From: Keita Ishizaki <keitai@fa2.so-net.ne.jp>
Newsgroups: japan.anime.pretty,fj.rec.animation
Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
Date: Sun, 07 Oct 2001 10:25:35 +0900
Organization: So-net
Lines: 669
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<9oecfk$lt4@infonex.infonex.co.jp>
<9om5k4$lie$1@news01cc.so-net.ne.jp>
<9p184l$p9c@infonex.infonex.co.jp>
<9po8cv$ho1$1@news01dj.so-net.ne.jp>
石崎です。
このスレッドは、神風怪盗ジャンヌのアニメ版の設定を元にした妄想スレッド
です。そう言うのが好きな人だけに。
長くなりましたので、フォロー記事と本編を分けました。
こちらは第152話本編です。
フォロー記事は<9po8cv$ho1$1@news01dj.so-net.ne.jp>です。
今回やや低い気がするのでご注意。
では、改ページ。
★神風・愛の劇場 第152話『大芝居』
●桃栗町・水無月家
「急だったんで、散らかっていますけど」
「そんな事無いわよ。結構綺麗にしてるじゃない。委員長の部屋」
突然夜中に大和の家を訪問した都は、離れにある大和の部屋をぐるりと見回し
て言いました。
「ちょっと待ってて下さい。今、コーヒーでも。それとも、紅茶が良いですか?」
「紅茶が良いわ」
「判りました」
一旦部屋を出て、急いでキッチンでお茶の用意をして戻って来ると、都は丁度
四つん這いになった格好でベットの下を覗いている最中でした。
その行動も気になりましたが、大和は都の姿のある一点が気になりました。
「(東大寺さん、気がついているんでしょうか…)」
大和がそのまま暫く固まっていると、都は覗き込んでいた顔を大和の方に向け
ました。
「あら? 委員長、もう戻って来てたんだ」
「変な所覗かないで下さいよ。東大寺さん!」
「へへへ…」
都はばつの悪そうな笑みを浮かべて立ち上がると、ベットの隅にちょこんと座
り直しました。
「何してたんですか。全く…」
「男の子はさ、えっちな本を大抵ベットの下に隠すっていうから」
「そんなのある訳無いです」
「嘘ね。きっとどこかに隠しているに違いないわ」
都はすっと立ち上がり、今度は部屋の北側の壁一面を占有している移動書架の
方に歩いて行きました。
「あ、そっちは!」
大和は慌てて都の前に立ちはだかろうとしましたが、時既に遅し。
「ふ〜ん。成る程ね」
本棚をざっと眺めて、都は戻って来ました。
「あ、あの…」
「委員長」
「はい」
「もう少し、現実の女の子に興味持った方が良いわよ」
本棚の一角にある、ある趣味の書籍群の事を都は言っているのでした。
「興味無い訳じゃないです!」
「判ってるわよ。ムキにならなくても良いじゃない」
「ですが」
「さっきだって見てた癖に」
「見てたって何をですか」
「あたしのスカートの中」
大和は頬が熱くなるのを感じていました。
「あ〜! やっぱり見えてたんだ。委員長のえっち!」
「ご、ごめんなさ〜い」
「許さ〜ん!」
平手を振り上げる都。
大和は目を瞑り衝撃に備えましたが、何時まで立ってもそれは来ませんでした。
恐る恐る目を開けると、都は笑顔でこちらを見ていました。
「な〜んてね。ひっぱたかれると思った?」
「へ?」
「へへ…こんなミニ履いているあたしの方が悪いんだし。気にしないで」
「はぁ…」
話が一段落した所で、大和が運んで来た紅茶を飲みました。
