神風・愛の劇場スレッド 第157話『還る』(その6)(12/28付) 書いた人:佐々木英朗さん
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Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: 28 Dec 2001 16:36:20 +0900
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佐々木@横浜市在住です。

例の妄想の続きです。(第157話/6本目/最後)

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられているヨタ話です。
# 所謂サイドストーリー的な物に拒絶反応が無い方のみ以下をどうぞ。
## すぐ出すはずだったのに、読み直していたら昼休みが終わってしまい…


★神風・愛の劇場 第157話 『還る』(その6)

●桃栗町 県立桃栗体育館跡地

とても長い時間落ちていた様にまろんには感じられました。しかし実際には
一瞬で到着していたはずです。落下に対する恐怖が沸き起こるよりも先に、
まろんの身体は柔らかい何かの上に載っていましたから。少し離れた所には
ミストが浮かんでいて、闖入者を興味深そうに眺めていました。まろんも
またキョトンとミストを見詰めていましたが、そんな彼女を現実に引き戻した
のは身体の下から発せられた声でした。

「重いわよ…」
「えっ?」
「早くどけ…馬鹿」

倒れているフィンの上に座っている事に気付いたまろんは慌てて飛び退くと、
しゃがみ込んでフィンの肩に手を回して救け起こしました。

「フィン、ごめん大丈夫?怪我は?」
「怪我は無いはずだがな」

その声によって、まろんの思考にすっかり忘れていたミストが滑り込んで来ました。

「ミスト!何でフィンを」
「何で…だと?」
「仲間なんでしょ?」
「その天使が私の仲間?だとすると、そいつはお前の敵って事になるが
良いのかな?」
「…」

ミストは暫くの間、ニヤニヤしながらまろんの返事を待っていました。
そして返事が無い事に満足したのか、今度は大声で嗤い始めます。
ミストを睨み付けていたまろんでしたが、フィンが大人しくしている事に
疑問を感じて再び目を転じます。まろんに抱かれてフィンは目を閉じて
いました。

「死んだか?」

ミストの一言にまろんは慌ててフィンの肩を揺すりました。フィンの眉間に
皺が寄り、口から微かに呻きが漏れます。一瞬安心したまろんでしたが、
すぐにそれが間違いであると気付きます。意識が無い?咄嗟にフィンの身体を
くまなく調べるまろん。見たところ怪我は無い様子でした。まさか、やはり自分が
落ちた所為?まろんの考えを見越した様なタイミングでミストが言います。

「お前の所為では無いぞ」
「やっぱり何かしたのね!」

まろんに見詰められながら、ミストは非常にゆっくりとした動作で落ちている服
に手を伸ばしました。ぐにゃりと服が形を変えて、まるで生き物の様にミストに
向かって跳び上がります。そしてミストの身体に巻き付くと再び拡がって服装と
呼べる物に戻ります。その見た目はフィンの前で脱ぎ捨てたドレスとは違って、
極く地味な紺のジャンパースカートでしたが、そもそも見えている姿が違うのです
からまろんが気付くはずもありません。ミストは服の裾の汚れを払う様な仕草を
してから言いました。

「お前が遅いので遊んでいたんだ」
「ふざけないでよ」
「本当さ。我慢競べって奴だ」
「どういう意味?」

ミストはゆっくりと近づいて来つつありました。そしてまろんとフィンの
すぐ傍に立ち止まり、腰を屈めてまろんの顔を覗き込む様にして言います。

「大して長い付き合いでも無いが、私とそいつは互いの手の内を良く知っている。
だから勝負は必然的に我慢競べになってしまう。単調な攻撃と防御の
繰り返しで受け攻めはどちらでも構わない。先に力尽きた方が負け」

まろんが口を開きかけた時、先に声を上げたのはフィンでした。

「一杯食ったって訳よね」

再びまろんはフィンの方へ顔を向け話し掛けます。

「大丈夫?ねぇ」

フィンはまろんには応えず、背中に手を回すと羽根を抜取りました。白い翼
から抜き取られたはずなのに灰色をした羽根に目を丸くするまろん。ミストが
指先で軽く触れると、その羽根は一瞬で霧散してしまい後に黴の様な臭い
が漂いました。そしてミストは笑顔を浮かべながら言います。

