静止映像(1998年)


3月2日(月)

蕭条と雨は光りぬわが明日の今日に似ざるを願ふ夕べに

靄深き夕べの雨よあるときは流星群のごとく輝け

心満ちず熱波のごとき彩りの雨かたはらを流れゆくとも

今日が明日を生むとは知れどわが道の鋭角に折るるを願はぬ夜なし

わが肉のC・P・Fe汝はいかな巡りの果てのわが肉なるぞ


2月16日(月)

公園に透明にして裸体なる冬の桜の紅きを抱きぬ

如月のしだるる桜触れてみよ肌へは祖母の死のごと冷たし

亡き人の冷たき幹の触感にわれ声もなく真理を容るる

君が肉の熱き樹液を吸はんとて冷えし肌へに指を這はしむ

冬空を貫き通す裸木の鋭き黒き生ける形よ


2月2日(月)

冬草に夕陽燃ゆるは今日のわが悲しみをただまぎらさむとや

悲しければ雷のごとく駆けゆきぬ小草の光孕める土手を

微塵ほど視線揺らぎて小石見き犬は駆けつつわれも駆けつつ

草深き古墳に立たば大き川大地にありて大地を統ぶる

その上に畑を作り墓をなし古墳を守りてわれは生くるや

いにしへの墳墓と知らで遠き日の幼なわが父野糞を垂れし


1月20日(火)

昨日嘘をつきしとふ思ひが卒として冬の雲間に我を晒しぬ

冬雲の蒼き光輝よ唐突に胃の腑に砂の擦れ合ふ音す

神々が昂然と空を翔りゆく白き炎の冬雲立たば

裸木の梢を透けし寒晴れの向こう向きたる光親しも

遠見ゆる山茶花に心騒ぎしぬ風紋渡る池の辺に立ち


1月19日(月)

松古りて切らむと祖父の言ひしとや三十回忌の今日なほ切らず

この水を祖父も飲みしや太古なる地に這ひ生きし生命も飲みしや

家裏の細き流れの淀みをり幾億年の命に倦むと

この川の水の巡りに祖父の血とその父祖の血の枯れざるを思ふ

かの山のかの稜線をとほどほのいにしへ人も懐かしみ見き

老松の黒き吐息の影にして幼な二人の戯るる見ゆ


1月15日(木)

冬の雨に悪しきならひは流さむと一途に思ふ。椿花大き

スーパーの昼の明かりの懐かしき、不意にひとつの椿花落ち

雪も雨も雲も光もわが内の一点に重き悔悟のあかし

娘の住める都会を雪は降り沈む無彩色なる静止映像

雪かすむ駅頭のあはき群像に『マッチ売りの少女』汝の影さがす


1月12日(月)

娘とあたる炬燵にドリカム聴きをれば「明日発つわ」と雨のごと言へり

降り止まぬ氷雨が新聞受けを打つ昨日のごとき今日はあらなく


1月10日(土)

不意に射す冬のルミネセンス一編のリルケの歌にはらわた痛し

麦萌ゆる田園のところどころなる水は静けし冬影深く

雲の間のぬくき光がたまり水はねゆく犬の背にとまりをり

寒き夜をふとんにもぐるわが命かく坦々と刻まれゆくや

子を寝かしふと思ふ闇の空間にわが在るを笑ふ何物かある

いつからか夢見ざる人になりにけり冬枯れを背に走るぬけ殻


1月9日(金)

祖国とふ言葉なつかしまぶたより寺山修司去りし日のごと

祖国とは住みきし国と誰か言ふ帰りえぬ国と我は思へど

わが祖国そは溢れゐる水に似て手にくめども冷たくこぼる

二十歳にて踏み別れたる道なればわがもと道は雲居の涙

うす氷踏みやぶりゆくは真白なる十歳(とお)の私のたいらかな心

鉄路ゆく野犬よ汝はたたずめる我を捨てしや悲しくはなきや

宵闇に街の灯ひとつともりたり間ををかず二つ三つともりたり

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愛媛県松山市在住 奥村清志
愛光学園勤務
メール : koko@mxw.mesh.ne.jp