神風・愛の劇場スレッド 第166話『きょうだい』(その11)(9/18付) 書いた人:携帯@さん
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From: Keita Ishizaki <keitai@fa2.so-net.ne.jp>
Newsgroups: japan.anime.pretty,fj.rec.animation
Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: Wed, 18 Sep 2002 19:41:30 +0900
Organization: So-net
Lines: 644
Message-ID: <am9l8p$6ss$1@news01bg.so-net.ne.jp>
References: <ajo8kt$ct$1@news01cb.so-net.ne.jp>
<akalv3$910$1@news01di.so-net.ne.jp>
<akseoa$4pe$1@news01cc.so-net.ne.jp>
<aksio8$bk6$1@news01cg.so-net.ne.jp>
<algh3r$3qd$1@news01dc.so-net.ne.jp>
In-Reply-To: <algh3r$3qd$1@news01dc.so-net.ne.jp>
X-NewsReader: Datula version 1.51.09 for Windows

石崎です。

 少し遅れましたが、第166話の最終章をお送りします。

 勢い余って2,000行を超えてしまいましたので、(その11)〜(その14)まで
の4分割投稿でお送りします。
 この記事は、(その11)です。

#本スレッドは神風怪盗ジャンヌのアニメ版第40話より着想を得て続いている
#妄想小説スレッドです。所謂二次小説的なものが好きな方だけに。

(その1)は、<af4q7o$k82$1@news01bf.so-net.ne.jp>から
(その2)は、<afvb3c$9p6$1@news01cf.so-net.ne.jp>から
(その3)は、<ageulu$6ri$1@news01dd.so-net.ne.jp>から
(その4)は、<ah3tp3$glr$1@news01db.so-net.ne.jp>から
(その5)は、<ai0rm3$8ji$1@news01cc.so-net.ne.jp>から
(その6)は、<ajo8kt$ct$1@news01cb.so-net.ne.jp>から
(その7)は、<akalv3$910$1@news01di.so-net.ne.jp>から
(その8)は、<akseoa$4pe$1@news01cc.so-net.ne.jp>から
(その9)は、<aksio8$bk6$1@news01cg.so-net.ne.jp>から
(その10)は、<algh3r$3qd$1@news01dc.so-net.ne.jp>から

 それぞれお読み下さい。



★神風・愛の劇場 第166話『きょうだい』(その11)

●桃栗町のどこか

「ノイン」
「お目覚めでしたか」

 まなみをバス停まで送り届けた後、屋敷に戻って来た聖。
 リビングに入ると、フィンがソファに座っていました。

「お前の愛人は帰ったのだな」
「そう言う者ではありません」
「お前がどう思おうと、客観的にはそうとしか見えぬ。それとも、過去の亡霊に
囚われるのを止める気にでもなったか」
「残念ながら」
「まぁ良い。人の恋路の邪魔をしようとは思わぬ。それより…」
「何でしょう」
「腹が減った。何か作れ。勝手に何か食べようとも思ったが、人の家の台所を荒
らすのもどうかと思ってな」

 フィンの口調はいつもとは異なり、クイーンとして臣下の者に接するそれでし
た。
 時々、こうして自分の立場を思い出しているのだろう。
 そう聖は思います。

「天使は基本的に食事をせずとも生きていけると聞いていますが」
「気分の問題だ。食事はするし、食べなければ腹も空く。元は人間なのだ」
「存じております。シルクは外泊しておりますので、私が」
「ツグミの家だな」
「よくご存じで」
「私の客用の寝室に置いてあった水晶玉。あれをな」
「あれをお使いになられたので?」

 あれを使うのは難しいはず。
 そしてクイーンは視線の通らない場所を覗く力を持たない。
 だから、眠っているクイーンの寝室から片付けるようにシルクに命じるのは控
えたのだが。