「保険と言って欲しいね」
「糞ったれ…」
「一つ忠告するが」
「何よ!」

訳も判らずにまろんは会話に割って入りミストを問い詰めました。ミストは
どちらに言うとも無く背筋を伸ばしてから答えます。

「残った聖気を回復に集中しないと」

わざわざ言葉を切ってから口許を歪めてミストは続けました。

「翼が腐って落ちるぞ」
「なっ…」

ミストに何か言おうとして再び口をつぐむ事になるまろん。フィンがまろんの
服の胸元を掴んで見詰めていました。そしてまろんの耳元で何か囁くフィン。
小さく頷いたまろんの頭の動きに気付いたミストが言いました。

「さて、では本番を」

ミストが言い終わらない内にまろんは行動を起こしていました。フィンを片手で
抱きかかえたまま、もう片方の手でミストの手を掴み引き寄せます。
咄嗟の事で半歩前に出たミストの腰に手を回すまろん。ミストが不思議そうな
顔をまろんに向けた時には、その身体はすっぽりとまろんの周囲を覆う淡い緑色の
障壁の内側に捕らえられていました。ミストの表情が一瞬笑った様に思えた
まろん。しかし確かめる前にミストの身体はしゅぅと音を立てて殆ど蒸発して
しまいました。予想外の出来事に怯んだのは寧ろまろんの方。その為か障壁も
一瞬で消失してしまいます。中途半端に分解したミストの身体がまろんの腕の
中にびちゃりと音を立てて落ちて来ました。

「ひっ」

まろんは小さく叫ぶとミストの身体だった物を放り出します。生卵の白身の
様なべとべとした何かがまろんの半身に付着していて異臭を放っていました。
それを茫然と見詰めるまろん。同じように粘液まみれになっていたフィンが
目を開けて呟きます。

「我慢競べは私の勝ち」
「そうでも無い」

フィンはまろんの腕を振り解いて上半身を起こし、まろんはのけ反って両手を
後ろの地面に突いてそれぞれ声のした方を凝視しました。まろんの足のすぐ先の
地面に丸い物が落ちています。溜まった粘液の中にぽつんと残ったそれは、
食べ掛けのまま口から落としたキャンディの様に濡れて光っていました。
そしてそれがくるりと向きを変えてまろんとフィンを交互に見詰めます。
金色の中心で小さな穴…瞳が唇の様にひらひらと開閉していました。
絶句しているまろんの視界にフィンが這いずる様にして飛び込んで来ます。

「死に損ないっ」

フィンが何かを振り下ろそうとしていると気付いた時、まろんの頭の中に
声が聞こえた気がしました。止せ…と。続いてカチンと小さな音が鳴り、
まろんが我に返るとフィンが地面から手を離す所でした。見ると地面には
細い短剣が突き刺さっていて、刃が地面に接している辺りに砕けた硝子の
欠けらの様な物が散らばっていました。その幾つかは欠けらがかつては球形
だった事を示す丸みを残しています。フィンはよろよろと立ち上がり、まろんの
顔を見詰めて言いました。

