神風・愛の劇場スレッド 第165話『悪魔の矢』(その9)(5/24付) 書いた人:佐々木英朗さん
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From: 佐々木 英朗<hidero@po.iijnet.or.jp>
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Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
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佐々木@横浜市在住です。

<20020516161641.5d98f29d.hidero@po.iijnet.or.jp>の続きです。

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられているヨタ話です。
# 所謂サイドストーリー的な物に拒絶反応が無い方のみ以下をどうぞ。



★神風・愛の劇場 第165話 『悪魔の矢』(その9)

●名古屋病院

次にセルシアが目を開いた時、彼女の周囲は何処までも果てしなく続く
平原の様な場所でした。所どころに顔を出した地面も、地面から生えている
草もどちらも同じ黄土色。空は一面真っ白でしたが雲が覆った様な立体感は
無く、まるで壁紙が貼ってある天井としか見えません。セルシアはその場で
くるりと回って見える限りの範囲を見据えました。ですがどの方向を見ても
代わり映えの無い風景が延々と見えているだけです。それでもセルシアは
何となく気になる方向を定めると真っ直に歩き始めました。

「かなこちゃん…」

時々声に出してみますが自分の声が耳に届くだけで、風の音一つ返っては
来ません。しかしセルシアは歩き続けます。どこまでもどこまでも。
そうしてどのくらい歩いたのか、ふいに視線を逸らすとずっと誰も
居なかったはずの場所、セルシアの右手方向へ少し離れた場所にぽつねんと
立っている人影がありました。他の誰でもあるはずはありません。
佳奈子はセルシアに背中を向けていて、やはり周囲に溶け込んでしまいそうな
枯草色の服を着ていました。服から出ている手足やうなじの白さがくすんだ
風景の中で浮いて見えます。再び声を掛けようとして一歩を踏み出したセルシア。
今まで一度も音を立てる事の無かった足下の枯草が今度はがさりと騒ぎました。
その途端、後ろを見る事も無く弾かれる様に走り出す佳奈子。
セルシアも慌てて走り出すと後を追い掛けました。

「ま、まって…」

二人の距離はどんどん開いていきました。それでもセルシアは佳奈子を
見失う事は無く、どこまでも追い掛ける事が出来ました。やがて単調な
景色に変化が訪れ、ずっと先の方にあまり背の高く無い木が一本地面から
突き出している事が見て取れました。そしてセルシアの見ている前で
佳奈子の姿が木の幹を突き抜けてしまいました。目を丸くしながらもそれほど
間を置かずに同じ木の傍に辿り着いたセルシア。ですが木の向こう側に
佳奈子の姿は無く、周囲にも彼女が隠れる様な場所はありませんでした。
セルシアは暫く木の回りをぐるぐると探し回り、最後にはやはり彼女の
名前を呼んでみる事にしました。

「かなこちゃん?」

返事はありません。それでもセルシアは何度か彼女の名を繰り返し声に出して
呼びました。初めはまったく判りませんでしたが、段々と呼びかける度に
目の前の木が微かにきしむ事に気付きます。
セルシアはそっと木の幹に耳を当てて話しかけてみました。

「かなこちゃん、何処ですです?」

返事なのかもしれません。或いは佳奈子のただの呟きなのかもしれません。
それとも悪魔の声か。微かに聞こえてくるのは拒否の言葉ばかりでした。
だからと言ってこのまま帰る訳にもいきませんでしたから、何とか声のする方を
探します。木の幹に沿ってぐるりと回り込むと先ほどまでは無かったはすの洞が
根元近くに開いていました。セルシアの膝くらいの高さまで、裂けた様に縦の
透き間がありますが幅はずっと狭く中を覗く事も出来ません。洞の縁は少し
丸みを帯びて膨らんでいて樹液が沁み出した様にてらてらと濡れ光っていました。
声はその洞の中から確かに響いて来ています。木の幹の太さから想像出来るよりも
遥にその洞は奥が深い様に見えました。セルシアは膝を着いて洞に顔を近付けました。
縁の部分に触れると見た目とは違って、それは柔らかく妙な熱を持っています。
思い切って押し広げる様に力を込めてみると一瞬だけ唸り声の様なものが聞こえ、
そして力を加えた分だけ幅が拡がりました。セルシアは押し込む様にして
中に頭を突っ込んで耳を澄ませます。縁を濡らしている物と同じらしい樹液が
顔に降り掛かり、セルシアは顔をしかめます。ですが我慢してじっと聞いていると
声は確かにこの中から聞こえている事が判ります。そうして聞いている内に
セルシアの身体は段々と縮こまる様にまるまって行きました。頭を洞の中に
残している為、結果的には洞の方へと分け入って行く事になってしまいます。
やがてその小さな透き間へとセルシアの身体はすっぽり入り込み、外からは
すっかり見えなくなってしまいました。



