonex.infonex.co.jp>における
談合結果に基づき、前回に引き続き今週も私パートです。
 佐々木さんのファンの方には申し訳ありませんが、今暫くお付き合いの程を。

 第156話の残りの話をお送りします。
 約2800行程ありますので、(その4)〜(その8)までの5分割でお送り
します。
 この記事は、第156話(その5)です。

第156話(その1)は、<9qu0j7$cda$1@news01cc.so-net.ne.jp>
     (その2)は、<9rghhm$2b9$1@news01ch.so-net.ne.jp>
     (その3)は、<9s39i4$jh$1@news01bf.so-net.ne.jp>
     (その4)は、<9tb15m$a86$1@news01bj.so-net.ne.jp>
から
よりそれぞれお読み下さい。


 今回は低いので、R指定をつけておきます。
 ご注意。



★神風・愛の劇場 第156話『誤算』(その5)

●…

 あたしの心と名乗った人で無い者が、あたしの身体を優しく撫でている。
 その者の名はフィン。
 彼女は一体何者なのか。
 判らない。
 でも判ることが一つだけある。
 彼女は、あたしとまろんの味方なんだ。

 フィンが耳元で囁いた。

「都がまろんを守るのよ。これまでも。これからもずっと」


●県立桃栗体育館・通路

 稚空が意識を取り戻した時、身体が宙に浮き、揺れている感じがしました。
 目を開けると、天井。
 しかも自分は何者かによって運ばれている様子なのでした。

「気が付きましたか、名古屋稚空君」

 聞き覚えのある声が、話しかけて来ました。

「その声は聖だな」
「ご名答」

 起き上がろうとして、後頭部に痛みが走ります。
 それ以前に、身体の身動きが全く取れませんでした。

「まだ動かない方が良いですよ。それ以前に、動くことが出来るとも思えません
が」

 聖は稚空を覗き込んで、そう言いました。

「聖先生。名古屋君をどこに運べば良いんですか?」

 頭の上から、大和の声が聞こえました。
 委員長? 委員長がどうして?

「第1体育室。つまり、新体操の会場です」
「こんな害虫、わざわざ運ぶ必要など無いと思います」
「駄目ですよ。人の命を粗末に扱っては」

 今度は、足元から佳奈子の声がしました。
 稚空は何かで身体を縛られた上で、大和と佳奈子によって運ばれている。
 そういう事なのだと悟りました。

「一体委員長達に何を…」
「この建物の中に、人間を眠らせる薬を使いました」
「何て事をしやがる」
「これでも気を使った積もりです。無関係な者を巻き込む事は、我々魔界の者に
とっても不本意な事ですから」
「俺をどうする積もりだ」
「すぐここで始末して差し上げても良いのですが、そうもいかない事情がありま
して」
「まろんに対して人質に使うつもりなら無駄だぞ。なにせまろんは」
「さあ、それは試してみない事には」

 にこやかに、聖は言いました。
 まろんも捕らえられた今、自分が助けに行かなければならない筈なのに。
 悔しさを感じる稚空。
 しかし、まだ希望が無い訳ではありませんでした。

「そうそう。この建物の中で、奇妙な生き物を見つけましてね」

 聖は、何かを握りしめた左手を稚空の顔の前に差し出しました。

「アクセス!」

 手に握られているのは、彼の相棒の気絶した姿なのでした。

「グルルルル…」

 何かが唸るような音がしたのは、その時です。

「ち、ミストめ。余計な事を…」

 音がした直後、聖がそう呟いたのを稚空は聞き逃しませんでしたが、その意味
は判らないのでした。


●県立桃栗体育館・地区大会会場(第1体育室)

 このまままろんを連れてこの場を脱出するか。
 それとも戦うか。
 都は、その選択には迷いませんでした。
 まなみの挙動に、過去にジャンヌが関わった人達の面影を見た都。
 きっと、ジャンヌが何とかしてくれる筈。
 そう、冷静ならば考えたかもしれません。
 しかし、都の頭の大部分を支配していたのは、ただ怒りのみ。