「まろん、今…」
「え?」

フィンが何を言おうとしたのか判らず聞き返したその時、当のフィンは
再び目を閉じてぱったりと倒れてしまいました。間一髪で抱き留めたものの、
立っている事は出来ずにフィンを抱いたままで一緒に倒れてしまうまろん。
それでも何とか立ち上がると、少し苦労しましたがどうにかフィンを背負います。
とにかく家に連れて帰ろう、そう決めて歩き出したまろん。その足下を
風が吹き抜けました。空気の塊が足首を舐めた様な、あるいは波打ち際で
温い海水が足を洗った様な感触です。同時にまろんの脳裏にある者の姿が
浮かびました。白い肌、漆黒の髪、そして…。足下に目を向けたままでゆっくり
と振り向いたまろんは地面を目で追い、徐々に視線を上げて行きました。
その先には地面に突き立ったままの短剣、そこから立ち昇る靄の様な物。
良く目を凝らすと靄は短剣では無く散らばった硝子の欠けら夫々から湧き出て
うねり捩れ合わさって一筋になっていました。あっけにとられて見詰めるまろん
でしたが、唐突に靄から発した閃光に目を閉じない訳にはいきませんでした。
それでもすぐにまろんは薄目を開けて辺りを見回します。
辺り一面が真っ白になる程の閃光が発せられて周囲に満ちているのですが、
不思議なことに眩しさは殆ど感じませんでした。ただ明る過ぎて、何も見えない
だけ。ですが光の中心で起こっている出来事は、まるでスローモーション
の様に事細かに目に入ってくるのです。初めはそれが最初に振り向いた時に見た
靄だとは判りませんでした。それはずっと量が増えていて、しかもたなびくの
では無く空中の一点に留まっています。やがてするすると奥行と厚みを増しながら
上下に伸びて形を変えていきます。まろんにはそれがすぐに人の形である事が
判りました。まるで彫像の様に均整の取れた一糸纏わぬ女性の姿。その身体の線は
昨日出合った人物と同じなのだと直感で判りました。真っ白な背景であるにも
関わらず、肌の色は更に白く浮き立つ様に際立って見えるのが違いではあります。
そしてまろんは理解しました。その姿が良く見えるのは身体自体から光が
発している所為なのだと。その光景の中にあっては、黒い髪だけが異質な趣を
見せています。それはまるで白い紙を切り抜いて開けた影絵の様。
やがてその女性に見える何者かは膝を抱えていた両手を解きほぐし、
背筋を伸ばしました。それと同時にその華奢な姿の背後にどうやって折り畳まれて
いたのか、不釣り合いな程に大きな翼が左右に拡がりました。そして、その後を
追うように、もう一対の翼が少し下がった位置から見え始めます。視界を覆う
四枚の翼。その翼の骨格らしき部分に沿って羽根が小刻みに震えているのは"伸び"を
しているのでしょうか。その震えが翼の先にまで辿り着くと、一対の翼が肩越しに
身体の前に廻って交差し、まるで白いドレスの様にその姿を覆い隠すのでした。
まろんはぽかんと口を開けたままで、ただじっとその姿を見詰めていました。
どのくらい時間が経ったのか、或いは一瞬だったのかもしれません。
唐突に閃光は止み、今では"それ"の身体を取り巻く極く狭い空間だけが、ぼんやり
と光っているだけです。吸い寄せられる様に見詰めていたまろんは我に返ると
何か言葉と発しようとしました。そこへまた先ほどの様に声が脳裏に届きます。
まろんは思わず跳び上がってしまい、そして周囲を見回しました。随分と離れた
場所にある建物の上に人影が見えています。見間違えようも無い人影でした。

「非常に困った事になりました」

まろんは頭を振りながら応えます。

「気持ち悪い話しかけ方しないでよ」

まろんの要望に応えたのか、それとも初めからそのつもりだったのか、ノインが
彼女から近過ぎず離れ過ぎもしない場所に現れた事が視界の端に見て取れました。
気が進みませんでしたが、今のまろんには他に聞く相手が居ません。

「あれってミスト…よね?」
「ええ、まぁ」
「歯切れが悪いなぁ」
「私も初めて遇いましたので」
「そうなの?」
「初めて見たというべきですか」
「それにしてもあの姿は天…」
「似ているのも当然です。あれは魔王様が最初にお造りになった魔界の住人の末裔。
手本にされたのは魔王様ご自身の姿、或いは神のそれですから」
「…だって、それじゃ」

まろんはノインが"あれ"と呼んだ者から目を離さずにいました。今のあれ…
ミストに変化は無く、最初の印象の様に大理石の像のごとく動きがありません。

「姿だけでは無いのです。その力においても」

まろんはその言葉の意味する所を想像して寒気を感じました。

「それでも一度は倒せたのよ」
「違います。入れ物を倒したと言うべきでしょう。そのままの状態で大人しく
していてくれれば良かったのですが、再び得た入れ物はあまりに脆弱。
ですから私としてはミストが"決着を着ける"という展開にはしたくなかった」

先ほどの言葉がまろんの脳裏をよぎります。

「こうなるって判っていたのね」
「クィーンとミストは何時かはぶつかるとは思っていました。貴方さえ現れなければ
どちらかが勝つ事も無く適当な所で痛み分け…という事になるはずだったのですが」
「フィンを見捨てておけないでしょ!」
「この場合は見捨てるべきでした、何故かはすぐ判るでしょう」

まろんはノインを睨み付けました。ですがそのノインの表情が纔かに動いた事で
目の前の光景が変化した事を覚ります。慌てて視線をミストに戻すまろん。
何時の間にかミストの瞼が細く開いていて、定まらない視線がゆっくりと動いて
います。自分の身体を見下ろし、周囲を見回し、そして最後にまろん達に目を
留めました。互いに黙って見詰める中でミストが口を開きました。確かにそれは
ミストの声ではありましたが、大変穏やかで深い泉の底から響くようにまろんの
脳裏に届きました。そして恐らくはノインの頭の中にも直接聞こえているのでしょう。