「私のために置いてくれたのでは無かったのか?」
「あれは、昔人間界で旅をしていた時に、最期を看取った占い師の遺品を譲り受
けたものです。部屋の飾りとして置いてあったのですが」
「天界の水鏡と同じ要領で使うことが出来た。媒体が違うが、原理は同じらしい。
面白いものだな。こんな便利な物、ノインは使わないのか?」
「私はあれを必要とはしておりませんので」
「そうか」
「ならば、あれは私が借りても良いか?」
「ご自由に」

 クイーンに余計な情報を与えたくなかった聖。
 しかし、その存在を知られてしまった以上、今更隠す訳には行きませんでした。

「それでは、食事を用意して来ます。暫しお待ちを」

 そう言い残し、聖はキッチンへと姿を消しました。



 ご飯に味噌汁。香の物。それに目玉焼き。
 そんな朝食をフィンはがっつくでも無く、黙々と食べていました。
 聖は既に朝食は済ませていたので、ダイニングテーブルの向こう側でお茶を飲
んでいました。

「私が眠っている間に変わった事は無かったか」
「はい。魔界より使者があり、訓練未了のため魔界に残置していた第一大隊の編
成がまもなく完了すると」
「そうか。私が降下してからもうそれ程時が経ったのか」
「これが部隊編成と指揮官の名前です」

 聖は一枚の紙を差し出しました。

「ミカサ…? 確か、元人間の男だな」
「はい。まだ魔界に来て間もない男ですが、どうやらその方面の才能があったよ
うで、候補の中から指揮官に私が推挙しました」
「第一中隊長にレイ…大隊副官にミナだと?」
「ご存じなのですか」
「天界の『花』の期の同期だ」

 何かを懐かしむような目をしている。
 その様に、聖の目には見えました。

「先月、魔界入りしたそうです。掟により天界を追放されたと報告にはありま
す」
「彼女達は恋仲だ。同期の女の間では結構有名な話だ。隠しているつもりらしい
が、態度でバレバレだったからな。それが掟に触れたのだろう」
「同性愛が禁忌だと?」
「恋愛そのものが、だ。博識のお前が知らぬ訳はあるまい」
「はい。話は聞いたことはあるのですが、それで追放されたという例は昔ならい
ざ知らず、最近は」
「私の所為かもしれぬ」
「クイーンの? 何故です」
「そうか。お前も私の全てを知る訳では無いのだな。例えば、私が魔界に来た理
由とか」
「魔王様が密かに招待し、クイーンがそれを受け、任務を受け人間界へ向かう途
中、拉致されたと装って魔界に来た。その様に魔王様より伺っております」
「そうか。それだけ知っていれば良い」

 何か話してくれるのか。
 ノインの期待はあっさりと裏切られました。
 会話の流れから、何となく想像は出来たのですが。

「クイーンは天界のエリートだったと聞いています。恐らくは真実を悟った天界
上層部が綱紀粛正を図ったというところなのでは」
「良い線だ。そう思ってくれて良い」
「かなりの逸材と報告には」
「レイとミナ。彼女達は黒天使時代から進んで準天使達すら好まぬ『外』での警
戒任務に志願し、普通なら見逃す魔界の者共と戦いこれを屠り、軍功により出世
したのだ。そんな天界の為に先陣を切って戦おうとしていた彼女達を追い出すと
は、世も末だな」
「我々にとっては好都合ですが」
「好都合…か。私は素直には喜べぬ」

 ため息をついたフィン。
 その時、ダイニングに飾られていた絵画が、光り始めました。

「何だ?」
「この屋敷を守る結界に、何かが触れた様子です。少しお待ちを」

 聖が絵画に手をかざすと、そこに映像が出現しました。
 小さな竜が、光球に包まれ、結界の周りを飛んでいるのが判りました。

「シルクか? 確か、本来の姿はああだと」
「いえ。あれは竜族の幼生体です。魔界からの使いかと」
「結界の中に直接入ってくれば良いだろうに」
「そこまでの知恵が働かないのでしょう。迎えに行ってきます」

