神風・愛の劇場スレッド 第167話『異郷にて』(後編)(10/18付) 書いた人:佐々木英朗さん
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From: 佐々木 英朗 <hidero@po.iijnet.or.jp>
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Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
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Lines: 564
Date: Fri, 18 Oct 2002 17:45:03 +0900
Organization: DION Network

佐々木@横浜市在住です。

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられているヨタ話です。
# 所謂サイドストーリー的な物に拒絶反応が無い方のみ以下をどうぞ。




★神風・愛の劇場 第167話 『異郷にて』(後編)

●桃栗町中心部

お昼を少し過ぎたくらいの時間。広場に面したカフェにやってきたツグミ。
普段よりも遅い時間に散歩に出た理由は二つありました。一つは先日の雪が
まだ中途半端に残っていて凍り付いた路面があるのでは無いかという不安。
もう一つはそもそも気温の低い午前中に外でお茶はないだろうという考えから。
何も寒い時季に好き好んで外のテーブルに座る事も無いのですが、イカロスを
連れている時は外の方が気楽でしたし何よりも日向に座っていたい、
そんな気分にさせる陽気でした。確かに感じる春の気配。
時季も時季でしたので塞がっているはずは無いとは思いながらも、念の為に
他の客に注意しながら開いたテーブルを探します。その様子に気付いた
声だけの顔見知りの店員がやってきて、ツグミが割と気に入っている場所が
開いている事を教えてくれます。その時についでに注文した紅茶はツグミが
座ってから間もなく届けられました。

「お待たせしました」
「ありがとう」

店員はひと呼吸置き、周囲を見回して他の客を待たせていないかを確認してから
言いました。

「暖かいですね、今日は」
「そうですね」
「でも流石に袖無しは無いですよね」
「え?」

本当は良い事では無いのでしょうが、この店員はよく他の客の事をツグミに
話して聞かせてくれます。ツグミが暇そうに見えるのか、単なる雑談好き
なのかは判りませんでしたが、人や町の様子を聞けるのは願ってもない事
でしたから基本的にはツグミにとって歓迎すべき情況です。

「今朝まだ開店準備中の頃ですけど、何とも寒そうな格好の女の子が来たんですよ」
「女の子?」
「タンクトップにデニムの短パンでちょっと色黒で」
「可愛らしかったのでしょう?」
「そりゃもう」
「やっぱり」
「あれ、何で判るんです?」
「可愛くない女の子は話題に出て来ませんよね、何時も」
「あらら。読まれてましたか」

店員は照れ隠しなのかツグミ相手ではあまり意味の無い苦笑いを浮かべます。
まだ話し足りなさそうに感じられましたので、ツグミの方から水を向けてみます。

「早朝ランニングしていたとかじゃ無いんですか?」
「さぁ。でも違うんじゃ無いかな。走れば暖かくもなるんだろうけど、
何て言うかとぼとぼと…あてもなく歩いてるって感じで」
「ふ〜ん…」
「それで声を掛けたら逃げちゃいました」
「…いきなりお茶に誘いましたね?」
「いやだなぁ、そこまで手早くないですって」

人の気配を察して、店員はそこで話を切り上げると仕事へと戻っていきます。
そしてツグミもまた、何処かの内気な女の子の話はすぐに意識の外へと
抜け出てしまうのでした。

結局、カフェで時間を潰していたのは小一時間程だったツグミ。昨日、当分の間は
困らない買い物を済ませた事もあって寄り道をせずに家路に着きます。
しかし歩き出して間もなく、曲がり角の向こうから近づいてくる足音を耳にして
歩みを止めました。

「こんにちは、全くん。良く会うわね、私達」
「こんにちは」

もっとも、良く会うとは言ってもその日の出合いは普段と違う事はツグミには
すぐに判りました。どちらかと言うと全との出合いは、彼が居る場所に出くわす
という情況が多く、それ故に待っていたのだろうかと思わせるのでしたが
今回は完全にばったり出合ったといえる物でした。