「…ヒト…ヒト…天界のモノ…」
「えっ?何?」

まろんの呟きにノインが囁き返します。

「一時的な混乱でしょう。すぐに戻ります…そうで無いと困る」

ノインの言葉の最後の部分は、まろんへでは無く自分自身への語り掛けの様でした。
やがてミストの目がはっきりと見開かれると共に、ノインの予想はある程度は
当を得ていた事が判りました。

「熱量を失う前に自分に戻ったという事らしい。誰に感謝すべきだと思う?
どうだノイン?」
「敢えて言うならクィーンでしょうか」
「堕天使の小娘にか」

言葉自体は不満そうな意味合いでしたが、まろんにはミストの考えが想像
出来ませんでした。その声音はあくまでも静かであったからです。

「まぁいいさ。仕事を始めよう」

その言葉に身構えるまろん。とは言ってもフィンを背負ったままでは何も
出来ません。素早く周囲を見渡しますが無傷の建物までは距離があり、フィンの身を
隠せそうなもっとも近い場所はミストの背後にある瓦礫の山となってしまいます。
じりじりと後退るまろん。ですがミストの方は全く動きを見せませんでした。
結果として、まろんはノインを前に立たせた様な形になっていました。
それを待っていたかの様にノインはミストに語り掛けます。まろんには
聞こえない声で。

「止める気はありませんか?」
「我が身の封印はこの力を押し留める為の物。契約では封印が解けた場合には
最後の仕事に取り掛かる事になっている」
「二つの意味で間違っていると思いますが」
「その間違いとやらを言ってみろ」
「第一に封印が解けたのは偶然ですし魔王様が解いた訳ではありません」
「契約では誰が解くかは明示していない」
「第二に貴女の力は天界との決別の日の為に用意されたモノであるはず」
「封印が解けた時点で行使する事になっている。世界は限定していない」
「…」

ノインが何か言うのを待っているらしく、ミストは暫くの間無言でした。やがて。

「お前の意思は前に聞いた。気が変わっていないなら"あの女"を拾って魔界へ帰れ」
「どういう意味ですか」
「言葉通りだよ、聖先生。選べないなら二人とも持って行けばいいだろ」
「はぁ?」
「私からの話は終りだ。加減は出来ない、急げ」
「…」
「忠告はした」

充分な距離をとった所で立ち止まったまろん。どうやらノインがミストと何か
話しているらしい事は判りましたが内容はまったく聞こえません。少し気には
なりましたが、まさか聞こえる所まで戻る訳にもいかず何かが起こるのを待って
見詰める以外にはありませんでした。フィンを降ろさなかったのは最悪このまま
走って逃げてしまおうかという考えが頭の隅にあった為ですが、その後どうする
かまでは考えていませんでした。そしてまろんは異変に気付きます。
とても静かな異変でした。ミストの浮かんでいる辺りから少しづつ色彩が失われて
行きます。荒れ地に纔かに残っていた元は植え込みや芝生であっただろう草木、
形は留めていないが建物であったはずの塊、そして剥き出しの土さえもが全て
同じ灰色に染まり、やがて消滅してしまいました。ミストを中心とした窪みが徐々に
拡がっていきます。その窪みはミストの足下が最も深く縁に向けて浅くなっていて、
恐らくは球状にえぐられているのだろうとまろんは想像しました。ですが想像出来る
事はそこまで。失われた部分がどうなったのかは全く判りませんでした。
思わず疑問が誰にとも無く口から漏れていました。

「何が起こっているの…」

予想外な事に答えがすぐに返って来ました。耳元というよりは背後から。

「素粒子への還元と言えば判りますか?」
「ひぇっ」
「…」
「驚かさないで!」

ノインはまろんの反応は無視して続けます。

「原子間力に干渉して物質としての結合を解きます。消えた様に見えるのは常温では
固体にはならない元素に一旦変化している所為で…」
「…」
「理解…出来てませんね?」
「全然判んない」
「何をしに毎日学校へ行っているんですか、あなたは」
「うるさいなぁ、少なくともノインよりまマトモな理由よ」
「せめて次に生まれ変わったら物理くらい真面目に学びなさい」
「大きなお世話」
「もっとも、その世界に物理という学問があるかどうかは判りませんが」