 そう言うと、聖の姿はフィンの前から消えました。
 それから直ぐに、今度は竜を抱きかかえ、フィンの前に戻って来たのはノイン。

「フィン様」

 ノインが抱きかかえていた竜をテーブルの上に置くと、竜は跪き、話しかけて
きました。

「魔王様よりの伝令でございます」
「聞こう」

 伝令の術をかけられた幼生体の竜。
 魔界では、最高機密を運ぶためのみに使われる存在でした。
 その術の発動用件は、伝言を伝える相手の言霊。
 もっとも、その事はフィンは知らなかったのですが。

「"本日、編成中だった一個大隊を旅立ったミストの代わりに増援として送る。
アウストラリスに先の大戦で取り残された友軍と合流後、夜半には到着する筈だ。
神の御子の処置はクイーンに任せる故、好きに使うと良いだろう"」

 先程とは全く違う声。
 魔王の声で、伝令は魔王の言葉を伝えました。

「ご苦労であった。魔界に戻るのは今夜にして、休むが良かろう」
「…はぁい」

 子どもの声に戻った竜は、そう答えました。
 ノインは竜を抱きかかえ、彼を寝室まで運んでいくと、再びダイニングへと戻
って来ました。

「送られて来るのは第一大隊か。彼らはこちらの戦いに投じるにはまだ早すぎる。
ノイン、貴様この事を…」
「はい。シルクを魔界に派遣した時に、併せて願い出ました。アウストラリスの
竜族救出作戦に用いる予定の一個大隊を作戦終了後、もしもこちらの戦いが終了
していないのであれば、転進させて欲しいと。まさかこんなに早く作戦を発動す
るとは思いませんでした故」
「そうか。来てしまった者を送り返す訳にもいかぬ。恐らくは今頃、地上に降下
しているのであろう」
「本日夜半に到着予定であれば」
「彼らをどこに収容する?」
「それは既に準備済みです。魔王様もこのことを存じている故、こうして急に送
り込んで来たのでしょう」
「手回しの良いことだな」
「全ては、この時のために十年以上前から用意されていたのです。そう、神の御
子が蘇った時から」
「最初から事を大きくする積もりだったか」
「いえ。しかし、何事も用心です」
「貴様の差し金か」
「魔王様のご命令でもあります」
「…決着を急げ。魔王様が仰りたいのは、そう言う事なのだろう」
「私にはそこまでは」
「欲にまみれ志願した兵士共は兎も角、彼らまでも放置しておけぬ」
「御意」
「よし、決めたぞ」

 フィンは、すっくと立ち上がりました。

「ノイン・クロード! クイーンの決意をこれより述べる」
「は」

 ノインは、フィンの前に跪きました。

「伝令の術を使えるな」
「はい」
「では私の言葉を後に魔界に戻る伝令にて魔王様に」
「はっ」
「それから今一つ」
「はい」
「かつてお前に言った言葉に反するが、作戦につき魔王様と協議のため、数日中
に私は魔界に単身で一時帰還する。その間のことはお前に任せる」
「はっ」
「今私が考えている作戦では、最悪の場合、勝利してもお前の望みが敵わぬ可能
性がある。それ故、勝利する見込みがあれば、私が不在の間、私の名を以て兵を
動かしても構わぬ。最後の機会だと思うが良い」
「はっ」
「最後だが。魔界に行く前に、神の御子…日下部まろんと直接会談の場を設けた
い。邪魔が入らぬよう、ノインに頼むこととなろう」
「承知」
「私の話は以上だ」

 フィンは身を翻し、ダイニングの入り口へと歩いて行きました。

「クイーンよ。どちらへ」
「部隊の到着は夜半だったな? それまで休む」

 そう言い残すと、ノインのことを無視するかの様に、フィンは客用の寝室の方
へと歩いて行くのでした。


●…

 そこは、それ以外何も無い部屋でした。
 白い壁と白い床。
 どういう原理か、発光している白い天井。
 その部屋の中央にある、直方体のそれだけが、その部屋にありました。
 今、白い壁の一方に穴が空き、一人の男がこの部屋に入って来ました。
 黒っぽい服。東洋系の顔立ち。
 その両手には青い花が山程抱えられていました。
 その花を中央にあるそれの上に置いた男は、それの中を暫く覗き込んでいまし
た。
 男が覗き込んでいるそれは、上面より見るとそれはガラス板でもはめ込まれて
いるのか透明となっていて、中には長い黒髪の少女が横たわっていました。
 一糸纏わぬその姿は、まるで眠っているかのよう。
 しかし近くで見れば、彼女が息をしていないのが判ります。

