069 ダムに沈まぬ村

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京都 日本


ダム建設に伴いダム湖に沈む村の話をを耳にするが、沈まぬ村もある。場所は京都市、金閣寺から歩いて行ける場所だ。昭和28年に建設された紙屋川砂防ダムの中。ここに60年ほど前から在日コリアンが住み着いている。もともと彼等は0.5kmほど南の楽只地区に住んでいた。楽只地区には崇仁地区と並ぶ大規模な被差別部落があった。戦後、差別解消を狙い救済団地が建てられたのだが、在日コリアンはその対象外。行き場を失い、この河川敷に住み着いた。もちろん不法占拠。見える建物は法律的には住居ではなく構造物でしかないらしい。人権上の配慮か、自治体は見て見ぬふり。60年以上にわたり強制退去措置は行われてない。



河川敷なので当然、水害のリスクがある。2012年の豪雨では全戸水没したらしい。それでも住み続けている。建物は古いがバラックではない。昭和の御代は規制が緩く、建築確認があろうが無かろうが、建ててくれる業者がいたのだろう。家庭菜園もあり、水害さえなければ大都市京都のウサギ小屋族の家に比べれば自然豊かな環境ではないか。


一般道から下る階段も完備。河川部分には仮設の橋も架けられてる。代替わりで出ていく人が多く、往時に比べると構造物はずいぶんと減ったらしいが、現在も高齢者を中心にけっこうな数の人が住んでいるという。



電気も水道もガスも通っている。つまりすべて黙認されているということ。昭和の京都は蜷川虎三氏の革新府政が7期28年も続いた。昭和53(1978)年にそれは途切れるが、変わった保守府政で副知事を務めたのが、みんな大好き野中広務さん。



ここから200m上流のやはり一般道の河川敷側には廃墟となった大きな建物がある。定かではないが、これは在日朝鮮人学校の跡地らしい。そしてその裏には一泊10万〜20万円のヒルトン系高級リゾートホテルがある。正に京都の縮図だ。



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