● 【光和堂HP】漢方から観るハーブ・スパイスの生理活性
http://www2r.biglobe.ne.jp/~kowado/v2/herb.htm  堀口和彦、他3名と共著  月刊フードケミカル、1994.12、P63-70  特集2 ハーブ・スパイスの機能性
 通常ハーブ・スパイスとして店頭で販売されているものでも漢方と共通するもの がある。単なる調味料や香辛料としてではなく、健康法としての利用も考えられ、 その効果は組み合わせによって増強可能である。 --------------------------------------------------------------- 目次  ◆ 総 論  ◆ 1.シナモン(カシア,ニッキ)  ◆ 2.シ ソ  ◆ 3.ガーリック  ◆ 4.ファガラ(ジャバニーズ・ペッバー)  ◆ 5.マスタード  ◆ 6.クローブ  ◆ 7.ナツメグ  ◆ 8.ジンジャー  ◆ 9.フェンネル  ◆ 10.スターアニス  ◆ 11.ペパーミント  ◆ まとめ    ☆      ☆      ☆ 古尾谷不ニ*,堀口和彦**,小松 一**,根本幸夫** Fuji Furuoya, Kazuhiko Horiguchi, Hajime Komatsu, Yukio Nemoto              *フジ・フード研究所 **総合漢方研究会

総 論
 人類がハーブ・スパイスを使用した歴史は古く,5万年以上前にさかのぽる原始 狩猟時代といわれる。狩猟時代には,食糧としての獣肉の腐敗臭のマスキングや保 存のためにハーブ・スパイスが利用されていたと考えられる。また,古代オリエン ト時代より,芳香性植物やその精油成分は薬用として用いられてきた。  中国では,後漢(22〜250年)の時代に,中国最古の薬物書『神農本草経』が成 立した。それには365種の薬物が記載されており,使用目的に応じて上品薬・中品薬 ・下品薬の3種類に分類されている。この中にもすでに,いくっかのハーブ・スパ イスが登場している。このうち上品薬は120種で,長年にわたって服用しても害が なく,不老長寿,元気増進を日的とするものが中心となっている。その中には,桂 皮(シナモン)や陳皮(ミカンの皮)が収載されている。中品薬は無毒と有害のも のがあり,病気予防や体力回復を目的とするもので,乾姜(ジンジャー)が取り上 げられている。そして,下品薬は多毒とし,久服してはならないとされているが, 寒熱の邪気を除き,病を癒す力を持っている。そこには山椒(ファガラ)が載って いる。  その後,多くの本草書(薬物書)が編纂され,明の時代(1578年)の『本草網目 』をもって,その集大成をなした。これには1,898種におよぶ薬物が収載されており ,各薬物の名称をはじめとして,生産地・採集法・製法・性能・効能主治・用法な どが記してある。現在でも多くの漢方家が参考にし,利用している。この中には, かなりのハープ,スパイスが収載されており,ハーブ・スパイスの漢方的用法を知 る上で最も重要な書物である。そこで,漢方における薬物の性質のとらえ方につい て述べてみる。  まず,味覚で分類する方法がある。酸っぱい,苦い,甘い,辛い,鹹いの5つに 分類する。これを五味と呼び,その5つはそれぞれ次のような作用を有している。 すなわち,酸は収斂作用,苦は消炎・結集作用,甘は補力・緩和作用,辛は発散・ 発汗作用,鹸は瀉下・軟化作用となっている。  また,性質・機能から分類すると,寒(熱症の激しいときに用いる)・熱(冷え の激しいときに用いる)・温(温めるときに用いる)・涼(清熱するときに用いる )・平(変化なく中性なもの)となる。これを五性という。  漢方では,各生薬の性質をこれらの五味・五性で表現し,複雑な生薬の機能を単 純化し,理解しやすく,使いやすくしている。この観点からすると,ハーブは一般 に涼のものが多く,スパイスは一般に辛温あるいは辛熱のものが多い。  ハーブ・スパイスの中には,医薬品として扱われているものも多い。