 どの位の間、彼はそこにいたでしょうか。
 そのまま永遠の時を彼は過ごしても良いと思っていたのかもしれません。
 しかしそれは敵いませんでした。
 それを邪魔する声が、どこからかこの部屋に響き渡ったからです。

「大隊長殿」
「ユキか」
「そろそろお時間です」
「…判った。直ぐ行く」

 そう答えつつも、それでも名残惜しそうに少女のことを見ていた彼は、少女に
話しかけました。

「暫く、ここにはこれないと思う。…そんなに悲しそうな顔をしないでくれ。次
にここに来る時には、この世界の花では無く、人間界の──お前の故郷の花を持
ってこよう。そして、いずれは…」

 少女に話しかける男は、そこで言葉を切りました。
 言おうか、言うまいか。
 その場に他に人がいれば、その様にも見えたに違いありません。
 結局、彼はそれ以上の言葉を少女にはかける事無く、身を翻すのでした。


●魔界中心部

「待たせたな、ユキ」
「総員整列しております。大隊長殿」

 建物の中から出て来た彼を迎えたのは、背中に白い羽根を生やした女性型の天
使。
 ユキと呼ばれたその天使は、天界に住まう天使達とは異なり、黒を基調とした
服に身を包んでいました。
 長い髪の色は天使達の間では最高と称えられる銀。
 瞳の色は逆に天界では珍しいとされる金。
 白い肌。
 衣装から伸びるすらりとした足。
 この世界に住まう他の天使達の大多数とは異なり、魔王への忠誠の証はそこに
はありませんでした。
 その代わり、胸元にその紋章がありました。
 もっとも、彼にしてみれば「天使の違いは髪の色と羽根の色が白か黒か」程度
の理解であったので、そんな細かい部分までは気にもしていなかったのですが。

 ユキを伴い、魔界の中に点在する集落の中で最大のもの──魔都──の中を歩
いて行く男は、やがて広場の様な場所の入り口へと辿り着きました。

「遅いぞ! ミカサ」

 その広場の入り口には、ユキと同じ服を身に纏い、金色の長髪をなびかせた女
性型の天使がすっくと立ち、怒りの形相を見せていました。

「すまない。ミナ」
「全く! 毎日毎日、どこに出かけているのだ? ユキ、従卒ならば知っている
んだろ?」
「大隊長殿のプライベートに関する事項には答えられません」
「定刻には間に合っている筈だ。許せ」
「五分前の精神とやらを口うるさく、兵士達に説いていた人の発言とも思えぬ」
「判った。判ったから。副官殿は相変わらず厳しいな」
「もう! 人間はどうしてこう…」
「おっと。その発言は魔界ではタブーだ。副官殿」
「…失礼。まだ、日が浅いのでな」
「素直で宜しい」

 大隊長と呼ばれるその男、ミカサは、副官のミナを従えて広場の中へと入って
いきました。

「ミカサ大隊長殿が入られます! 総員、気をつけ!」

 先に小走りに広場へと入ったユキの凛とした声が広場の中に響き渡り、それま
で整列しつつもがやがやと騒いでいた広場の中にいた者が静まり、姿勢を正しま
す。

「ミカサ大隊長に、敬礼!」

 ミナの号令により、広場の中に大まかに六つの集団に別れて整列していた総員
が、さっと人間式の敬礼をしました。
 広場の前にしつらえられた台に立ち、答礼しつつ、広場に居並ぶ集団を一瞥す
るミカサ。