 気がつくと、駆け出していました。
 背中を見せて逃げ出しても、きっと追いかけて来ると感じたからです。
 手にしているのは、新体操の手具であるクラブとリボンのみ。
 前方のまなみもリボンしか持ってはいませんでしたが、しかしこのリボンはど
うやら普通のリボンとは異なる動きをしていました。
 現に今、スティックを操らずに、リボンが宙を漂っています。

 まなみの手が動いたと思った瞬間、それは真っ直ぐ都へと向かって来ました。

「避けて! 都!」

 背後からまろんの声がするのと、都が床面を転がるのは、ほぼ同時。

「危ない!」

 一回転して起き上がろうとした都の目の前に、リボンが急降下して都を突き刺
そうとしているのが見えました。

「!」

 冷静に考えればリボンなので殺傷能力が無い筈なのですが、それでも都は咄嗟
に腕で身体を庇い、目を瞑りました。

 何かが突き刺さったような音がして、都は目を開けました。
 目の前に、信じられない光景がありました。
 リボンが目の前の床に突き刺さっていたのです。

「都…?」

 驚きの表情で、まろんが都の事を見ていました。
 多分、床にリボンが突き刺さったから驚いていたんだなと思います。

「危ない!」

 再びまろんの絶叫。
 都が振り向くと、再び目前にリボンが迫っていました。
 息を飲む都。
 ですが、そのリボンが都に到達することはありませんでした。
 目の前で何かが光ったかと思うと、何かに弾かれたようにリボンが軌道を変え、
再び床に突き刺さったからです。

「馬鹿な!」

 まなみが驚いている声が都にも聞こえました。
 そして再度、リボンの攻撃。
 再び、攻撃は跳ね返されました。

 その頃になると、都にも余裕が生まれました。
 何だか判らないけれど、いける。
 これなら、あたしにもまろんを守ることが出来る。

 都はその時、自分が肌身離さず持ち歩いていて、今はジャージのポケットの中
に入れている白い羽根の持ち主が自分に囁いた事を思い出していました。



 未だジャンヌの姿を身に纏ったままのミストは、正式には選手控え席という名
の観客席の手すりの上に立ち、自分の手駒がふらふらと歩いて行く様子を見てい
ました。
 そしてその先にある、本物のジャンヌとその親友の様子も。

「あの刑事の娘、まだ人間としての理性を残しているようね」

 少し首を傾げつつ、観察を続けていたミスト。
 しかし、都がまなみの攻撃を退けたのを見て、納得の表情を浮かべました。

「成る程。クイーンの持つ『聖気』とやらは大したもののようね」



 まろんは、目の前の光景を信じられない思いで見ていました。
 都を串刺しにしようとしていた、恐らくは悪魔が取り憑いているであろうリボ
ン。
 それを都は跳ね返しました。
 都を守ったのは、一瞬しか見えませんでしたが淡い緑色の光。

「(神のバリヤー?)」

 そうとしか思えませんでした。
 しかし、どうして都にそのような力が備わっているのか判りませんでした。
 都が悪魔に取り憑かれたとも考えてみました。
 しかし都はまろんを守ろうとしている様子なので、その考えはすぐに打ち消し
たのですが。

 都はまなみの攻撃を悉く跳ね返しつつ、一歩一歩進んで行きました。
 まなみは懸命に攻撃を繰り返しますが、知らず知らず、後ずさっていました。
 どうしてだか判らないけど、いける。
 もう少しで都が桐嶋先輩を追い詰める。
 そうしたら、二人でこの場を脱出して…。
 そう考えを巡らしていたまろんは、後ろから衝撃を感じると床面に打ち倒され
ました。