こんな夜更けに、東大寺さんは何をしに来たのだろう。そう大和は思います。
そう言えば、そもそもこの部屋に女性を入れる事自体希な事なのでした。
「あの、それで今日は一体」
「用が無ければ友達の家に来ちゃいけないの?」
「そんな訳じゃ無いですけど、しかし…」
「そうよね。女の子がこんな夜更けに来ちゃ、色々誤解されるかもね」
「それは!」
「迷惑かけてごめん。さっきも言ったけどさ、相談があるの」
「相談?」
都はジャンパーのポケットの中から、CD−Rが入ったCDケースを取り出し
ました。
「委員長、これ借りるわよ」
そう言うと、都は返事を待たずに、大和のパソコンの前に座りました。
パソコンの電源は先程から入れたままになっていたので、都はそのままCDを
ドライブに投入しました。
「(東大寺さん、CD−Rドライブなんて持ってましたっけ?)」
後ろから画面を見る限り、CDの中にはたった一つのファイルしか入っていな
いようでした。そしてそのファイル形式を見て、大和は嫌な予感がしました。
「東大寺さん、これ…」
都は黙ってマウスをダブルクリックしました。
ファイル形式に対応したソフトが起動し、ネットワーク上でドキュメントを表
示するのに用いる標準的な画像形式ファイルが画面上に表示されました。
その画像の一番上には、『日刊 弥白新聞』と書かれていたのが見えた時、大
和は嫌な予感が当たってしまった事を知りました。
「こんなものがあるって、あたしに親切に教えてくれた人がいるの」
「そんな…」
「委員長、これがあるって知ってたでしょう」
知っているも何も、これを最初に発見したのは大和自身でした。
そして同時に少し安堵したのも事実です。
以前、弥白が自ら配っていたのを目撃し、委員長がパッキャラマオ先生と共同
で回収した紙の「弥白新聞」の方を知られれば、他にも傷つく人がいるのですか
ら。
「……はい」
「他に知っている人は?」
「名古屋君には相談しました」
「それで? まろんやツグミさん達は?」
「他は知らない筈です」
「嘘」
「しかし、他には誰にも…」
「インターネットを通して広まっているんでしょ、この噂」
それまで画面に向かっていた都は、回転椅子毎大和に向き直りました。
「それは…」
「変だとは思ったのよ。最近、妙な噂が耳に入るから」
「最近はネットワークの方では沈静化していたのですが、そんな噂が?」
「ええ」
「すいません。力不足でした」
「委員長が気にする事じゃないわよ。悪いのはみんなあいつ」
「山茶花さんは悪くありません!」
大和にしては珍しく、強く否定しました。
以前の過ちがあるにせよ、今は自分達に協力してくれている。
そんな弥白と都が、弥白がやった訳でも無いことでいがみ合うのは大和には耐
えられない事なのでした。
「でも、あれはあいつの作ってる新聞じゃない。それに…」
「山茶花さんも被害者なんです。あの新聞の形式を誰かが真似して、あんな出鱈
目な内容の新聞を。「弥白新聞」をどこで手に入れたのかは知らないですけど」
都の言葉を遮り、大和は弥白の事を庇いました。
「そんな訳ある筈が無いわ! だって…」
「あの新聞が最初に掲載されたのはどこだか知ってますか? イカロスの捜索願
いのホームページなんですよ」
「どうしてそんな所に」
「あのホームページを作ったのは、山茶花さんなんです」
稚空としたばかりの約束を敢えて大和は破りました。
彼との約束は、都達がこの事を知らないという前提でなされたものなのですか
ら。
「まさか、あの弥白が」
「イカロスの首輪を調査してくれたり、体毛を調査してくれたり、僕たちに協力
してくれていたのは山茶花さんなんです。多分、山茶花グループの研究所にでも
頼んだのだと思いますけど」
「だけど、弥白はあたし達のこと嫌ってる」
「だからです。彼女が名乗り出なかったのは。山茶花さんは本当は心優しい人で
す。困った人は見捨てられない人です」
