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海彦山彦

5c2e5431.jpg雨の中、大林宣彦監督「転校生 さよならあなた」完成感謝鑑賞会を観る。本当に雨の中で、だ。場所は国宝善光寺本堂前。本尊さまにも御覧いただける様、スクリーンは山門に貼られ、夕闇を待って屋外で上映された。監督がこのセルフリメイクを長野で撮影することとなったのは、監督が長野に訪れた際に、いわゆる尾道三部作を見た親世代から「50年後の長野の子どもたちに残したい伝えたい作品を作って欲しい」と懇願されたことがきっかけだったらしい。それを意気に感じで本当に制作をしてくれた大林監督には感謝の気持ちでいっぱいなのだが、尾道三部作に映された美しくひなびた坂の町の風情を知る世代にとっては、正直なところ「本当に長野で大丈夫か?」という不安の方が大だった。約半世紀前、木下恵介監督が描いた美しい長野はもはや存在しない。名作「野菊の如き君なりき」「風花」「笛吹川」に映る雄大な自然。千曲川から見た飯綱山。河川敷沿いの桑畑。長大な木橋。昨今、そうした北信濃の原風景を長野市内で見つけるのは難しい。今や飯綱山の麓から犀川沿い、さらに千曲川沿いまでの間、つまり善光寺平全体が建物で埋め尽くされてしまった。木橋は永久橋に架け替えられ、野菊の墓も大学とアパートと専門学校と食堂の建物の中に埋もれている。尾道のような風情は微塵もない。では都会化して美しく変貌したのか。それも怪しい。1998年長野五輪誘致のために作られたプロモーションビデオには、当の長野市民が驚いた。そこに映る長野は「大都会」。航空法を無視したかのような?美しい空撮で狭い長野の中心市街地を広角レンズでナメ回す。カッコ良過ぎて笑みが出るような映像だったが、実際はそんな街ではない。現実は昼間もシャッターが閉まった店もある典型的な地方都市に過ぎない。中心市街地の街づくりに邁進する松本に遅れをとっているのではないかと心中穏やかではない市民も少なくない。映画のロケ地としても最近は松本の方が良い作品が明らかに多い。プロの映像制作力をもってしても、尾道はもちろん松本にもかなわないだろうな...そんな不安があった。ところが、映画を見て驚いた。映っているのは生活観のある普通の場所だった。水道やガスの配管が露出しているようなモルタルの住宅、訪れる人が減った権堂アーケードやその裏の飲食店街、中途半端に古い(つまり汚い)路地裏映像が満載だ。風光明媚な風景は、戸隠の鏡池やそば畑程度、紅葉の時期の湯福神社、昌禅寺、松代の一陽館や清滝は美しいが、このあたりになるとそこを知らない市民も多い。長野西高校や長野市民病院に至っては、今の形のままで登場。五輪ビデオとは全く異なる長野が映されている。そして映像はほぼ全編ナナメ。「なんでナナメなんだよ~」とも思ったが、これも監督が昔からお得意の低予算特殊効果のひとつ? きっと日常を非日常として撮影しているのだろう。もともとオトコとオンナが入れ替わるなんて全くの非日常的なストーリーだ。ネタバレになるのであえてその内容はここには書かない。しかし、その物語の背景に映る、普通に古い市民も見過ごすような路地裏がなぜこうも魅力的に見えてしまうのか。とても不思議だ。私はそこにこそ大林監督の示唆するものがあるような気がしてならない。監督は舞台挨拶で「日本人は開国以来皆「海彦」となって海の向こうの諸外国から文明や経済政策を移入して国を高め展いてきた。僕は海彦として海に生まれ海をこよなく愛する人間であるが、この六、七年、何故かキャメラが山に向くようになった。」と語っていた。実は監督と故郷尾道との関係は昨年あたりからあまり芳しくない。直接的には映画「男たちの大和」で使われた戦艦ヤマトのセットを公開して稼ごうとした尾道市の行為を、監督が批判したことが原因のようだが、元々監督が自分の記念館やら作品のモニュメントやらの建設に非協力的だったことも対立の根底にあるらしい。今や尾道市に行っても駅や観光案内所等には大林作品のロケ地マップの類は一切ないのだそうだ。それどころか坂は老人の生活には過酷、それを賛美する映画は如何との議論さえ出いるらしい。ひでえもんだ。監督が怒るのも無理はない。もちろん、長野市も10年前に究極の「海彦」、長野五輪をやりハコモノを揃えまくってた訳で、戦艦大和のセットを喜ぶ尾道市民を批判することなどとても出来ない。しかし、山なるもの「山彦」とは何なのか。ここでもう一度じっくりと考えてみる必要はありそうだ。折りも折り、つい1週間程前、長野市の中心市街地活性化基本計画が国の認定を受けた。全国で13市が選ばれ、国の補助を受けて中心市街地を再開発する事業だ。いまどき真鍋博や手塚治虫が描くような近未来的な街は造らないとは思うが、どうせ「灯籠を建てて植栽を植えて玉砂利を入れた水路を流すんじゃあないか」と思う。あるいは、もっと金を掛けて白壁の土蔵が並ぶ時代劇のセットのような街でも造るのだろうか。それで一気に善光寺も世界遺産? 何か違うよな。郊外に超大型ショッピングセンターを誘致するような施策よりはマシだが、中心市街地を時代体験型のアミューズメント施設然とさせてどうする? 結局、それも海彦の発想なのだ。じゃあどうする。「転校生 さよならあなた」にはその答え、山彦からの提案がおぼろげに見えている。新しいだけが重要でないことはもちろん、実は古いだけも重要ではなかったのだ。古くても新しくても、そこに生活があることが重要、それが街だということ。人々が心美しく生活をしてる街は、古くても新しくても美しい。経済効率優先の街でもなく、文化財の中で窮屈に暮らす街でもない。別の価値観があることをこの映画は教えてくれるのだ。...って基本は突然チンチンが無くなったって映画なんだけどね。(笑)

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