神風・愛の劇場スレッド 第156話『誤算』(その3)(11/4付) 書いた人:携帯@さん
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From: Keita Ishizaki <keitai@fa2.so-net.ne.jp>
Newsgroups: japan.anime.pretty,fj.rec.animation
Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: Sun, 04 Nov 2001 20:41:54 +0900
Organization: So-net
Lines: 764
Message-ID: <9s39i4$jh$1@news01bf.so-net.ne.jp>
References: <9q62k5$ss0@infonex.infonex.co.jp>
<9qb785$d74$1@news01bi.so-net.ne.jp>
<9qope5$1nh@infonex.infonex.co.jp>
<9qu0j7$cda$1@news01cc.so-net.ne.jp>
<9rghhm$2b9$1@news01ch.so-net.ne.jp>

石崎です。

 このスレッドは、神風怪盗ジャンヌのアニメ版の設定を元にした妄想スレッド
です。そう言うのが好きな人だけに。

 hidero@po.iijnet.or.jpさんの<9qope5$1nh@infonex.infonex.co.jp>における
談合結果に基づき、前回に引き続き今週も私パートです。
 佐々木さんのファンの方には申し訳ありませんが、今暫くお付き合いの程を。

 今週は第156話(その3)をお送りします。
 来週投稿予定の(その4)まで続く予定です。

第156話(その1)は、<9qu0j7$cda$1@news01cc.so-net.ne.jp>
     (その2)は、<9rghhm$2b9$1@news01ch.so-net.ne.jp>

     よりそれぞれお読み下さい。



★神風・愛の劇場 第156話『誤算』(その3)

●県立桃栗体育館・館内ロビー

「稚空、ここだ」

 天使の羽根を通じてアクセスに呼び出された稚空。
 ロビーまで来ると、柱の陰に居たアクセスから呼びかけられました。

「この建物の中、危険な感じだ」
「ノインのことか?」
「それだけじゃない。この前、学校でみんなが悪魔に操られた時があっただろ
う? あの時のような嫌な感じだ」

 一度はミストを倒したその時の事をアクセスは言っています。

「まさか、この建物の中に他にも悪魔が?」
「判らない。だが…」

 突然アクセスは、頭を抱えて苦しみ出しました。

「おい、大丈夫か?」
「ああ…。かなり強力な悪魔がいるか、それとも…」
「余程沢山の悪魔がここに潜んでいるか?」

 稚空がそう言うと、アクセスも肯きました。

「出来ることなら、大会そのものを中止した方が良い。ここは危険すぎる」
「それは無理だ」
「判ってる。言ってみただけさ」
「アクセスはここから出た方が良くないか? 顔色が悪いぞ」
「いや、俺のことなら大丈夫。稚空は俺がいないと悪魔の居所が判らないから、
離れる訳にはいかない」
「しかし」
「それに、まろんにもこの事を伝えないと」
「それもそうだな。頼む」
「任せろ」


●地区大会会場・個人総合・種目:ロープ

「…番 桃栗学園 日下部まろん選手の得点は…」

 まろんがたった今演技したロープの得点が場内アナウンスと画面上の表示で告
げられると、場内がどよめきました。
 得点は9.5。これまでの選手の中の最高得点でした。

「素晴らしいザマス!」

 まろんに駆け寄ろうとした都より前に、側にいたパッキャラマオ先生に抱きつ
かれました。

「あ、有り難うございます」

 ぞくり。
 何故かその時、まろんの背中に寒気が走りました。
 慌てて辺りを見回しましたが、特に変わった様子は無く、まろんはほっとしま
した。

「(今、悪魔の気配がした気がしたのだけど…)」

 私の勘もプティクレアと同じ位、当てにならないから。
 そう思い、まろんは警戒を解きました。

 すると、再び背中に寒気を感じました。
 ただし、今度は悪魔の気配を感じたからではありません。
 パッキャラマオ先生の手が、まろんの身体をなぞっていたからです。
 先生の癖は知っていたので、特に驚きはしませんでした。
 やましい気持ちがあっての事では無いとは理解しているつもりです。
 しかし…。

