自ら招いた災い

 昔、バーラーナシーの都に、とても醜い司祭がいて、王に仕えていた。
 彼の歯は一本残らず抜けてしまい、口の中にはただ赤黒い歯茎ばかりが大きく出っ張っていた。
 そのうえ膚はがさがさとしてつやもなく、まるで渋紙のように真っ黄色な色をしていた。
 この司祭の妻は、こともあろうに、夫の目を盗んでは浮気ばかりしていた。が、なんと浮気の相手の男も、夫とそっくりな黄色いつやのない膚をした、歯の抜けた男だった。
 司祭は、そんな妻や相手の男のことを思うと悔しくてならなかった。いつか必ず、手ひどい仕返しをしてやろうと、あれこれと考えていた。
 そんなある日、司祭は名案を思いついた。
──これはいいぞ。これであの憎い男を痛い目に遭わすことができる。それもわたしの手を煩わすこともなく……。
 司祭は、あの歯のない口を開けて笑った。それからいそいそと王の前に進み出て、至極もっともな様子で話しだした。
 「王さま、このバーラーナシーの都は世界一りっぱな都でございます。そのうえ王さまは、世界でいちばん偉いお方でございます。ところがどうもお城の南門だけはそれにふさわしくなく縁起もよくないようなのです。王さま、この際どうか、この都にふさわしい門に建て直してみたらいかがでしょうか」
 王は司祭の言葉を聞いてうなずいた。
 「そうであったか。南門の建て方のどこがいけなかったのだろう。それに、新しく建てるにはどんな方法で建てるのか」
 司祭はここぞとばかり王のそばににじり寄って、歯のない口をいっそう大きく開けた。
 「王さま、それはでございます。まずすべて縁起のよい材料を集めるのです。それから都や国を守ってくれる鬼神をおろそかにしてはなりません。彼らに恭しく供え物をするのです。さらに星占いで吉日を選びまして、門を建て直すのがよろしいかと存じます」
 「そうか。それではお前のよいように取り計らって、都やわたしにふさわしい、良い門を建ててくれ」
 王の許しをもらった司祭は、早速新南門の建設に取りかかった。まず今までの門を取り壊した。そして必要なものをすべて用意した。そしてまた至極まじめな顔つきをして王の前に進んだ。
 「王さま、新しい南門を建てる準備はすっかりできました。それに星占いによりますと、吉日の明日を外しますと、またの吉日まで何年もの日数がかかります。急なことですが、先日申し上げましたように、早速鬼神にささげ物を用意いたしましょう」
 王はうなずきながら尋ねた。
 「司祭よ、鬼神に供える物はなにがよいのかな」
 司祭の黄色の膚はいっそう黄色く上気した。そしてせき込むように言い出した。
 「王さま、さればでございます。この都の最も大切な南門は、最も威力のある鬼神にしっかり守ってもらう必要があります。それには、膚の黄色い、口の中に歯の一本のない男を生けにえにするのでございます」
 「そうか、それではそのように取り計らえ」
 王の許しを得た司祭は、これでいよいよあの憎い男を殺してしまうことができるぞと、うれしくなった。
 家へ帰ると、なにも知らない妻がいつもと同じ様子でいるのが、いい気味でならなかった。
──あんなにわたしが幾度も、あの男と会ってはいけないと言っていたのに、こっそり毎日のように会っていたのだ。もう明日からは会いたくたって会えるはずもない……。
 そう思うと、もう黙っていることができなくなった。
 「おい、浮気者のあばずれさん、きれいにおめかししてこれからどなたとお楽しみですかな。どうやらそれも今夜限り、明日になればお前さんのいい人は、冷たい南門の土の下だよ」
 司祭は生けにえのことを得意げにしゃべってしまったのだ。
 「まあ、それではなんの罪もないあの人が生けにえにされるのですか。そんなむちゃな」
 妻が血相を変えて驚くので、司祭はますますいい気になってしゃべった。
 「そうさ、王さまのご命令だよ。口の中に歯が一本もない、歯茎だけ出っ張った膚の黄色い男の、その血と肉を鬼神に供えて、新しい南門を造れとな。どうだい、お前さんのなんとかさんにぴったりじゃないかね」
 司祭の妻はそれを聞くと、早速相手の男に知らせにいった。
 「大変です。明日、歯茎だけで歯のない、膚の黄色い男は、都の新しい南門の生けにえにされるそうですよ。どうぞ今すぐ、あなたと似ている男たちと、みんないっしょにどこか遠くへ逃げてくださいな。今夜のうちにですよ」
 司祭の妻の忠告で、その男は都中の自分の姿に似た男たちともども、急いで都から姿を消してしまった。生けにえにふさわしい姿の男は、都の中でただ一人、司祭だけになってしまったのだ。
 そんなこととはつゆ知らず、翌朝彼は晴れ晴れとした顔つきで王の前に進み寄った。
 「王さま、本日は南門を造り変えるのに願ってもない吉日中の吉日でございます。どうぞ一刻も早く、先日来お話ししておいたささげ物をそろえてください」
 王の家来たちは町中くまなく探したのだが、歯茎の出た膚の黄色い男を一人として見つけることができなかった。
 「王さま、たいへん申し上げにくいことでございますが、どうも生けにえにふさわしい男は、司祭さま以外どこにも見当たらないのでございます」
 王は、まさか司祭を殺すわけにもいかないと思ったが、家来たちは重ねて言った。
 「王さま、この都のために、王さまのために、今日のような何年に一回かの大吉日を逃すことはなりません。星占いに出たように鬼神にささげ物をして、りっぱな非の打ち所ない南門を造りましょう。新しい司祭には、あの司祭さまの弟子のタッカーリヤを立て、儀式を滞りなく行ってもらいましょう」
 王も、城の南門を壊したまま、次の吉日を待って何年も過ごすことは不安なことだと思った。そこで家来たちの申し立てどおり、司祭を生けにえにすることにした。
 そのためタッカーリヤが新司祭に命ぜられた。タッカーリヤは師の司祭を捕らえると、大勢の人を従えて、祭りの行われる南門へ現れた。そして大きな深い穴を掘らせると、その周囲にぐるりと幕を巡らし、師の司祭と二人で中に入っていった。
 生けにえにされることになった司祭は、ぶるぶると震えながら、今さらあれは全くでたらめで、浮気な妻に対する恨みからの作り話で、根も葉もないことだなどと言い出すわけにもいかず、もうどうにもならないことを知ってうたを唱えた。