父さん無理してあんなお嬢様学校に入れようとするから毎日学校の勉強に
追い付くので大変なのよ母さん私だってもう子供じゃ無いんだから勝手に
私の部屋に入らないで気晴らしに雑誌ぐらい読むわよ誰だって私だって好
きで小さいんじゃ無いわ背が伸びなかったんだから仕方無いでしょアンタ
達に言われなくたって判ってるわよチビで貧相な身体だって事ぐらいなん
て綺麗な髪の毛なんだろ長くて真っ黒で輝いていてそれだけじゃ無くてそ
こに居るだけで全然違う光をまとってる羨ましい生まれつきそれともお嬢
様だからなの良いわねお金持ちに生まれて傍に居たら私も何か変われるか
な判ってる変わるわけ無い見ていたって何も変わらないでもそれが何よど
うせ私に出来る事なんてたかが知れている変えようと思っても綺麗になれ
る訳でも背が高くなる訳でも髪が細くサラサラになる訳でも無いだからそ
んな事言わないでよこっち見ないでそうだ明るい光の傍にいれば濃い影の
中に入れるのこれで誰も私を見ないずっと目立たないだから誰も何も言わ
ないはずなのここでだけ私は私になれる…………………………それなのに
…………………私の光を曇らせる奴等がいる…………………………………
………………だから…………………

「お前ら皆死んじゃえだとさ」

セルシアの耳元に熱い吐息が触れていました。

●桃栗町郊外 ツグミの家

まだ熱を持ったままの服に袖を通しながら、弥白は自分で言った事が本当に
出来るだろうかと考えていました。自分の家よりは大分近いとはいえ
名古屋病院まではそれなりに距離があります。しかもツグミの家はお世辞にも
市街地とは言えない町外れにありましたから、きっと町中よりも人通りが
少ない分雪は厚く積もっているであろう事は容易に想像出来ました。
それでも…行かなければならないという強い想いが弥白にはありました。
明日になったら二度と佳奈子には会えない、そんな漠然とした不安が
拭えなかったのです。ツグミが取り出して置いた細々した物をコートの
ポケットに戻し、忘れ物が無い事を確かめます。もっとも今日自宅を出た時に
何を持っていたかに関してはあまりはっきりとした記憶がありませんでしたが。
さてと意を決して辞去しようとした時でした。不意にツグミの声が背後から
聞こえてまたしても小さく飛び上がってしまう弥白。

「用意できました?」
「ええ。色々とご迷惑を…」

振り返った弥白にツグミが差し出したのはマフラーでした。それを受け取った
弥白はそのままの格好で立ち尽くし、じっとツグミの姿を上から下まで眺めます。
それからあまり考えたく無い可能性に関して確かめる事にしました。

「貴女も何処かへお出かけ?」
「名古屋病院まで」
「…どういう事かしら」
「山茶花さんを送っていくの」
「結構です。一人で行けますわ」
「でも、気になるから」
「何がです?」
「折角拾った山茶花さんがまた生き倒れたりしないかどうか」
「大丈夫ですってば!」
「気にしないで。勝手についていくだけだし」

もうすっかり外出の仕度が出来上がっているツグミを見て、弥白はそれ以上
何か言っても無意味だろうと判断しました。とりあえずこれまでの事に対して
礼を述べると玄関へと向かう弥白。自分の履いていた靴がきちんと立て掛けて
置いてあり、中には白い紙を丸めた物が詰めてありました。普通は古新聞を
詰めるのではと考え、そしてこの家にはそんな物は無いのだと気付く弥白。
中に詰まっていたペーパータオルを引き出して探ってみると、やはりまだ
靴の中は湿ったままでした。