「でもあのホームページを弥白が作ったものだとしたら、弥白が自分で作った新
聞をそこに載せたって事もあり得るじゃない」
「名古屋君が言うには、何者かが山茶花さんの作ったホームページを書き換えた
らしいです」
「誰が何のために?」
「山茶花さんに罪を押しつけたい人がいるんでしょう。それと…」
都とまろんを陥れたい人物。
それを言うのは躊躇われましたが、都はそれだけで理解した様子でした。
「あたしやまろんを貶めたい人がいるってことね。全く卑劣な真似を」
「名古屋君は今、山茶花さんに付きっきりですよね」
「そんな事もあったかしらね」
「この事件で山茶花さんにも色々とあったらしいです」
「当然の報いだわ」
「だから、山茶花さんは被害者なんですってば」
「判ったわよ。それで?」
「山茶花さん、大分傷ついたらしくて、それで名古屋君は心配して…」
「そう…」
説明を信じてくれたのかどうかは判りませんが、都は俯きました。
「東大寺さん?」
俯いたままの都に、大和は声をかけようとして気付きました。
都の肩が震えている事に。
膝の上で握りしめていた拳の上に雫が落ちた時、大和は自分の失敗を悟りまし
た。
弥白を庇おうとする余り、都の気持ちを考えていなかった事に。
「どうすれば良いのよ…」
「東大寺さん、僕…」
「じゃああたしは、誰に怒れば良いのよ!」
そう叫び顔を上げた都の瞳からは涙が止めどなく溢れていました。
「ごめんなさい、僕…」
「委員長に謝られたって仕方無いわよ」
都の肩に手を乗せようとしていた大和は、慌てて手を引っ込めようとしました。
その手がひんやりとした感触に包まれました。
気が付くと、大和の手は都の手によって包まれていました。
「ごめん、委員長。あたしの為に、色々してくれてたんだよね」
「僕だけの力じゃ無いです」
「謙遜すること無いわよ」
「東大寺さん?」
都は大和の腰に手を回し、抱きついていました。
「あ、あの…」
「前に委員長、困った事があったら相談してって言ってくれたよね。嬉しかった。
だから今日は他の誰でもない、委員長の所に来たの。委員長が何でも解決してく
れるなんて、そこまでは思わない。だけど、今のあたしの悩みを黙って聞いてく
れそうなのは、委員長だけなの」
「東大寺さん。あの、僕に何か出来る事があれば」
「委員長はもう、一杯あたしの為にしてくれたじゃない」
「ですが、東大寺さんに秘密にしなくて良いのなら、もっと出来る事があると思
うんです」
「有り難う委員長。でも違うのよ。あたしの悩みは」
「え?」
都は立ち上がると大和の手を取り、ベッドの方へと歩いて行くと、並んで座る
ように即しました。
「あの、その」
大和の横に寄り添うようにぴったりと座られ、大和はドギマギしました。
「ねぇ、あの新聞に書いてある事読んで、委員長はどう思った?」
「作り話でしょう。みんな信じていませんよ」
「あれ、大げさに書いてあるけど、本当の話なんだ。少なくともあたしの部分に
関しては」
「冗談は止して下さい」
「ううん、冗談じゃないわ」
「でも、東大寺さんが…」
「あたしと稚空がそういう関係になったのは事実よ。それと、あたしとまろんが
そういう関係なのも事実」
「そんな」
「もっとも、あたしがまろんの事を好き…ううん、委員長にははっきり言うけど、
彼女の事を愛しているけれど、そこまでの関係じゃない。ま、写真に出ている程
度にじゃれあったりはしたけれど」
都の告白は、大和の想像をあっさりと超えていて、何を言われているのかを理
解するのに時間がかかりました。
「あたし、まろんの事を愛してる。だけど、まろんには幸せになって欲しいから、
まろんと稚空が恋人同士になるなら、それでも良いと思ってた。委員長だって本
当は気付いていたんでしょ? まろんと稚空の関係に」
「だけど東大寺さんも名古屋君の事が好きだったんじゃ」
「うん。でも、稚空と付き合っている内に気付いたの。あたしが一番に好きなの