「来るな! 来るな!」

 目の前でまなみが叫びながら、都に懸命に攻撃を繰り返していました。
 都の手には手具がありましたが、使う必要を感じませんでした。

「この化け物! 来るな!」

 どっちが化け物だか。
 そう心の中で呟きつつ都が一歩進む度、まなみは一歩下がっていきました。
 しかしその後退も、まなみが壁に辿り着いてしまった事で終わりを告げました。

「観念なさい。先輩」

 都はそう言うと、まなみからリボンを取り上げようとしました。
 その時です。
 怯えの表情すら見せていたまなみの表情が一変したのは。

「何よ。その余裕は」
「後ろ。ご覧になった方が良いわよ」
「そんな手に…」

 引っかかるものですか。
 その台詞を続けることは出来ませんでした。
 まろんの苦しそうな呻き声がここまで届いたからです。

「まろん!?」

 目の前の敵に夢中になり過ぎて、まろんのことを置き去りにしてしまった。
 後悔の念にかられつつ、後ろを振り返った都。

「あ…あ…」
「まろん!」
「都…逃…げ…て」

 まろんは膝立ちの状態で、身体中にリボンを巻き付かせていました。
 そのリボンもただのリボンでは無い様子で、生き物のようにうねっては、不規
則な間隔でまろんを締め上げていて、その度にまろんは苦しそうな声をあげまし
た。
 それだけではありません。
 締められる度に、まろんが身につけていたジャージが、レオタードが少しずつ
切れていくのです。

 首にまで巻き付いていたリボンは更に背後に立つ者の手にするスティックまで
伸びていました。
 そのリボンを操る者が誰であるのかを認識した時、都の顔が怒りで歪みました。

「弥白!」

 怒りに任せ、手にしていたクラブを弥白に向かって投げつけました。
 弥白は平然とスティックを操り、まろんを盾に使いました。

「ぐっ」
「まろん!」

 一瞬、何かが光った直後、クラブがまろんの胸を直撃していました。

 焦る余り、まろんを傷つけてしまった。
 早く弥白から助けなきゃ。

 今度は弥白とまろんの方に向かって駆けようとした都。
 しかし。

しゅるるるる。

 そんな感じの音と共に、リボンが都の胴体を中心に螺旋を描いていました。
 都を守るかのように周囲に出現する緑色の光。
 しかしそれは、ほんの一秒も持たずにリボンは都の胴体を腕毎縛り上げていま
した。

「クスクスクス」

 後ろから、まなみの笑い声がして、むっとした表情で都は振り向きました。
 スティックを手に、余裕の表情を取り戻したまなみ。

「やっぱり、恋人の事になると我を忘れるのね。東大寺さん」
「恋人って何よ」
「だって、東大寺さんは日下部さんのことが好きなんでしょう?」
「それは…まろんは大切な親友だけどさ」
「部室で乳繰り合う仲なのに?」
「な…! 友達同士、じゃれあう事もあるわよ」

 都は頬が紅潮するのを感じていました。
 そんな事も確かに一度ありました。
 あれを見られていたなんて。

「それだけじゃない」
「何よ」

 いつしか都の側まで来ていたまなみは、耳元で囁きました。

「パッキャラマオ先生に身体で取り入って、レギュラー入りした癖に」
「な…」

 それも、身に覚えがありました。
 でもあれは、そんなやましい心からのものでは無い筈。

「みんな噂してる。先生といやらしい事してたって」
「違うわよ。それは…」

 噂があるのは知っていました。
 直接手紙を送り付けられたこともあります。
 でも、流石に面とそれを言われると、自分が思っていた程堂々とはしていられ
ませんでした。

「とにかく、私はあなた達を許さない!」

 そう叫ぶなり、リボンはより強く都を締め上げました。

「あ…」

 苦痛の余り、都は叫ぶことも出来ませんでした。
 落ちてしまいそうになる直前、リボンはその圧力を弱めます。
 一息つけたと思った次の瞬間、再び強まる圧力。

「(呼吸してる?)」

 このリボンは生きている。
 そう感じた瞬間、都の背筋に寒いものが走りました。
 気のせいか、太股を何かが蠢いているような気がします。
 胸を揉まれているような感触。
 都は、吐き気がしました。

