ألفية ابن مالك
イブン・マーリクの文法詩
ラジャズ調の韻律とは
アルフィーヤの原題はいろいろと名前が付いています。今のところ底本にしているのは、الألفية في النحو و الصرف という題名の版ですが、Webcatで調べただけでも数種類の異なる題名が付いている版があります。 نحو 、そして صرف とは何でしょうか。単純に、現代アラビア語小辞典という辞書を引いてみると、 نحو は「文法、統辞論」で صرف は「語形変化」です。ですが、それだけでしょうか? صرف
はちょうどアルフィーヤの中にも韻を踏んだ詩の単語の形をとって登場します。 Jonathan Owens の The Foundations of Grammar によれば、 نحو は大きなまとまりである文の意味が定まる単語同士の並べ方についての規則、すなわち構文法を表し、 صرف はそれによって派生動詞や人称など、単語としての意味づけとなる格変化が決まってくる法則、つまり形態論を表すという分け方があるそうです。古典アラビア語の内部で固有に発達してきた言語学では、いわゆる英語の文法と
は異なる定義や言い表し方が多くあり、日本語で記された文法書には出てこない用語もあります。アルフィーヤの中に出てくるそれらの用語をひとつひとつ洗い
出して日本で入手可能なアラビア語の入門書に登場するいわゆる文法用語と比較してみたい気持ちがありますが、それぞれの用語の定義の範囲が異なる場合もあ
るようにも思えるので、調べて記述していくのは難しそうに思えます。
詩の言葉をよく見ていくと、アリフ ا の上のハムザ ء が省略されているもの、否定や関係代名詞(と仮に名付けます) ما の後のアリフ ا が省略されているもの、バイトの最後に来るター・マルブータ ة がハー ه
になっているものなど、さまざまなアラビア語の単語の変形がみられます。これは言語学としての定義を実例で示すために書かれたものなのでしょうか、それとも、詩
の音韻に合わせるために字形や音を変えて調子が合うようにしたものなのでしょうか。また、この省略なり置き換えなりは特に意識的な不具合なく行われる慣例と
なっているのでしょうか、それともこの文法詩、アルフィーヤのみに見られる言葉遣い、用法なのでしょうか。例として挙げたター・マルブータ ة については、通常、アラビア語をアルファベットに翻字するときには、語尾に"tun"ではなく"h"と書くことが多いのです。しかしながら、私はアルフィーヤで初めて、翻字する前のアラビア語そのものの文字の連なりの言葉の中にハー ه
を持ってきた例を見ました。アラビア文字で書かれた他の文章では今まで見かけたことがなかったのです。この言葉遣いは、13世紀のアラビア語
の用法なのでしょうか?新聞が普及する以前の時代のアラビア語には、特に単語の並べ方について、現在のアラビア語の新聞に見られる英語に似通った構文には使われない並べ方がよく見
られます。アルフィーヤを暗唱する際に自然とこうした省略用法や言葉の使い方も覚えるものなのでしょうか。そしてそれは詩に特徴的な言葉遣いなのでしょう
か、それとも、散文でもこのような文体を使うようになるための基礎的、規範的な部分としての言語学をこの詩は含むものなのでしょうか。
アラビア語の詩で韻を踏む際には、十六種類の韻律があるといわれています。アルフィーヤに使われているラジャズ調はその一つ、「猛る海」の韻律です。詩の韻律の中では、タウィール調「長き
海」の韻律が最初に解説されることが多く、またタウィール調は比較的楽に韻を当てはめて理解できるものですが、それに対して比較的珍しいラジャズ調の詩の音韻には、どのような特徴がみられるので
しょうか。そしてさらに、イブン・マーリクは彼の時代までに考察されたアラビア語の言語学の成果を詩の形にまとめて著すために、どうしてラジャズ調をその文法詩の韻
律に選び、韻を踏んで詩を作っていったのでしょうか。疑問は尽きません。
2008.9.25
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