は稚空じゃなくて、稚空が一番に好きなのはあたしじゃないって事に」
都の話を聞く内に、段々と大和は落ち着きを取り戻しました。
一時は都と稚空は付き合っていたように見えたのは事実でしたから、そのよう
な関係になったとしても、今時不思議でも何でもない。
もっとも、婚約者が居る身で浮気をしている稚空の事は許せないとは思いまし
たが。
それで、別れた相手と関係した写真をばらまかれて悩んでいるのだろう。
そう考えたのですが、続く都の発言はそれを否定するものでした。
「でも、どこかで未練が残っていたのかしらね。稚空に告白して、振られた後な
のにあたしと稚空はあんな事になってしまった。しかも、その事をあの女に知ら
れてしまった」
「あの女って」
「山茶花弥白よ。あの女、稚空のストーカーだったのよ。あの女、それをネタに
あたし達を脅迫して来たの」
「そんな」
「だからあたし、委員長の話を聞いても弥白が無実だとは思えないの」
「まさかあの写真」
「撮ったのは弥白か、弥白の手の者だと思う」
弥白が最初に件の写真を掲載した「弥白新聞」を配達していたのを目撃したの
も自分自身なので、それは大和も承知している事でした。
「実は僕、その写真の事は前から知ってました」
「何ですって!?」
「偶然その写真を僕も見ちゃったんです。今日まで作り物だと信じていたんです
けどね」
「はぁ……。一人で悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えてきたわ」
「でもあの写真については、名古屋君が山茶花さんにきつく叱ってくれたらしい
です。それでこの事は済んだと信じていたのですが」
「じゃああの新聞はなによ」
「だからあれは本当に山茶花さんが作ったんじゃ無いんですってば!」
「要するに、誰かが弥白が撮った写真を入手して、それで新聞をでっち上げて弥
白に罪をなすりつけようとした。そう言いたいんでしょ」
大和の言おうとした事を先回りするように、都は言いました。
「はい」
「やっぱり弥白の自業自得じゃない」
「ですが!」
「判ってる。弥白も被害者なのよね。弥白の事は恨みに思ってる。だけど本当は
悪いのはあたし自身。あたしがまろんを裏切らなければ、こんな事には最初から
ならなかった訳だし」
「そんなに自分の事を責めなくとも…」
「話を戻すけど、弥白はその写真をまろんにも見せたのよ」
「それじゃあ」
「まろんと稚空はそれで仲違いする事になった。あたしのせいで」
「でもこの前も二人は」
「稚空もまろんも、あたしの事を気にして、あたし達の前では以前通り振る舞っ
ているのよ」
「何だか、本当に悪いのは名古屋君のような気がしてきました。東大寺さんと日
下部さんと山茶花さんの心を結果として弄んでいる訳ですし」
「稚空は悪くないわ! だって、稚空の事を誘ったのはあたしの方だもの! 稚
空は優しいから、あたしの事を拒めなかった。ただ、それだけよ」
前から感じていた感想を大和は口にすると、都は猛烈に反論しました。
「どうして…」
「判らない…どうしてこんな事になったのか、あたしにも判らないのよ」
そう言うと、都は大和の胸に顔を埋めて嗚咽しました。
「東大寺さん、あの」
何か言葉をかけて慰めよう。
そうは思ったものの、恋愛には全く疎い大和でしたから、こういう時にどう言
うべきか、全く思いつきませんでした。
思いつかなかったので、言葉の代わりに都を抱きしめました。
大和は心の中でまろんに謝ろうとして気付きました。
最初から、自分はまろんに友達以上とは思われていなかったのだと。
稚空はもちろん、都よりも、もちろんツグミの足下にも及ばない位置。
それがまろんに取っての自分の位置なのだと。
まろんが好きになった当初からそんな事は判っていました。でも、認めたくあ
りませんでした。