  ほんとにわたしは 愚かな者
  余計なことを しゃべってしまい
  カエルがヘビを 呼ぶように
  我と我が身を 滅ぼすよ
  なんとわたしは 自分のために
  大きな墓を 掘っている

 新司祭タッカーリヤは、静かに唱え返した。

  口を慎む 大切さ
  知らぬ男の 悲しさよ
  自分で自分の 墓穴を掘って
  破滅と悲嘆に 陥った

 そして言葉を続けた。
 「師よ、こんな愚かな恥ずかしい話はあなたばかりじゃありませんよ。ついつい言葉を慎まず、浅はかな知恵のために思いがけない苦しみを受けた者は、たくさんいるのですよ」
 そして話しだした。

 昔、バーラーナシーの都に、たいへん美しいカーリーと呼ぶ遊女がいた。カーリーは美しいうえにもてなし上手であった。彼女のそばにいるだけで、時がたつのも忘れるくらい楽しい思いがするので、毎日たくさんの客が来ていた。一日中入れ替わり立ち替わり客が来て、彼女のもうけは千金もあるといわれていた。
 カーリーの兄のトゥンディラは、生まれついての怠け者で、おまけに飲んだくれでばくち好きであった。そのうえ女たらしで、妹のカーリーから金をせびってはまたたく間に使い果たし、また性懲りもなく妹にねだるというような、情けない男であった。カーリーがいくら注意しても、妹の注意などどこ吹く風といった様子で、相変わらず遊ぶ金ばかりせびりにやって来るのだった。
 その日もばくちに負けて身ぐるみすっかりはぎ取られ、破れた薄汚い下着だけというみっともない姿で、カーリーの所へやって来ていた。
 カーリーは常日ごろ、もうこんな兄に愛想を尽かし、彼が来ても絶対に中に入れてはいけないと召し使いたちに言っておいた。その日も彼は戸口の前で下着一つの姿のままうずくまっていた。
 ちょうどその時、大金持ちの息子で毎日カーリーの所へ通ってくる男が彼を見つけた。
 「お前はいったいどうしたっていうんだい」
 トゥンディラはここぞとばかり、哀れな声を出して答えた。
 「だんなさま、ここはわたしの妹の家なのでございますよ。わたしはついかけ事に負けて一文なしになり、やっとのことで妹の所へ参りましたのに、何度戸をたたいても開けてくれず、おまけに召し使いたちまでわたしをばかにして、首筋をつかんで外へほうり出そうとするのです。この世の中でたった二人の兄妹なのにと思うと情けなくて悲しくて、こうして泣いておりました」
 客の男は彼の言葉にすっかり同情してしまった。そこでカーリーに向かって言った。
 「いったいどうしたことなのだ。あなたのように美しい人が、こともあろうにたった一人のお兄さんを外へほうり出すなんて。あなたのお兄さんは、破れた下着一つの哀れな姿で、入り口に立って泣いてるよ。せめて着物一枚くらいあげたらいいのに」
 兄のこんな様子は、もう何十回となく繰り返されていることなので、カーリーはうんざりしていた。彼女は客の男にもつんつんした調子で答えた。
 「わたしはもう、絶対あんな兄さんに着物もお金もやりませんよ。いつでも裸でいればいいのですよ。あなたがそんなに気になさるんなら、どうぞあなたの着物を恵んでやったらいかがですか」