「うぐぅぅぅ…」

 向こうからは、まろんの悲鳴ともつかない声が聞こえて来ました。

「ま…ろ…ん」

 目の前でまろんが苦しんでいるのに、何も出来ない。
 都はまろんのことを守るんじゃ無かったの?
 苦しい意識の中で、都はそれでもまろんの事だけを考えていました。



 ここから抜け出して、戦わなくちゃ。
 それはとても簡単なこと。
 今この場で変身して、戦うの。
 でもそれは、都との友情を壊すこと。
 それはぎりぎりまで避けなくちゃ。

 不規則な間隔で締め上げられるリボンの中で、まろんはそれでも希望を捨てま
せんでした。
 まだこの場に姿を見せていない、強力な味方がいるのです。
 きっと今この瞬間にも、自分を、都を助けに来てくれる。
 今はそれを信じることしか、まろんには出来ませんでした。

「クスクスクス…」

 身体を締め上げ続けていたリボンが急に緩み、一息ついたまろんの耳に、笑い
声が届きました。
 聞き覚えがあるような無いような、そんな声。
 そう、まるで録音した自分の声を聞くような。

「良い様ね。東大寺都さん。それに日下部まろん」

 捕らえられたまろんと都。
 その間に偽物のジャンヌが舞い降りて来ました。

「ジャンヌ! 嘘だよね。こんな事するなんて」

 まろんよりも先に、都が叫びました。

「五月蠅い」

 偽ジャンヌが指を鳴らすと、リボンがきつく締め上げられたらしく、都は苦痛
の声をあげました。

「…して。どうしてよ。…ジャンヌが物を盗むのは、何か使命があるからじゃ無
かったの? お父さんや、お兄ちゃんを救ってくれたのは、ジャンヌじゃ無かっ
たの?」

 再びリボンが緩むと、都は苦しい息の中で訴えました。

 判ってくれてたんだ。
 覚えててくれたんだ。
 いつか都スペシャルに捕らえられ、無理矢理脱出した時の事を。
 自分が使命の為に盗むと答えた時の事を。

 そう思い、まろんは少しだけ嬉しい気持ちになりました。

「残念だけど、今回は違うのよ」
「違うってどういうこと?」
「今回の盗みのターゲットは、あなたの大切な幼なじみの命なの」
「まろんの命?」
「そう。まろんの命」
「どうして? どうしてジャンヌがそんな酷いことをするの。本当のジャンヌな
ら、誰かを傷つけたり、殺したりはしないはずよ」

 都の訴えに、偽ジャンヌは嘲笑で答えました。

「…だそうよ。親友にここまで信じて貰えて、嬉しい? 本物のジャンヌさん」

 まろんの方を向いて、偽ジャンヌは言いました。

「本物のジャンヌって、どういう事よ」
「貴方の言う通り、私は偽物の怪盗ジャンヌ。そして本物の怪盗ジャンヌは、貴
方の目の前で捕まっているわ。東大寺都さん」


●……

「ねぇ、この怪盗ジャンヌって、日下部さんに似てない?」
「東大寺さん。本当はジャンヌを捕まえる手伝いなんて言ってて、日下部さんを
庇っているだけじゃないの?」
「そうそう。大体東大寺警部だって、両親と離れ離れの日下部さんの親代わりだ
し…」
「無責任なこと言わないで! 良いわ! 怪盗ジャンヌはこの東大寺都が、責任
をもって捕まえてみせるから!」


●県立桃栗体育館・地区大会会場

「嘘よ! まろんが怪盗ジャンヌだなんて、そんなことあるわけ無いわ!」
「本当の事よ。本当のことを言うとね、私の目的は怪盗ジャンヌの抹殺。だから、
その正体であるまろんの命を盗むの」
「出鱈目言わないで! まろんが怪盗ジャンヌである筈無いじゃない! まろん
のことならあたし、何でも知っている。間違いないわ!」