まろんと自分以外の誰かが親しくしているのを見ても、稚空には他に婚約者が
いるから、都やツグミは女友達だからと、自分で自分を励ましていたのです。
しかし、都の告白はそれらを全て打ち壊すものでした。
もう、僕には何もない。
「ねえ、委員長。あたしはこんな女なの。親友を裏切って傷つけた癖に、委員長
にこうして甘えてる。酷い女よね」
「東大寺さん…」
「ごめんね委員長。嫌な話して。こんな事まで話すつもりは無かったけど、止め
られなかったの」
都は自分を抱きしめていた大和の手を手でどかすと立ち上がりました。
「あたし、帰るね」
「待って下さい!」
それは、自分でも全く予想できない行動でした。
帰ろうと背を向けた都の手を思わずしっかりと掴んでいました。
「委員長?」
「ずるいですよ東大寺さん。一人で僕に吐き出すだけ吐き出して、それが終わっ
たら僕を置いて行っちゃうなんて。それじゃあ残された僕は何をしたら良いか判
らないじゃ無いですか」
自分に何も無いなんて、そんな事は無かった。
目の前に、自分を必要としてくれる人がいるじゃないか。
大和は立ち上がると、都を背中から抱きしめました。
自分からどうしてこんな大胆な事が出来たのだろう。
後に大和はこの時の事を思い出し、苦笑する事になるのですが、この時は本当
に無我夢中だったのです。
もし今都をこのまま行かせたら、もう二度と都に会うことが出来ない。
そんな気がしたのでした。
「僕は、そんなに頼りないですか?」
暫く、都は身動き一つしませんでした。
何か考え込んでいる。そんな様子でした。
「あの…」
「そんなこと、無いよ」
「え?」
「頼りないなんて、思ってないよ」
腕の中から抜け出した都がこちらを向いた。
そう思った時には既に奪われていました。
心の準備が全く出来ていませんでした。
ただただ、目を見開いて受け入れていたのです。
首に、都の手が回されたのを感じました。
それに気付くと、改めて都の背中に手を回しました。
長かったのか短かったのか。
気がつくと都は大和から離れていて、上目遣いに大和を見ていました。
「あ、あの」
「今日のお礼、してなかったから」
「お礼なんて別に」
「一つお願いしても良いかな」
「何でしょう」
「今晩の出来事。誰にも話さないでね」
「もちろんです」
「あたしにもこの事は話さないで」
「どうしてですか?」
「あたしも思い出したくないことだから」
「判りました」
「有り難う、委員長」
「あ…」
そう言うと、都は大和に再び抱きついて来ました。
今度は強く。
都の力は大和が想像していたよりも強く、二人はそのまま後ろにあったベット
に倒れ込む形となりました。
「あ、あの、ごめんなさい!」
慌てて起き上がろうとしましたが、都は大和の上に覆い被さったまま、動こう
とはしませんでした。
それどころか、むしろ今まで以上に自分の身体を大和に密着させて来ました。
大和の理性が弾け飛びそうな程に。
「言ったよね委員長。今夜の出来事は二人の秘密」
身体を起こした都は、大和の手を取りました。
その手の先に柔らかな物が当たりました。
「あ、あの…」
「もしも委員長が嫌でなかったら」
「こんなの東大寺さんらしくないです」
「あたしを軽蔑する?」
「いいえ。だけど、その」
「だけど?」
「心の準備が。…あ、僕、何を言ってるんだろ。その、僕たちはまだ…」
慌てふためく大和を見て、都はクスクスと笑いました。
その様子を見て、少し大和はむっとしました。
「何がおかしいんですか」
「委員長らしいなって。でもね委員長、女に恥かかせるもんじゃないわよ」
「だけど」
「あたしのお願いが聞けないっての!?」
今度は都の方がふくれました。
「そんな訳では」
「じゃああたしのお願いを聞いてくれるわよね、委員長。忘れさせて。嫌なこと
を何もかも」
大和が小さく肯くと、見下ろす都は彼に微笑みを向けました。
そんな都を見て、大和は思います。