現在,日本 ではウィキョウ(フェンネル),ガジュツ(ゼドアリー),ケイヒ(シナモン), サンショウ(ファガラ),シュクシャ(アモムム),ショウキョウ(ジンジャー) ,ソヨウ(シソ),トウガラシ(チリ),チョウジ(クローブ),トウヒ(オレン ジピール),ハッカ(ミント)など約30種のハーブ・スパイスが,その薬としての 有用性から,日本薬局方に収載されており,医薬品として,あるいは漢方薬の調剤 原料として利用されている。さて,ここでハーブ・スパイスの定義について述べる。  ハーブは一般に,芳香性で,香料・薬材・園芸材・衣料材・染料材などに利用さ れている植物を総称していう。スパイスは,一般に芳香性刺激性で,調味料として 賦香作用・呈味作用・着色作用・矯臭または脱臭作用などを持った植物を総称して いう。これらハーブ・スパイスは,一概にハーブ,スパイスとわりきれるものでは なく,その両面で利用されているものもある。またミックススパイスや七味とうが らし,カレー粉などは数種類混合して,その味や香りを引き出すようにしたもので ある。一方,漢方では,薬効のある植物・動物・鉱物を総称して漢方薬と呼ぶ。そ れゆえ,薬効のあるハーブ・スパイスは,漢方薬としても利用される。  漢方での生薬の使い方は,具体的な病状の需要に基づいて,用薬の法則にしたが い,薬物を慎重に選び組み合わせて用い,薬物の効能を十分に発揮させ,期待通り の治療効果を得るわけである。これを薬物の協力作用という。  古人は,長期にわたる臨床医療を通して,選薬配合に関するきわめて豊富な経験 をつみ重ねてきた結果,その配合による規則性をも見い出している。「用薬の妙は 加減にしくはなく,用薬の難もまた加減にしくはなし」というように,用いる薬物 を加減することの難かしさは,とりわけ配合する薬物の選択にある。よい処方とい うものは,単に薬効が強いというだけではなく,病状によく適し,厳粛な配合の法 則にのっとり,運用の主次をはっきりさせたものである。  例えぱ,後漢の時代に張仲景によって書かれた『傷寒論』中,まず最初に登場す る桂枝湯は,桂枝(シナモン)を筆頭に,生姜(ジンジャー),大棗(ジュジュべ) ,甘草(天然甘味料),芍薬(薬用部分は根)の5種類が配合された処方である。 このうち,薬といえるのは芍薬くらいのもので,あとはすべてスパイス・ハーブ・ 食材として用いられているものばかりである。さらに,この桂枝湯のシナモンを増 量すると,桂枝加桂湯といい,奔豚病(発作性の神経性心悸亢進や下腹から気の衝 き上がってくる神経症の激しいもの)に用いられるし,芍薬を増量すると,桂枝加 芍薬湯といい,腹筋が拘攣して腹痛する者に用いられる。トリカブトの根を加える と鎮痛作用によるリウマチ・神経痛に応用される桂枝加附子湯になるし,牡蛎の殻 を加えると精神的過労や不眠などに用いられる桂枝加竜骨牡蛎湯という処方ができ る。  また,めまい,難聴,飛蚊症などに使われる苓桂朮甘湯という処方では,その中 の桂枝一味を乾姜(生姜を乾燥させたもの)にかえただけで,その方意は大きく変 化し,腰から下の冷え,腰痛,夜尿症などに用いられる苓姜朮甘湯という処方にな る。このように漢方では,配合する薬物の選択によって,薬能を転換したり,薬効 を増強したりして各生薬のもつ働きを存分に発揮している。  そこで,今回よく使われるスパイス・ハ一ブを調味料・香辛料としてではなく, 漢方の立場から,その薬効,配合などについて紹介する。 1.シナモン(カシア,ニッキ)  シナモンは,クスノキ科のシナニッケイ(Cin-namomum cassia)の樹皮を乾燥し たもので,総論でも触れたように漠方薬にとっては欠くことのできない重要なスパ イスである。  漢方では,「桂皮」あるいは「桂枝」といい,現在日本市場では中国南部産の広 南桂皮,ベトナム産のべトナム桂皮,セイロン産のセイロン桂皮などが主流である。  この桂皮は,スパイスとしては品質・品種・産地などは区別せずに用いられてい る場合が多いが,漢方では,「桂枝」「肉桂」「玉桂」といって用途に応じて区別 して用いる。