神風・愛の劇場スレッド 第167話『異郷にて』(前編)(10/4付) 書いた人:佐々木英朗さん
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From: 佐々木 英朗 <hidero@po.iijnet.or.jp>
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Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
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Date: Fri, 4 Oct 2002 18:05:34 +0900
NNTP-Posting-Date: Fri, 04 Oct 2002 18:05:48 JST
Organization: DION Network

佐々木@横浜市在住です。
# 担当パート再開〜。

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられているヨタ話です。
# 所謂サイドストーリー的な物に拒絶反応が無い方のみ以下をどうぞ。



★神風・愛の劇場 第167話 『異郷にて』(前編)

●桃栗町の外れ

まだ陽が昇るよりも前の早朝。自由に使って良いと言われて案内された部屋は
ベッドと小さなチェストがあるだけの簡素な内装。もっとも、一緒に暮らしていた
叔父に急かされての突然の旅立ちでしたから荷物は身の回りのわずかな品だけ。
その為に置き場に困るという事もありません。柔らかすぎるベッドの所為か、
それとも見慣れない風景の所為なのか、昨夜の眠りは浅くせっかちな鳥の声で
目覚めてからは再び寝入る事は出来ませんでした。かと言って、勝手の判らない
家の中を歩き回る事も出来ず、アンはこの家の住人が起き出す気配をじっと
待っていました。やがて。待ちに待った物音が微かに聞こえて来ました。
それはどうやら扉の向こう、廊下を誰かが歩いていく足音の様です。足音は
次第に扉に近づき、通り過ぎてそのまま遠ざかって行きました。そしてとんとんと
階段を下る音がして再びの静寂。アンはベッドから抜け出して扉に耳を当てると
様子を伺います。しかし立派な見た目の扉は見た目通りに分厚い木で出来ている
らしく階下の音を聞く事は出来ませんでした。廊下に出てみようとして、アンは
思わず身震いをしてしまいます。寒い…自分の姿を見下ろしてみて昨夜は着替えも
せずにベッドに潜り込んだ事を思い出しました。肩から先が剥き出しの両腕に
鳥肌が浮かんでいて、自分で肩を抱きしめたりさすったりしても温かくなりません。
砂漠の夜や朝も気温は下がりますが、この感じは全然別の寒さに思えました。
それでも何とか気をとりなおして扉を開きます。廊下は更に冷んやりとした空気が
満ちていましたが、好奇心が寒さに勝りました。階段の下からごそごそと物音が
聞こえています。それは朝食の仕度の音なのだろうと容易に想像出来ました。
想像出来なかったのは音と一緒に漂ってくる得体の知れない臭いです。
廊下の端まで行って下を覗いて見ますがリビングと思しき部屋から灯りが漏れて
いる事しか判りません。別にそんな必要も無いはずでしたのに、何故か足音を
忍ばせて一階へと降りていくアン。思った通りリビングであるらしい部屋の扉は、
しかし嵌まっているガラスの内側が曇っている所為で中の様子を教えてくれません。
把手を掴んで細心の注意をはらってそっと開いていきます。出来上がった隙間から
中を覗きますが、テーブルの上に食器が並んでいる様子以外は何も見えません。
物音は繋がった奥にあるらしいキッチンから響いて来る様です。更に扉の隙間を
広げようとしたその時、ふいにアンの肩に手が置かれました。

「きゃっ」

小さな叫びを上げてうずくまるアンに背後から声が降って来ます。

「失礼。驚かせてしまいましたか」

肩越しに振り返って見上げると痩身の男性が微笑んで立っていました。
何処か懐かしい様な気がしますが、見覚えは無いその男性は昨夜この家の
主だと紹介された人物です。アンはよろよろと立ち上がって小さく頭を下げます。

「おはようございます…ノインさん」
「おはよう。そんな所に居ないで中に入ったらどうですか?」
「はい」

ノインが扉を開け放ちアンを促すと、アンも最初の一歩だけ少し迷ったものの
すっとリビングへ踏み込みました。二階や廊下と違ってリビングは温かでした。
暖房の効いた部屋に入って再び身震いするアンをノインが意外そうに見詰めます。

「寒いのですか?」
「いえ、急に暖かくなったから」
「寝室の暖房は?」
「…あの部屋、暖房が有ったんですね…」

何処にでも有るスチーム暖房が窓際に付いているのだが、とは思いましたが
それ以上にアンが寒がった事がノインには意外でした。種族としての記憶を
失うとはこういう事なのかと不思議な感覚に捕らわれます。そういえば本来は
ずっと高いはずの体温も、先ほど触れた肩からは全く感じられなかった事を
ノインは思い出しました。