 それは、この魔界ではあまりにも異様な光景でした。
 ミカサから見て左側の二つの集団は、羽根を持つ、天界からは堕天使と蔑まれ
る天使達。
 その右側の二つの集団は、悪魔と契約し、この世界に住まう人間達。
 その隣は天使達と人間の混成。
 一番右側の集団の後ろ半分は人間に見えますが、燃えるような赤毛や青毛の髪
を持つ者は髪を染める習慣など無いこの世界では人間とも思えず、何より彼らの
前半分は、あからさまに人間ではありませんでした。
 ──竜族──人間界の各所でも言い伝えられる伝説の存在。
 それらの伝説を平均化して具現化した姿が、整列して立ち上がりミカサに敬礼
している姿は、何とも滑稽ではありましたが、もちろんミカサはそれを見て笑う
ことはしませんでした。

「出立に当たり、大隊長より訓示がある」

 ミナがそう言うと、一瞬、広場を静けさが支配しました。
 ミカサは深呼吸して、そして話し始めました。

「クイーン親衛旅団第一飛行猟兵大隊の兵士諸君! 旅団主力の出立より一月余
り、ついに我々も人間界へと進出する時が来たことは喜びである。本大隊は、諸
君も知ってのとおり、天界に生を受けし天使族、人間界に生を受けしヒト族のみ
によって編成された、記録に残っている限り初めての部隊である。諸君らは、魔
界に住まうこれらのいわば余所者の中から、魔界での安寧とした生活を捨て敢え
てクイーンの為に戦うことを選択した者ばかりであるから、今更この戦いの意義
について繰り返すことはしない。総員、それぞれの生まれた世界のため、そして
我々を受け入れてくれたこの世界のため戦ってくれるものと本職は信じている。
敵は皆が知るとおり強力ではあるが、恐れることは無い。我々は疲れを知らぬ新
進気鋭の若き戦士であり、また実戦経験を積んだベテラン達も我らを導いてくれ
る。更に今回の作戦では、竜族の支援も受けることが出来た。これら戦力を持っ
て、我らのために人間界で魔族の先頭に立ち戦う我らが敬愛するクイーンのため、
またクイーンの参謀として働いておられるノイン様のために、戦うのだ…」



「お疲れ様でした」
「ありがとう、ユキ」

 大隊長訓示、作戦の説明の後、魔界よりの出立の時刻までの小休止。
 その間、広場の片隅に張られた天幕の中で休息を取っていたミカサは、ユキの
差し出した冷たいお茶を口にしていました。

「しかし訓示というものは何度やっても慣れないものだな」
「なかなか様になっていましたよ」
「そうか。お世辞でも嬉しいよ」
「そんな」

 そんな時、天幕の中に黒い髪をなびかせて、女性型の天使が入って来ました。

「第一中隊、出立の準備を全て完了した。何時でも行けるぞ」
「ご苦労様。ここに来て、茶でも飲まないか」
「いえ、結構」
「相変わらず固いな、筆頭中隊長殿は」
「レイで良い。大隊長殿」
「そうか。ならば俺もミカサで良いぞ」
「腐っても上官を呼び捨てには出来ぬ」
「腐ってもとは手厳しい。どこか問題でもあるのか? 聞かせて欲しいものだな。
おい、ミナ」
「はい」
「レイに冷たいお茶を」
「お茶なら私が」
「私はミナに頼んでいる」
「はいっ」
「レイ、そこにかけて、言いたいことがあれば話せ」

 ミカサがそう命じると、レイは天幕の中央にあったテーブルの向かい側の椅子
にどっかと腰を下ろしました。
 すぐさま、冷たいお茶をレイの前に置いたミナは、レイの隣の席に着席しまし
た。
 テーブルの下で、ミナはレイに手を伸ばし、やがて二人が手を握り合っている
のが二人の表情の動きから、ミカサには手に取るように判りました。
 その様子をニコニコと眺めていたミカサ。
 やがて、その表情に気付いたのかレイは、ことさらに怒りの表情を見せて話し
始めました。