桂枝は発汗・解熱といった発表作用に優れているため,風邪の初期に 応用される桂枝湯などに用いる。肉桂は,肉厚の桂皮で,強壮作用に優れているた め,腎を補う目的で用いる。すなわち八味丸などは,桂枝よりも肉桂を使う方がよ り効果的である。玉桂は,特に品質の優れた最上級品で,強心剤として用いる。 〔成分〕 精油1〜3.5%を含み,主成分は,cin-namaldehyde(75〜90%),cinnamyl acetate などである。 〔効能と応用〕  (1)発表作用……風邪の初期には,熱いくず湯にシナモン末を入れて飲むとよい。 ジンジャーを加えると発汗作用がさらに増強されて,より効果的である。  (2)鎮静作用……精神的疲労やのぼせなどには,シナモンティーやシナモンコー ヒーとして用いるとよい。  (3)健胃作用……シナモンの煎じ汁を食間に温服すると食欲不振にもよい。 〔処方例〕 桂枝湯に葛根と麻黄を加えた葛根湯は,傷寒論に,「太陽病,項背強 ばること几几,汗無く,悪風するは葛根湯之を主る」とあり,風邪の初期で頭痛, 発熱,肩こりなどのあるものに応用される。この処方中の桂枝は,麻黄と組んで発 表作用をあらわす。  その他,桂枝茯苓丸,桂枝加竜骨牡蛎湯,桂枝加附子湯,桂枝加黄耆湯,桂枝人 参湯,小建中湯,五苓散,苓桂朮甘湯,麻黄湯,小青竜湯,大青竜湯,柴胡桂枝湯, 柴胡桂枝乾姜湯などの処方に配合されている。 2. シ ソ  シソは和名を紫蘇といい中国南部原産の一年草で,シソ科のチリメンジソ (Perilla frutescens)の種子を乾燥したものを「蘇子」と呼び,葉を乾燥させた ものを「蘇葉」,茎を「蘇梗」といい,宋代}こはそれぞれを使い分けている。 『本草網目』には,「蘇の字は禾に従う。音はsuで舒暢(のびのびする)の意味で ある。蘇は性が舒暢で,気を行らし,血を和するものだから蘇というのだ」とある。 〔成分〕 種子に脂肪油を含み,その主成分はlinolenic acidである。また全草に 精油0.5〜1%を含み,その主成分は,特有香気の(−)−perill-aldehyde(55%) ,(+)−limonene(20〜30%),紫紅色色素のcyaninなどである。 〔効能と応用〕  (1)発表解熱作用……乾姜と配合して,感冒による悪寒,発熱など治す。  (2)鎮吐・鎮静作用……霍香と配合すれぱ,感冒,妊娠,牌胃の機能低下による 悪心,嘔吐を治す。また,神経症には百合根を配合すると,より一層効果的である。  (3)解毒作用……蘇葉を単味で用いたり,生姜を配合して,魚貝類の中毒による 嘔吐,下痢,腹痛などを治す。刺身にオオバが添えられているのは,ただの色どり ではなく,このように意味のあることなのである。 〔処方例〕 『金匱要略』に,「婦人咽中灸臠有るが如きは,半夏厚朴湯之を主る 」とある。この処方は気剤といって,気分のふさがっているのを開くものである。 のどに異物感のある者や神経質な者,緊張による咳,血の道症などに応用される。 よく演奏会で,楽章と楽章の問でゴホゴホと咳をする人がいるが,このような人は ,本方証であることが多い。本方中の蘇葉は,厚朴や生姜と協力して気を開くもの である。  香蘇散は『和剤局方』に,「四時の瘟疫傷寒を治す」とあり,胃腸の弱い,みぞ おちの痞えがちな,気の滞りのある人の感冒に用いられる。また,ノイローゼに対 する安定剤として用いられる。 3. ガーリック  ガーリックは,ユリ科のニンニク(Allium sativum)の球根で,主に暖かい国 の畑で栽培される多年草で,臭気強烈である。地下に大きな鱗茎を有し,これを 「大蒜」と称して薬用にする。  ガーリックは,洋の東西を問わず,あまりにも古くから使われ,栽培されていた ので,原産地の特定は困難であるが,中央アジアから西アジアにかけてであろうと 考えられている。同じユリ科植物のオニオン(たまねぎ)と共に,西洋料理に限ら ず,種々の料理には不可欠のスパイスとなっている。 〔成分〕 精油約1%を含み,その主成分はalliinおよびdiallyl disulfideであ る。