あるMのタイプについて




 小さい頃から、自分の親にとって「いい子」でいたいと思う気持ちが強く、しかられるようなことなどしないお勉強のできるとても「いい子」でした。
親の愛情を確かめたくて、わざとしかられるようなことをして見たくなることもありますが、本人にとってはとても勇気のいることで、親にひどく怒られたことや叩かれたことの経験のないほうが多いのです。
親にとってはたとえいくつになっても「いい子」でいるのですが、それは本当に「いい子」なのではありません。「いい子」でいるのは自分のことを「気に入られたい」、「愛してほしい」、そして「嫌われたくない」、からなのです。
「嫌われたくない」から「いい子」でいるのです。「いい子」なのではなく、「いい子」を演じているだけなのです。

この気持ちは友達にたいしても大きな影響を与えます。
嫌われたくないから、誰にでも「いい子」だと思われたいのです。誰とでもすぐ仲良しになるし、嫌いな人はほとんどいないのです。
誰にでも好かれたいのは、誰からも嫌われたくないからなのです。
「嫌われる」のが「恐い」から、好きな人ができても、いつも不安で、寂しいのが耐えられないから、いつもかまっていてもらいたいのです。

自分が本当は「いい子」なんかじゃないことは、とっくの昔から知っています。
それを他人に知られることなどとても恐くて耐えられないのです。
「悪い子」にはなれないのもよく分かっているのです。

そして、何かを思い立つとすぐに実行に移して、みんなから行動力のある人だと思われています。
けして積極的なのではなく留まっていることが恐いのです。
ですから他人から見るとビックリするようなこともやってしまうのです。
だけど平気でしているわけではありません。本人は死ぬほど悩んでいるのですが他人にそれを知られたくないだけなのです。
しかし、それが一歩間違うと自己破壊の行動も簡単に実行してしまう危険性を持っています。
その危険を避けるために絶対的な権力で自分を管理してもらいたいという願望が無意識のうちに芽生えてくるのです。

この無意識の願望がMとして現れるのはとても自然なことです。
支配されたいのは、「ご主人様」に自分のすべてを管理してもらいたいから。
苛めてもらいたいのは、本当は自分が「いい子」ではないことを叱ってもらいたいからなのです。
それでも、寂しがり屋のかまってかまって症候群は治るわけではないし、いつか「ご主人様」に嫌われるんじゃないかと不安になるんです。

Mを被虐性欲者と言う表現だけでは括れない一例ですが、奴隷を「支配」する、ご主人様に「服従」するという意味を認識するテキストでもあります。
このようなMの持つ特有の不安定さは、自分の内面とのバランスを自分自身で取ることができないことに起因します。
「叱ってほしい」、「虐めてほしい」と願っているのは、自分のすべてを理解して管理してもらいたい、もっと単純にいえば守ってもらいたいということです。
「支配」という言葉が持つ意味を理解すれば、「服従」が何でも言うことを聞くなどという単純なことではないことが理解できるでしょう。
そして、自分のすべてを委ねることの大切さとそうすることによって得られる悦びを知ることができるのです。

ただ単にMを苛めることに快感を覚えるのなら、軽々しく「支配」という言葉を使うのはやめておいた方が良さそうです。
人を奴隷に落とし「支配」するということは、たいへんな努力と経験と資質が要求されるのです。
奴隷がご主人様にたいして愛情を持ち信頼し尊敬を抱かなくてはならないとすれば、ご主人様は奴隷がそうなれるように導くことができ、それに応えられるだけの人間性を持たなくてはならないのですから。




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