こんな時でも、東大寺さんは東大寺さんだなと。
●…
「ねぇ、日下部さん」
布団の中で俯せになって横たわっていたツグミは、少し身体を起こすとまろん
に声をかけました。
「何?」
「もう終わりにしましょう。こんな関係」
暗闇の中に浮かぶツグミの姿を何時もの癖でまろんは眺めていたのですが、ツ
グミの発言を聞いて慌てました。
「どういう事?」
「言ったとおりよ。元々こんな関係、いつまでも続けられないって思ってたし」
「でも私達、あんなに愛し合っていたじゃない!」
「どんなに愛し合っても、別れの日は必ず来るわ」
「そんな」
「日下部さんの愛しているのって、本当に私なのかな?」
「そんなの決まってるじゃない」
「私の身体じゃなくて?」
「違うわ!」
ツグミはそれには答えず、ベットから降りました。
暗闇の中、ツグミの白い身体と金色の髪が海に面した窓から入る月明かりに照
らされて浮かび上がりました。
「どこに行くの?」
「旅に出るの」
「旅ってどこへ?」
「判らない」
「私も行く!」
「日下部さんは駄目」
「どうして?」
「日下部さんには大事な使命があるんでしょ」
「ツグミさんの為なら使命なんて」
「とにかく駄目。暫く日下部さんから離れて自分を見つめ直したいの」
「待って!」
慌てて身体にシーツを巻いて追いかけようとして、そのまま床に転びました。
顔を上げると、寝室のドアからツグミが出て行こうとする所。
開けたドアの向こうには、まろんも良く知っている人物が立っていました。
「行こう。全君」
「はぁい」
「ツグミさん!」
「さよなら、まろん」
そう言うと、ツグミはまろんを残して部屋の扉を閉めるのでした。
●オルレアン・まろんの部屋
「ツグミさん!」
気がつくと、まろんはベットから飛び起きていました。
背中に、びっしょりと汗をかいていました。
「酷い夢…」
喉の渇きを感じたまろんはベットから降りました。
自分の部屋を出て、キッチンへと向かいました。
浄水器を通した水をコップの中に満たし、一気に飲み干しました。
それだけでは足りず、もう一杯飲み干して、漸く一息つきました。
昨日、ツグミの家に残された貼り紙。
ツグミに何かがあったのかもしれないという思いと、本当にツグミの心が自分
から離れてしまったという怯え。
先程見た夢は、後者が自分に見せたのだろう。そう思います。
「そうよ。あれは夢。夢なんだったら…」
きっと又、悪魔か何かの悪巧みに違いない。
そう考えることにしたのですが。
「はぁ…」
ため息をつき、知らず知らず俯いていた顔を上げました。
何気なく、窓の外を眺めました。
普通のマンションとは色々構造が異なるオルレアンでは、キッチンの窓も外壁
に面しているのでした。
最初に目に入ったのは、星空。
続いて、街灯に照らされたマンションへと続く路地を眺めました。
元々人も車もあまり通らない道。
こんな真夜中に人が通る事は滅多にありませんでした。
それ故に、人影が通りに見えた時は軽く驚きました。
「こんな時間に?」
その人影の正体に気付いた時、驚きは更に大きくなりました。
「都? それに…」
都と委員長がこちらに歩いて来る姿が目に入りました。
都はジャンヌ、委員長はシンドバットを捕まえる。
その目的で共闘する事がしばしばある二人ですから、一緒に歩いて来る事自体
は特段驚くべき事ではありませんでした。
それがこんな時間で無ければ。
しかし、驚きはそれだけでは無かったのです。
「な…!?」
まろんが見ている前で、二人は立ち止まりました。
先に歩く格好になっていた都が、委員長の方に向き直りました。
都は委員長に歩み寄り、首に手を回しました。
そして。
「知らなかった…」
迂闊でした。
まさかあの二人がなんて。
でもそれで判ったのです。
都が自分に対してある一線を絶対に越えようとしない理由が。
「良かったね。都」
そう呟くと、まろんは自分の寝室へと戻って行くのでした。