「パッキャラマオ先生!」
「何ザマス?」
「次、桐嶋先輩の番です」
「そうだったザマス」

 背後から都の声がして、漸くまろんは先生の手から解放されました。
 心なしか、都の顔が怒っている気がするのは、今の先生の行動を見ていたから
でしょうか。

「まーろーん!」

 今度は、都の方が抱きついて来ました。

「み、都」
「おめでとう!」
「まだ1種目目が終わっただけじゃない」
「でも、最高得点なんだから少しは喜びなさいよ」
「都だって9点台じゃない」
「弥白の下なのが少し悔しいけどね」
「嬉しくないの?」

 都は、顔を横に振りました。

「嬉しい!」

 都はまろんから離れると、そのまままろんを見つめました。
 都の意図が判らず、まろんが戸惑っていると、とうとう都の方から言いました。

「あたしにも『おめでとう』は!?」

 それで漸く都が何を求めているのか理解したまろんは、都の望むとおりにしま
した。
 都の体温を腕の中に感じながら、ひょっとして種目を終える度にこうしなけれ
ばならないのかとまろんは思っていました。



 演技中、ロープの向こう側で抱き合い、いちゃついている二人が目に入りまし
た。
 全く気にならなかったといえば嘘になりますが、無視しました。
 あの二人によって一度は地区大会出場メンバーから外されたので、含むところ
が無い訳ではありませんでしたが、今のまなみにとって、それは最早どうでも良
いこと。
 逆に、今まで自分がしてきた行為に少しは罪悪感すら感じていたのです。

 今のまなみにとっては、彼女が大事なあの人が、自分を見てくれていることの
方が重要でした。
 開会式の時に、観客席に来ているのは確認していましたから、きっと今も私の
演技を見てくれている筈。そう思うと、演技にも自然と力が入るのでした。


●桃栗体育館・観客席

「桐嶋まなみ選手の得点は、9.3です」

 まなみの演技は、新体操の知識が乏しい聖の目から見ても、完璧に近いもの。
 万雷の拍手の後で、得点が告げられると、場内は再び沸き立ちました。
 まろんに次ぐ得点だったからです。

 聖は周辺にいる観客と同様、惜しみない拍手をまなみのために送り、彼女がこ
ちらに視線を送り、自分に手を振っているまなみに気付くと、立ち上がって微笑
みを向けてやりました。

 もっともそれは外見上のこと。
 本当は聖は、別の誰かに注意を向けていたのです。
 彼女達はまなみの側にいたので、観察には困りませんでした。

 一人はもちろん日下部まろん。
 もう一人はその側に立っている東大寺都。
 そして今一人は…。

 聖の思考は、自分に向けられているらしい殺気を帯びた視線を感じたことによ
って遮られました。
 振り向くと、名古屋稚空がこちらを睨み付けていましたが、無視しました。
 もとより、彼が最初から存在することを前提に作戦は組み立てられていたので
す。
 問題は無いはずでした。


●桃栗体育館・通路

 ロープの競技が終わり、次のフープの競技が始まるまでの間、一旦外の空気を
吸おうと外に出たまろんは、その途中でアクセスに呼び止められました。

「この建物の中に悪魔の気配がする」
「知ってる。ノインが来ているんでしょ」
「それだけじゃない。他にもこの建物の中に悪魔の気配が」
「それじゃあ、誰かが取り憑かれてるって事?」
「それは…」

