神風・愛の劇場スレッド 第112話『蜘蛛』(4/6付) 書いた人:佐々木英朗さん
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Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: 6 Apr 2001 16:46:01 +0900
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佐々木@横浜市在住です。こんにちわ。

この記事は神風怪盗ジャンヌのアニメ版から派生した妄想小説です。
そういう代物に拒否反応の無い方のみ、以下をどうぞ。

# 第111話までの感想・他は別記事にて流していますのでよろしく。


★神風・愛の劇場 第112話 『蜘蛛』

●桃栗町郊外

朝、ツグミは普段よりは少し早く目覚めていました。
それでも目覚まし時計が鳴るまでは横になっていようと思い、ベッドの中で
まどろみながら断片的に思い出せる昨夜の夢の事を考えていました。
所どころが妙に鮮明なのが、彼女にとっては不思議な事なのです。
ツグミの夢に鮮明に浮かぶのは、以前は幼い頃の事だけでしたから。

「はしたない夢…」

自分でも恥ずかしくなる様な影像がちらちらと浮かんで、
頬が染まってしまうのがはっきりと判ります。
身体まで熱くなって来たツグミは掛け布団を撥ね除けると、
未だ鳴る前の目覚ましを切って洗面所へと向かいました。
洗面台の蛇口からはお湯も出るのですが、水だけにして顔を洗います。
そして頬を両手で数回叩くと、着替える為に部屋に戻るのでした。

●桃栗学園

都の見た所では、今日のまろんは昨日とは違っていました。
朝練や授業に身が入っていないのは同じでしたが、今日は何か熱心に
考え事をしているが故に目の前の事に集中出来ていないという感じです。
昨日の虚ろさとは違って目には少なからず生気が漲っている様子。

「(ま、ぼんやりしているよりはイイけどさ)」

今日も寝ぼけた調子なら活を入れてやろうかとも思っていたのですが、
とりあえず必要は無さそうでした。
昼休みも昨日とは違って都の誘いに二つ返事でついて来たまろん。
ついでに誘った委員長と共に今日も学食を利用する事にします。

「今日は食欲はあるわけね」
「うん、腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃない」
「戦って何よ?」

まろんはニッコリ笑って答えました。

「喩えよ喩え」
「ふ〜ん」

都は思わず「戦場はベッドの上?」と言ってやろうかと思いましたが、
結局その言葉は飲み込みました。何となくですが、今はそれが軽口には
ならない様な気がしたからです。
その会話の途切れを待っていたかの様に委員長が話し始めます。

「今日も名古屋君はお休みですね」
「そうね。どうしたんだろ」

そう言いながら、都はまろんの様子をそっとうかがって見ます。
まろんはまるで興味が無い様にオムライスを黙々と口に運んでいました。

「日下部さんは何か聞いてませんか?」

都は委員長をジロリと睨みましたが、当の委員長はまるで気付いていません。

「ん?」

まろんが顔を上げて、口の中の物を飲み下してから言葉を続けます。

「稚空なら、きっと山茶花さんのとこ」
「何ぃ!」

椅子を弾き飛ばそうかという勢いで都は立ち上がり、まろんに顔を
近付けて言いました。

「どういう事よ、それ?」
「昨日、稚空の携帯に電話したら山茶花さんの声がしたから。
 きっとお家の方にお邪魔してるんでしょ」
「昨日って昨日の何時?」
「夜中の一時ぐらい」
「何でそんな時間にあの二人が一緒なワケ?」
「知らない」
「まろん、あんたそれで」
「いいじゃん、別に。何処に行こうと稚空の勝手だし」
「そう…」

平然と食事を続けるまろんを見て、都はそれ以上は食い下がるのは止めます。
その横では委員長が何を納得したのか、しきりに頷いていました。



放課後の新体操部の練習の時間も、まろんの頭の中はツグミの問題で
一杯でした。もっとも、その問題に集中する事で別な問題を忘れていられる
事が実は重要だったのかもしれません。何れにしても差し迫っている問題が
どちらかなのかは明らかに思えました。
練習の合間の小休止。まろんは汗を拭きながら体育館の壁にもたれて、
他の部員の練習を目で追っていました。
そして都のボールの演技が目に止まります。