「お買い物?」
「人さがしでぃす」
「人捜しって?」
「…姉様…昔住んでいた家の隣りのお姉さんでぃす」
「この前話してくれた人ね?」
「そでぃす」
「全くんの所に遊びに来てくれたの?」
「朝起きたら家に居たんでぃす」

近いうちに帰国すると語った全が好きだったと言った何処かの誰か。全の話から
亡くなっているのかもしれないと思っていたツグミでしたが、とりあえずその
考えが間違いであった事に安堵しました。そして同時に少しの寂しさも感じます。

「(これでお姉さん役も終りかしらね)」
「それで、ええっとぉ」
「あ、ごめんなさい。捜しているって、はぐれちゃったの?」
「よくわかりません。家を飛び出しちゃったんでぃす」
「そうなの…」

さっぱり情況が飲み込めませんでしたが、それをここで詳しく尋ねようとは
思いませんでした。

「忙しいのに呼び止めちゃってごめんなさいね」
「いいんでぃす。それよりお姉さん、見かけませんでぃしたか?」

ほんの一瞬でしたが、心の奥に冷たい塊が現れた様に感じるツグミ。もちろん、
それは子供ならではの他愛無い一言だと判っていますから表情に出たりはしませんが。

「残念だけど私では判らないわ、もし出合っていても」
「そぅでぃすかぁ…ツグミお姉さんなら判ると思ったでぃす」
「どうして?」
「お姉さんは良い匂いがするんでぃす。だから」
「におい?香水とかの?」
「判りません。でもいつも良い匂いなんでぃす」

その日、ツグミは記憶に残る様な香りをさせている人物とすれ違ったりはして
居ませんでした。それでもこれからの帰り道で出合わないとは限りません。
そしてツグミは何故か、その"お姉さん"を捜すのは自分の役目の様な気がしました。

「どんな匂いか説明出来る?」
「えっと…緑色のレモンの皮を」

ツグミはちょっと考えて聞き返します。

「もしかしてライムかな?」
「あ、そでぃす。ライムでぃす」
「ライムの香りがするのね?
「ライムの皮を爪で引っ掻いた時の匂いと似てまぁす」
「判ったわ。もし出合ったら、全くんが捜していたって伝えてあげる」
「ありがとうございまぁす」

全はそれだけ言うと足早に去って行きました。珍しく振り返りもせずに、
あっと言う間に遠ざかる足音がとても寂しく聞こえます。それでもふっと
我に返ったツグミは大事な事を思い出していました。

「いけない…その人の名前、聞き忘れちゃった…」



昨夜の東大寺家でのパーティの席で盛り上がったネタの追加情報収集、という
名目の誘いを「今日は部活じゃ」の一言で都に一蹴された大和。その日は仕方なく
独りで噂のポイントの幾つかの現地調査を行い、そして何の収穫も無く帰宅する
途中の事でした。ふと前から歩いてくる不審な人影に気付きます。どうやら先に
気付いたのは相手の方だった様で、立ち止まってこちらをじっと凝視しています。
TV等で見る事はあっても桃栗町で出会うことは無い姿。明らかにそれは日本人
では無い肌の色でしたが、さりとて何処の国の者なのかというと大和には全く
見当もつきませんでした。少しだけ距離が近づいてみて唯一判った事、それは
その顔に浮かぶ怯えの表情だけ。相手を怯えさせる理由に心当たりの無い大和は
思わず自分の周囲を見回して何があるのだろうかと探してしまいます。
そして大和が視線を外した一瞬の隙に相手は踵を返して走り始めていました。
離れていく足音を耳にして慌てて追い掛ける大和。そして何故かこんな事を言って
しまいます。