 アクセスが続きを話そうとしたその時、後ろから都に呼びかけられました。

「まろん!」
「都?」
「わ、やべ…」

 そう言い残し、アクセスは慌てて飛び去って行ってしまったので、話はそれき
りとなってしまいました。

「(まさか本当にここで仕掛けてくる? でも、誰が悪魔に…)」

 本来ならば調べてみる必要がありました。
 しかし、今日は大事な地区大会。
 夏の大会の時にはフィンが悪魔の存在を見つけて来たのですが、今回は自分一
人。
 悪いけど、今回は稚空達に任せるか。
 そう思い、まろんはその事を頭の片隅へと追いやることにしました。
 それで問題は無いと判断しました。
 その時点では…。


●桃栗体育館・枇杷高校選手控え室

 ロープとフープの競技が終わった時点で、総合得点で弥白は1位となっていま
した。
 フープで9.2であった弥白に対し、ライバルのまろんは高度な連続技に挑戦し
て失敗したために少し減点され、8.85に終わっていたからです。

 次の競技であるボールの時刻までは間があったので、控え室に戻りミニペット
ボトルのお茶で喉を潤した弥白。
 控え室の中には、佳奈子から贈られた花が置いてありました。
 その花の香りを嗅いでいると、非常に落ち着いた気分になりました。
 身体をリラックスさせた弥白は目を瞑りました。
 目を瞑ると瞼の裏に浮かぶのは、愛しいあの人。
 後少し。後少しであの人の胸の中に堂々と飛び込んでいける。
 あの人があの女のことを大事に思っていたとしても、振り向かせてみせる。
 現に、あの人は私のことを…。
 あの人を手に入れるためならば私は何でもする。
 そう、何でも。



 弥白の夢は、外から呼びかける声によって破られました。

「弥白様」

 目を開くと、佳奈子が弥白の顔を覗き込んでいました。

「佳奈子さん」
「あの、間もなく弥白様の出番だそうです」
「私、眠っていたのかしら」
「ええ。良い夢でも見られたのですか?」
「どうしてそう思うの?」
「とても幸せそうな顔をしていますから」
「そう…。そうね、良い夢を見たわ」
「どんな夢ですか?」
「……内緒」

 そう言い残し、控え室から出て行く弥白の後ろ姿を、佳奈子は何とも言えない
寂しげな表情で見ているのでした。


●地区大会会場・個人総合・種目:ボール

「枇杷高校、山茶花弥白選手」

 ミストの目の前で、ミストの手駒がボールを手に舞っていました。
 丁度今、バランスを取っているところ。
 直前のバランスから、踵を上げたまま身体の方向を変え、再びバランスを取っ
ているその演技は、見る人が見れば高度な技なのかも知れませんが、ミストには
興味の無い事でした。

 いつもとは異なる人の姿を身に纏ったミストは、大会が始まってより会場内の
一所に留まっていました。
 わざわざ移動しなくとも、会場内の様子はその場で手に取るように判るからで
す。
 既に全ての手駒は配置を終え、又は活動中でした。
 後は、状況の変化に応じて作戦に微調整を加えるのみ。

 人間の治安組織はこの会場内に最大規模の動員をかけた様子でした。
 数えた訳ではありませんが、その数は今まで怪盗ジャンヌが関わった全ての事
件よりも多い筈でした。

「(頭数がいれば、何とかなると思っているのかしら)」

 警備員に偽装して配備されている建物の外は言うに及ばず、観客席、通路、部
屋の中…。
 警官が配備されていないのは、選手の控え室の中だけの様子でした。

「(まぁ、せいぜい利用させて貰うわ)」

 そう心の中で呟くと、再び演技面の中で舞う、自分の手駒にミストは視線を戻
すのでした。



「…番、桃栗学園、桐嶋まなみ選手」

 次の選手の名前がアナウンスされると、再び場内は拍手に包まれました。
 会場の片隅に設けられた報道陣が集まる一角。
 そこで三枝は愛用のカメラを次の選手へと向け、写真を撮影していました。
 ストロボは使っていません。
 選手達を刺激しないためでした。