 カーリーの家のしきたりは、客の支払う金の半分が彼女のもので、残り半分が着物とか香水、花飾りなどの代金に充てていた。そして、この家の来たお客にはゆっくりとくつろいでもらうため、部屋に入ると、着物を着替えて一夜を明かし、翌朝帰るときに自分の着物を着るという仕組みになっていた。
 カーリーの兄の本性に気づかない大金持ちの息子に、カーリーの家の着物に着替えると、その脱いだ着物を、裸のトゥンディラにやってしまった。
 さて翌朝、彼は帰る時になるとはたと困ってしまった。召し使いたちは、冷酷に彼の着ているカーリーの家の着物を脱がせてしまった。昨日自分の着物を全部やってしまった男は、着替えることもできず裸のままカーリーの家を出た。
 町の中を裸姿でとぼとぼと歩いている商人の息子の姿に、町の人たちは指さしたり笑ったりしてさげすんだ。おかげで彼はさんざん恥をかいてしまった。
 「ああ、ばかばかしいことだ。なんのわけも知らずに、わたしはついカーリーの兄さんに同情してしまい、余計なおせっかいをしたばかりに、こんなみっともない恥ずかしい姿を、町の人に笑われた。今後二度と出過ぎた口はきくまい」
 そう言って恥ずかしそうにうたった。

  どうしたんだと うっかり聞いて
  ついにわたしが 丸裸
  兄の本性 知りもせず
  余計なおしゃべり したのが最後
  だまって見過ごしゃ こんな恥
  かかずにすんだ ものなのに

 「師よ、この大金持ちの息子のように、兄の本性を考える知恵も働かせず、余計なおしゃべりをして言葉を慎まず、自分で自分を辱める人はよくいるものです」
 タッカーリヤは前司祭にこう言うと、またこんな話もあると、続けた。

 バーラーナシーのある牧場で、羊飼いのちょっとした油断で、二頭の雄の羊がけんかを始めた。
 ちょうどその時、その辺りを飛んでいたクリンガという鳥がいた。彼は二頭の羊の荒々しい様子にびっくりしてしまい、もしかしたら二頭とも死んでしまうのではないかと思った。
 「ねえ、危ないから、二人ともけんかはやめなさいよ」
 クリンガは大きな声で精いっぱい叫んだ。けれども争うことに夢中になっている羊に、鳥の声など聞こえるわけがなかった。
 クリンガは二頭の羊の頭の上や背中などに止まってくちばしでつついてみたが、けんかはいっそうひどくなって、激しく角を突き合わせていた。
 小さなクリンガは、止めることに夢中になってしまった。
 「あなたたち、けんかをやめなさい。どうしてもまだやりたいのだったら、このわたしを殺して、それから続ければいいでしょう」
 そう叫ぶと、二頭の羊が突き合っている角と角の間に割り込んでいった。と一瞬の間に、バシーンときねで突き裂かれるような激しい痛みを受けて、そのまま木の葉のように地面に落ちて死んでしまった。

  戦う二頭の 羊の中に
  小さなクリンガ 入っていった
  けんかやめてと 入っていった
  闘う二頭の 羊の角に
  たちまちクリンガ 突かれて死んだ
  小さなクリンガ 突かれて死んだ
  わけも知らずに 小さな鳥が
  羊のけんかに 口出して
  挙げ句の果てに 突かれて死んだ