「ご、ごめんなさ〜いっ」

どう考えても頓珍漢なその言葉が、しかしどうした理由か相手の足を停めました。
そこで一気に詰まる二人の距離。普通に話が出来そうな所まで近づくと再び相手は
後込みする様な姿勢を見せましたが、それでも大和をじっと見詰めています。

「あ、あの…」

呼び止めてみて初めて、そもそも何を話す用があるのかと気付く大和。
小麦色と言っていい肌は近くで見るとやはり日焼けでは無く生まれつきのものだと
思えます。その肌を惜しげもなく露出させる季節外れの服装に今さらながらに
目のやり場に困ってしまい、結局相手の顔をじっと見詰めるしかありません。
絡み合う視線にどぎまぎしてしまう大和。相手の大きな瞳に吸い込まれそうな錯覚に
陥り、そんな自分の反応に慌てて出たのは何とも締まりの無い愛想笑いでした。

「はは。どうも、こんにちは」

今にも逃げ出しそうな姿勢は変わりませんでしたが、少しだけ緊張を解いた様に
見えたその相手が返事をしました。しかし。

「*********」
「え?」

確かにそれは言葉なのです。しかもかなりの早口で大和の耳に届きます。ですが、
それが彼の頭の中に意味を持った語句として認識されません。どうやら相手は
その日、そんな経験を何度も繰り返したらしく、すぐに諦めると悲し気な笑みを
薄く浮かべて大和に背中を向けると再び歩き去って行こうとします。その表情が
とても気になった大和は言葉が判らない事も忘れて相手の手を取り、そして相手を
何処かへ案内する様に手を引いて歩き出します。勿論、相手は足に力を入れ大和の
手を離そうとしました。ですが大和が見せる精一杯の笑顔と何度も繰り返す
「大丈夫ですから」という言葉のニュアンスを察したのか、重い足取りでは
ありましたが次第に大和に引かれるままに後をついて歩き始めるのでした。



出会う人間にことごとく奇異の目で見られながらも、何とか我慢して人前で消えたり
せずに町中を歩いた挙げ句、如何にも下心丸出しの笑い顔を見せる男二人に全く
意味不明の言葉を掛けられてしまったユキ。話の前後の脈絡から、どうやら自分の
容姿を讃めているらしい事、そして彼等の注目を集めているのが自分の髪と瞳の色で
ある事を遅ればせながら理解します。その日二度目の大失態、思わずその場で失態
その物を無かった事にする手っ取り早い方法を選択するという欲望が芽生えましたが、
幸いな事に姉と違ってユキには何でも力で解決し不要なモノは即座に消去というのは
少々強引と思える自制心がありました。
そしてその自制心の御陰で桃栗町の人口がその日減る事はありませんでした。
もっとも何時までも纏わりついた結果の酬いとして、その男二人には人気の無い
裏道で全身に青アザを作った姿で地面にキスする事になるという結末が与えられ
たのですが。
人間界の愚かな住人の貴重な献身によって自分のミスを修正したユキ。
経験からこの町の住人の大多数の髪は黒か茶色、瞳はほぼ濃い茶色と理解した
ユキの姿もまた、黒髪に茶色の瞳という平均的な姿に変わっています。
そしてもう一つ、無闇に白い肌が剥き出しだった服装も改め、ロングスカートに
セーター、ベージュのコートという有りがちな格好をしています。
ユキはそんな経緯から、竜族の連中は悪魔や天使同様この程度の気温の変化は
まるで気にしないのだという事を理解したのでした。
そんな経験を踏まえて外見を整えはしたものの、それでも素顔の均斉のとれた
美しさは誤魔化しようも無く、すれ違う人の目を惹かない訳にはいきませんでした。
それでも、それ以上に相手に警戒される事は無くなり捜索活動はより活発になります。
もっとも曲がり角になると道の端に寄って角から顔を覗かせる様は折角の変身の努力を
台無しにするには充分な、怪しさ爆発の行動でした。ですが、それが効を奏したので
しょう。ユキは路地のずっと先に相手に気付かれる前に一人の人影を見かけました。
柔らかく巻いた栗色の髪を背中に垂らした人間の娘。遠くを見詰める横顔には
無論見覚えはありません。しかしユキはそれが誰なのか見た瞬間に確信しました。

