沈黙の支配




 ある時、自分の不注意から仕事上でトラブルが生じてしまい、それがきっかけとなって、心のバランスを失いそうになったことがある。

 日中は、いつものように御主人様のことを考えて、奴隷として恥かしくないように!と気持ちを支えながら、なんとか乗り越えていたが、夜一人になってみると、心が壊れてしまいそうな感覚におかしくなりそうだった。
そんな自分がすっかり嫌になってしまい、いわゆる自己嫌悪の泥沼にはまってしまったらしい。

 本音は、その場で、すぐに御主人様の元に走っていきたかった。御主人様に、今のグシャグシャな私をそのまま受け止めていただきたかった。ギュッと抱き留めて欲しかった。(・・していただくことばっかり!(^^ゞ)
でも現実問題、そんなことを深夜にできる状況でもないので、どうすることもできず、いつもの悪い癖で、自分をどんどん追い込んでしまったらしい。 もう、何がなんだかわからない状態に・・。

 御主人様には、毎晩、その日のことをメールでご報告することになっているので、いつものようにパソコンの前にすわり、とにかくキーボードを叩き始めた。まだ、強がりな一面も残っていたので、それもそのまま書いた上で、本音の部分も全て書いた。毎日ご報告しているうちに、あるがままを書くことができるようになってきたらしい。
申し上げにくい内容でも、書くことを躊躇うことが少なくなっていったので、その日も文章にならない、グシャグシャの状態をそのまま書いて送信してみた。
その全てを受け止めていただけることを、信じて・・。
ただ、その時の私は、「受け止めていただく」ことの意味を、少し取り違えていたらしい。

 こんなグシャグシャな状態の奴隷を、まさか御主人様は放っておくわけがない。何か、適切な助言かアドバイスをくださるものと勝手に思っていた。
いや、もしかしたら叱り飛ばされるかもしれない。それでもいい・・。
でもあわよくば、そっと慰めてくださるかなぁ・・などなど。

 しかし、翌日、お返事はなかった。
朝から気になり、何回もメールチェックをしていたが、とうとう深夜を過ぎても御主人様からのお返事はいただけなかった。

虚脱感でパソコンの前に、座り込んでしまった。どうしてなんだろう。
私がこんなんに苦しんでいるのに・・。なぜ、メールの一通も書いていただけなかったのだろうか・・、などなど、思いは自己中心的な方向へと走って行く。
自分自身をもてあまし、今までいただいたメールを最初から眺めていた。
読む元気はなかったので、ただ御主人様をそばに感じていたくて、眺めていたのだ。せめて行間から何か伝わってこないものかと。
気分は真っ暗状態・・。

「あぁ、助けてください・・」
「どうしたら、いいのかしら・・」
「御主人様・・」


 どのくらい時間が経っただろうか。
パソコンの電源の音しかしない部屋を、見回していた。
「御主人様が、今ここにいらっしゃったらいいのに・・」と、思った瞬間・・。

いや、ちがう・・。そうじゃない・・。
御主人様は、既にここに、いらっしゃるのではないだろうか。
現実に存在なさらなくとも、御主人様の支配は、"今この瞬間" "この空間" にも存在するのではないだろうか。
メールをいただけなかったのは、もしかして、あえてお書きにならなかったのではないか、と。

 目に見える手応えばかりを期待していた自分が、恥かしくなった。
なぜなら、現実にあるのは、そのようなことを全て包み込むほどのもっと大きな支配だったからだ。
「沈黙の支配」である。

私を無視なさったのではなく、あえて「沈黙」していらっしゃるのだ。
この「沈黙の支配」のにこめられている御主人様の思いは、いったいなんだろうか。
この状況の中から、私に何に気づけ!とおっしゃっているのだろうか。
ここに、大きな課題があったらしい。

例え、現実にご一緒できなくても、また、手応えのあるレスポンスをいただけなくとも、そこに御主人様の支配を感じるかどうか、それは私がどこまで奴隷として「服従すること」の意味を理解しているかの問題ではないか、ということに気づかせていただいたのだ。
なぜなら、御主人様の「支配」は私が意識するしないに関わらず、常に変わらずに存在しているのだから・・。


「私は御主人様の奴隷……」

そう思えることがとても嬉しかった。
それまで、冷たく沈んでいた部屋が、少しずつ明るくなるような気がした。
パソコンの向こう側ではなく、今、私のすぐ後ろに御主人様がいらっしゃるような感覚に、心がじわじわと温かくなっていった。

現実にトラブルのことを考えると、気は重かったが、御主人様の「沈黙の支配」が、こんなに近くにあることが嬉しくて仕方なかった。少なくとも、泥沼にはまったままではなく、御主人様の支配にお応えしていくべく元気になりたいと、気力もでてきた。
翌日も、背筋を伸ばして仕事にでかけられそうだ!そんな気がした。


 以来、離れている時間のほうが多い中で、だからこそついつい頼ってしまいがちなメールや電話が毎日なくても、気にならなくなっていった。
もちろん、いただけると嬉しい!ことはいうまでもないのだが・・(^^*)

 「沈黙」のレスポンスは、他でもない御主人様の「支配」のひとつ。
それに戸惑うのではなく、むしろ受け身になりがちな私がもう一歩踏み出して「服従する」ことで、御主人様の奴隷として飼っていただいていることを、自ら確認させていただける瞬間ではないだろうか。
そのような、機会をも与えてくださることに、御主人様の支配の大きさを感じないではいられない・・。
まだまだ、奥が深そうだ。


 そして、また何かが変わり始めていたらしい・・。
「ついていきたい」ではなく、「ついていかせてください」と・・。




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