●オルレアン・東大寺家
すべき事を済ませた後には、フィンはすぐにここを離れるつもりでした。
ノインが魔界よりもたらした薬の効能により、純粋な人間である家人は眠って
いるとはいえ、部屋の向かいには神の力を持った人間が二人も住んでいるのです。
結界を張っているとはいえ、長居はすべきではありませんでした。
そうと知りながら、フィンは夜明けまでここを離れようとはしませんでした。
離れる事が出来ませんでした。
都が、どうしてもフィンを離そうとしなかったからです。
都が眠ってしまっても、暫くフィンはそのままにしてやりました。
最後には、都がまろんのことしか求めていなかったのだとしても。
空が白み始めて来た頃に、漸くフィンは都から離れました。
乱れた髪を手で直し術で服を整え、外へと歩き出します。
外に出る前、フィンは振り返り、未だ眠りの中にある都に言いました。
「大丈夫。全て終わったら、忘れさせて上げるから。だから後少しだけ…ごめん
ね」
そう言い残し、フィンはベランダから飛び立ちました。
「居なくなった人の事を想い続けて生きていくのは、辛いものね」
ノインは身をもってそれを知っているから、同じ様な事を自分に頼んだのだろ
う。そう思いながら。
●桃栗町内某所
桃栗町内を貫く運河の一つ。
そこにかかるとある橋の欄干に都は腰を下ろし、水面に向かって足をブラブラ
とさせていました。
都はそこで人を待っているのでした。
やがて、橋に通じる道を人影が近づいてくるのに気がつきました。
もっとも、彼女がそこに来ることはとっくの昔から都は判っていたのですが。
彼女がそばまで来ると、都は何事か彼女に話しかけました。
しかし、彼女の反応はありませんでした。
どうして反応が無いのか、都には判っていました。
彼女は、目的を達することが出来なかったのでしょう。
「私が何を浮かれているのか知りたいか」
普段の都とは違う口調で、都は彼女に尋ねました。
彼女は、都から視線を逸らしました。
それを都は、特に知りたくもないという答と取りました。
「そうか」
都はそう言うと欄干から運河に飛び降り水面に姿を消し、彼女──アキコ──
の側に姿を現しました。
その姿は都のそれでは無く、別の姿を身に纏っていました。
「帰るのか?」
今まで都だった者──ミスト──は、アキコに語りかけました。
アキコは、自分達の住処とは別の方向を指さしました。
ミストは、手を腰の後ろに組んで踊るような足取りで歩き出しました。
彼女もまた、自分の後について歩いて来る様子でした。
その時のミストは、身を纏う以外の『術』を使わずに目的を果たした充足感で
満ちていました。
もっとも、最後の最後に作戦の都合で、対象とは別の人物に対して夢を操る術
を使ってはいたのですが、これは仕方の無い事なので気にはしていませんでした。
それに加え、一つだけ気がかりがありました。
「記憶を同調させる事が出来れば、もっと完璧なのだけど」
それを回避する方法についても、考えてありました。
最も、それを実行するのはミストのプライドが許しませんでしたが。
「ま、良いか。クイーンが上手くやってくれれば、誤差の範囲だわ」
細かい事を気にしない事にしたミストは、そのままアキコと夜の散歩を続ける
のでした。
(第152話 完)
2月18日の明け方まで。長い長い夜がやっと明けました(笑)。
期せずして、「弥白新聞」の設定を整理する話になったような。
#電波の意味は、こういう訳です(謎)。
では、また。
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Keita Ishizaki mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp
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