 3種目まで進んだこの時点で、既に全国大会へ向けて駒を進める候補は数人に
絞られてきていました。
 その内の三人は桃栗学園、他の一人は枇杷高校の選手でした。
 元々桃栗学園と枇杷高校は新体操ではそれなりに強豪として知られていて、中
学から新体操を始め、それなりに実績を残していたまろん達が桃栗学園を選択し
たのも、それが一番の理由だった。
 その様に彼女から聞いたことがありましたが、それにしても同じ学園から同じ
年に、全国大会に出場できるだけの選手を輩出するとは尋常では無い。
 会場の片隅で、自分の教え子達の活躍を見守る五十嵐先生も内心では鼻高々に
違いない。
 その様に三枝は思いました。

 13メートル四方の演技面の中を舞う妖精を次々と三枝は写真に収めました。
 それはとても美しくもありましたが、やはり何かが物足りない気がしました。

「…違う」

 痩身をレオタードに包み、髪をポニーテールにした少女が、ボールを身体に載
せて転がしている様子を写真に収めながら、三枝は呟きました。
 元々美しい少女、それも仕事としての表情では無く、素の表情を向けてくれる
美少女をこよなく愛する三枝ですから、この大会に出場している選手達は格好の
撮影素材である筈でしたが、今の三枝にとって、真に撮りたいのはやはり一人だ
けなのだと改めて感じるのでした。


●観客席

 まなみの演技が終わると、会場は再び万雷の拍手に包まれました。
 ボールは得意だと自分に語っていただけのことはある。
 聖はそう思いました。
 聖には関心の無い事でしたが、後ろで話していた人間の話から聞く限りにおい
て、かなり難度の高い演技に挑み、見事に成功していた様子でした。

 ふむ。ならば後でそれを褒めてやらねばなるまい。
 周囲の人間共の会話には注意していましたから、今の演技の見どころが何処に
あるのかを把握していた聖。
 後でそれを褒めてやれば良いと、そこまで考えて気付きました。
 今日の作戦が成功すれば、あの娘は用済みなのだと。
 用済みになった後の始末は、クイーンに頼んであります。
 本当にそれで良いのか? そう自問しなかった訳ではありません。
 しかし、聖──ノインは精神的に愛するのはただ一人と決めていましたから、
そうするのがお互いにとって最善だと思っているのでした。

「ただ今の得点は…」

 画面上にも同時に表示されたまなみの得点は先程演技を終了した上位の山茶花
弥白や日下部まろんと同じ9.3。
 どうやら、全国大会へ駒を進めるのに必要な3位をキープしそうでした。

「(それにしても、何時になったら行動を起こすのでしょうか)」

 会場の隅に人の姿を纏って居るミストの姿を眺めながら、聖はそう思い少し苛
つき始めていました。



「東大寺警部」

 会場内で娘と親友達の活躍を見守っていた氷室。
 自分に声をかけたのが春田刑事だと気付くと、何か起きたのかと緊張しました。
 そうしてから、何かあれば無線で知らせてくる手はずであったことを思い出し、
緊張を解いたのですが、春田からの報告はそれを裏付けました。

「会場内各所、異常在りません」
「わざわざ報告に来なくとも良い」
「すいません。しかし…」

 言い淀んだ春田の様子に、警部は納得の表情になりました。

「どうだ、これから娘の出番だ。持ち場に戻るのはそれからにしては」
「は、はい!」

 春田は、心底嬉しそうな顔をしました。
 結局春田は、その後に行われたボールだけでなく、最終種目であり、その日の
都にとっての最高得点となる9.2を出したリボンの演技まで見守ることとなった
のですが、それが幸いとなるのは、彼自身もこの時点では知る由もなかったので
した。



「稚空様」

 観客席に座っていた稚空に、サングラスに黒のスーツ姿の男が声をかけました。

「神楽?」
「はい。うまく休暇を取れまして」
「神楽が新体操に興味があったとは知らなかったが」
「稚空様のお友達が参加されているのですから、是非見たいと思いまして」
「そんな事言って、レオタードが目当てなんだろう」
「そ、そんなやましい目でや…」
「ん?」
「あ、いや、そのようなやましい気持ちで見に来た訳ではありません」
「そんなに怒るなよ。別に神楽がやましい気持ちでここに来た訳では無いことは
判ってるさ」
「それなら良いのですが」