「長靴か何か貸しましょうか?」
「いいえ、大丈夫」
「傘は?」
「転んだ時の為、両手は開けておきます」
「賢明ね」

弥白はこの際多少の事は気にしない覚悟を決めていました。湿った靴を履くと
途端に足先から体温が奪われていく感触が伝わって来ますが、つとめて平然と
振る舞います。ツグミの前では顔色一つ変える事も何やら負ける事になる様な
気がしてしまうのでした。

「では私急ぎますので、お先に」
「はいはい。私は勝手についていきますね」
「お好きに」

扉を開きコートのフードを被ると弥白はすたすたと歩き始めました。もっとも
玄関ポーチから小道へと踏み出した途端に積もった雪に阻まれてしまい、とても
"すたすた"と歩ける様な情況ではありませんでしたが。
それでも何とか一歩一歩を確実に踏み締めて雪の中を歩くコツを探って行きます。
背後からはツグミが戸締まりをして、犬に何か話しかけている様子が伝わって
来ました。やがてツグミの家の前の小道を抜けた弥白は道路を見渡してから
深い溜息をつきます。
車道くらいは除雪されているのでは無いかとの期待は完全に裏切られました。
除雪どころか、ここ暫くの間に人や車の通った跡すらありません。
街灯が無ければ道路と周囲の空き地や林との間の区別すら出来ない有様。
弥白は深呼吸して拳を強く握りしめると再び歩き出します。数メートルも
進んだでしょうか。弥白はそこでツグミに呼び止められました。

「山茶花さん、気が変わった?」

声の感じからツグミは随分と後ろに居る事が判ります。弥白は上半身だけで
振り返って、その感触が正しかった事を確認すると共にやや勝ち誇った口調で
応えました。

「貴女こそ、ついてくるのは止めたのかしら」
「そうじゃ無いけど」
「では何故そんなに離れて…」

弥白が良く見るとツグミも既に道路に出ていて、しかも反対の方向へと
進んでいました。そこから弥白と同様に振り向いて話しかけているのです。

「そっちへ行くと遠回りですよ。枇杷町へならそのまま真っ直だけど」

無意識の内に自宅の方へと歩いていた弥白なのでした。

「それじゃお先に」

弥白が何か言う前に"すたすた"と歩いて行ってしまうツグミ。弥白は
踵を返すと自分の踏み締めた跡を辿り、そしてツグミとイカロスが付けた
幅の広い踏み跡をついていくのでした。



周囲は暗いのに足下だけは明るい、そんな奇妙な場所でした。足の裏から伝わる
感触から、一面に何か硬く細長い物が敷き詰められているのだと判ります。
頭上には何かがあるとは全く感じ取れず漆黒の闇が拡がっているだけ。
それ故なのか、心の何処かが押し潰そうとしてくる圧迫感を感じてしまうのです。
ぼんやりと光っている足下の、少し先を見る様にしながら慎重に歩みを進める
セルシア。初めは冷んやりとして乾いた感触だった足下が、歩いていく間に段々と
湿って生温く変化します。そして湿りは滑りへと変わりついにセルシアは足下を
すくわれる様にして尻餅を突いてしまいました。身体を起こそうとして伸ばした
両手が地面を埋め尽くした何かに触れました。その一つを拾い上げようとした手に
鋭い痛みが奔りました。見ると指先から手のひらにかけて赤い線が多く付いて
います。そして赤い線は所どころに赤い玉を浮き出させ、やがてそれらは結び合い
雫となって手首の方へと伝わりました。セルシアは"それ"を拾い上げる代わりに
じっと地面に目を凝らします。そこには細長く柳の葉の様な形をした刃物が
びっしりと並んでいました。柄は無く先や根元の区別もありません。
両方が切っ先、両側が刃になっている銀色の欠けら。
手に取られる事を拒否する刃の海の上にセルシアは居ました。
よろよろと立ち上がったセルシアは再びあても無く歩き出します。
先程突いた尻餅の所為か、腿から尻にかけても傷を負ってしまいました。
鼓動に合わせて傷が熱く疼き、流れた血が腿から足下へと流れて行きます。
セルシアは泣きながら歩いて行きました。傷の痛みからの涙ではありません。
この世界を生み出した者の心を想像する事が出来ない、
そんな自分が悲しかったのです。

