神風・愛の劇場スレッド 第170話『二つの故郷』(その10)(06/01付) 書いた人:携帯@さん
 HOME 記事一覧 前の記事へ 次の記事へ
From: Keita Ishizaki <keitai@fa2.so-net.ne.jp>
Newsgroups: japan.anime.pretty,fj.rec.animation
Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: Sun, 01 Jun 2003 16:35:45 +0900
Organization: So-net
Lines: 571
Message-ID: <bbcacj$ek3$1@news01cb.so-net.ne.jp>
References: <b7tkbv$10s$1@news01cf.so-net.ne.jp>
<b97u9k$ag3$1@news01ch.so-net.ne.jp>
<b9l9b5$ghe$1@news01di.so-net.ne.jp>
<ba7jci$934$1@news01bg.so-net.ne.jp>
<baq5n2$j5j$1@news01bf.so-net.ne.jp>

石崎です。

例の妄想スレッドの第170話(その10)です。

(その1)は、<b4eq3c$scr$1@news01ch.so-net.ne.jp>
(その2)は、<b51m9o$6fm$1@news01dh.so-net.ne.jp>
(その3)は、<b5k511$5qt$1@news01bh.so-net.ne.jp>
(その4)は、<b6p2k8$pmc$1@news01bf.so-net.ne.jp>
(その5)は、<b7tkbv$10s$1@news01cf.so-net.ne.jp>
(その6)は、<b97u9k$ag3$1@news01ch.so-net.ne.jp>
(その7)は、<b9l9b5$ghe$1@news01di.so-net.ne.jp>
(その8)は、<ba7jci$934$1@news01bg.so-net.ne.jp>
(その9)は、<baq5n2$j5j$1@news01bf.so-net.ne.jp>からどうぞ。

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられている妄想スレッドです。
# そう言うのが好きな人だけに。



★神風・愛の劇場 第170話『二つの故郷』(その10)

●……

 その会合に出席するのは、正直気が進まなかった。
 ましてやそれが、傍観者として出席するのでは無く、自分が一人の天使の運命
について宣告しなければならないとすれば尚更である。

「準天使フィン・フィッシュ」
「はい」

 私は、その哀れな天使に呼びかけた。
 フィン・フィッシュ。
 後に天界、魔界、そして人間界を騒がすことになる緑髪の少女だが、当時の私
の認識は、ちょっと見た目の変わった誰にでも優しい、そして優秀な天使でしか
無かった。

 どうして神が彼女にこの様な試練を与えたもうたのか、当時私には理解出来な
かった。
 しかし、それを告げるのが私の役目であることは理解していた。
 もしも自分の感情で、この役目を拒否したのであれば、次に彼女の場所に立つ
のは自分であろうことも。

「神より貴方に新たなる使命が与えられました。今から三日後、「霧の期」第三
十日より人間界に赴き、神の御子を守護するのです」
「え…」

 その役目を以前遂行していた天使は、役目を言い渡された時にそれぞれ大いに
喜び、人間界へと旅立って行ったと記録には残されているが、目の前のフィンの
表情は凍り付いていた。
 つまりは、彼女はこのことの意味を良く理解しているということだ。

「どうしてそんな顔をしておる」
「そうよ。もっと喜ぶのです。フィン・フィッシュ」
「あの」

 フィンは、何とか声を絞り出したという感じで言った。

「何ですか?」
「その役目は何時まで…」

 気休めを言うことは出来た。
 と言うより、それを言う権限が私には与えられていた。
 しかしそれをしなかったのは、この理不尽な会合に対する私のせめてもの抵抗
であったのだと今にしてみれば思う。

「特に期限はありません。強いて言えば、天界から再度召還されるまでが期限で
す。神は常に貴方を見ておられます。精勤に励めば、何時かは呼び戻される日も
来るでしょう」


●天界・大天使リルの執務室

 ドアがノックされる音がして、リルは筆を置きました。
 リルが返事をすると、秘書役の準天使が入って来ました。
 すぐに、彼女の表情が何時に無く悲しげなことに気づきます。