 「師よ、話はまだあるのです」
 タッカーリヤは前の司祭に話し続けた。

 バーラーナシーに住む人たちが、ある日牛飼いが丹精して育てているターラの木にたくさんの実がなっているのを見つけた。そこで一人の男が、身軽にするすると木に登り、実を落とし始めた。
 とその時、アリ塚から顔を出したヘビが、その男の後を追ってターラの木に登り始めた。
 「あっ、ヘビだ、危ない」
 実を落とすのを見上げていた人たちは慌てて、棒や枝を持ってヘビをたたき落とそうとしたがうまくいかず、ヘビは男の足元近くにはっていった。そこで木の上の男に大声で知らせた。
 「おい、気をつけろ。ヘビがお前の足元にいるぞ」
 「キャッ」
 木の上の男は、足を枝から踏み外しそうになった。下で見ていた人たちは、丈夫な一枚の上着を広げて呼びかけた。
 「おうい、ここに落ちるんだ」
 ターラの高い枝の上から、男は下でみんなが広げている上着の上に、ドシーンと落ちてきた。ところがその拍子に、上着の端を持って広げていた四人の男たちが、思いきりはち合わせをしてしまい、お互いに頭を打って死んでしまった。

  一人の男の 危険を救う
  布を広げた 四人の男
  けれど激しい 力を受けて
  みんなそろって 息絶えた
  弾みの怖さを 知らずにやった
  五人の男の はち合わせ
  みんなそろって 息絶えた

 「師よ、知恵なくして死んだ人たちはたくさんいるのです」
 タッカーリヤはこう言って話を続けた。
 バーラーナシーに住んでいた羊どろぼうたちは、ある晩一頭の雌の羊を盗んできた。彼らはこの羊を森の中で食べようと思った。そこで羊に鳴かれては困るので、口をきつく縛って声が出ないようにした。そして竹やぶの中に隠して帰った。
 さてその翌日、羊を食べようとやぶにやって来たが、うっかりして羊を料理する包丁をだれも持ってこなかった。
 「さあ、羊を料理しよう」
 と言ったものの、包丁が一本もないので料理のしようがなかった。
 「やれやれ、肝心の包丁がなければ、こんな羊捕まえておいてもしょうがないや」
 「そうだ、逃がしてやろう」
 などと言いながら、羊を逃がしてやった。
 たまたま一人の竹かご作りの職人が、やぶの中に竹を切りにきた。かごを編むのにいるだけの数本の竹を切り取ると、竹を切った小刀を、そのまま竹の葉の上に置き忘れて帰っていった。
 逃がされた羊は、思いがけなく命拾いをしたので、うれしくてメエメエと喜び浮かれて、踊るように走ったり飛んだりしてはしゃいでいた。その弾みで竹の葉の上に載っていた小刀が、ガタンと音を立てて地面に落ちてきた。
 羊どろぼうたちはその物音に気がついて行ってみると、おあつらえ向きに、よく光った小刀が落ちていた。
 「しめしめ、天の助けだ」
 「よく研いである小刀だなあ」
 羊どろぼうたちは、まだ浮かれている羊を捕まえてくると、早速料理を始めた。
 さっきまで喜んでいた羊は、たちまち焼き肉となって、おいしそうなにおいを立てて羊どろぼうの腹の中に消えてしまった。

  命を拾った 雌羊が
  喜び浮かれた その拍子
  ひょんなことから 小刀が
  地面の上に 落ちてきた
  それで雌羊 運の尽き
  殺され 焼かれて 食べられた

