寺山修司に出会う旅
2005年8月2日
 ずいぶん長く更新を休んでいました。その間、ありがたいことにアクセス数は大して減ることもなく、これではアクセスして下さる方に申し訳ないなと、いつもいつも気にかかっていました。

 更新できなかった理由はただ一つ。忙しかった、それだけです。息抜きできる夏休みに入ってからですら、補習やら、部活の生徒を全国大会(高校総合文化祭・将棋部門)に引率したりと、なかなか自由な時間がもてず、その上、この夏休みは、放送大学の夏期集中講座を受けていて、毎日4時間の受講と、そのおさらいやらレポート書きやらで、休まる暇のない忙しさです。

 かてて加えて、こちらの忙しさにお構いなしの原稿依頼が不定期とはいえちょくちょくあり、この夏休みも、昨日まで暇という暇はそれにかかり切りでした。ようやく今朝、それも仕上がり、ポストに投函し、ほっと一息ついた瞬間、今日はHPを少しでも更新しておこうという気持ちになったわけです。

 今年の高校総合文化祭の開催県は青森でした。将棋は三沢市で。三沢は私にとって初めての地です。こう言っては三沢の人に失礼ですが、私の想像を越えて小さな町でした。市として成立しうるぎりぎりの人口かな、そんな感じでした。

 基地の町です。米兵とその家族が1万人あまりいて、三沢市の人口の3分の1に当るとの話でした。

 私にとっての収穫は、寺山修司記念館を訪れることができたことです。寺山修司は、生まれは弘前ですが、三沢で多感な少年期を過ごしました。小学4年生から中学1年生の終わりくらいまでです。彼の短歌や詩には少年時代のことがずいぶん歌われています。彼にとっての少年時代は、そのままそっくり三沢時代であるわけです。

 実は私の机上の本立てには、昔からずっと一冊の寺山修司歌集が置かれています。本立ての本は、読んだらすぐ本棚に直行する本とは違い、私にとっての愛読書ばかりなのですが、中でも寺山修司は別格です。絶対に手放せないのです。

 いやな思いをしたとき、悲しくなったとき、嬉しいとき、一仕事終えてほっと一息ついたとき、つまり気持ちがふっと揺らいだり、当て処がなくなったりしたとき、必ず手にするのがその本です。独特の感性に満ちた彼の歌を読むと、不思議に気持ちが落ち着きます。いや、落ち着くというよりは、心の奥底を静かにかき回されて力が漲ってくるのです。

 私にとっての寺山修司は、大人になってからの心の故郷です。その本はもう何度読み返したかわからず、手あかで真っ黒です。

 三沢に行って寺山修司のなにがしかに出会わない手はないなと、ひそかに期待していたのですが、幸い一人になれる時間が少しでき、さっそく出かけました。500円で一日乗り放題というバス乗車券を買うと、車窓の眺めを楽しみつつ、記念館へ。

 車窓からの眺めは、ただ青々と広がる草の原。稲田とは見えない。畑だろうか、あるいは牧草地だろうか。会津の落人たちがやってきて切り拓いた斗南藩というのはこのあたりのことだろう、そんな想像をしながらバスに乗ること数十分で、寺山修司記念館に着いた。人も家も何もない草原の中、いやちょっとした小高い丘の上か。

 記念館では、彼に関する本を十数冊買う。一万数千円になった。

 「百年たったら帰っておいで、百年たったらその意味わかる」

 若い女優が力強く、早口でこのセリフを何度も繰りかえしている、迫力ある舞台の映像が、テーブルの上に映写されていた。

 記念館を出ると、裏山に登る。彼の碑がある山だ。山頂から見下ろす小川原湖のすばらしさは言葉にできない。30分ばかり、山頂のベンチで思いにふけった。その間、一人の人とて現われない。眼下に見える景色にも、人の気配は全くない。死んだように人のいない空間に呑み込まれて一人、時を過ごした。