「どうしたのですか?」
「防衛部長が…新たなる生に向けて旅立たれました」

 声を震わせ、リルの秘書は言いました。

「そうですか。彼が…」

 幹部会で、情報を司るリルの意見に一々反駁していた筆頭幹部にして防衛部長
を兼ねる大天使。
 つまりはライバルという訳ですが、それでも一抹の寂しさをリルを感じます。

「彼の新たなる生に幸あらんことを」
「はい…。本当に…」
「彼に愛人は?」
「公式にはいません」
「そうですか…。では、非公式にはいるという事ですね」
「それは、その…」
「いえ、今のは聞かなかったことにしましょう。仮にいたとして、公にしていな
いのは、理由あってのことでしょうから」
「はい」

 自分の秘書の表情の微妙な変化をリルは見逃していませんでした。
 心の中を探ればもっと確実なのですが、それは掟に反するので止めるリルでし
た。


●桃栗町郊外・採石場跡地

「…稚空!」

 アクセスの呼び声で目を覚ました稚空は、起き上がろうとして、身体が動かな
いことに気がつきました。

「(そうか、俺は撃たれて…)」

 自分が意識を失う前の状況を稚空は思い出しました。
 そして、今の自分の状況を思います。
 あの男が持っていた拳銃の口径と発射距離。
 自分が着込んでいた防弾着の性能。
 致命傷を負うことは無いが、自分も全く無事では済まないだろう。
 それにしては、何も痛みが無いのは変だ。

「良かった。気がついた……」

 自分の顔とほぼ日が暮れた空の間にアクセスの顔が割り込み、安堵の表情を浮
かべます。

「アクセスか…。俺は…どうしたんだ?」
「大丈夫だ。弾は身体に達していないから、命には別状は無い。衝撃で骨が何本
か折れているが、今、修復中だ」
「その割には痛まないが」
「今、身体の痛みを無くす術を施している。同時に、聖気を流し込んで治癒の術
もかけている最中。だから、身体は動かない筈だ」
「悪魔達は?」
「こちらを遠巻きに包囲している様子です」

 トキの声が視界の外から届きました。

「今、襲いかかられると、拙くないか?」
「だからトキが今、周囲に障壁を展開してる」

 言われてみると、空は薄緑の靄がかかった風に見えました。

「それにしても、このままでは拙い。脱出してまろんやセルシアと合流して…」
「治癒の術をかけながら、飛ぶことは出来ない」
「我慢する」
「今止めると、多分無茶苦茶痛いぜ?」
「だから、我慢する」
「それは止めた方が良いかと」

 再び、トキが言いました。
 トキがそう言うのであれば余程酷い状態なのだろうかと稚空は思います。

「そうだ。まろん達に連絡をしてこちらに…」
「それが、何度も試みているのですが」
「連絡、取れないんだよ。まろんもセルシアも」
「まろんは部活…いや、もう終わっている頃か。セルシアはまた、寝ているんじ
ゃ無いだろうな?」
「その可能性は否定出来ませんが、違うと思います」
「違うと言うと?」
「恐らく、この辺り一帯に結界が展開されているのではと推測します。ある一定
距離以上からの”波”を拾えません」
「アクセス、俺の携帯はどうだ?」
「電話か? えっと…」

 アクセスは稚空の服から携帯を取り出して、顔の前に差し出しました。

「圏外?」

 先程、悪魔達を探索していた時にもまろんからの連絡が無いかと携帯を時々見
ていた稚空は、人里から少し離れているにも関わらず、アンテナが立っていたこ
とを思い出しました。

「成る程。トキの推測が正しいのかもしれないな」
「さて、これからどうするかですが」
「アクセス。俺を治すのにどれ位かかる?」
「弥白の時と違って、骨まで修復する必要があるから、一晩じゃ無理だ。前もそ
うだったろ?」
「ああ。そうだったな」
「どういうことです?」
「ああ。以前、あれはフィンが魔界に帰る直前の話だが、悪魔との戦いで怪我し
てな」
「本当なら、全治数週間ってところだったけど、俺の治癒の術で数日で治したん
だ」
「何ですって!」
「まぁまぁ、堅い事言うなよ」
「しかしこれは掟に…」