●名古屋病院

そっと歩いている様には全然見えないのに何故ツグミは殆ど足音を立てないの
だろうかと、弥白は不思議でなりませんでした。自分はかなり気を使ってやっと
この程度だと言うのに。もっとも廊下に響くのはリノリューム張りの床を掻く
イカロスの足音と、それにガサガサと言う買物袋の音が殆どで人間二人分の
足音はまるで響いてはいないのですが。

「ねえ」
「なんですの?」
「それ」

ツグミが弥白のぶら下げた袋を指差しました。

「ここの偉い人への差し入れなんでしょ?置いてこないの?」
「そんなの誰かに出合ってしまった時の口実に決まっているでしょ」
「なんだ、そうなの」

弥白は話ながらツグミに向けて袋を掲げて見せている自分のおかしさと、
捧げ持つ間だけ袋がガサガサ言わなくなる事に気付きました。
ツグミは暗に袋がうるさい事を言わんとしたのか、それとも言葉どおりの事を
言っただけなのかと弥白は考えます。袋を押し付けてみればツグミの持ち方で
判るかもしれないとは思いましたが、当のツグミは既に両手がふさがっている
状態です。再び持ち方をぶら下げる様にしてわざとガサガサと音を立てて
みましたが、ツグミは別に何も言いませんでした。



実際の騒々しさとは無関係に、その音は緊張の糸をぴんと張り巡らせた人間に
とっては充分に大きな音なのでした。最初に気付いたのが誰なのかはともかく、
最初に動いたのは稚空です。そっと佳奈子の病室の扉を開け廊下の様子を
うかがいました。廊下の端から歩いてくる人影は遠くからでも見間違えるはずは
ありません。開けた時以上の慎重さで扉を閉め、稚空はまろんに耳打ちしました。

「おい」
「ん?」
「ヤバい」
「誰が来たの?」
「凄くマズい連中が来た」
「誰?お父様?」
「弥白とツグミだ」
「ええっ?何でツグ…」

稚空はまろんの口を慌てて塞ぎます。そしてまろんが大人しくなるのを
待ってから手を離しました。

「何でかは判らない。弥白の方は何となく想像はつくが」
「どうしよう。私達、此では会わない方が良いよね?」
「ああ、そうだな…」

稚空は病室を見回し、そして言いました。

「隠れよう」

まろんが何か言おうとして顔を向けるとトキは小さく頷きました。

「私は見えないはずですので、このままに」
「うん」
「急げ」

アクセスを担いだ稚空に続いて、まろんも付添い人が休憩する為の続き部屋へ
身を潜ませます。じっと息を殺していると小さいながらもはっきりと人の気配が
近づいて来て、やがて病室の前で止まると同時に扉が開かれました。
弥白は何の躊躇も無く中へ入ると真っ直ベッドの傍らへと向かいます。
ベッドを挾んで反対側にはトキが立っていましたが、すっかり眠ってしまって
いるかのごときセルシアを含めて弥白が彼等に気付く事はありません。
一方で入り口の所に立ったままのツグミはゆっくりと病室を見回していました。
そして弥白には気付かれない小さな呟きを漏らします。

「随分と賑やかなお部屋」

それから静かに扉を閉めると病室の隅へ向かい、そこでじっとしている
事にするのでした。



何時の間にか辺りはすっかり明るく、それどころか眩しい位に光が
満ちていました。ぐしぐしと涙を拭った手を見ても傷一つ無く、自分の
身体をあちらこちらと触って確かめても怪我はしていませんでした。
足下はふわふわとしていて立っているのかどうかも定かではありません。
それでも辛うじて上下の感覚は残っていて逆立ちしている訳では無い様
だと判ります。暫くじっと立っていて目が慣れてくると乳白色の霧が
流れているかの様に光には幽かな明暗があって、しかもそれが動いて
行きます。そしてその先には確かに誰かの気配が待っていました。

「しつこい天使、それに無礼ですね」

声は何処からともなくセルシアの耳に届きます。前方の様でもあり、
頭上から降ってくる様でもありました。ですからセルシアも何処とは
定めずに声を通します。

「かなこちゃん、出てきてくださぁい」

今度はまさにセルシアの背後から応えがありました。

「何をしに来たの?」

振り向いても誰もいません。ですがセルシアは構わずに声のする方向が
変わる度にそちらへ向かって話しかけました。

「かなこちゃんは狙われているですです」
「…ふ〜ん」
「あなたの中に悪い」
「私の中を覗き見て楽しいですか?」
「ごめんなさい、本当はこんな事は」
「何にも無いから面白く無いですよね」
「…そんな事は無いですです」
「嗤いに来たんでしょ?嗤ったらいいわ?何て殺風景な心って」
「違うんですです、これは悪魔さんが…えっと…何だっけ…侵蝕して」
「私の中に無理矢理入ってきたのはあんたでしょ」
「悪魔さんをやっつけたら帰ります。だから」