alliinは無臭無刺激性物質であるが,allinaseによって刺激性の強い臭気を もallicinを生成する。 〔効能と応用〕  (1)強精・強壮作用……エジプトのピラミッド建設で酷使された奴隷には,ガー リックが食料として与えられ,スタミナ源となっていた。  (2)殺菌・殺虫作用……外用剤として細菌性のイボに貼るとよく効くし,魔よけ として家の軒先にガーリックをつるしておくという習慣やドラキュラがきらいとい うのも,細菌が発見される前の人々の知恵であったのであろう。  (3)脱臭・解毒作用……『金匱要略』に,「山椒のロの開かないものは,毒が有 るので,誤って食べると咽喉を刺激し,気絶しそうになったり,吐き下したり,体 がしびれたりする。その時にはニンニクを食べるか,肉桂の煎じ汁をのむとよい」 とある。  (4)腫蕩に有効……雍や疔のような大きい腫物のみならず,いろいろの結毒,無 名の頑腫、悪性腫瘍には,ニンニクを細かくすって,軽く汁をしぼり,竹筒の中に つめて,艾をその上にのせて火をつける「ニンニク灸」を用いて奇効が得られるこ とがある。 4.ファガラ(ジャバニーズ・ペッバー)  ファガラはミカン科のサンショウ(Zanthoxylum piperitum)の果実で,人家の 庭にもよく植えられているので,比較的なじみの深いスパイスのひとつである。  わが国では,土用の丑の日に,うなぎを食べる習慣があるが,山椒の粉をふりか けたあつあつの蒲焼は,まさに夏季におげる食味の王者である。また,冷ややっこ などにはよく山椒の葉が添えられ,風味を引き出している。  さて,山椒には種類が多いけれども漢方では「蜀椒」を用いる。これは蜀州産の 上品の山椒のことである。日本では,但馬の朝倉山椒を良品としている。 〔成分〕 2〜4%の芳香性の精油を含み,その主成分は,(±)−limonene(54%) ,citronellal(8%)などであり,辛味成分としてsanshoolやsanshoamideを含む。 〔効能と応用〕  (1)健胃整腸作用  (2)解毒殺中作用  (3)利尿作用などがある。 『古方薬品考』には,「蜀椒は中(脾胃)を温め,克く就虫を征す」とあり,『神 農本草経』には,「蜀椒は味辛温,邪気咳逆を主り,中を温め,骨節・皮膚・死肌 ・寒湿痺痛を逐い,気を下す」とある。正月にのむ「お屠蘇」の中にも山椒が入っ ており,一年の邪気払い,延命効果があるといわれている。また,七味とうがらし にも配合されている。 〔処方例〕 大建中湯は『金匱要略』に,「心胸中大いに寒え痛み,嘔して飲食す ること能はず,腹中寒え,上衝して皮起こり,出で見るれぱ,頭足有り,上下痛み て触れ近づくべからざるは,大建中湯之を主る」とあり,要するに,お腹が冷えて 痛み,外から腸のぜん動運動が分かり,痛くてさわることもできないものに用いる 。すなわち,腸捻転,胃下垂,胃アトニー,急性虫垂炎,腎臓結石,胆石症,膵炎 などに応用される。  この処方中の蜀椒は乾姜と組んで,弛緩した組織に活力を与え,これを緊張させ る効果があり,腸の寒えを温めて,停滞している気(ガス)をめぐらす。  その他,蜀椒は解急蜀椒湯,白朮散,巳椒歴黄丸,烏頭赤石脂丸などにも配合さ れている。 5. マスタード  マスタードは春から初夏にかけて黄色い花をつけ,夏から秋に小さな種子をつけ る。これが香辛料となる。  ヨーロッパではマスタードをホワイトマスタードとブラックマスタードという風 に大きく二つに区別している。前者は中央アジア〜ヨーロッパ原産のアブラナ科の シロガラシ(Brassica hirta)の種子で,調理用としてドレッシング,マヨネーズ ,からしあえなどに用いられているものである。漢方薬でいう白芥子である。後者 は西アジア〜南ヨーロッパ原産のクロガラシ(B. nigra)の種子で,ステーキ,ハ ンバーグ,とんかつなどの薬味として用いられている。  日本で使うねりがらしは,これらと似た植物であるカラシナ(B. juncea)であり ,漢方薬では芥子と呼んでいる。 