「問題か。ミナと一緒に天界を放逐され、魔界に辿り着き、この部隊に志願して
一月が経ったか」
「そうだな」
「さっきの訓示。新進気鋭の若者と言ったな。良く言ったものだ! 戦いを知ら
ぬ新兵ばかりでは無いか。新参者のこの私とミナが、魔族との実戦経験があると
いうだけで、要職に配置されているのがその証拠だ。実戦経験と言っても、警戒
配置の最中での小競り合いだけだぞ?」
「滅多に起きない小競り合いすら経験したことが無い者は多い。『向こう側』で
は、警戒部隊の小隊長級の経験もあると聞いている。経験だけでなく、君らの実
力は入隊の時に確認した。実戦向きの術を色々備えているようだな。それから訓
示だが、物は言い様だ。わざわざ不安にさせることもあるまい。それに、新兵ば
かりでは無いぞ」
「壊滅した部隊の生き残り。勤務実績が長いだけの支援部隊上がり。実戦で役に
立つか、怪しい連中ばかりだな」
「だからレイ。君には期待している。先の戦いを別にすれば、近年天界と魔界の
間で大きな戦いは無かった。ああ、例の『まやかし戦争』は別としてだ」
「実体を持たぬ悪魔達を使っての戦争のことだな。あれは天界でも手を焼いてい
た。人間には直接手を出せないからな」
「もっとも、天界の目をかいくぐり、悪魔を送り込む手間がかかる割に得られた
戦果は微々たるものだったがな」
「そうなのか? あれを放置すると、いずれは神様は死ぬ。そう聞いていた」
「その様に天界では宣伝されているようだな」
「違うのか?」
「人間達の数は我々よりも圧倒的に多い。天界に影響を与える程に人間に悪魔を
取り憑かせることなど不可能だ。もちろん、人間界に混乱を引き起こすにはそれ
で十分だが」
「そう言う事か」
「かと言って、魔族を人間と同じように増やすことも出来ぬ。そうしたらこの世
界は破滅だ」
「こちらも事情は似たようなものなのか」
「こちらの方がそちらよりも深刻とも言える。レイは、この世界に来て、どう感
じた」
「そうだな。少なくとも天界よりも自由はあるらしい。しかし、天界で生まれ育
った我々にとって過ごしやすい世界とも思えぬ」
「気付いているか? この部隊に志願した連中は大部分がレイと同じ考えを持つ
者だ。生まれた世界で生きて行くことが出来ず、この世界に辿り着いたものの、
ここでも居心地の悪さを感じていた者達。そういう者に居場所を提供しているの
さ。我々は」
「大隊長殿もそうなのか?」
「そうだな。俺は…」
「俺は?」
「ノイン様と契約しているからな、俺は」
「ノイン? フィンの参謀をしている人間だな」
「フィン? そうか、クイーンとは同い年だったな。レイは」
「そうだ。だからこの部隊に参加したのだ」
「麗しき友情だな」
「フィンは、我々の出世頭だった。この世界に来るまで、そう思っていたのだ
が」
「天界では事実は伏せられているようだな」
「ああ。事実を公表するだけで、天界は混乱に陥るだろうな」
「それが我々の狙いなのだがな」
「天界を混乱させることが?」
「更にその先だ」
「その先?」
「天界の現体制の打倒。それこそが究極目標だ。聞いてないのか?」
「入隊の時に聞いた。人間の言葉で言うプロパガンダだとばかり思っていたのだ
がな」
「だが、クイーンは本気らしい」
「そんなことが可能なのか」
「神の御子は知っているな」
「ああ。何百年振りかで蘇ったというあれか。眠らせておけば良いものを叩き起
こした者が居るようだな」
「それは我々だ」
「馬鹿な。戦いが不利になるだけだろう」
「神の御子に天界を裏切らせるか、二度と蘇らせないように魂を奪う。元々ノイ
ン様が進めていた別の作戦に、元々神の御子の所に行く筈だったクイーンが乗っ
たのだ。成る程神の御子が裏切れば、天界に与える政治的衝撃は極めて大きなも
のとなるだろう。天界の現体制は、究極的には我々魔界に対する勝利の積み重ね
に支えられているのだからな。自分達が相容れぬ存在と考えている魔界との戦い
の中にあり、そしてそれに勝利出来ると考えているからこそ、天使達は束縛の多
い体制を受けて入れているのだから」
「それだけでは無いぞ」
「天界の細かい事情を私は知らぬ。兎に角、作戦は順調に進み、クイーンは神の
御子の信用を得た。得すぎたと言っても良い」
「天界の住人は、フィンが忠実に任務を果たしていると思っている」
「対面を取り繕うために事実を歪めて公表し、クイーンの恋人を送り込んで裏で
決着をつける積もりだったようだな。不成功に終わった様子だが」
「恋人? ああ、アクセスのことか」
「そうか。彼とも知り合いだったのだな」
「天界を放逐される直前に会った」