 目の前で自分の親友が、自分を弁護していました。
 それを聞く度、まろんの胸は痛むのです。
 ごめんね、都。私、本当は…。

「…と、あなたの親友は言っているけど、そろそろ本当のことを教えてあげた
ら? 日下部まろんさん」

 まろんは偽ジャンヌ、そして都から目を背けました。

「そうよね。やっぱり親友を傷つけることは出来ないわよね。でもね、あなたが
ジャンヌであることを確かめずに殺す訳にはいかないの。人違いだと困るじゃな
い?」

 まろんは今目の前で喋っているのが、ミストだと確信していました。
 ミストは、姿を纏う術を使うとアクセスから聞いていたからです。
 だとすれば、最初から正体を知っているのに、今更何を。
 そうか。都の前で変身せざるを得ないようにし向けているんだ。
 だからわざわざこんな真似を。
 でも、それが判っていても、その手に乗らざるを得ない。

 首もリボンで締め上げられているので、後ろを振り返って見ることは出来ませ
んでしたが、稚空──怪盗シンドバットなり、アクセスの助けは未だに来る気配
がありませんでした。

「ねぇ…嘘だよね。まろん」

 一度は覚悟を決めかけたまろん。
 しかし、都の信頼も裏切りたくありませんでした。

「本当のことって、何の事を言っているの? あなたの言っていること、判らな
い」
「あら、この期に及んでしらばっくれるの?」
「しらばっくれてなんか無い。どのみち、貴方が用があるのは私なんでしょう?
 都のことは解放してあげて!」

 何とか、稚空が来るまでの時間を稼ぎ、都だけでも解放させようと試みました。

「友達思いなのね。良いわ」
「本当?」
「まろんが友達思いの嘘をついた罰をあげないとね」

 ミストが指を鳴らすと、都のリボンが更にきつく締め上げられました。
 ただ締めるだけでは無く、細かく上下にも動いている様子でした。
 まなみが操るリボンの縁は、鋭利な刃物とも化す。
 リボンが動く度、都のジャージが、レオタードが少しずつ切れて行くのを見て、
まろんはその事実を再確認しました。
 当の本人は、苦痛の余りその事には気付いていない様子でしたが。

「もう、止めて!」

 まろんが叫ぶと、偽ジャンヌは指を鳴らしました。
 それと同時に、都の苦痛の声も止みました。

「あら、残念。もう少し楽しませてくれると思ったのに。認める気になった?」

 まろんは、小さく肯きました。
 都には気付かれていない事を祈りながら。

「素直になったご褒美、あげなくちゃね」

 そう言うと、偽ジャンヌは懐から鎖を引っぱり出しました。
 その先には、怪盗ジャンヌに変身するためのロザリオがありました。
 恐らくは、まろんの鞄の中から盗み出したのでしょう。

「変身の道具よ。鎖をつけておいてくれて助かった。これも聖なる力とやらで守
られているようなのでね」

 偽ジャンヌはそう囁きつつ、まろんの首からロザリオを下げました。

「ま…ろ…ん…」

 息も絶え絶え、といった様子で都はまろんを見つめていました。

「さあ、早くこの娘の前で、あんたの正体を見せてあげなさい」

 まろんが待ち続けていた彼は、遂に姿を現しませんでした。
 まろんは覚悟を決めました。

「…約束して」
「何だ」
「都のことは解放してあげて」
「お前以外には興味は無い。そちらが約束を果たすなら約束しよう」
「山茶花さんと桐嶋先輩も」
「お前のお仲間が、後で何とかするだろう。止めはしない」