 そう言い、たまたま空いていた席に腰を落ち着けた神楽ですが、内心では入り
口でカメラとビデオカメラを取り上げられた事を心底残念に思っていたのでした。


●地区大会会場・個人総合・種目:リボン

「いい、まろん。最後なんだから、絶対弥白に負けちゃ駄目よ!」
「はいはい」

 最終種目であるリボンを前にして、都に激励されたまろん。
 先に演技を終えたライバルである山茶花弥白は、リボンでも9.4の高得点を上
げて結局全ての種目で9点台を出しており、総合点は37.1とトップに立っていま
した。

「あたしの分まで弥白に勝って。お願い!」
「アクロバットなんかするから減点されるのよ。だからムーンサルトは止めよう
って…」
「3回までなら減点にはならないわよ。それにあれはムーンサルトじゃなくて
…」
「じゃあ、加点の対象にはならないって訂正」
「オリジナル技なら弥白だってやってたじゃない」
「あれは連続技になっているから良いの」

 都は健闘し、全ての種目で9点台だったものの、観客に受けを取ろうとした演
技が悉く得点には結びつかず、最後のリボンの演技で9.2をつけたものの、総合
得点では36.4と弥白に及ばないばかりか、3位にも入れそうにない成績でした。
 もっとも都はその後暫くの間、「拍手の数なら弥白に勝った」と、まろんに言
い続けることになったのですが。

「…番、桃栗学園、日下部まろん選手」
「ほら、出番だよ」

 都に背中を押されてまろんは演技面に向かって歩いて行きました。
 演技の開始場所に立ち、音楽がかかり出すまでの一瞬の間。
 まろんは頭の中を空白にしようと努めます。
 他の誰にも気付かれてはいない自信はありましたが、ここ数日の間にまろんの
周囲で起きた出来事のせいで、やや集中力を欠いているのを自覚していたからで
す。

 フープの時に些細な失敗をして、弥白に僅かに差をつけられているのも、事も
あろうに演技中に稚空の姿が目に入ったのが原因でした。
 弥白が演技をしている時に、彼女を暖かく見守っているように見える稚空の姿
が気になって気になって仕方がなかったのです。
 稚空の事だけではありません。
 暇を見つけては観客席の中にツグミの姿が無いか探し回り、その度に溜息をつ
いていました。
 そして昨日、フィンに告げられた別れの言葉も、頭の中で何度も繰り返されて
いたのでした。

「(そう言えば、あの時もリボンを演ったっけ)」

 稚空の正体を知り、彼が自分の正体を知りながら、ずっと嘘をつき続けて来た
と知った時。ちょうどあの時も、今のような気持ちだったかなと思い出しました。
 今の方が愛を手に入れたと思った後だけに、ショックはもう少し大きいのかも。

 一旦手に入れたと思った愛は既に失われたのかも。
 その原因も判ってる。
 結局、フィンの言っていることは正しかったのよ。
 私、相手の気持ちなんか全然考えてなかった。

 やっぱり私、駄目だ。
 でも大丈夫。今ならまだやり直せる。

 音楽が鳴り始め、まろんは無心で身体を動かし、スティックを振るいました。

 忘れるの。
 全部夢だったのだから。
 何かが変わったと思ったけど、本当は大して変わってはいなかった。



 スティックを握ったままのはさみ飛び。
 普通のジャンプとは異なり、踏み切り足と着地足が同じ足であるその飛び方は、
ジャンヌとしての仕事で鍛えたまろんの脚力があればこそ出来る技でしたが、そ
れをまろんは全く意識せずにやってのけました。
 もちろん、それを見ての観客の歓声すらも、まろんの耳には届いていません。