 ぶつぶつと何事か言いかけ、結局それ以上、トキは何も言いませんでした。


●枇杷町・山茶花本邸

 弥白の護衛をしている間中、セルシアは考えていました。
 それこそ居眠りもせずに。
 しかし、夕方になり弥白と同時に山茶花邸に帰還した頃になっても結論は出ま
せんでした。



 今朝、セルシアの前に現れたフィン。
 最初、懐かしさからかつてそうであった様にその胸に飛び込んだものの、すぐ
に今の立場に気づいて身構えるだけの理性は持ち合わせていました。
 警戒するセルシアにフィンは、かつてと同じ微笑みを向け、言いました。

「セルシアにお願いがあるの」
「…何ですです?」
「今晩、私とまろんを二人きりにして欲しいの」
「まろんちゃんに何するですですっ!?」
「別に何もしないわよ。…それも正確じゃないか」
「じゃあ、何するですです?」
「実はね、私、魔界に戻ることにしたの。一時的にだけど」
「え…」
「だから、まろんにお別れを言いたいの。判るでしょ?」

 フィンは天界にいた時と同じようにセルシアの肩に手を置き、その頬を撫でま
した。

「判る…けど…」

 まろんとフィンの関係について、セルシアは直接には知りません。
 しかし、まろんとフィンが一緒に暮らしていた時のことはまろんから聞いてい
ました。
 そして今も、フィンがまろんのことが好きだと言っていたことも。

「お願いっ」

 両手を合わせてお願いするフィンの姿を見て、どうしても否とは言えなかった
セルシアは、つい肯いてしまいました。

「ありがとう。セルシア」
「……」
「もう一つお願いして良い?」
「何ですです?」
「稚空君と、トキ、そしてアクセスにもこのことは内緒ね。知ったら、邪魔され
そうだから」
「でも、稚空君達は隣に…」
「大丈夫。結界を張るから隣の様子が気づかれることは無いわ」
「判った…ですです」

 再びセルシアが肯くと、フィンはそっとその頬に唇で触れました。

「大好きよ。セルシア。立場は違ってしまったけれど、この気持ちだけは変わら
ない」
「もう、天界に戻って来る気は無いんですです?」
「今の天界には、私の居場所は無い。言えるのはそれだけ」
「でも。そしたら、アクセスは…」
「そうだ。もう一つ、お願いして良いかな?」
「何ですです?」
「明日、私は旅立つ。だから、明日の朝、アクセスに会いたいの。そう、アクセ
スに伝えてくれる?」
「……判ったですです」

 セルシアが肯くと、フィンは今一度名残を惜しむ様にセルシアを抱き寄せ、そ
して手を振りつつ後ろ向きに上空へと浮かび上がりました。

「またね」

 そう言い残すと、フィンは背を向け今度は急速にその場を飛び去って行くので
した。



「(フィンちゃんには約束しちゃったけど…)」

 屋根の上に腰を下ろし、両手で頬をつきセルシアは悩んでいました。
 二人きりにしてもフィンがまろんに何かすることは無いだろう。
 そうフィンのことを信じていたものの、一抹の不安も感じていました。

「(トキやアクセスにも話しておいた方が良いのでは…?)」

 しかし、こちらにも話さないと約束してしまっています。
 暫くの間頭を抱え、あれこれと悩み続けていたセルシア。

 その所為で、悩んでいる間に自分が守護すべき存在がバルコニーに出て辺りを
きょろきょろと見回していたことには気づきませんでした。

 やがて日も暮れ、まろんのことを話すかどうかは兎も角、せめて連絡だけは取
ろうと決めました。
 もっともそれは、普通の日であればトキそして偶にはアクセスが運んで来る夕
食が、その日は何故か届かなかったからという理由からだったのですが。

”トキ、トキ!”