日下部まろん…神の御子…

ユキの中で何かがカチリと音を立てます。

情況開始・目標(人間種)・留意事項(自動防衛障壁)・発動条件(データ不足
(攻撃衝動の受信と推定される))・対抗措置(感情遮断(処置済))・
致死条件選択(局所破壊)・攻撃方法選択(反応弾による遠隔射撃)・
兵装準備…

戦闘プログラムが起動し、ユキの顔から表情が解けていきます。代わりに浮かぶのは
瞳の奥の淡い光。そしてすっと前に突き出され、まろんに向けられた手のひらの
少し前の空間に黒い極く極く小さな毛玉の様な物が浮かびます。その毛玉を見ると
背後の風景が歪んで見えるのですが、それは傍を通り抜ける光が曲がってしまう為。
実際にその毛玉に封じられた力が纔かに漏れているだけでも周囲にそれだけの
影響が出るのです。外殻を持たず磁場だけで構成された即席の超小型粒子加速器。

…反応弾2ユニット生成完了・影響予測(直径50cmの空間の消滅(自動防衛障壁
への相殺効果は未知数))・成功確率(計算不能)・実行可否(指令4により承認)・
発射準備…

指と指の隙間から見えるのは、まろんの後頭部。少し下へと手が下がるとそこに
見えるのは首筋の辺りになりました。発射…その瞬間、ユキの視界の端に別の影が
ふっと割り込んで来ました。

緊急中断(指令4の条件の逸脱)・爆装解除(生成物は破棄)・情況終了

我に返ったユキは曲がり角を出て道の真ん中に突っ立っている自分に気付いて
きょろきょろと辺りを見回します。先程まで人が…そう敵が…立っていた場所には
何時の間にか二人の人影がありました。慌ててそろそろと後ろに退がり、再び曲がり
角の陰に身を潜ませるユキなのでした。そして恐る恐る顔を覗かせて様子を窺います。
どうやら二人はユキに気付く事は無かったらしく、ユキの知らない食料を口にし
ながら談笑しているのでした。



実際の所、大和に何か確固たる当てがあった訳ではありませんでした。ただ漠然と
都かまろんか稚空か…とにかく友人の誰かの所に連れて行けば何とかなるという
気がしただけです。冷静に考えれば無茶苦茶な話でしたが、出合った相手の目には
どうしても放っては置けない深い絶望が宿っている様に大和には見えたのです。
そんな折も折、道行く先に彼にとっての二人の天使が居ました。

「東大寺さ〜ん、日下部さ〜んっ」

大和の声に同時に振り向く二人は、これまた同時に不思議そうな表情を見せました。

「良かったぁ、ちょうど今お邪魔しようと」

都がじろりと睨んで尋ねます。声に微妙な敵意を込めて。

「誰よ、その娘」
「いやそのあのですね」

たじろぎながらも大和は彼の背中に隠れる様に立っている娘との出会いを説明
しました。まろんが時折頷きながら聞いていたのに対して、都は最後まで仁王立ち
のまま微動だにせずに聞いて居ます。そして大和が説明を終えると一言。

「可愛いわね、その娘」
「べっ、別に可愛いから気になったわけではなくて」
「やっぱり可愛いと思ったんだ、ふ〜ん」
「都、もうそれくらいでいいじゃない」
「何がよ、最初から何にも良くも悪くも無いわ」

まろんは苦笑いしながらも取りあえず本題に取り組む事にしました。そっと大和の
背後に回り、大和の背中に隠れている見知らぬ娘の顔を笑顔で覗き込みます。
まろんが話しかけようとしている脇で、都はバッグの中から部活の最中に羽織る
ウィンドブレイカーを取り出して、その娘の肩に掛けてやりました。