 そう言うと、レイとミナは何故か互いに顔を見合わせました。
 暗い天幕の中故、その表情までは良く判らなかったのですが。

「しかし、この事をヒト族の兵士はどう思っているのだ? 彼らとは関係無い問
題だと思うのだが」
「理解し、賛同した上で参加している者も居れば、そうで無い者も居る。魔界に
おける自分達の種族の地位向上。そして自分達自身の居場所の確保。我々の間に
おける意識の平均は、そんな所だろう。そう説いて来たし、クイーンもノイン様
も、そして魔王様も、余所者の我々の行く末を案じておられる事もまた事実。そ
してもちろん、私もな」
「そうか、ならば良い。それだけが気がかりだったのだ」
「大隊長殿」

 天幕の外に出ていたユキが、側によってミカサに囁きました。

「なんだ?」
「竜族の代表代理が」
「判った。直ぐ会おう。レイ、ミナ。そう言う事だ。席を外して欲しいのだが」
「はっ」

 二人は立ち上がり、見事な天界式の敬礼を見せました。

「他の中隊はまだ準備に時間がかかるだろう。出立予定時刻は一刻後だ。それま
で、自由に過ごすが良いだろう」
「はっ」

 ミカサの言葉に表情一つ代えず、二人の堕天使は天幕の外へと出て行きました。
 それと入れ違いに、赤い髪をした人型の者が入って来ました。

「ミカサ殿。久しいな」
「これは竜族代表代理殿。この度は、支援に感謝する。お陰で大分楽を出来そう
だ」
「我らが友、ノイン殿の頼みとあれば断れぬ。我らが同胞を宜しく頼む」
「心得た」
「向こうで救出した同胞も戦いが済むまでノイン殿に預ける」
「それはますますかたじけない」
「ノイン殿とその様に契約したからな。それから…」
「何でしょうか」
「いや。これは個人的な事だから良い。気にしないでくれ」



 竜族の代表が出て行った後、ミカサは深々とため息をつきました。

「他族との付き合いは疲れるな」
「私との付き合いも疲れますか?」
「ユキは違うさ。すまない」
「いえ。私はお側にいられるだけで」

 ミカサを見つめるユキの目は真剣でした。
 じっと見つめられていることに急に恥ずかしさを覚えたミカサは、急に立ち上
がり、そして言いました。

「さて、出立の前に部隊を見回るとしよう。ユキ、君も来い」
「はい」

 そう言うと、慌ててユキは先に天幕の外へと出て行くのでした。



 ミカサに与えられた思いがけない自由時間。
 それを二人は無駄にはしませんでした。
 二人が駆け込んだ先は、既に引き払われ、備え付けの家具以外はがらんどうと
なった、二人が暮らしていた兵舎。
 何をするのか?
 二人には、言葉は要りませんでした。
 もちろん、念波による思考接続による会話も含めて。