 はるばる三沢にやって来て、寺山修司の空気を吸う、喜悦の時間であった。

暑いときには暑さを味わう
2005年8月4日
 今日あたり、暑さの極みか。こういうとき、部屋を冷房してしまっては、せっかくの季節感が台無しになる。暑いときには暑さにひたるのがよい。ぼくの長年の主義だ。

 暑気払いは自然の風。ときおり窓から吹いてくるかすかな風が、汗ばんだ膚を心地よく撫でてくれる快感はたまらない。かすかであればあるだけ、そのありがたみは大きい。遠慮がちにそっと撫でていくかすかな風の気化熱効果は、物理的数値に置きかえられない。メンタルな効果が計り知れない快感をもたらしてくれるのだから。

 人は言う。暑い中で本を読んでいても、集中できず、はかどらないでしょうと。ぼくの体験に言わせれば、これはその味を知らない人のいらざる杞憂にすぎない。「暑いときには暑さを味わう主義」を実行してみると、暑さは決して苦なものではない。いや、それ自体快感である。汗を垂らしながらも、驚くほど集中できる。人工の冷気の中にいては味わえない集中が可能になる。

 思うにこれは、エアコンが室温を一定の値に保つのに対し、自然の微風は、寄せては返す波のように、あるときは凪いで汗をにじませ、またあるときは心地よくそれを吹き払う、そのリズムにあるのではなかろうか。エアコンの効いた部屋にいたのでは、汗を吹き払われる気化熱効果の快感を味わうことはできない。肌はただ、冷気によってひたすら冷やされるだけ。体内からの自然な体温調節機能は麻痺したままとなる。

 エアコンをつけていると窓は閉め切ることになるから、酸欠に伴う集中力の低下も無視できない。

 エアコンに比べると、扇風機はよほど自然に近い。だけどこれもまた、問題は多い。いくら「微風」に設定しても、やはり風が強すぎ、首振りの周期も短すぎる。要するに、汗のにじむいとまが与えられないのだ。長時間扇風機にあたっていると、無理矢理皮膚から水分が剥ぎ取られるような痛みを感じることすらある。首振りの周期が一定なのも自然でない。本物の微風にはとても及ばないと言うべきである。

 こういうわけでぼくは、暑いときには自然にまかせる主義をとることにしている。

 同じことは寒さにも言える。8月上旬の対極に当たる2月初旬、ぼくは書斎を暖房しない。「寒いときには寒さを味わう主義」を貫くのだ。といっても、体がしびれてしまっては、さすがに頭も働かず、集中もできない。腰から下に毛布をぐるぐる巻きつける。これがよい。上半身は寒くても大丈夫。やってみると、足元から自力で温もってくる感覚がたまらない。やみつきになる快感だ。

プロ野球観戦
2005年8月7日
 昨夜、坊ちゃんスタジアムで阪神・広島戦を見る。公式戦は、僕にとって初の体験。かつて一度、オープン戦を見たことがあるにはあるが、雰囲気がまるで違っていた。選手は真剣だし、応援もすさまじい。思わず知らず、どっぷり呑み込まれていた。

 結果は阪神の圧勝。一方的な流れだが、それはそれで堪能できた。

 そういえば、東京でのNEC時代、後楽園に巨人戦を見に行きかけて、途中でやめてしまったことがある。入社した年の夏だった。会社の同僚三人と約束ができ、チケットを買い、出かければいいだけになっていた。そして実際、出かけた。

 独身寮は多磨墓地のそばにあり、いつもは会社に行くのに京王線の多磨霊園駅を使っていた。だが、たまには道を変えてみようかと、西武多摩川線の多磨墓地前駅から乗ることにした。その方が寮からも近い。中央線の武蔵境に出て乗り換えるのだ。