「こんにちは〜」
「***」
「ほへっ?」

大和の小さな溜息が聞こえます。

「やっぱり判りませんか…」
「うん。わかんない」
「胸を張って言うんじゃないわよ」
「都は判ったの?」
「私は日本人なのよ。判るわけ無いでしょうが」

おずおずと大和が会話に割り込みます。

「それで…その…」
「何よ?」
「何語なのかくらいは判ります…か?」

都とまろんは顔を見合わせ、そして同時に言いました。

「ドイツ語」「フランス語」
「何でフランス語なのよ」
「都こそ何でドイツ語だと思ったの?」
「英語じゃ無いって事しか判らんのじゃ」
「私だってそうだもん」
「そうですか…」
「委員長は何でそんな事が気になるのよ?どうせ判らないんだから何語でも
同じでしょうが」
「判れば誰に相談すべきかという点に関して有益かなぁと…」
「おお、成程」
「それじゃ仮にドイツ語だったら誰に相談するのよ?」
「名古屋くん…でしょうか」
「はぁ?稚空がどうして出てくるわけ?」
「ドイツ語と言えば医者つながりで。カルテに書いているじゃないですか」
「あれってドイツ語なんだぁ、知らなかったなぁ」
「それじゃ稚空じゃなくてお父様に相談しないと駄目ね」
「そうですね。間接的にお願いという方向で」
「フランス語はどうなのよ」
「えっと…ですね…」
「大丈夫!救世主発見!」

まろんがそう叫んで指差した方を都が振り向くと随分と遠く離れた道の先から
黒い二つの影の片方が手を振っているのが見えるのでした。その影はすぐ傍まで
来ても相変わらず影の様に黒いままなのですが。

「ツグミさぁ〜ん、今ツグミさんちに行こうと思ったの」
「あら、何で?」
「実はね」

まろんが事の次第を説明し始める前にツグミが尋ねます。

「日下部さん、東大寺さん、水無月さん、それに…どなた?」
「委員長がナンパした娘よ」
「まぁ凄い」

明らかに不機嫌そうな都の言葉と全然凄そうに聞こえないツグミの言葉のどちらにも
大和は返す言葉がありませんでした。

「そうじゃ無くって」

まろんが今度こそ謎の人物の説明を始めます。最後まで聞いていたツグミは暫く
辺りを見回し、何故か鼻をすんすんと鳴らしていました。やがて。

「この人、全くんが探していた人だと思う」
「えっ?全くんが?何で?」
「全くんの幼馴染みの女性らしいわ。彼はお姉さんって呼んでいるけど」
「そうなの?全くんって外国の人だっけ?」
「良く知らないけれど、そんな事を話してくれたの」

脇で聞いていた都が、そんな事はどうでも良いとでも言う様に結論へと導きます。

「とにかく一件落着ね。委員長」
「はい?」
「全くん捜して連れてきて」
「何で僕が」
「男だからじゃボケ」
「ごめんなさい。全くんに確認したいので、お願い出来ますか?」
「はい。捜して来ます」
「何でツグミさんの頼みだと二つ返事なのよ」
「別にそういう訳じゃ…」
「とにかくお願いね」

しびれを切らしたまろんが背中を押すと、一度何か言いたそうに振り返った後に
大和は走って行きました。結果として大和以上に見知らぬ者達の中に取り残されて
しまった娘=アンは三つ並んだ顔、笑顔と憮然とした表情と掴みどころの無い表情を
ぐるりと見渡して不安一杯の顔をしています。それを察したのかどうか、ツグミが
傍にやって来て言いました。