 目を閉じ、トキに呼びかけたセルシア。
 しかし、いつもならば必ずある応答がありません。
 何度も何度も、セルシアはトキを呼び続けました。しかし、結果は同じ。
 続いて、アクセス、稚空、果てはまろんまでも呼びかけてみましたが、やはり
返事はありませんでした。

「(これは…変ですです。確かめないと)」

 そう決めると、セルシアはすっくと立ち上がり、夜空へと飛び立つのでした。


●桃栗町郊外

 アクセスが稚空を治療している間、トキは周囲の警戒を一瞬たりとも怠りませ
んでした。
 それと同時に、セルシアとまろんに通信を試みてもいます。
 しかし、思考接続による通信も、電話を借りての通信も、どちらも繋がること
はありませんでした。

「(やはり、結界が張られていますね…)」

 いっそ、この場から直接、結界に攻撃を加えてみようか。
 そうトキが提案しようとした時です。
 周辺を遠巻きにしていた悪魔達の一角が割れました。

「新手? 気をつけて下さい!」

 そうは言ったものの、アクセス達が身動き出来る筈もありません。

 やがて空いた一角に何者かが姿を現し、こちらに向かって歩いて来ました。
 既に日は落ち、月明かりだけが頼りという状況。
 近づいて来るにつれ、背中に翼のある人型の者であるということが判ります。
 そんな種族は天界にも魔界にも極僅か。

「まさか…」
「フィンちゃん?」
「え?」

 気づいたのは、アクセスの方が先でした。
 アクセスの声に応え、向こうの人影もこちらに声をかけてきました。

「アクセス! トキ! 私よ。フィン・フィッシュよ」

 しかしその声を聞いても、トキは警戒を解くことはありませんでした。
 何しろフィンはこの地の敵の総大将なのですから。

「何の用です。フィン」
「あら、親友が来たのに冷たいのね、トキ」
「当たり前でしょう。貴方、今の自分の立場と状況を考えて下さい!」

 トキは考えていました。
 一体フィンは何をしにここに来たのだろうかと。
 旧交を温めに来たという訳では無いだろう。
 まさか、戦いに?

「障壁を解いて、トキ。中に入れないじゃない」

 遂に直ぐ側にまでやって来たフィンは、障壁の前で立ち止まって言いました。

「そうは行きません」
「フィンちゃんを入れてやれよ、トキ」

 改めて障壁に念を込め、強化するトキの後ろからアクセスは言いました。

「ほら、アクセスもそう言っているし」
「しかしですね…」
「私、急いでいるの」
「は?」
「愚図愚図してると…」

 フィンが手を上げると、トキは目を閉じ精神を集中しました。
 もちろん、障壁の強度を増すためです。

 フィンとは天界での訓練で何度も手合わせをしていました。
 故に、彼女の実力も知っていました。
 だから、この障壁も容易には破れない。
 そう計算していたのですが。

「勝手に上がらせて貰うわよ」

 耳元で囁かれ、トキは驚愕しました。
 目を開けて見てみれば、フィンの顔が直ぐ側にありました。
 そして障壁を見ると、丁度縦方向に人一人通れる位の穴が空いていました。
 結界を破られたことにすら気づかない程、そっと穴を開けたのでしょう。

「腕を上げましたね。フィンさん」
「そこの穴、塞いでおいた方が良いわよ。命令したから来ないと思うけど、周辺
の魔族が馬鹿な考えを起こさないとも限らないから」
「良いんですか?」
「何が?」
「そうしたら貴方、袋の鼠だ」
「トキやアクセスに討たれるのなら本望」
「え?」
「それに、二人がそんな卑怯な真似をする筈も無いって信じているから」
「どうですかね」

 口でそう言いつつも、フィンの忠告通りトキは障壁を張り直しました。

「フィンちゃん…」
「代わって。アクセス」
「え?」
「あんたもトキも、治癒の術苦手でしょう?」
「セルシアに連絡がつかないんだ。仕方無いだろう」
「ああ、それもそうね」
「フィン。連絡がつかないのは、貴方達の仕業ですね」
「そう。この周辺には結界を張ったから、外部への連絡は出来ない」
「成る程。この場で我々を殲滅しようという作戦ですか」
「そう主張する者もいたけど、違う。とにかくその話は後。稚空の治療が先」