「使い方を教えておくべきでしたね。それはそれとして椅子に座りなさい。
朝食までは、もう少し時間が掛かるでしょうが」
「はい」

椅子を引いてゆっくり腰を下ろすアンを見て、ノインは再び眩暈に似た感覚を
味わいます。この大人しい娘が見た戦場とは如何なるものだったのだろうかと。
それは自分が前世で経験した戦場と所は違っても仲間を失うという意味では同じ、
だが…感慨に耽っていたノインが我に返ると鍋を手にしたシルクがぽかんと口を
開けてリビングとキッチンの間に突っ立っている姿が目に入りました。
ああそうだった、昨夜はもう眠っていたので教えていなかったなと思った時には
シルクは鍋を放り出してアンに向かって飛びついていました。鍋が床でひっくり
返る音とシルクに飛びつかれたアンが椅子ごとひっくり返る音がほとんど同時に
ノインの耳に届きます。

「ふぅ…」

最近シルクが鍋や皿をひっくり返さなくなっていた為に目立たなくなっていた
床の染みに、今新たな仲間が増えていく様を見詰めるノインでした。



ベッドに横たわっているアンを傍らに跪いたシルクがじっと見詰めています。
やがてノインの方を見上げてシルクが尋ねました。

「姉様、どうしちゃったんでぃすか?」
「彼女は恐ろしい思いをしたのです」
「恐ろしい思いをすると弱くなるんでぃすか?」
「そうですね…」

ノインは昔のアンの姿を思い出そうとしてみました。しかし記憶の中にある
魔界でのアンと今目の前に居る少女の姿がどうしても重なりません。
これではまるで人間の少女では無いか…

「大丈夫。ちょっと気絶しているだけです。人間と違って頭を打ったくらいで
死んだりはしませんよ」
「でもぉ…」
「仕方ありませんね。では目を醒ますまで傍に居てあげなさい」
「はぁぃ」

アンにあてがった部屋を出て階段を降りながら、ノインはリビングの掃除を
自分がするはめになったのかと気付いて暗澹たる気持ちになっていました。



朝日が木立の間から射し込み、凍えた地面を少しづつ溶かし始めた頃。
ノインの屋敷を三人の訪問者が訪れました。玄関をノックした後、開いている
という主の声を勝手に入れという意味だと理解した三人は扉を開き中へと
進みます。そして唯一廊下から見える開いたままの扉を通り抜けた所で
三人揃ってあっけに取られ茫然と立ち尽くします。

「…ノイン殿、一体何を」

最初に声を掛けたトールンにノインが手を休めずに答えました。

「掃除です」
「いや、それは判りますが…」

ミカサがトールンの疑問を代弁します。ミカサ自身はそのノインの姿を実に
ノインらしいと思っていたのですが。

「この家には下働きの者は居ないのですか?」
「一応、居るのですがね」

ノインは今朝の出来事を何と言って説明したものやらと悩みました。
自分の家で預かると言った夜から一日と経たずにアンを寝込ませてしまったなどと
彼女の現時点での保護者であるトールンに知られたら色々とマズい事になりそうです。
そこでこう言う事にしました。

「まだ寝ているアンを起こしに二階へ行っているのですよ」
「そうでしたか。珍しい事もある。あの娘も旅の疲れが出たのかも知れませんな」
「アンは普段早起きなのですか?」
「ええ。大抵は一番最初に目を覚まします」
「ではやはり疲れているのでしょうね。そっとしておいてあげましょう」
「いや、それはそれとして世話になっている身で寝坊は許されません。
二階でしたな、あの娘の部屋は」

トールンはノインの返事を待たずに踵を返すとリビングから出ていきました。
廊下からトールンの声が轟きます。

「アン、アン!起きなさい!朝だぞ!」

声に合わせてリビングの窓がビリビリと震えました。階段を上がる足音よりも
声の方が屋敷を揺らしている様にノインには思えました。トールンが二階の
廊下に辿り着くと廊下の奥の部屋の扉が開きました。

「うるさいっ!」

扉から顔を覗かせたフィンがトールンに怒鳴り返します。予想もしていなかった
フィンの出現にトールンは目を円くし声も無く突っ立っていました。
フィンは廊下が静かになった事に満足したのか、まだぼんやりしたままの顔を
引っ込めて扉を閉めました。暫くして後、出ていった時とは別人の様な忍び足で
リビングにトールンが戻って来ました。