「あなた、全くんって子を知っていますよね?」

すぐには返事は無く、ツグミがもう一度言い直そうと考えた頃になってようやく
言葉が返って来ました。

「******」

それを聞いたツグミはちょっと首を傾げて、それから言い直します。

『全って男の子、知ってますか?』
『あなた、言葉が判るの?!』
『少しだけ。なるべくゆっくり話してくださいね』
『え、ええ。あの、此は何処ですか?』
『何処…桃栗四丁目かしら』
『も…く…?マウントクック?ニュージーランドなの?だから樹が多いのね』
『違いますよ。ここは日本です』
『日本って何処なの?いったい…』
『ええと…』

ツグミが日本とニュージーランドの位置関係を話していくと、その過程で娘が
どうやらオーストラリアから来たという事が判ってきました。もっともそこから先は
当人も情況が説明出来ないらしく、ぶつぶつと何かを呟いていて返事をしなくなって
しまいました。ツグミはそんな娘をしばらくそっとしておく事にします。
背後ではまろんが何やら得意げに都に言っている声が聞こえます。

「ほら、フランス語だったでしょ」
「はいはい。そうね」

ツグミがぽつりと一言。

「英語よ。ちょっと訛っているけど」
「…そう…なの…」
「…無様ね…私達…」

微妙に気まずい雰囲気がその場を支配しました。そんな空気を押し流そうとでも
いうのか、まろんが話題を変えようとまくしたてます。

「あのね、ツグミさん、何で彼女が全くんの知り合いだって判ったの?」
「香りよ」
「かおり?」
「全くんがね、お姉さんはライムの匂いがするから判るはずだって言ったの」
「ライム?そう?」

まろんは見知らぬ娘の方に顔を近付けで深く息を吸ってみます。娘の方はいぶかしげな
表情を見せましたが、まろんがすぐに離れたので逃げ出しはしませんでした。

「判らないけど」
「そうかしら、確かに強くは香らないけど…ライムというより山椒っぽいんだけど
それも感じない?」
「うん。何にも」
「どれどれ」

都はもっと大胆に、娘の首筋に顔を寄せてぐるりと回りながら鼻をひくつかせます。

「匂うと言われれば匂う様な匂わない様な」
「何の匂い?」
「イモムシの臭い」
「えっ?」
「ほらアレよ、触ると黄色いVサインが出る奴いるじゃない」

思わず吹き出すツグミ。

「それアゲハ蝶の幼虫の事でしょ?」
「そうそう、それよ」
「え〜、そんな匂いしないよぉ」
「まろんは鈍いのじゃ」
「日下部さん、風邪ひいてない?」

まろんは何だか仲間外れにされた気がして面白くありませんでした。そんな話をして
時間を潰していると、思ったよりも早くに大和が全を連れて戻って来ました。
全力で走ってきたらしい大和が息を切らせている横で、息の乱れていない全が娘に
一所懸命に話しかけている様子をまろん達は見守りました。どうやらツグミの言った
通り、娘は全の捜していた相手だったのだと判り四人は安堵します。初め、全を見て
はっきりと困惑の表情を見せた娘でしたが、暫く経つと落ち着きを取戻し、やがて
硬い表情ながらも全の言葉に頷く様になっていきました。そして全はまろん達四人に
一人ずつ丁寧にお辞儀をして娘を連れて帰って行きました。
その姿がすっかり見えなくなってから、まろんがツグミに尋ねます。

「ねぇ、全くんは何を話していたの?」
「判らないわ」
「え?どうして?」
「だって、知らない言葉なんですもの」
「でもさっき英語だって」
「全くんが話していた言葉は違うの…何だろう…微妙に判りそうなのに判らない。
喉に魚の骨が引っかかっているみたいで嫌だわ…」
「ふ〜ん…」

全が消えていった方を見詰めて考え込んでいるまろん。明後日の方に顔を向けて
じっとしているツグミ。その二人の後ろでは、大和がその働きに見合った祝福を
都から受け取っていました。ヘッドロックにこめかみグリグリという形で。