〔成分〕 B. junceaは,配糖体sinigrinを含み,加水分解によって生じるallyl isothiocyanateが刺激成分である。B. hirtaは,配糖体sinalbin(2.5〜5%)を 含有する。 〔効能と応用〕  (1)緩下作用……便秘にはマスタードの種子を約1g食前に服用するとよい。  (2)消炎鎮痛作用……うがい薬として扇桃腺炎やロ内炎に用いる。また,ブラッ クマスタードはホワイトマスタードよりも辛く,温める作用もより強いので,神経 痛,リウマチなどに貼布外用剤として用いられる。  (3)利気除痰作用……蘇子と配合すると,気を通利し,痰飲を除き,喘咳を止め る作用がある。 〔処方例〕 控涎丹(姑洗丸)は,『三因方』に,「人が忽ち患って胸背・手脚・ 頚項・腰胯隠痛してがまんできない,筋骨に連なってひきつる,じっと坐ったり横 になったりもできないなどの症状に用いて,其の効きめは神のようだ」とある。ま た,尾台榕堂は『類聚方広義』で,この丸剤を麻杏甘石湯,枳実薤白桂枝湯,括婁 薤白白酒湯に兼用している。  清湿化痰湯は『寿世保元』に「湿痰経絡に流注して関節利せず,遍身四肢骨節走 注疼痛,胸背牽引,四肢麻痺不仁,背心一点水冷の如く脉沈滑の者を治す」とあり ,肋間神経痛,筋肉リウマチ,リンパ腺腫,肩こりなどに応用される。 6.クローブ  「スパイスの王様」といわれるクローブは,漢方では丁子または丁香といい,フ トモモ科のチョウジノキ(Syzygium aromaticam)の花雷を,白い花の咲く前に採 取して乾燥させたもので,インドネシアのモルッカ諸島原産である。  アラビアでは眉薬,中世ヨーロッパでは防腐剤や万能の妙薬として,中国では後 漢の時代に宦官の口臭消しなどとして用いられていた。  日本には正倉院に丁香の実物が残っているので,その渡来は古い。 〔成分〕 精油(丁字油)15〜20%を含み,主成分 はeugenol(80〜95%),eugenol acetate(2〜3%),chavicolなどである。 〔効能と応用〕  (1)芳香性健胃薬として,0.3〜0.5g/dayを煎剤として用いる。  (2)性は温,味は辛で,脾胃を温め運化機能を活発にし,散寒して止痛する働き がある。薬膳でも胃をあたためるのに用いられる。  (3)丁子をそのまま1個口の中に含むと口臭止め,歯痛止めになる。  (4)柿のへたと合わせてしゃっくりを止める。  (5)解毒作用……カニの中毒にはクローブを煎じてのむとよい。 〔処方例〕 柿蔕湯は『済生方』に「歳逆を治す」とあり,胃寒による吃逆(しゃ っくり)の治剤である。『寿世保元』の丁香柿蔕湯はより虚寒の者に用いる。女神 散は,『勿誤薬室方函』に,「血症,上衝,眩暈するを治す。及び産前産後通治の 剤なり」とあり,気をめぐらし,気を降し、鬱を散じ,血熱をさますので,更年期 における精神安定剤の役目を果たし,主として血の道症,更年期障害,産前産後の 諸神経症によく用いられる。この処方中の丁香は桂枝と組んでよく気をめぐらし上 衝を治す。 7.ナツメグ  ナツメグは,ニクズク科のニクズク(Myristica fragrans)の種子で,クローブが スパイスの王様であるならば,こちらは「スパイスの女王」と呼ばれ古くから香辛 料として用いられてきている。  ナツメグの生育地は,熱帯地方の比較的雨の多いところ,インドネシアや西イン ド諸島などである。この樹は大変に成長が遅く,雌雄異体の植物であるため,ナツ メグの実は雌株にしかできない。この実は球形で,ちょうどジャガイモを黒くした ようなもので,これを割ると殻が出てくる。この殻の種皮がメース(肉豆冠花)で 残った肉の部分がナツメグである。肉豆冠という名は,この殻を去った肉の部分を 用い,豆冠に似ているところからつけられている。ナツメグはアラビア系の民族が 1世紀ごろから使いはじめ,宋代に中国に渡り,漢方薬としても利用されてきた。 〔成分〕 精油を5〜15%有し,脂肪を25〜35%含む。精油中にはd-camphene(60〜80% ),d-pinene(8%),geraniol,myristicinなどを含む。