 二人が暮らしていた部屋のうち手近なミナの部屋に入るや、短くも熱い時を過
ごすことに、与えられた時間の大半を費やした二人。
 掟に反して「天界」を追放され、魔界の一員となった直後、他の堕天使から聞
かされたフィン・フィッシュの噂。
 誘われるまま、フィンの親衛隊だという部隊に志願した二人。
 才能を認められ、幾つかの課程をすっ飛ばした基礎訓練終了後にいきなり片方
は大隊副官、片方は自分より年長の者も多い二百名の天使からなる中隊の指揮官。
 互いの与えられた使命を果たすため、近くに居ながらも離ればなれの毎日。
 そして人間界に降下してからは、同族を相手に戦うことになるのだろう。
 昨日までの孤独と、明日からの不安。
 だからせめて今日だけは。

「あのさ、レイ」
「何?」
「ミカサの奴、私達の関係に気付いてるんじゃないかな?」
「多分。だからわざわざ時間をくれたのかも。あいつは好きになれないけど、部
下思いということだけは評価出来るわね」

 起き上がり、黒髪を整えていたレイは答えました。

「そろそろ時間よ。あんたも早く支度なさい」
「はぁ〜い」
「あ、ちょっと。離れなさい」
「もう少しだけ、このまま…」
「しょうがない子」
「ねぇ、レイ?」
「今度は何?」
「私達、どこまでも一緒だよ」
「判ってる。私より先に死なないでよ。ミナ」
「レイもね。もしも先に死んだりしたら」
「どうするの?」
「直ぐに後を追うから」
「…私もね。死ぬ時も一緒にね」
「うん」

 二人は肯き合い、そして暫く抱き合ったままでいました。

●地球・衛星軌道上

「竜族尖兵小隊より報告! 前方の敵警戒部隊は後退した模様!」
「大隊周辺の各警戒小隊より、天界軍の接近の兆候は見られずとの報告あり」
「魔導警戒隊より報告! 天界方面より敵念波、増大しつつあり。敵第5・第7
管区部隊の呼び出し符丁を確認!」

 一人ずつ光球に包まれた堕天使と人間達。
 人間の二個中隊と大隊本部に輜重隊を含む支援部隊。
 中隊単位の横列を四本縦に並べ一本の縦列とし、天使の二個中隊を両脇に配置。
 そして周辺部に竜族を配置。
 この陣形で、ミカサの大隊は人間界への降下体制を整えつつありました。

「どうやら上手く行ったようだな。ミカサ」

 大隊本部の横列で、ミカサの右手に位置していたミナが光球を接触させ、話し
かけてきました。

「まだ安心するのは早い。全部隊揃って降下するまではな」
「尖兵小隊より、降下開始の刻限を訪ねて来ています」

 前方に位置していた人間の通信士官が、ミカサに報告しました。
 ミカサは手袋の上からはめていた腕時計を見て、そして決断しました。

「現地時間1200より、予め定めた順番で降下を開始する」
「大隊本部より尖兵小隊へ。降下開始時刻は現地時間1200。送レ」
「おい、ミカサ」
「何だ」
「どうしてわざわざ人間の機械など使う。お前達の言うところのテレパシー位使
えないのか? 他にも意志の伝達手段は幾らでも…」
「魔界の住人の意志伝達手段は、天界でもモニターされている。それは電波でも
同じだが、念波と違って、どこの種族かを判別されないという利点がある。我々
の正体をぎりぎりの段階まで伏せておきたいのだ。その為に竜族の支援も得た。
まさか天界の奴ら、竜族が他の種族と手を組むとは思っていないだろうからな」
「竜族は天界でも恐れられている。準備を整えない限り、近付いては来ないだろ
う」
「話を聞いた時は半信半疑だが、どうやらその様だ」
「先の戦いでのただ一度の敗北の記憶は、それ程のものらしい」
「過大評価だと思うがな。だが今は、それを利用することにしよう」
「過剰反応を引き起こさなければ良いが」
「ミナは心配性だな」

 本当は自分が一番心配な癖に。
 指揮官の表情を伺いつつ、ミナはそう思うのでした。

(第166話(その11)完)

 では、(その12)に続きます。

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Keita Ishizaki mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp

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