●桃栗町の外れ

すっかり陽が暮れた頃になってユキはノインの家に戻りました。正確に言うならば
ミカサの気配のする場所へ戻ったという事になるのですが。玄関先に出迎えにきた
ノインは特に何も言わず、ただ本来の姿のユキを見て翼だけは隠す様にと身振りで
示しました。言われた通りの姿でキッチンを覗き込むと、案の定椅子に座っていた
アンの顔から一瞬で血の気が引きます。そんなアンに隣りに座っているトールンが
優しく諭します。

「良く見なさいアン。彼女は私の知り合いだ、恐ろしい事など何も無いよ」
「…で…も…」
「ユキ」

ミカサが指をくるくると回して見せます。ユキはその指示を正確に理解してその場で
くるんと躍る様に回って見せます。そしてアンに笑顔で言いました。

「今朝はびっくりしました。急に出ていってしまうんですもの」

そしてゆっくりとアンに近づいて腰を屈め、さらに言います。

「私、何か悪い事しました?だったら御免なさい」

アンは何も言いませんでしたが、それでもはっきりと首を横に振りました。



打ち合わせを兼ねた訪問の帰り。ずんずん先を行くトールンと少し距離を置くミカサ。
彼はその後ろから従っているユキに合わせる様に更に歩みを遅くします。横に並び
そうになるとユキも歩みを遅くする為、遂に二人は立ち止まってしまいました。

「話しながら歩かないか?」
「はい」
「それと話しづらいから横においで」
「…はい」

ユキはおずおずと、それでも嬉しそうにミカサの横を歩き始めました。

「力の集中を感じたよ」

ユキの顔に浮かんでいた微笑みがその一言で強張ります。やっと搾り出した声は
小さくかすれていました。

「す、すみません。私…つい…」
「良いんだ。怒っている訳ではない」

それが嘘では無い事を伝える為に、ミカサはそっとユキの肩に手を置きます。
再び立ち止まってしまう二人。今度はそのままで話を続けるミカサ。

「神の御子に会ったんだね?」
「遠くから見ました」
「どう感じた?」
「判りません。途中で止めましたし」

勝手に攻撃衝動が停まったのだとは言いませんでした。そんな事を言うと、自分自身
の術すら満足に制御出来ない半端者だとミカサに思われるのではないかと怖れたから
です。

「印象だけでも教えてくれないか?」
「ただの人間とは違うと思いました。中に何か持っています。ですがそれ以外は何も」
「危険な感じとかは?」
「ありません。むしろ私にはクィーンやノイン様の方が恐ろしいです」

ミカサはその答えが意外だったのか、クスクスと暫く笑っていました。
最初はその反応に憮然としていたユキもやがて笑顔を取戻します。

「人間の町はどうだった?」
「猥雑な印象を受けます」
「嫌いかい?」
「いいえ」
「それは良かった」
「ただ…」
「ん?」

ユキは暫く言葉を選んでいる様子でしたが、ミカサの顔を見上げて言いました。

「人間は…少なくとも人間界に住む者はもっと鈍感かと思っていました」
「敵が居ないからね、少なくとも彼等の信じる"世界"の中には」
「でも神の御子の傍に居た人間は違います」
「どう違う?」
「偶然かも知れませんが、何度か私の隠れていた物陰の方を見たんです」
「ほう…」
「しかもその中の一人は瞼を閉じたまま、長い間私を見ていました」
「目以外でユキを見付けたと?」
「そう…感じたんです…考え過ぎかもしれませんが」
「それは面白いな。ユキ」
「はい」
「今日は良い勉強になった様だね」
「はい」

ミカサに笑顔で見詰められると、どうしても耐え切れずに俯いてしまうユキでした。
たとえそれが出来の良い子供を見詰める親の目と同じであったとしても。

(第167話・完)

# 予定通りで終われた。^^;
## でも3編の尺のバランスが悪い。

では、また。

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