また脂肪油は主として trimyristin からなる。 〔薬理作用〕 精油は芳香に刺激性を有し,殺虫作用がある。また myristicin は 香料として重要な成分であるが,多量に与えると有毒となり痙攣をおこすことが報 告されている。 〔効能と応用〕 脾胃を温め,食物を消化し,冷えによる腹部の張り痛みを止める 。また,酒毒や小児の吐乳を治す。主治症として,消化不良,食欲不振,嘔吐,下 痢,腹痛などがあげられる。 〔処方例〕 この肉豆冠に肥棗(ナッメの実)と補骨脂(オランダビユの成熟種子 )を配合した二神丸という処方がある。補骨脂は腎の機能を補い,肉豆冠は棗とと もに脾の機能を補う。冷えや過労によって消化機能,排泄機能が失調し下痢を起こ したときなどに用いられる。 8.ジンジャー  ジンジャーは和漢薬名を生姜,乾姜といい,ショウガ科ショウガ(Zingiber officinale)の根茎である。熱帯アジァが原産であるといわれ,現在では世界各地 で栽培されている。日本の古典によると,ショウガはハジカミという古名で呼ばれ ていたが,これは山椒(サンショウ)を指している場合が多く,特にショウガとい う場合には,これと区別してクレハジカミ,アナハジカミ,ツチハジカミと呼んで いた。のちにショウガと呼ぱれるようになったのは,ショウガと類似したミョウガ と対比するためで,ミョウガを女香(めか),ショウガを兄香(せか)といってお り,その音がなまってミョウガとショウガになったものといわれている。  ショウガは薬用,食用として昔から中国や日本で用いられてきた。今でも寿司屋 のガリ(ショウガの酢漬け)をはじめショウガ漬け,ショウガ糖,ショウガミソな どがある。そのほか,かぜにはショウガ湯,ショウガ酒といった昔からの知恵も民 間に伝えられている。  漢方ではショウガは生姜,乾生姜,乾姜に区別され使い分けている。生姜は生の ヒネショウガのことで,乾生姜は天日で晒し干したもので,乾姜は加熱してから乾 燥したものである。これらはショウガとして共通の効用を持つが,生姜は特に嘔き 気を止める点に優れ,乾姜は温める作用に優れている。実際,漢方の調剤・製剤で は,生のヒネショウガは,保存に適さないので,乾生姜を生姜として用いているこ とが多い。日本薬局方でも,乾生姜を生姜としている。 〔成分〕 辛味成分(0.6〜1.0%)中に6-gingerolを主成分として,shogaolなどを 含む。精油成分(0.25〜3%)中には,zingibereneを主成分としてbisabolene, α-pineneなどのテルペノイドを含む。 〔薬理〕 イヌの硫酸銅による嘔吐を抑制(水浸液),ウサギの胃の緊張低下とぜ ん動運動の抑制(95%エタノールエキス),モルモット摘出回腸で収縮,抗ヒスタミ ン作用(エタノールエキス),鎮静,鎮痛,胃運動抑制,プロスタグランジン生合 成阻害作用(6-gingerol),鎮咳,小腸内輸送促進作用(6-shogaol)。 〔効能と応用〕 風寒湿邪を去り,嘔吐を止め,痰を去り,胃の気を開き消化吸収 をさかんにする。主治症としては(1)風邪による悪寒・発熱・咳痰,(2)乾嘔・嘔吐 ,(3)腹痛・下痢,(4)食欲不振・食中毒などがある。乾姜は,温める作用が強くな り,生姜の効用のほかに(5)腰足の冷え痛み(6)冷えによる小便多きを治す。  その他:眼病・痔病を患っている人やできもののできやすい人は,ひかえるか多 食をつつしむべきである。 〔処方例〕 生姜(ジンジャー)の嘔き気を止める作用を利用した処方に小半夏湯 がある。これは半夏(カラスビジャクの塊茎)との組み合わせによってその作用を 増強したものであり,この組み合わせは半夏厚朴湯,小柴胡湯にも応用されている 。また風邪薬として有名な葛根湯では,葛根(クズの根)や麻黄(エフェドリンの 原料)などと協力して,風邪初期の悪寒・発熱・クシャミ・鼻水・咳などの諸症状 を緩和する。そして,温める作用が強い乾姜を利用した処方に苓姜尤甘湯がある。 