 トキが止める間も無く、フィンは稚空の側に屈み込み、身体に手をかざしてい
ました。

「これなら、何とかなりそう」
「え?」
「稚空、聞いて。これから治癒の術を使う。天界の術とはちょっと違うから、す
ぐ効く代わりに副作用がある。具体的には、暫くは高熱を発して動けなくなる。
その代わり、今晩中には貴方の身体は元通り。どう?」
「フィンさん、魔界の術を使うつもりですか?」
「魔界の術と天界の術のブレンド。魔界で昔から使われているから、使用実績は
ある」
「しかし、あなた自身はそれを…」
「初めてよ。だから、私の実験台になるかどうか貴方が決めて」
「危険です!」
「頼む」

 稚空は迷うことなく言いました。

「ありがとう。私を信じてくれて」
「フィンはこの前、約束を守ってまろんを助けてくれた。だから今回も俺はフィ
ンを信じる」
「俺も、フィンちゃんを信じる」
「そうですか…。仕方ありませんね。フィンさん、稚空さんを宜しくお願いしま
す」

 トキが合意するとフィンは、アクセスに指示して痛み止めの術はそのままに、
自分は稚空の肌に直接手を触れました。
 フィンの身体から光が発し、その身体から聖気が溢れ出てトキの背中に当たり
ます。

「アクセス。あっち向いてて」
「え? ああ」
「トキもこっち向かないでよ」
「承知」
「稚空、ごめんね」
「お、おい!」
「これが一番効率が良いのよ。我慢して」

 フィンの口からは、トキの知らない呪文が詠唱され、聖気…そして微かな邪気
が周囲に発散され…そして唐突にその気が消滅します。
 フィンの身体から溢れ出る力が、全て稚空に注ぎ込まれている証拠でした。
 どの様な形で、稚空に注ぎ込まれているのか、トキには判りません。
 アクセスも同じように、見ないでいる筈でした。
 それが、天界における礼儀というものです。
 稚空は何かで口を塞がれている様なうめき声を上げ、やがてそれは苦痛の声に
変わります。

 どれ位の時間が経ったのでしょうか。
 トキが稚空から借りていた携帯電話の表示を見た時、人間の時間で十分程度し
か経過していませんでした。

「はい、お終い。良いわよ」

 それから少しして、フィンの声がしました。
 トキが恐る恐る振り返ると、全ては元通りとなっていて、フィンがきちんと後
始末をしていた事に安堵します。

「稚空は、眠らせておいたわ。思ったより、大した怪我じゃ無かった。起きたら
彼、少しの間熱でうなされると思うけど、命に別状は無いから安心して」
「凄いな。流石フィンちゃん」

 稚空の容態を確認したアクセスが、驚嘆の声を上げているところを見ると、本
当に稚空の傷は完治している様子でした。

「それじゃあ、私は行くから」
「あの…」
「何?」
「その、ありがとうございます」
「気にしないで。私は、まろんの泣く顔をあまり見たくないだけだから」

 そう言い残し、入って来た時と同じように、結界に穴を開けて出て行きました。
 その背中を見送りながら、トキはふと気づきました。
 そう言えば、肝心なことを聞いていなかったなと。


●前線司令部

 まろんと別れた後、迎えに来たシルクにアンを任せたユキは、ノインに連れら
れミカサのいる前線司令部へと戻って来ていました。

「クイーンは、一体何を考えているのでしょうか?」
「何がだい?」

 ミカサから戦況を聞かされたユキは、当然の疑問を彼にぶつけました。
 周囲に居る者もある者は仕事をしつつ、ある者はその手を休めつつ、二人の会
話に耳をそばだてているところを見ると、皆考えは同じなのでしょう。