セルシアの目の前に佳奈子が忽然と現れます。淡く温かな光に満ちた世界とは
対称的に燃えるような赤い服。真一文字に結んだ口、そして力がこもった手足を
真っ直伸ばして仁王立ちしている佳奈子。閉じていた瞼が開いてセルシアを
見据えます。そして右手がすっと頭上に掲げられると開いた手のひらの
上に周囲から霧が引き寄せられて球体を形作っていきます。

「出来るんなら、やっつけて見せて」
「そんな…」
「この、ワ・タ・シをさっ!」

球体は一瞬にして真っ二つに分かれ夫々が円盤の様な形に変形しました。
そして二枚の円盤の間に赤い光が一閃すると片方の円盤がセルシアの方へ平らな
面を向けて来ました。その面の中心を目にしたと思った時にはセルシアの
身体は激しい衝撃を受けて吹き飛ばされてしまっていました。

「痛っ…」

左肩を押さえながらよろよろと立ち上がるセルシア。ずっと先の方に
佳奈子は殆ど姿勢を変えずに立ったままでいました。

「意外と丈夫な天使。それとも私がまだ力加減を理解して無いのかな」
「か、かなこちゃんから出て行きなさい!」
「はぁ?」
「あなたは悪魔さんですです!」

佳奈子の表情が一旦固まり、それから大きく歪んで大声で嗤い出します。

「やっぱり馬鹿天使だった」
「馬鹿じゃないですですっ」
「お前、此が何処だか判ってないよ」
「判ってます、かなこちゃんの心の最深部ですです」
「そうね、それでもまだ判らないの?」
「な、何がですです?」

佳奈子の攻撃と障壁が干渉し合って放たれる閃光により視野が一面真っ赤に
なってしまい、加奈子の姿はセルシアからは見えなくなってしまいました。
それでもセルシアは必死に障壁を支えながらその答えを聞きます。
まるで雷鳴の中から囁きを聞き分ける様に聞き取りづらい答えでしたが。

「この深さで我らが一体である意味を考えるがいい。
この娘は受け入れたのさ、悪魔という存在を心の底から」
「嘘ですっ!」

やっとの思いで言葉を返したものの、セルシアは再び吹き飛ばされて
叩き付けられていました。意識を失わないのが不思議なくらい身体中が
きしみました。それでも何とか立ち上がったセルシア。顔を上げる間も
無く三度目の攻撃をまともに受けてしまいます。そして更に後方へと
弾き飛ばされると、それきりピクリとも動かなくなってしまいました。



ベッドの脇にある椅子に腰を下ろした弥白。両手の指を絡めて祈る様に
額に当てて黙り込んでいました。トキはセルシアを見詰めたままでじっと
動かずにいます。離れていてもツグミには二人の不安が感じられる様に
思えました。それは勿論別室で様子をうかがっているまろん達も同じ事。
暫く迷った末にツグミはそっと弥白の傍へ近づくと、驚かさない様に注意
しながら話しかけました。

「山茶花さん」
「…え?」
「彼女の手を握ってあげたらどうかしら」
「手を…」
「そして話しかけてみたら?呼んであげるの、彼女の名前を」
「名前、佳奈子さんの事を」
「そうよ。そうしたらきっと山茶花さんの気持ちが届くと思う。
元気になって欲しいのよね?帰って来て欲しいでしょ?」
「ええ、ええ勿論ですわ。そうね、そうします」

弥白が初めはぎこちなく、やがてしっかりとした調子で佳奈子に言葉を
掛け始めました。言葉はありませんでしたが、同じ様にトキもまた
セルシアの手にそっと自分の手を重ねていきます。
そしてツグミは病室の隅へと戻ると再びじっと立ち尽くすのでした。

(第165話・つづく)

# 長引いてしまって申し訳ありません。
# 次回で第165話は完結します。

では、また。

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■■■■■■ 佐々木 英朗 ■■■■■■■
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