冷えによる膀胱炎や腰痛・神経痛などによく使われ,腰より下が冷えて小便が出に くかったり,逆に頻尿だったりする人に用いる。乾姜は小青龍湯にも配合されてい る。この場合は,温める作用と風邪の諸症状を和らげる作用,特に鎮咳作用を発揮 している。また,止瀉作用を利用した処方に人参湯がある。乾姜と人参(朝鮮人参 )の組み合わせにより,冷えによる下痢,腹痛を治す。 9. フェンネル  フェンネルは漢方では茴香といい,セリ科のウイキョウ(Foeniculum vulgare) の果実で,ハーブ・スパイスの代表格として多くの人々に親しまれでいる。フェン ネルの原産地は地中海沿岸で,今では広く栽培され世界各地でみることができる。 日本にも江戸時代の末期に渡来した。その当時は薬用として栽培されていたが,現 在では大部分がスパイスとして栽培されている。フェンネルは「魚のハーブ」と呼 ばれるほど魚料理には欠かせないスパイスで,その他パン,菓子,スープ,肉料理 などいろいろな料理に使われている。  中国・日本では茴香を古くは懐香と書き,衿や社の中に懐て阻しゃくする風習か らその名ができたといわれている。一種の香水あるいは体臭・ロ臭の除去剤として 使われていたようだ。 〔成分〕 精油を3〜8%有す。その精油をウイキョウ油と称する。ウイキョウ油中 ,anethole(50〜85%),estragole(約3%),anisaldehydeなどを含む。 〔薬理作用〕 精油にウサギで胃運動冗進作用,モルモット摘出回腸で鎮痙作用が ある。また,主成分anetholeにヒスタミン様作用があることが報告されている。 〔効能と応用〕 胃を温め寒を散じて痛みを去り,胃を和して食欲を増す。腎・膀 胱を温め,冷えによる腰痛,下腹部痛を治す。主治症として,(1)胃痛,(2)嘔吐, (3)食欲不振,(4)腰痛,(5)下腹部の刺し込むような痛み,(6)小便不通などがあげ られる。 〔処方例〕 有名な処方として安中散があげられる。現在,漢方胃腸薬と称して市 販されている大部分のものが,この安中散を基本に処方を構成している。やや虚弱 な体質で慢性的に経過した胃痛,および痙攣性の疼痛に用いられる。胃潰瘍,十二 指腸潰瘍,慢性胃炎,胃酸過多症などに有効である。茴香は桂枝と延胡索(ケシ科 植物の根茎)と協力して鎮痛鎮痙作用を発揮している。また,縮砂(アモムム)と 良姜(ミョウガの仲間)と共に胃を温め消化機能を高め食欲を増進させる働きを演 じている。  江戸末期から明治にかけて活躍した名医浅田宗伯は,五苓散(水の代謝を促進さ せる処方)にこのフェンネルを加えて,長年患っていた腰痛をみごとに治したと伝 えられている。 10.スターアニス  スターアニスは,八角(ハッカク)または大茴香(オオウイキョウ)といいモク レン科のIllicium verumの果実である。星のように四方に8つの突起があり,アニ スに似た甘い香りを持つことからその名がある。その姿や形は茴香とは似ていない が,薬としての性質がよく似ているのでこの名がある。  原産地は中国南部からべトナムにかけての地域で,広東省や雲南省などから出荷 されている。日本では,古来,香をたく優雅な風習があり,戦場に出陣していく武 将の兜にも香をたき込めたといわれ,このスターアニスの樹皮もその香の中に配合 されていたようだ。 〔成分〕 精油約5%(ウィキョウ油) 中にanethole(80〜90%),methylchavicol ,anisaldehydeなどを含有する。  日本薬局方では,フェンネルから得られるウイキョウ油と区別せず,この精油を ウイキョウ油として収載している。実際どちらのウィキョウ油も矯味,芳香,健胃 ,anethole製造原料の目的で用いられる。 〔薬理〕 グラム陽性菌(黄色ブドウ球菌,肺炎球菌),グラム陰性菌(枯草菌, 大腸菌)の生育抑制作用,真菌の抑制作用,その他局所刺激,延髄中枢興奮作用。 〔効能と応用〕 茴香と同様に用いる。ただし,茴香よりあたためる作用が強い。 また,多食すると目を傷め瘡を発すると言われている。 