 偽ジャンヌが稚空の事を口にしていた所を見ると、稚空は未だ健在なのでしょ
う。

「だが、今はあいつの助けなど期待しない方が良いぞ」
「どういう事なの?」
「あいつはノインが足止めしている」

 ノインが強敵だという事は知っています。
 シンドバットの戦闘力では、太刀打ちは難しいはず。

 都を傷つけることになるけれど、今は仕方がない。
 稚空に期待した私が馬鹿だった。
 最初から期待しなければ、都を傷つけることは無かった。

「(ジャンヌダルクよ、私に力を!)」

 いつものように、声は上げませんでした。
 都に聞かれたく無かったからです。
 どうせ変身すればばれてしまうのですが、気分の問題なのでした。
 それに今までも声を上げずとも変身したことはあるのです。
 問題は無いはずでした。

 ロザリオが光ると、まろんも光に包まれ、変身する…筈でした。



 一瞬ロザリオから光が出たものの、まろんがジャンヌに変身することはありま
せんでした。

「(見込み違いだったか)」

 ミストは舌打ちしました。
 リボンで首を締め上げられたまま、弥白に捕らえられていたまろんは、何度も
変身を試みている様子でした。
 最後には、声を出して変身しようとさえしたのです。
 にも関わらず、まろんはジャンヌに変身出来ませんでした。

 ふむ。
 どうやら我が結界の中では変身は出来ないようね。
 この前はノインの結界の中で変身してみせたのに、これは意外。

 フィンの力を得られない以上、ロザリオの力と自分自身の力だけで変身してい
ると推測していたが、どうやら外からも力を得ていたらしい。
 それとも、我等の作戦が予定通り効いていて、変身のための精神力が無くなっ
ていたのかも。
 「神のバリヤー」の減衰が、それを証明している。

 まあ原因などどうでも良い。
 ジャンヌに変身させた上で倒し、絶望の中で屈辱を与えつつ殺そうと考えてい
たが、変身出来ぬならそれはそれで構わない。
 要は、まろんが受け継ぐ神の愛した聖少女──ジャンヌ・ダルクの魂さえ、再
び神の手に渡らないようにすれば良いのだから。



 どんなに念じても、最後には声を上げても、変身は適いませんでした。
 どうして変身できないの?
 このロザリオが偽物?
 いいえ。確かにこれは本物。私には判る。
 だとしたら…。

「もう良いわ」

 もう何度変身を試みたでしょう。
 漸く、偽ジャンヌは言いました。

「どうやら、人違いだったようね。ごめんなさい」

 まさか、私が本物のジャンヌだと気付いていないの?
 てっきり偽ジャンヌの正体がミストだと思っていたまろんは再び混乱しました。

「判ったなら、私と都を離してよ!」
「そうもいかないわ」
「どうして? 私は貴方がお目当ての怪盗ジャンヌで無いんでしょ。だったら」
「予告状を警察に出したもの」
「予告状?」
「予告状、新体操の美しさ、頂きます」
「それがどうしたのよ」
「怪盗ジャンヌとしては、予告状は守らなくちゃ」
「でもそれがどうして」
「判らないの? 地区大会優勝者である貴方の命の美しさを頂くってこと」

 やはり偽ジャンヌは気付いていたのです。
 当たり前でした。魔界の者であれば、まろんが怪盗ジャンヌの正体であること
は周知の事実。
 見逃してくれるつもりなど、さらさら無い。
 私が苦しむのを見て楽しんでいるだけなんだ。

「判った」
「ほう?」
「私の命が欲しければ、盗んで行くが良い。でも、都や桐嶋先輩、山茶花さんの
ことは解放してあげて!」
「くどいな。我等悪魔族は、契約は守る。お前ら人間共とは違ってな」
「なら…」
「だがしかし、お前は契約を破った」
「え?」

 突然、偽ジャンヌは妙なことを言い出しました。

「何よ、契約って」
「契約したはずだ。お前がジャンヌだということを親友の前で見せると」
「それは!」
「お前がジャンヌで無いとするならば、出来るはずも無いことを出来ると嘘をつ
いていた事になる。そして仮にお前が本物のジャンヌだとしたら、やはり出来る
のに契約を実行しなかったことになる。どちらにせよ、契約不履行だな」
「そんな!」
「約束は守ろう。命は奪わん。だがしかし、相応の報いは受けて貰う」
「報い?」
「おい、好きにして良いぞ」