 こうしてその日たまたま別の経路をとったことが、偶然の呼び水になった。国木田独歩の「武蔵野」を彷彿させる緑豊かな林や田畑や小川を抜けて、武蔵境に着く。中央線に乗り換える。休日だから、それほど混んでいるわけではない。ゆったり座って外の景色を眺めていた。そのうちうとうとしてくる。やがて吉祥寺あたりだったろうか、誰かが僕の肩をとんとん叩いている。目を開けると、大学時代のサークル仲間が立っていた。「あっ」と声を出した。広い東京のこんなところでばったり出くわすとは。不思議なことがあるものだ。

 話しているうちに、野球のことなどもうどうでもよくなった。というよりも、忘れてしまった。その友人と半日過ごした。彼は電電公社(今のNTT)に勤めていた。仕事のことや趣味のこと、先々のことなど、話題は尽きなかった。

 翌日会社で「どうして来なかったの」と問いただされて、初めて野球をすっぽかしたことを思い出したのだった。

 あれ以来、プロ野球からは縁が切れていた。そして昨夜。きれいに整備された球場、プロらしいファインプレー、鋭い打球、そして応援団によるすさまじい盛り上げ。プロ野球の醍醐味を初めて味わうことになった。いいひとときをすごした。

 ちなみに、「父さんと母さんで行ったらいいよ」と娘がチケットを買ってくれなければ、今回も、プロ野球を見ることなど思いつきもしなかったと思う。

学生はいいものだ
2005年8月11日
 ここ3日間で、放送大学のレポート5科目分を仕上げた。2,3時間で簡単に仕上がったのもあれば、下調べだけで丸一日かかってしまったのもある。知らなかった知識や概念を仕入れるのは楽しいことだし、その上それを独力でやらなくても方向性を指し示してもらえるのだから、学生はありがたいものだと思う。

 久しぶりで学ぶ喜び、しかも教えてもらって学べる喜びを堪能した。

 味をしめたので、この夏だけで終わりにせず、さらに勉強を続けようかと計画している。といっても、夏休みがすめば再び日々の仕事が立ちふさがってくる。果たして実現しうるものやらどうやら、大いに疑問。

 いやいや、疑問などと言わず、せっかく湧いてきたやる気だ、生かさない手はない。

 躊躇する前に、自分で自分の背中を押してやるのだ。そう、ドボンと池に飛び込むのだ。話はそれからだ。こんどは夏休みコースなどではなく、正式な2年間コースだ。

 それにしても外は暑い。この夏は、毎日、放送大学の講義を4時間聞くというハードな日課に縛られ、日中はずっと家の中。日陰暮らしだった。

 久しぶりにがんがん照りの日盛りに出てみると、懐かしのシャバに出たという印象で、なんだか体がしゃんとする。畦道沿いの小川の水の、何と勢いよく流れていることか。野良犬がミカンの木の下に群がって寝ころんでいる。猫は塀の上。大地が彼らを養っている。

卒業生と碁を打つ
2005年8月17日
 先日、棋道部の卒業生が盆休みで松山に帰省し。家に来る。卒業後も碁を続けているそうで、なかなかの腕前に上達していた。彼の勤務先はNEC。僕の後輩に当る。

 会社のことなど、懐かしく聞く。かつてのNECとはずいぶん様変わりしたらしい。横浜事業所がなくなったというのは驚き。代わりに玉川事業所が巨大化し、横浜を呑み込んだ形になったのか。

 僕のいた府中事業所はどうやら昔のまま。府中がコンピュータ事業の拠点である点も、たぶん変わりはないのだろう。

 彼はいま、NEC囲碁部の幹事をしている。プロをはじめ、そうそうたる打ち手に教えを願うことも多いらしく、僕が相手をしていた高校時代から見ると、たしかに2,3子上達している。

 高校時代に出場した全国大会では1勝するのがやっとだったと記憶しているのだが、今回手合わせした彼の碁は、あのころのヤワさではなかった。こちらのヨミにない好手が次々に飛び出してくる。