「(あの位の速さだったら苦労しないんだけどな)」

そうしてじっと見ていると、ふとある事に気付きました。

「(何か、今日の都は違う様な)」

本当は最近の都の演技が少しづつ変わり始めていたのですが、
自分の事で精一杯のまろんはその変化に気付いていませんでした。
そして今日、まろんが新体操の事を考えたのはこれが最初で最後。

「(動きを止めさせるには…)」

再び考えはツグミの事に戻ります。

「(そう言えば、きっと都も私…じゃなくてジャンヌを足止めする為に
  色々考えているんだよね)」

まろんの頭の中に今まで都に"お見舞い"された数々の罠や兵器が浮かびます。

「(トリモチとかガスなんて都はどこから用意したんだろ。
  落とし穴…そんなの掘っている暇無いしなぁ…)」

この頃には都はまろんが自分を見つめている事に気付いていました。
が、取りあえず練習に集中します。一方、まろんは。

「(今まで一番困った奴はと言うと………!)」

思わず声が出そうになってしまい、慌てて口を押さえました。
もっとも、実際は声にはなっていないのですが。

「(でも、あれだとツグミさんに怪我させてしまうかも。それにあれだって
  私じゃ用意出来ないし。都に頂戴なんて言えないよね。でも…そうよ、
  太くすれば怪我させないで済むし、簡単に手に入るじゃん)」

考えがまとまってきたのか一人で頷くまろん。都は横目でそれを見ながら、
まろんは何を感心しているのだろうかと気になって仕方ありません。

「(そう言えばさぁ、都って私が怪我しない様にとかって全然気にして
  無いよね。それって酷いんじゃない?変身してたって女の子には
  違い無いんだし…)」

何時の間にかまろんの目つきがキツくなっているので、ますます
気になってしまう都。ついに練習を中断してツカツカと歩み寄って来ました。

「何なのよ、まろん」
「えっ?(聞こえたの?)」
「何ジロジロ見てんの?文句有る訳?」
「ううん、全然」
「それじゃ何で頷いたり睨んだりしてんのよ、凄く気になるんだけど」
「私が?」
「そうよ」
「ごめん、ちょっと考え事を…」
「サボってるから余計なこと考えんのよ、あんたも練習しなっ!」
「はぁ〜い」

渋々と練習を再開するまろんですが、やはり集中力は今一つでした。
そして練習が終わった後の更衣室での事。都がまろんに言います。

「帰りにお茶でも飲んでいく?」
「あ、私パス。ちょっと用事があるの」
「あっそ」

まろんはそう答えて先にそそくさと帰ってしまいました。
置いてきぼりの形の都でしたが、真っ直帰る気にもならず、
独りで商店街をぶらぶらと歩いてから帰りました。

●オルレアン

陽が落ちて間もない頃に都が家に戻ると、入れ代わる様にまろんが
出かける所に出くわしました。私服に着替えたまろんの肩には
赤と黒の斑模様の妙な物が大量に載せられています。