 稚空は頼ってくれて良いって言ってくれたけど、誰かに頼るのはもう止め。
 頼ろうとするから、裏切られたと感じてしまう。
 最初から当てにしていなければ、泣くことなんか無かったのに。
 あの時に戻ろう。
 これからも一人で頑張って行こう。
 もちろん、本当に一人だけでやれるとは思ってはいなかったし、これまでも本
当に一人でやって来た訳でも無いけれど、最初から他人を当てにするのは止めよ
う──。



 僅か1分半の演目が無限の時間にも感じられました。
 連続してのフェッテの最中、回転する視界の中に自分を応援してくれている都
の姿が目に入りました。

 そうだ。
 都がいた。
 傷ついても、私のために笑ってくれている都。
 本当は私が傷ついていることも見抜かれていたのかも。
 だからあんな約束を。
 だったら自分も応えなきゃ。
 都のためにも、山茶花さんに勝たなくちゃ。



 大歓声と拍手の音でまろんは我に返りました。
 気が付くと、演技は既に終了していて、自分はポーズを決めていました。
 暫く、呆然としていました。
 やがてアナウンスで自分の得点が告げられました。

「桃栗学園 日下部まろん選手の得点は…9.5です」

 再びの大歓声。
 この瞬間、まろんの総合得点は37.15となり、僅かに0.05の差で弥白を上回る
ことになったのでした。

「まーろーん! やったね!!」

 たまらず都が駆けて来て、自分に抱きついてきました。

「ありがとう、都!」
「ううん。お礼を言うのはこっちの方だよ」

 ぐしぐしと、都は涙をこぼしている様子なのでした。

「さ、みんなの所に戻ろう」
「うん」

 都と二人で、桃栗学園の部員達が集まっている場所に歩いて行く途中で、枇杷
高校の新体操部員達が集まっている様子が目に入りました。
 山茶花弥白がその輪の中心にいて、どうやら泣いている様子でした。
 まろんは胸がチクリと痛みました。
 都は復讐だと思っているけど、本当は山茶花さんだって被害者なんだよね。
 でも、勝負は勝負だから、ごめんね。
 そう、心の中で謝りました。

 観客席から誰かが声をかけたらしく、弥白が顔を上げました。

「(稚空?)」

 稚空は何事か声をかけました。
 一旦そっぽを向いた弥白。
 なおも稚空は声をかけています。
 弥白が振り返りました。
 稚空がハンカチを差し出し、弥白はそれを受け取りました。
 この前の大会の時も見られた情景。
 そうよ、大切な幼なじみなんだから、あの位当然。
 それでも、やはりまろんは釈然としない思いが残るのでした。


●観客席

 本当は、真っ先に駆けつけてやりたかったのです。
 しかし、彼より先に彼が生涯仕えると決めた主人が走り出していました。
 主人が生涯を共にすると決めた筈の女性では無く、彼がこれまでを共に過ごし
て来た女性の方に向かうことを彼は選んだのです。
 神楽は、溜息をつくと真っ先に弥白の所へ向かおうとした歩みを止めました。
 二人の邪魔をしてはいけないと思ったからです。

「(稚空様は結局、どちらを選ばれるのですか?)」

 弥白と稚空の様子を見ていると、神楽の横に同じように立っている眼鏡の少女
がいました。
 彼女の顔に見覚えがありました。
 確か、彼女は……。

「やはり彼は、弥白様にまとわりつく害虫だわ」

 その少女から発せられた言葉の只ならなさに、神楽がぎょっとすると、少女は
小走りにどこかへと駆け去って行ってしまうのでした。


●地区大会会場・個人総合・種目:リボン

「桐嶋先輩、頑張って下さいね!」

 まろんと都は、リボンの演技へと向かうまなみに声をかけました。

「ありがとう。でも良いの?」
「え?」
「私が頑張ったら、東大寺さんが全国大会に行けなくなっちゃうわよ。それに私
が優勝しちゃうかも」
「それでも、頑張って下さい。あたしにはまだチャンスがあるけれど、先輩は選
抜は今年が最後ですから」
「…ありがとう」