 偽ジャンヌが合図すると、予め打ち合わせでも出来ていたかのように、都のこ
とをリボンで捕らえていたまなみが、都のすぐ側に寄りました。

「フフフ…」

 まなみは悪戯っぽい笑みを浮かべると、右手でリボンのスティックを持ったま
ま、左手で都の身体の線をなぞり、膨らみに行き当たるとそれをつかみます。
 そして指先を円を描くように動かすと、都は悲鳴ともつかない声を上げました。
 それを聞いたまなみに恍惚とした表情が浮かび、更に手の力を強めます。
 今度ははっきりと、都が悲鳴を上げました。
 そうしつつ、まなみは顔を都の顔に近づけ、その舌で都の頬を舐めました。

「都に何…するの?」
「お前が大好きなことさ」

 まろんの顔がほんの少し紅潮しました。

「桐嶋先輩がああなったのは、あなたの仕業なのね」
「それだけでも無い」
「どう言うこと?」
「今のあの娘に人間の心は殆ど無い。残っているのはお前への憎しみだけ。だか
らあのようなことも平気で出来る。そして本能であの娘は知っている。お前に復
讐するには、東大寺都を傷つけるのが一番だとな」
「そんな…」

 まなみ先輩が自分を嫌っているのは知っていた。
 でもそれは、大会の個人総合のメンバーから外されたからだと思っていたのに。
 事実、出場できるようになってからは、私たちに対する態度も変わっていたは
ず。
 判らない。

 まなみが都を責める一方、彼女の右手に握られたスティックから伸びるリボン
は、まなみは殆ど何も動かしていない筈なのに、脈打つような挙動を示しながら、
都の身体を中心に螺旋を描きつつ、滑り降りて行きました。
 リボンが動く度、ジャージが裂けていくのがまろんからも見えました。

「止めて! 都は関係無いじゃない! 罰なら私が受けるから!!」
「お前が受けたら罰にはならんからな」
「どうして!」
「お前だったら却って気持ち良く感じてしまうのでは無いか?」
「そんな事無いわよ!」

 まろんには判っていました。
 目の前で、親友を辱められ、しかも自分はそれをただ見ていることしか出来な
い。
 それが自分を精神的に傷つけるには最も効果的なのが判っているからだと。

「嫌ぁぁぁ!」

 リボンは、今や都の太股にまで到達していました。
 足と足の隙間を通り抜け、右足を軸に螺旋を描きつつ、今度は上へ上へと上昇
して行きました。
 本能的に危機を感じたのか、都は太股をしっかりと閉じました。
 両足に挟まれる形となったリボンはそれでも強引に太股の間を割って、その先
を目指そうとしました。

「痛い痛い痛い!」

 リボンで切れたのか、都の太股から、鮮血が流れていました。

「止めて!」

 目を背けようとするまろん。
 しかし、後ろから手が伸びて、まろんの顎を掴んで顔を背けることを許しませ
んでした。

「本当は、見たくてたまらない癖に」

 弥白の声がしました。

「どうだ。お前も遊んでみては?」

 目の前の偽ジャンヌが、弥白に話しかけたので、自分もそんな事をされるのか
と、ぎょっとしたまろん。

「そうか。お前は一途なのだな」

 しかし、偽ジャンヌがそう言ったところを見ると、どうやら弥白は頭を振った
ようで、まろんは安堵の溜息を少しつきました。

「何するの!」

 もう何度目かの都の悲鳴。
 まなみは生地越しに触るのに飽きたのか、肩から都のジャージの残骸と、その
下のレオタードをずり下ろし始めました。
 両腕が身体毎リボンに拘束されている為に、完全に脱がすことは出来なかった
のですが、それでも恥ずかしさに都は顔を赤らめます。
 そして再び、今度は直にまなみは手と唇を都の身体に滑らせました。