「あ、都おかえり〜」
「まろん、何処行くの?」
「…ちょっと」
「ロープの束なんか担いで、泥棒にでも入るつもり?」

冗談のつもりで言い終えた後にニヤりと笑う都。まろんはえへへと
気の無い笑いで受け止めました。

「そんな訳無いじゃん」
「じゃ、何よ」

まろんはちょっと考えてから答えました。

「秘密の特訓」
「何じゃそりゃ?」
「これ以上言ったら秘密にならないよ」
「抜け駆けする気か、おぬし?」
「最近ちょっとサボリ気味だったから、取り返さないと」

まろんはそう言って微笑むとエレベーターに乗って降りて行きました。
都はそれを見送ると呟きます。

「…ジャンヌはロープなんて…使わないわよね…」

馬鹿な考えだとすぐに頭を振って打ち消します。ですが、続いて浮かぶ妄想。

「まろん、アブナイ趣味に走ってるんじゃないでしょうね」

秘密という言葉とロープが妙に気になる都なのでした。

●桃栗町郊外

すっかり夜も更けた頃。街を駆け抜ける白い影が一つ。時々その影は
立ち止まると辺りを見回して、再び走り去って行きます。
やがて辿り着いたのは町外れの一軒の家。

「町中には居なかったし、まだ出てきてないのね」

今は怪盗ジャンヌであるまろんは、初めてこの家に来た時の事を思い出します。
あの時もジャンヌとして此を訪れたのでした。そして。

「何度でも救けてあげる」

音もなく、そう、今なら音もなく近づく事も出来ました。
ふわりと屋根の上に降り立ち佇むジャンヌ。
プティクレアを手に取って見つめますが、何の変化もありません。

「やっぱり駄目か。留守って事ないよね」

ジャンヌが顔を上げると、星灯りの下に微かに見える輪郭が目に止まります。
一瞬たじろぐジャンヌでしたが、まったく想定外という事態でもありません。
ベランダの手摺に腰掛けている人影。ジャンヌに気付かないのか、影の主は
空を見上げるかの様に顔を上に向けて黙って座っているのでした。

「こんばんは、ツグミさん」

そっと、驚かさない様に声を掛けます。

「怪盗ジャンヌ、ただいま参上」

ツグミは本当に影であるかの様に全く微動だにせずにいます。
ジャンヌは細心の注意を払いながらツグミに近づきました。
そしてすぐ傍まで辿り着くと、ベランダを軽く飛び越えてツグミの
隣に立ちます。相変わらず何の反応もしないツグミ。

「ツグミさん?」

声を掛けながらジャンヌはツグミの隣の手摺に同じく腰掛けます。
そして手摺にそって手を這わせ、ツグミの手を取りました。
やはりひんやりとした冷たい肌でした。昨夜ちらりと見た通り、
確かにツグミの左手には光る物が嵌まっています。
どうみても何の変哲も無いブレスレットです。服の中に仕舞い込んだ
プティクレアが鳴っている様子もありません。

「でも、これしか怪しい物は…」

と、唐突にツグミの左手がジャンヌの手を握り返して来ました。
気が付くと何時の間にかツグミはジャンヌの事をじっと見つめています。
ジャンヌの身体が緊張で固くなりますが、それでも会話の緒は探ってみます。

「怒った?」

何とも間の抜けた言葉よね、とジャンヌが思った時には二人は同時に
手摺から身体を離していました。その直前にツグミの手に力が入ったので
咄嗟にその手を離して屋根に飛び下りたジャンヌ。ジャンヌに手を離され、
次の行動の為に足場を確保すべくやはり飛び下りたツグミ。
対峙するという暇も無くツグミはジャンヌに向かって駆けていました。
それもある程度までは予想通りでしたから、ジャンヌは高く跳躍して
ツグミを避けました。そしてそのまま家の周りに拡がる林に飛び込みます。
飛び込んですぐに再び跳躍するジャンヌ。そうして跳躍を何度も繰り返して
ツグミの家から離れます。途中、空中で何度か後ろの様子を窺いました。
これもジャンヌの思った通り、落ち葉の積もった林下を奔る足音が
確実に追って来ています。しかも木々の間に見え隠れするツグミの姿は
まるで障害物など無いかの様に直線的に移動していました。
ジャンヌを追う為の最短の道筋を行き、途中の木々は恐るべき機敏さで
左右に避けているのです。何度も跳躍を繰り返していますが、ツグミは
寧ろ距離を詰めている様にさえ感じます。そこでジャンヌは飛距離を
稼ぐ為に跳躍の高さを抑える事にしました。
木々の上を舐める様な低い軌道を描いて行くジャンヌ。
ここにきて漸くツグミとの距離が拡がり始めた様に感じられました。
そこでジャンヌは再びツグミの姿を確認しようと振り返りましたが、
将にその時、梢を揺らす音が聞こえて来たのです。
音のした方を仰視するジャンヌ。大体の見当を付けた辺りから黒い影が
飛び出して来たのが目に入ります。それはジャンヌよりも高い空に
舞い上がると、そのままの勢いで落ちて来ました。
それはジャンヌのちょっとした思い違いだったのです。
跳躍により稼ぐ事の出来る距離は跳躍の高さが低すぎても延びないという事実。
遅いタイミングの跳躍でありながら、ツグミの落下地点は正確に
ジャンヌのそれと重なっていました。
空中で膝を抱える姿勢を取っているツグミ。
その身体を前方向に回転させ、そしてジャンヌの真上に来た瞬間に足を
伸ばします。落下と回転で得た勢いをそのまま右足の踵に乗せて一気に
振り下ろして来ました。ですがジャンヌはツグミの跳躍を目に留めた
瞬間に眼下の右方向に見える一本の木に向けてリバウンドボールを放ち、
自らの身体をそちらに引き寄せる事で空中での横移動を行っていました。
ツグミの踵はそのまま宙を切り、真下の木の幹へ運動エネルギーを
叩き付ける格好になります。ツグミの着地と前後して、
派手な音を立ててながら太い幹が一本地面に落ちました。
紙一重でかわしたジャンヌはその光景を肩越しに見て身震いします。
そして同時にツグミの身体の心配も頭をよぎっていました。