ノインの事は放っておいて先ずはミストの事を…そこまで考えてから、まろんは
気になった事を聞き返しました。

「他の世界に生まれ変わるって言ったの?」
「あくまでも生まれ変わる事があれば、の話ですが」
「勉強が無い世界なら歓迎」
「そもそも人間などという代物が無くなるのですよ」
「何よ、それ!」
「全部まとめて塵になります。霧(ミスト)というのはそういう事ですから」
「冗談じゃ無いわ、止めさせる」

ノインは前に踏み出そうとしたまろんの襟首を掴んで引き戻しました。フィンの
所為で重心が後ろにあったまろんはよろよろとフィンを挾んでノインに抱きかかえ
られてしまいます。まろんの背後からバサっと音がして、ノインのマントが視界を
遮る様に動いていきます。完全に前が見えなくなる直前、前方のミストとの間に
何かが見えた気がしましたが確かめる事は出来ませんでした。代わりにノインの
声が聞こえて来ます。

「貴女と遊ぶのは、また次の機会という事で」



目の前にぽっかりと現れた赤い点が徐々に大きくなって行く様を、ミストは
じっと見詰めていました。周囲を分解し続ける仕事自体には全く滞りは
ありませんでしたが。ある程度までの大きさになると、微かに漂い出る気配から
それが何者なのかミストには判っていました。ただしその外見は見慣れた姿とは
違っていて魔界でのあるべき姿のままでした。もっとも、その外見は形を整える
為に必要な道筋であった様で、程なくミストにも馴染み深い姿が完成します。
その姿の方を馴染み深いと感じた事に気付き、ミストは自分自身に少し呆れて
いました。しかし相手が発した声が、ミストのもっと深い部分の注意を引きます。

「ミスト様」

姿と声は全く別のモノでした。伝令が憑いている、正確な内容を伝える為に
のみ用いられる特別な使いの証。彼、シルクはミストに対して跪くと俯いたままで、
こう言いました。

「魔王様より御伝言でございます」

ミストはゆっくりと瞬きをしてから、先を促します。

「聞こう」

シルクの身体が小さく揺れました。別な術が発動し、与えられた伝言が辞の送り主の
声そのままに再現されていきます。息遣いまでもが正確に。

「"契約は時限を満了した。後は好きにするがよい"」

そうして沈黙が続き、シルクは疲れ切った様に肩を落とします。それが伝言の全てが
再生され終えた事の証でした。そのまま前のめりに倒れ込むシルクを悠然と
現れたノインが抱き留めました。周囲で起こっていた変化は一斉に止み、積み上げ
られた瓦礫の一部が窪みに滑り落ちて轟音を発した以外は静寂に包まれます。

「そうか…、もうそれほど経ったのか」

ミストは感慨深げに、ゆっくりとそう呟きます。
それからノインに向けて声を掛けました。

「伝言を頼まれてくれるか」

ノインは意外そうな顔をして応えます。

「魔界へ戻らないのですか?」

そっと瞬いたミストの瞳が、ほんの少しだけ伏し目がちに見えました。

「それは止めておこう。この姿で魔界に戻ったのでは、お前も女王と呼ばれたいのか
と糞共に揶揄されるのが関の山だからな」
「貴女らしい。で、魔王様には何と?」

ミストは頷くと、こう言いました。

「先へ行っております」

暫くの沈黙、そして。

「それだけで良い。魔王様にはそれでお判り戴けるだろう」

ノインは全て承知したという意味を込めて深く頷きました。ミストはそれを見て
ただ何も言わずに微笑むと一対の翼を開きます。二枚の翼がたった一度だけ音も
無く羽ばたくと、その姿はあっと言う間に天空の彼方へと消えていったのでした。
そこに空虚な窪みだけを残して。



我に返ったまろんが飛び起きて見回すと、そこは桃栗体育館の跡を見下ろせる
建物の屋上でした。拡がった窪みが一望に出来ましたが、そこには何も無く
誰も居ませんでした。まろんは振り向いてフィンの姿を見付けると慌てて
駆け寄りました。仰向けに寝転んでいたフィンは目を開けて空をじっと見て
います。まろんはすぐ脇にしゃがみ込んでフィンに話しかけました。