「どうかしら? 愛する人の目の前で辱められている感想は?」

 都を虐めるのを一時中断し、まなみが都に問いかけました。

「べ、別に恥ずかしくないもん」
「その強がりが、どこまで通用するかしら」

 まなみは、下に手を伸ばしました。

「!」

 何事か、都に囁いたまなみ。
 すると、都が顔を赤らめるのです。
 それを見て、ケラケラとまなみは笑いました。

「もう止めて! どうして都を傷つけるの!」

 何度まろんが泣き叫んでも、決してまなみは手を止めず、偽ジャンヌも止めよ
うとはしませんでした。
 顔を背けたくても、弥白がそれを許しません。
 目を閉じても、耳に入ってくるのは都の悲鳴。

 嫌だ。
 こんな思いをしたまま死ぬなんて嫌だ。

 何度もまろんは変身をしようと試みました。
 出来ませんでした。
 絶望。

「離せ!」
「え?」

 ずっと待ち続けていた人の声がして、まろんは目を開きました。
 やっと来てくれた。
 しかし、希望はその直後に絶望へと変化したのです。

「稚空!」

 何か白い物質で両手両足の自由を奪われた稚空が床に転がされました。

「委員長!」

 そして、大和と枇杷高校の制服を着た小柄な眼鏡の少女。
 彼らも悪魔に取り憑かれているのだと、一目見た瞬間に判りました。
 大和はコートの中に特殊警棒を入れているのが判りましたし、少女の方はと言
えば、スカートの中から──多分足にでも装着していたのでしょう──ナイフを
取り出したところを見ると、ただ事ではありません。

「遅いわよノイン」
「はぁ。もっと前から部屋の前には来ていたのですが、ミストのお楽しみを邪魔
してはいけないと思いまして」
「余計な気を回さないで良いわよ」

 大和達の後ろから、ノインが姿を現しました。
 どうやら、目の前の偽ジャンヌはミストという事で間違いは無いようでした。
 ノインの手には、アクセスの姿。
 ノインは、アクセスを床に投げ捨てました。
 アクセスも稚空と同様に、白い物質で自由を奪われて居たのです。

 その瞬間、まろんは全てが終わったことを悟りました。

「おい、お前も隠れていないで出て来い」

 横を向いて、ミストが叫びました。
 すると、報道陣の席の残骸から、何者かがひょっこりと立ち上がりました。

「三枝先生!」
「美しい…」

 三枝の目も普通ではありませんでした。
 首からカメラを下げた三枝は、辱められている都の表情を写真に収めます。

「撮らないで…」

 涙を流しつつ哀願する都の声には、既に抵抗する気力も失われたのか、力があ
りませんでした。

「これで、全員揃ったわね」
「それで、ジャンヌ・ダルク様の魂を汚す者は」
「ジャンヌの末裔はどうやらこの場には姿を現さない」

 ノインはおやという顔をしてまろんの方を見ました。
 が、すぐに事態を把握した様子でした。

「結界の中でも問題は無いと思ったのですが」
「思っていたより、効いていたようね」
「どうしますか?」
「少し拍子抜けだけど、外の人間共に援軍が来る前に、片付けてしまおう」
「御意」

 結界? 効いていた? 何の話?
 何のことを話しているのか、まろんには良く判りませんでしたが、多分自分の
周りで起きた嫌な出来事は、彼らの陰謀ということなのでしょう。
 だとしても、気が晴れませんでした。
 それで、都が救われる訳では無いのですから。

 それよりも、後段の会話の方が重要でした。
 私もこれで終わりか。
 今まで私、何やっていたんだろう。

「さぁ、ショータイムの始まりよ」


(第156話(その5)完)

 では、(その6)へと続きます。

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Keita Ishizaki mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp
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