 都に礼を言ったまなみは、部員達、そして学園から応援に来た生徒達の声援を
受けて、まなみは演技面へと向かいました。


●観客席

「(一体ミストは何を考えているのか)」

 今日のスケジュールも終盤に近づき、聖の苛つきは段々と高まっていきました。
 ミストの行動開始を合図に作戦は実行されることになっており、それが正午過
ぎというのも打ち合わせてはあったのですが、未だにミストに動きはありません。

 幾ら何でもそろそろだろう。
 聖は、ミストと日下部まろんの様子から目を離さないことにしました。
 自分の手駒の事すら忘れて。


●地区大会会場・個人総合・種目:リボン

 これまでの所、演技は無難にこなしていました。
 急に選手に選ばれ、自分に合った演目に組み直している時間は無かった為に、
元々の選手のための演目を演らざるを得ませんでしたが、一緒に同じ演目で練習
していたので、困ることはありませんでした。
 その事は、当日のまなみの高得点が示しています。
 現在のまなみの総合得点は27.6、ボールの終了時点では弥白とまろんに続く第
3位につけていたのです。
 上位との差は僅かなものでしたから、今のリボンの演技次第では1位すら狙え
ました。

 とは言え、それは難しいだろうなとはまなみも認めています。
 先程のまろんの演技は、何かに取り憑かれでもしたように素晴らしいものであ
り、自分はその域には達していないと自覚していたからです。
 あのようなまろんを見た事は、実は初めてではありません。
 秋の新人戦の直前、まろんが授業をサボってまで練習をしていた時も、あのよ
うな表情を浮かべていたのです。
 その表情が意味するところは、まなみの知るところではありません。
 でも、聖に言われるまま、聖に与えられる情報を見る内に、外からでは決して
判らない彼女の素顔が見えてきたのです。
 ひょっとしたら、それと何か関係があるのかも。

 次は足を上げてのピボット。
 まなみの実力であれば難なくこなせる筈でした。
 周囲の光景を見る余裕すらあった程です。
 その証拠に、観客席の最前列まで愛しい人が来ているのが目に入った程でした。

「(聖先生?)」

 まなみの愛しい人は、まなみを見ていませんでした。
 自分を間近に見る為に、最前列まで来てくれたと思ったのに。
 あろうことか、別の方角を見ていたのです。
 まろんと都。
 その方角には、彼女達がいる筈でした。

 聖が学園に来た直後、学園内にはある噂が立ちました。
 聖とまろんが付き合っていると。
 その証拠に、二人切りでいる様子が複数の生徒によって目撃されてもいるので
す。

 聖に「指導」されたことをきっかけに、付き合いだした頃、まなみはその事に
ついて聖に直接尋ねたことがありました。
 それに対して聖は、まろんの父親と知り合いなので、その関係で言伝を頼まれ
ていたと答え、事実それからは二人の噂は立ちませんでしたから、まなみも信じ
ていたのですが。

「(まさか、聖先生が。そんな…)」

 ひょっとして、自分はまろんのことで利用されていたのでは。
 そう思った瞬間、まなみの視界が傾きました。


●会場内のどこか

 観客席から悲鳴がわき起こりました。
 1位を争っていた選手が見た目にも大きくバランスを崩したからです。
 すぐに持ち直しましたが、大きな減点は避けられそうになく、1位どころか3
位に入ることすら難しいと思われました。

「(シナリオは、これで決まりね)」

 大会の結果がどう転ぼうと、必ず傷つく者が出る。
 ミストは、それを利用するつもりでした。
 故に、個人戦の結果が判明するまで行動を慎んでいたのです。

 好都合な事に、彼女はノインの駒でした。
 放っておいても行動を起こすと思われましたが、念には念を入れることにしま
した。
 どれを媒体にしよう。
 そう考えて、ミストは口元を綻ばせました。