 「師よ、自分を制しないで、慎みがなかったために命を落とした者はたくさんいるのです」
 タッカーリヤはそう言って、また話を続けた。
 バーラーナシーのある猟師の息子が、ヒマラヤに出かけた。そこで二人のキンナラと呼ばれる妖精を捕まえた。
 「これは珍しい。早速王さまにさし上げよう」
 猟師の息子は山から帰ると、城へ出かけて王にキンナラを献上した。
 王はキンナラのうわさは聞いて知っていたが、見るのは初めてだった。
 「このキンナラという妖精はどういうものなのだ」
 「はい王さま、この二人はそれは美しい、まるで金の鈴でも鳴るような、優しい声で歌います。また、風に揺れる花びらのように美しく踊るのでございます。それを聞いたり見たりしてますと、なにか心がしみじみとすると聞いております」
 これを聞いて、王は一刻も早く、キンナラの歌や踊りが見たくてたまらなかった。そこで二人に向かって命じた。
 「おい、キンナラ、早く歌え」
 「これ、踊れ、美しく踊って見せてくれ」
 王の声を聞きながらキンナラは思っていた。
──わたしたちの歌とか踊りがだれよりも美しいとか、心にしみるといわれたのは、たぶんわたしたちはいつも、人に命じられてではなく、わたしたちの気持ちのまま、歌いたいときに歌い、踊りたいときに踊っているからだ。だから今、王さまの命令で、歌いたい気持ちでもないのに歌い、踊りたくもない心で踊ったとしても、王さまを喜ばすような声も出ないし、踊りもできない。こんなときは黙って静かにしていよう……。
 王は歌もうたわず、踊りも始めないキンナラに、じれてますます声を荒らげた。
 「やいキンナラ、早く歌え、早く踊れ」
 しかし二人とも、じっと座ったまま歌もうたわず、踊りだす気配もなかった。
 王はとうとう大きな声でどなりだした。
 「なんだお前たち、ヒマラヤに住むキンナラと、うわさの中では珍しがられほめられているが、こうして見ればちっぽけなみすぼらしいものじゃないか。せっかく猟師が届けてくれたが、鳴かず飛ばずのお前たちをいつまで置いてもつまらない。一人は夕食のおかずにして、もう一人は明日の朝食にしてしまうぞ」
 王の言葉に、キンナラの妻がついに答えた。

  たとえ千曲 歌っても
  心こもらぬ その歌は
  一つの美歌には かないません
  一つの美歌を 歌うため
  今キンナラは 歌いません
  心のこもらぬ その歌を
  今キンナラは 歌いません

 王は、銀の鈴を振るようなか細い声で歌う、キンナラの妻の声を聞きながら、なるほどもっともなことだと思った。か細い声ながら、キンナラの妻の歌は王の心にしみていた。
 「お前の話はよく分かった。なるほど、本当に歌いたい歌こそ、美しい歌なのだろうな。お前はヒマラヤに帰してやる。けれどもう一人のキンナラは明日食べてしまうぞ」
 その時、はっとするような美しい声が響いてきた。夫のキンナラが歌い始めたのだ。

  雨と家畜 家畜と人間
  切っても切れない 間柄
  お分かりでしょう 大王よ
  たとえ一人で 助かって
  山へ帰った その時に
  わたしが死んで あの妻は
  なんで生きてる かいがある
  お分かりでしょうか 大王よ

 キンナラは続けて王に話した。
 「王さま、わたしは決して王さまの命令に背いたわけではないのです。あの時は歌う時でも、踊る時でもなかったのです」

  そしりを避ける 難しさ
  ほめていただく 難しさ
  これは見事だ キンナラと
  王に満足 いただける
  歌と踊りの そのために
  わたしは 耐えていたのです
  心と心が 通じ合い
  一つになった その時に
  わたしの歌は 響きます
  王に満足 いただける
  わたしの歌が 響きます

 王はこの言葉を聞いて、なんと賢い考えをしているのだろうと思った。

  誠を通す そのために
  沈黙守った キンナラよ
  今や二人で もろともに
  故郷に帰る その時だ
  貴重なお前の 言葉こそ
  人の心を 目覚めさす

 金色のまぶしく光るかごに入れられ、猟師に送られ、キンナラの夫婦は王に別れを告げて、雪が白く輝くヒマラヤの森へと帰っていった。
 この五つの話を物語った後、タッカーリヤは師の司祭に話すのだった。
 「二人のか弱い妖精でさえ、よく考え、言葉をよく慎んで思慮深く語ったので、王の心を打ったのですよ。あなたは自分の心を制せず、そして不必要な言葉を吐いて、このたいへんな苦しみや恐れを受ける羽目になったのです。でもご心配なさらずに、わたしが助けます」
 タッカーリヤは涼やかなまなざしで司祭を見つめ、にっこりと笑った。黄色い膚をますます黄色くして、ぶるぶると震えていた司祭は、すがるようにタッカーリヤを見た。
 「王さまには、よく星を占ってみたら、まだ星の巡りが適当でないと申し上げますよ」
 そう言って、真夜中のうちに死んだ雌羊を一頭持ってきて、だれにも知られぬようにそれを生けにえとして血と肉を供え、司祭をそっと逃がしてやった。その後南門は見事に造り変えられた。

(ジャータカ481)