「あの人間の怪我は致命傷ではありませんでした。無駄に人間を傷つけないとい
う方針があるとは言え、クイーンが治療する必要は無いし、一緒に居る天使でも
治療出来た筈です。それに、治療してしまっては折角足止め出来ていたのに、面
倒なことになる可能性が」
「私も止めたのだが、クイーンはどうしてもと」
「クイーンは、この戦いに勝利するつもりがあるのでしょうか?」
「今日の作戦は戦いを主目的としたものでは無いですよ」

 横にいたノインが諭すように口を挟みました。

「判っています。ですけど…」
「つまり、あの人間を我々が傷つけ、それを放置したままでいると、後々交渉に
不利に働くことをクイーンは恐れている。そういうことでしょうか?」
「それが正解でしょう」
「しかし、万が一彼らがこの地を脱出する様なことがあれば…」
「そのための結界。そのための兵力です」
「はい…」

 それは、今朝までユキとミカサが散々話し合ったことでした。
 第二大隊を餌に一時的に天使達を足止め、その間に第一大隊が周囲に大規模な
結界を展開。
 セルシアの足止めはフィンが、まろん達の足止めはそれぞれユキが担当し、相
互の連絡を妨害する。
 ユキには目的を達成するために必要な兵力が余りにも過大であるとしか思えま
せんでしたが、この地にまで降下して来た兵力の運用試験であると言われ、渋々
納得したのです。

 第二大隊の一部が暴走したこと、名古屋稚空を傷つけたことが誤算でしたが、
お陰で彼らは身動きが取れない状況になった。
 ユキの見るところ、フィンの行動はそれを打ち消すものでした。

 しかしそれも、交渉事のためと言われては、返す言葉もありません。
 この手の交渉事は、正統悪魔族の苦手とする部分でしたから、それが得意なヒ
トの言葉は尊重すべきでした。

「ノイン。来ていたのか」
「ユキをここまで連れて来る必要がありましたので」

 転移の可能な魔族の一人に連れられ、フィンが前線司令部へと帰還して来ると、
その場に居た者は皆姿勢を正しました。

「予定外の出来事があったそうで」
「大した事では無い。作戦は順調に進行中だ」
「ならば、予定通りに?」
「うん。これから私はまろんの処に向かう。後のことはミカサに任せる」
「では、私も持ち場に戻りますので、一緒に」
「うん。頼む」

 フィンが肯くと、ノインは手を差し出しました。
 二人が手を繋ぐと、司令部の中を風が吹き抜けます。
 それが収まると、二人の姿はもうそこには無いのでした。


●オルレアン

 帰宅したまろんは真っ先に、稚空の携帯に連絡を入れました。
 しかし、学校で電話した時同様、受話器の向こうからは留守番電話センターに
転送しますとのメッセージがあるばかり。

「今日は一人かなぁ…」

 誰にも聞こえないような小さな声で、そっとまろんは呟きます。
 私服に着替え、エプロンをつけたまろんは二人分の夕食の支度を始めました。
 自分一人では無く、人に食べさせるのだと思うと夕食作りにも気合いが入るも
のだと、この一年でまろんは実感していました。

「(今日は、セルシアは帰って来ないのかな?)」

 そう思い、一人で夕食を食べようとした時です。
 ベランダにふわりと翼を持つ者が降り立ちました。

「セルシア?」

 ベランダの窓は開けてあるにも関わらず、まろんは窓の方へと向かい…そして
驚きの表情を浮かべます。

「こんばんわ」
「フィン! 本当にフィンなのね!?」
「上がっても良い?」
「もちろん!」

 そう言うと、まろんは窓を開け、フィンの手を取り部屋へと招き入れるのでし
た。

(第170話・つづく)

 次週で第170話は終了予定です。

#そう書いておいて、自分を追い込もうかと(笑)。

 では、また。

--
Keita Ishizaki mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp
 HOME 記事一覧 前の記事へ 次の記事へ

 記事に対するご意見・ ご感想などがありましたら書いてやって下さい

 件名:
 名前: (ハンドル可)
 E-Mail: (書かなくても良いです)

 ご意見・ご感想記入欄