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RE-CREATION

18759fea.jpg元来、日本の温泉は湯治のためにあった。聖徳太子や天智天皇が熟田津の湯(道後温泉)や紀の湯(白浜温泉)などに来湯したことが日本書紀や万葉集にも書かれているし、戦国武将が傷を癒すために訪れたといわれる温泉も日本のいたるところに点在する。それがいつからだろうか、温泉は芸者をあげて遊興する場所への変貌する。他にあまり娯楽のない時代、男子の遊び場は町外れにある温泉と遊郭だった。戦後の高度成長期には、そのシステムはそのまま企業や地域での団体旅行へと引き継がれる。企業の福利厚生費には税制面の特典があった。税金で持ってかれるくらいなら、社員総出で温泉旅行に行き明日の仕事の英気を養おう・・・ってお題目で行われたから「リ・クリエイション」。私が社会に出た頃はまだそういう時代だった。バブル期になると「温泉ブーム」が勃発する。これは実体の無き金(^_^;で遊べる層が急激に増えたため、いわゆる高級旅館に個人で泊まり贅沢感を楽しむスタイルが流行して発生したものだ。そしてそのバブルが崩壊。宴会を主体にした旅館は窮地に追い込まれ、かつて賑やかだった温泉には閉鎖される施設も出始める。有名旅館の部屋の窓から見える風景が「廃墟」という辛い状況に多くの温泉街は追い込まれた。給料が減り、おいそれと温泉旅館に泊まれなくなった庶民が向かった先は「日帰り」温泉施設。温泉ブームの気分だけは世間に残り、金は無いが温泉には行きたかったのだ。バブルを象徴する竹下内閣の「ふるさと創生基金(1億円)」のお陰で?全国あちこちに3セク温泉が誕生していたので、行き場所には困らない。多様な浴槽がある大規模施設に人気が集まった。しかし、来湯者の多い大規模施設というのは必然的に浴槽は循環となる。そこで起きたのがレジオネラ菌騒動。一般人はこれで自分の入っていた温泉がフィルターでゴミを採られながら何度も循環するプールのような風呂だったこと知り、本物の温泉への渇望が高まる。テレビの温泉番組の主役も能登半島の巨大旅館あたりから東北の山奥の一軒家旅館あたりへと変わり、関心は泉質へと移っていった。そこに降って沸いたのが白骨温泉草津の湯事件だった。「源泉掛け流し」という温泉マニアが使っていた用語も今や世間に一般化し、多くの人が泉質を求めて温泉を行脚し始めたのが昨今の状況。私自身はといえば高級旅館に泊まるような金はもちろん無いが、一泊二日で台風のように旅館に行き、たくさん飲んで食って夕、夜、朝と風呂に入ったところで、使った金の割には癒されないなと思うことが多くなった。考えてみればもともとそれは人生活性化プラン「リ・クリエイション」なのだ。癒しではない。前後にクルマの運転をせねばならない日帰り温泉めぐりにもやや疲れて来た。その日のうちに運転して帰るのだから酒も飲めない。(笑) こうなると残る理想は太古の昔より伝わる「湯治」しかない。本当に癒しを求めるのなら一泊2千円食事は自炊みたいな温泉施設がいい。読みたかった本でもシコタマ持ってそういう場所に何日か籠もれたらそれがホントの癒しというものだろう。世間の毒気が恋しくなれば充電完了。もちろんそれもゆったりとした「リ・クリエイション」ではある。

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