「ノイン殿、クィーンがおられる…」
「ええ。お部屋を使って頂いていますので」
「教えておいてくだされば良かった。知らぬ事とはいえ失態を晒して」
「気にする事はありません。クィーンはそんな事に頓着されませんよ」
「そうかも知れんが…」

ミカサが訪問の本題に戻すべく助け船を出します。

「まぁ、この件はこれまでという事で」
「そうそう、今後の事をもう少し詳しく打ち合わせる為に来てもらったのでした」

ノインがミカサとトールンに椅子を勧めます。ノインに代わって掃除を手早く
済ませたユキが、今度はお茶を出すべきと気を利かせていそいそとキッチンへ
入って行きました。

「お二方、食事は?」
「いえ」
「まだ…ですが」
「ではご馳走しましょう。もう出来ているのですよ。味噌汁以外はね」

味噌汁は既に床板が飲んでしまっています。

「いやいや、そんな訳にはいきません」
「左様」
「食事は大勢の方が楽しいでしょう。私の我侭、聞いてはもらえませんか」

ミカサが片方の眉を上げて尋ねます。

「ノイン、それは命令ですか?」

ノインがニヤりと笑って答えます。

「そうです」

トールンが応じます。

「ご命令では、やむを得ませんな」
「ですが」

ミカサが続けます。

「そうは言っても副司令殿に給仕の真似などさせる訳には行かないでしょう」

そうしてキッチンの方へ向かって呼びかけます。

「ユキ」
「はい」

返事が先に聞こえ、それからすぐにユキが姿を見せます。

「判るかな、人間界の食事の流儀、それと盛り付け方とか」
「大丈夫だと思います」
「では頼む」
「はいっ」

ユキの元気な声にミカサは満足そうに頷き、それを見てノインも満足げに頷きます。
その場の雰囲気が良く飲み込めないと言った顔のトールンでしたが、それ故に
最初に沈黙を破ったのも彼でした。

「実を申せば」
「何でしょう?」
「この国でどういった物を食せばよいやら悩んでいたのです」
「オーストラリアでは和食を食べる機会は無かったのですか?」
「大都市ではそれなりに流行っている様でしたが、我らは目立たぬ様に暮らして
おりましたので賑やかな店などには縁も無く」
「では代表として味見をしていくのも仕事の内です」
「かもしれませんな」

その時ふっと扉の方に気配があり、テーブルを囲んだ三人が一斉にそちらに顔を
向けます。扉の所に立っていたシルクは急に視線を浴びて後退りました。

「あの、えっとぉ…」
「どうしました?」
「どなたでぃすか?」
「トールン殿には会ったことがあるでしょう」

シルクの顔から緊張が解けると同時にトールンの顔には疑念が拡がります。

「んむ?」
「彼はシルクです」
「おお、そうか。人の姿であると気付かんものですな」
「それとミカサ。彼とは初めてですね」
「やあ」

軽く片手を上げるミカサにシルクは一礼しました。

「それでアンは?」
「起きたでぃす」

その声に誘われる様に扉の陰からアンが顔を半分だけ覗かせました。

「叔父様?…」
「おはよう、アン。こっちへおいで」

アンが半歩中へ踏み込んだのと同時にユキが二種類の皿を持って現れました。

「あの…これはどちらがメインの」

そこまで言ってから、ユキは半開きの扉の所に立っている二人に目を留めます。
少年が先ず目に入り、それからその後ろの少女と視線が合いました。
微笑み返すユキ、しかし少女はユキの身体をしげしげと見詰めた挙げ句に
目を剥いて言葉にならない叫び声を上げ扉の陰に引っ込んでしまいました。
その直後に足を縺れさせながら廊下を走る足音が聞こえ、そして扉が勢い良く
開け放たれる音が続きます。

「アンっ!」

トールンが椅子を跳ね飛ばして立ち上がって後を追い、そうしてリビングは
静けさを取り戻しました。ノインとミカサが溜息をついて顔を見合わせ、
そして二人揃ってユキの方を見てもう一度溜息をつきました。ユキは
おろおろと二人の顔を見比べ、それから泣きそうな声で言いました。

「わ、私、何か悪いことをしました?」
「いいえ」
「ユキ、気にするな」

そうは言われても、ユキにはノインとミカサの視線が自分を責めている様にしか
感じられませんでした。

(第167話・つづく)

# 今回は短いです。長くなっても、あと2回の予定。

では、また。

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■■■■■■ 佐々木 英朗 ■■■■■■■
■■■■ hidero@po.iijnet.or.jp ■■■■
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