〔処方例〕 茴香の代用になることが多いが,恩仙散という処方では,この八角を 利用している。八角の他に杜仲(トチュウ)と木香(サウスレア,薫香原料)が配 合されており,刺すように痛む腰痛に利用されている。 11.ペバーミント  ぺパーミントは薄荷(ハッカ)といい,シソ科のMentha arvensis,あるいは M.piperitaの地上部(葉茎)で,現在西洋だけでなく世界のいたるところで野生し ,また栽培されている。実は,このミントは古くから中国および日本で薬として利 用されていた。その用法が17世紀にイギリスに伝わり,その後薬としての使用が 西洋に広まっていったと言われている。その使い方も幅広く,薬としての利用から ,ハーブティー,入浴剤,食事の添え物,殺菌剤などが上げられる。 〔成分〕 精油約1%を有し,その主成分は,l-menthol(70〜90%)で,次いで l-menthone(約10%)その他,pinene,camphene,l-limoneneなどのテルペノイドを 含む。 〔薬理〕 精油はカエルおよびウサギに対して中枢抑制作用があり,カエルの心筋 をマヒし,血管を拡張し,ウサギ摘出腸管抑制作用を示す。また,l-mentholには 利胆作用が報告されている。 〔効能と応用〕 汗を発し,風熱の邪を去り,頭痛,眼目,咽喉,口歯の諸病を治 す。また小児の驚狂・壮熱や皮膚病あるいは関節炎痛にも用いる。 〔処方例〕 代表的処方に銀翹散,加味逍遥散がある。銀翹散には,このミントの 他に金銀花(ニンドウの花)や竹葉(竹の葉)などが配合されており,主に咽のは れ・痛みや扇桃腺炎あるいは風邪による咽痛などに用いる。風邪に用いるときは, 悪寒はないが熱感があり,鼻や口中,口唇などが乾燥していることを目標にする。 この処方では,ミントは咽にこもった熱を発散させる役目をしている。  一方,加味逍遥散は更年期障害や神経症に用いる処方で女性によく用いられる。 全身の血行が悪いこと,手足や顔がほてることなどを目標にする。この処方では, ミントはほてりを取り,気分を引きしめる働きをしている。 まとめ  このように,通常ハ−ブ・スパイスとして店頭で販売されているものでも漢方と 共通するものがある。ここに挙げたもののほか,スーマック(漆),セサミ(胡麻) ,ゼドアリー(莪述),ターメリック(鬱金),ポピー(けし),ポメグラネート (ザクロ),ペッペー(胡椒)なども漢方で使われるハーブ・スパイスである。  これらは,単なる調味料や香辛料としてではなく,健康法としての利用も考えら れ,その効果は組み合わせによって増強可能である。ここに漢方独特の用法がある 。ハーブ・スパイスを通して,東洋と西洋との使い方の違いを比較することも一つ の研究課題であろう。今後,この方面の発展が望まれる。
ふるおや・ふじ フジ・フード研究所代表、薬剤師・フードコンサルタント ○北里大学薬学部卒業後日本漢方協会にて漢方学を学ぷ。日本CIおよび森下自然 医学にて食療を研究その後,漢方薬,自然食などを置く変わった薬局を経営。現在 ,フジ・フード研究所を主宰,総合漢方研究会講師,東京薬膳研究会講師,自然食 (伝統食)普及会講師を兼任。 ○約250種の食品の効能,効果および利用法,料理を記した著書「台所漢方」, 「旬の健康法」連載,「薬膳」などを広く紹介。 ほりぐち・かずひこ 総合漢方研究会講師 1989年 東京理科大学薬学部卒業 1989年 パプア・ニューギニアにて薬草の調査研究 1991年 東京理科大学大学院薬学研究科修士課程修了 こまつ・はじめ 総合漢方研究会講師 1987年 京都薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了、大塚製薬鞄ソ島研究所 ・徳島新薬第二研究所研究員を経て現在に至る ねもと・ゆきお 総合漢方研究会会長 1969年 東京理科大学薬学部卒業 現在 東京薬膳研究会会長,南カリフォルニァ大学大学院日本校講師などを兼務 ○病気を治す食べもの百科,台所漢方,東と西の薬草療法,ニンニク健康法,アロ エバイブル等多数