「あんな事して、痛くなかったかなぁ」

もっとも、そんな心配をした所で戻って見る訳には行かない事も
承知していました。最初に飛び付いた木の幹を足場に再び数度の跳躍。
そして耳を澄ませると、案の定既にツグミも追いすがっていました。
一旦立ち止まるジャンヌ。ツグミの姿を確かめてから改めて駆け出します。
今度は跳躍は行いませんでした。同じように跳躍されて、跳び越されては
困る物があったからです。林の中を進むジャンヌ。時々進む方向を
変えるのですが、変える時はわざわざツグミに距離を詰めさせて
ツグミがジャンヌと違う所を通らない様に気を遣いました。
そんな事をしている内にツグミはジャンヌの背後に迫っています。
やがて少しだけ木々が少ない開けた場所に出るとジャンヌはその空間を
一気に駆け抜け、そしてその先の木に結んであったロープの一端を握ります。
振り返ったジャンヌは予想よりツグミが近くに来ていた事に少し慌てつつ、
それでも狙いを外さないタイミングを待ってからロープを引きました。
結ばれていた部分が外れると、ロープはそのまま何処かに引き込まれる様に
飛んで行きました。周囲の木々の間から、何かが擦れる音が一斉に聞こえます。
と同時に林下に積もった落ち葉を巻き上げて地面から何本ものロープが
飛び出して周囲の空間に縦へ横へと張り巡らされました。
真っ直にジャンヌに向かって飛び込んできたツグミは、そのロープの何本かに
絡まります。ツグミの勢いに押されてロープが大きく弧を描きますが、
それらのロープを林の奥から支えている物…多くの木々の幹がたわむ事で
勢いを殺し、やがてロープを引き戻していきました。その間にも
数本のロープが続いて宙を奔り、更には少しずつ間隔を狭めて行きます。
遂にはツグミはロープに完全に絡まって、その場にしっかりと繋ぎ止められました。
ツグミの動きが止まるとジャンヌはすぐに駆け寄ってロープの様子を
確かめました。間違ってもロープがツグミの首を締めたりする事は
避けなければと心配したのです。その為にツグミの背丈を考えて最終的に
ロープを張る高さを調節しておいたのですから。
その甲斐あってか、ロープはツグミの胸から下を中心に腕と足をしっかりと
抑えつつ首から上には一切触れてはいませんでした。
ジャンヌは、ほぅっと短い溜息をついて安堵します。