「フィン、気分は」

フィンの瞳がまろんを睨み、すぐにまた空へと視線を戻しました。

「何があったのか判る?誰も居ないみたいなんだけど…」

まろんの方を見ようともせずに、それでもフィンは彼女の問いには答えます。

「ミストは去ったのよ。もう戻らない」
「何で、何もしないでどうして」
「痛み分け…って事にしといてよ」
「それって」
「疲れた。暫く放っておいて」

フィンはそう言って目を閉じると寝息を立て始めてしまいました。
まろんはフィンが見ていた空の彼方を見上げます。何故か丸く刳り貫かれた
雲が浮かんでいる以外は何も無い青空が拡がっているだけでした。

●彼方にて

何処までも真っ直に昇っていくミスト。もうとっくに地球の大気圏を飛び出して
いてもおかしくない距離を進んでいるのですが、実は既に次元の壁を突破していて
とっくに別の世界へ入っていました。更には幾つかの世界すら飛び越えてしまい
今では周りには何も無く、無限に続くかと思われる暗黒の空間を進んでいます。
もっとも、本来の姿に戻っているミストにとって、
それは暗黒でも何でもないただ見通しだけは開けた世界でしかないのです。
人の世界の尺度で言えば数光年四方の全てが一瞬で知覚される状態。この空間の
何処からでも元の世界の凡ゆる時空間の任意の地点に戻ることも可能であるはず
でした。もっとも過去や未来に置き去りにした世界に帰るつもりは毛頭ありません
でしたが。進んでいく間の光景、その余りの単調さに時には自らが進んでいるのか
停まっているのか判らなくなる事もしばしば。そうでは無い事を確かめようと軽く
羽ばたくと、知らず知らずにまた速度が増してしまうのでした。



どのくらい進んだのか、ふと気付くと遥か彼方に本当にささやかな光が見えました。
見えたと感じた時には、ミストはそれを通り過ぎて遥か先へと進んでしまって
いましたから、それを確認する為には後戻りをしなければなりません。速度を
落とす目的も含めて、とてつもなく大きな円を描いて戻る事になってしまいました。
羽ばたきを停め自身の運動エネルギーを体内に吸収してしまうと、ほんの微かに
上がった体温が肌を染めます。やがてゆるゆると先程見かけた小さな光が近づいて
来ました。傍まで来ると、それはふわふわとした丸い物だと判りました。
朝日を浴びた生き物が目覚める様に、ミストの身体が発する光を受けてそれは
もそもそと動き出します。丸まっていた包みを解く様に拡がったのは一対の翼でした。
淡く白銀に光る翼の中から現れたそれは真っ白な服をまとった少女の姿をした
もので、今は極く極くささやかな2枚の翼を背中に畳んで膝を抱えて居るのでした。
それからやや間があり、少女は埋めていた顔を上げて身体を伸ばすとミストの方を
見詰めました。やがて少女は微笑みを浮かべ、そっと一度だけ羽ばたいて近づいて
来ます。そして両手をミストに向けて差し出すと、こう尋ねました。

「まだ、私を不愉快にお思いですか?」

ミストは穏やかな眼差しになり、その少女の手を取ると応えました。

「誰がそんな事を言った?」

ミストは少女を抱き寄せると、一対の翼でしっかりと包み込みます。
残ったもう一対の翼がすぅっと伸び、再び羽ばたこうとした時でした。
少女はミストの頬に手を触れさせ、何かを訴えるかの様に見上げています。
ミストはゆっくりと一つ瞬きをしてからこう言いました。

「想いを放つがいい。私が手伝ってやろう」

少女は自分の翼から羽根を二枚抜き取ると、それを両手でそっと包んで額に当て
何かを願いました。そしてそれを暗闇に向けてそっと放します。淡い光を纏った
二枚の羽根に、ミストがふっと息を吹きかけると羽根はゆったりと動き始め、
やがてそれぞれ別々の方角へと融けていき遂には見えなくなってしまいました。
最後までそれを見送ると、ミストは少女を抱きしめて羽ばたきます。
再びミストはどんどん速度を上げて行きます。ミストにとって、そこから先の
光景は暗黒であっても決して単調だとは感じられませんでした。
何時までも、ずっと。

(第157話・完)

# ミスト編終り。
## 年内の妄想はこれで(多分)おしまいです。
## 皆さん、どうか良いお年をお迎えください。

では、また。

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■■■■■■ 佐々木 英朗 ■■■■■■■
■■■■ hidero@po.iijnet.or.jp ■■■■
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