 こちらも真剣にならざるを得ない。久しぶりに全精力を注ぎ込む碁を打った。

 まあしかし、結果は年の功。年季の違い。2局とも僕が勝つには勝った。でも、実力はまったく互角、伯仲だ。こんなに力のこもった、楽しい碁を打ったのはまったく久しぶり。


 盆が終ると秋風が立つ。夜にはもう、チロチロと秋の虫が鳴いている。声の主をさぐろうと、耳をそばだて近づくが、半月の夜とて、葉陰の彼らを突き止めるのは無理。ガリバーのように突っ立っていると、足元からチロチロ、チロチロ、相も変わらず恋の歌が澄み渡ってくる。

 昼間、あれだけかまびすしく大気を震わせていた蝉の声も、すっかり力をなくした。日差しにも心なしか生気がない。季節のページがはらっとめくれて、夏は終章に入った。

 学校の方も、そろそろ補習が始まる。あとちょうど1週間。頭を切り換えないと。

 この夏、自分の勉強はたっぷりやった。充実感はある。

書斎風景
2005年8月19日
 時々こういうことをやってみる。自分の仕事場であり、生きていることを一番強く感じる場所、そう、わが書斎を、写真に撮ってみることだ。

 いつでも同じ風景に見えて、一刻として同じ風景のない場所、それが書斎。机の上はあまりにも雑然。人が見れば何がどこにあるのやら。それがいいのだ。机の上だけじゃない。絨毯の上、棚の上、その周辺、あらゆる場所が物の積み場。これでいいのだ。

 ある日の、ある時刻。ふっと気が向いたその瞬間の自分の吐息を写しとる。とまあ、そんな気分でシャッターを切る。

 生きている証しといえば、ちょっと大げさすぎようか。でもたしかに5分前にはなかったし、5分後にもないはずの、今しかない今がここに収められている。

 壁にはカレンダー、ポスター、色紙、短冊、版画、…。酒も煙草もやらない僕は、本に厭きたとき、キーボードを叩き疲れたとき、ふっと一息入れるのは、これら壁の飾りたち。それとコーヒー。

 そうそう、昨日コーヒーメーカーの少々高級なのを買った。店員に、「これご自分の家で使われるんですか」と、わざわざ念を押された品だ。喫茶店などで営業用に使うものかもしれない。エスプレッソを作れるというのが気に入って、数日前からほしいほしいと思っていたのを、ついに買ってしまったのだ。

 おかげで持病の薬を病院にもらいに行く資金がなくなり、家内に小遣いを請求するハメに。
 

   

ヒアリング練習
2005年8月28日
 何でこんなに忙しいのだ。24日から補習が始まり、あっという間に夏休みの心地よい草原から瓦礫の底に突き落とされる。全身に激痛が走る。

 今日の日曜日は日曜日にならず。授業の準備や試験問題作り、それに種々の会議の資料作り。一日、机に向かって仕事に励む。

 本も読めない。4月から日課にしている英語のヒアリング練習(ラジオ英会話上級編のCDROM版を聞いているのです)も、このところの忙しさ故に、気分のゆとりがなく、さぼり通しだ。それにしても不思議なもの。毎日1時間(車での通勤の往復がちょうどその時間)英語を耳に入れていると、最初のうちはさっぱりだったものが、いつの間にやら聞く耳だけはできてきた感じがする。テレビのCNNやABCニュースを副音声にして聞いてみるのが楽しみになった。意外にわかるのだ。

 吹き替えなしの洋画を聞くのはまだ難しい。でもそれも、かつてのようなチンプンカンプンではなくなった。嬉しいものだ。

 と言っても、ヒアリング練習は今に始まったことではない。ここ10数年、ときどき思い立ってはやってみて、しばらく続いてはやめてしまう。そんなことを何度も繰りかえした、いわくつきのものだ。やめると耳はすぐに元に戻る。今回もどうなることやら。でも今回は、「毎日1時間」を通勤の車の中に見出したのが大きい。これなら無理なく続けることができそうだ。

 涼しくなった。今日など、夕方犬を散歩させていると、空気はもうすっかり秋だ。畦道に沿う小川の水も、夏のざわめきから、しっとりした秋のささやきに変わっている。

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