「ジャンヌスペシャル、なんちゃって」

そんな軽口にもツグミは表情を変える事は無く、何度か自分の身体を
取り巻くロープに目を落とした以外はじっとジャンヌを見つめていました。

「動かないでね、すぐ済むから」

ジャンヌはツグミの脇にひざまずくと、そっと左手に自分の手を添えます。

「!」

息を飲むジャンヌ。ツグミの左手を繋ぎ止めているロープは予想以上に
きつく食い込んでいる様に見えました。ジャンヌは慌ててピンを用意し、
目当てのツグミのブレスレットに突き立てるのですが。

「何で…」

チェックメイトどころか、そもそも刺さりもしませんでした。
ピンを通して感じられるのは紛う方も無く金属の手応え。
混乱するジャンヌ。特別な力を秘めたピンですから本来ならば悪魔が
憑いているか否かに関わらず"刺さらない"という事は有り得ない、
という事実を完全に失念していました。
ただただ予想外の自体に狼狽えてしまっていたのです。

「どうしよう、どうしたらいいの…」

ジャンヌを困惑の渦中から現実に引き戻したのはロープが軋む音でした。

「えっ?」

顔を上げたジャンヌは目を瞠ります。ツグミの右手が何時の間にか、
彼女の頭の傍まで引上げられていました。限界まで引っ張られたロープは
最早それ自身の弾力を失っており、闇に目を凝らして見ればその先に
繋がっている決して細くはない木々をもしならせていました。
そしてジャンヌは見てしまうのです。ツグミが無理にロープを引いた結果を。
ロープはそれぞれが数箇所で連結されており、一箇所を引くと他のロープが
逆に引き寄せられて相手の動きを止める様になっていました。
ツグミが引いた右手のロープは同時に別なロープを引く事にもなっています。
そして予想を越えた力で引かれたロープは既に初めの想定とは違った位置で
ツグミの身体に食い込み始めていました。

「駄目、それ以上引っ張っちゃ!」

ジャンヌは慌ててツグミの首に掛かっているロープを弛めようとします。
しかし既に深く食い込んでいるロープの下に指を差し込む余裕はありません。
それでもロープを引くことを止めないツグミ。どう見ても息が出来るはずが
無い程にロープはツグミの首を締め上げていました。
ロープを切らなければ、ジャンヌがそう考えた時です。
木立の方から何かが破裂する様な音が響き、続いて大きな物が風を切って
飛んでくる音がしました。ロープの内の一本を繋いでいた幹が折れて、
ロープに引かれるままに飛んできたのです。ジャンヌにはそれを避ける為の
用意も心構えもありませんでした。そしてツグミに触れる為に、意識して
自らを守る力を抑えていた事が決定的に失敗でした。

「ぐふっ…」

飛んできた木の幹を脇腹に直に受けたジャンヌは弾き飛ばされる様に
落ち葉の上に倒れました。頭の中が真っ白になる程の衝撃と痛み。
それでもジャンヌは必死に身体を起こしてツグミの様子を確認します。
支えを失った事でロープの何本かは既に弛んでおり、ツグミの右手は
既に腰の辺りに下ろされています。そして残りの束縛を解くつもりなのか、
ツグミは左手を水平に回す様に振るう所でした。まるで何も繋がっては
いないかの様に物凄い勢いで右手方向に振られる左腕。
先程とは異なる、もっと大きな音が地面を揺らしました。
今度はロープは弛んだだけで何も飛んでは来ませんでした。
ツグミが左腕をゆっくりと下ろします。妙に力無く揺れている左腕。
ジャンヌのぼやける視界の中で、肉が削げて剥き出しになった骨の先に
ぶら下がった左手首が銀色の光をゆらゆらと煌めかせていました。



目が覚めた理由は寒さだったのでしょう。間もなく夜明けという頃になって
ジャンヌは目覚めました。よろよろと立ち上がり辺りを見回します。
根元から倒れた木が二本。途中で裂けたらしい幹が数本。千切れたロープの
作る小さい山。そんな中に独りで立ち尽くす自分。
そこにはそれ以外の何も在りはしませんでした。

(第112話・完)

# この調子で書いていると翌日に食い込んでしまうのでひと区切り。^^;

●次々回予告編

「長持ちはしないだろうな」

# そろそろ解説を挾む時期かなと。

では、また。

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