「(やはりここは、サービスしちゃおうかしら)」

 別の人間の姿を纏ったミストの手に、キャンディーボックスが出現しました。
 周囲の者の注意が自分には向いていないことを素早く確認したミストは、中か
らキャンディーを一つ取り出し、目標に向けて放つのでした。


●大会競技場

「桐嶋先輩……」

 途中でチョンボをやらかしたまま立ち直れなかったまなみを出迎えたまろん達
は、どのように声をかけたら良いのか戸惑っていました。
 がっくりと肩を落としたまなみは終始無言。

「桐嶋まなみ選手の得点は、7.5です」

 まなみの総合得点はこれで35.1となり、都の得点をも下回る結果に終わりまし
た。

「あの、桐嶋先輩、その…」

 何とか励まそう。
 でも何て声をかければ良いのだろう。
 かける言葉が見つかりませんでした。

「……あんたのせいよ」
「桐嶋先輩?」
「あんたのせいだからね!」
「きゃあっ!」

 突然まなみは顔を上げ、まろんの首を両手で鷲掴みにし、持ち上げました。

「き…桐嶋先輩…」
「まろんに何するのよ!」
「うるさい!」

 まろんを助けようとした都をまなみは右手でまろんを持ち上げたまま、左手一
本で張り飛ばすと、都は床に叩き付けられました。

「(まさか、桐嶋先輩に悪魔が?)」

 ロザリオは鞄の中にありましたが、その気になればこの場で変身出来る筈でし
た。
 しかし、こう人の目が多い場所では、変身もままなりませんでした。
 しかも、この会場内には隙間無く警備員が並んでいるのです。
 兎に角、一度会場の外に出なくちゃ。
 首を絞められ、今にも気を失いそうになりながら、まろんは必死に策を練りま
した。

「何をしているザマス」

 まなみの背中からパッキャラマオ先生が話しかけて来ました。

「先生、助け…」
「何をしているザマス。早く殺してしまうザマス」

 助けを求めようとしたまろん。
 ですが、先生はとんでも無い事を言い出しました。

「(先生も取り憑かれてる!)」

 先程感じた気配はこの事だったのかとまろんは気が付きましたが、後の祭りで
した。

「桐嶋が出来ないなら、私がやるザマス」

 そう言うと、今度はパッキャラマオ先生がまろんの首を締め上げました。

「先生。日下部さんのような悪党は、一思いに殺して楽にしてやることは無いと
思うのですが」
「それもそうザマスね」

 その頃になると部員達や大会役員達が二人を止めようとしましたが、二人が最
初の何人かを打ち倒すと、後は恐れて取り囲むばかり。

「警察だ! そこを開けろ!」

 人垣の向こうから、聞き慣れた刑事の声がしました。
 氷室と春田刑事が、観客席から会場内に入って来たのでした。

「すぐにその子を放すんだ!」
「嫌ザマス」
「あんた顧問だろう。どうして教え子を手にかける!」
「予告したザマス」
「予告?」

 パッキャラマオ先生は、締め上げていたまろんを放り投げると、自らの服に手
をかけ、どうやって脱いだのか判らない早業で脱ぎ捨てました。

「予告状 新体操の美しさ、頂きます」
「まさか、あんた…」
「ほら、ちゃんと予告してるでしょ?
 大会優勝者の美しい命を頂きに、怪盗ジャンヌ、ただ今参上!」

 壁に叩き付けられ、それでも起き上がったまろんは、目の前に立ってポーズを
決め、氷室と対峙するもう一人の自分の姿を呆然として見ているのでした。

(第156話(その3) 完)

 予定通り? 大会本編は1回分で終わりました。
 次回で地区大会編は終了予定です。

#新体操部分に関する突っ込みは勘弁(笑)。
#本当は3回連続のつもりが伸びました(汗)。

 では、また。

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Keita Ishizaki mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp
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