ゲーデル、ヨッシャ、バッハ

 新型コロナのため社命で在宅勤務が基本とはいえ、効率が悪いので2日に1度は普通に通勤している。しかも通勤ラッシュで有名な東西線。自分なりに、車両間の移動はせず・座らず・戸口で外に向かって立ち、手すりに触らないといった原則を通し、昼も普通に外食していて、あまりコロナの脅威は感じていない。

 それでもワクチンの順番が見えてきて、安堵感はある。ワクチンといえば、医療機関によっては配分がいい加減で、「医療関係者」を随分拡大解釈してズルして早く接種した話を聞いた。「正直者は馬鹿を見る」の典型だが、考え方によっては、ズルするようなルーズな人は、日常生活でも感染防止がいい加減だから、マジメな人よりも感染拡大の原因になりやすく、むしろ優先的にワクチン接種した方がいい。

 ワクチン接種の順番については、年寄りより行動範囲の広い若者こそ優先すべきという議論もあるが、「ズル優先論」に似たような話だ。つまるところ、一人一人の自覚の問題だろう。

 話は変わるが、バッハといえば、小学校で教わった「音楽の父」ことヨハン・セバスチャン・バッハのことだったが、最近バッハといえば、なにかと発言が物議をかもしているIOC会長のことになってしまった。

 コロナの感染状況に構わずオリンピックを開催しても安全安心だと強弁し、日本人の生命を軽視していると批判されているが、立場からすれば開催ありきなのは当然だ。

 とどのつまり、IOCは米国関係だけで1回あたり1400億円の収入をあげる国際的イベントの興行主であって、開催に躍起になるのは当然のこと。それ自体を非難するのは的外れだ。(もうちょっと言い方があるだろうというのは別といて)

 似た話があったと思ったら、東京で国際的なマジック大会があったときの思い出だ。大会には、「マジックの殿堂」として知られるアメリカのマジックキャッスルのビル・ラーセン氏が招かれていた。マジック界の名士扱いだが、高木重朗先生は(愛着も込めて)「ただのナイトクラブのオーナーに過ぎない」と評していた。自身がマジックキャッスルの特別会員で、キャッスルのレジェンドであるダイ・バーノン氏とも親交が厚かった高木氏だからこそ言えることだが、本質ではある。ラーセン氏は、マジシャンの交流や活躍の場を提供した功績は大きいが、根本は経営者であって、それ以上でもそれ以下でもない。

 そう割り切って考えれば、オリンピックがスポーツや社会に与える貢献は貢献として、興行主の言動に目くじらを立てることが見当違いだと分かる。

 それぞれの勤めを果たしているのを非難する態度は、上から目線という意味で、酒類を抑えようとして卸業者に注文を受けないようにするのと同じ所業だ。

 バッハといえば、「ゲーデル、エッシャー、バッハ」という本を思い出す(1985年白揚社刊)。700ページを超える大著で、当時正直ひるんだが、かのマーチン・ガードナー氏から「数学ゲーム」の連載を引き継いだダグラス・R・ホフスタッター氏の著書ということで飛び込んだら、クルト・ゲーデルの有名な「不完全性定理」に絡めて興味深く一気に読破した思いがある(私も若かった)。

 ワクチンに戻るが、副反応も人様々で、知人で「吐いてしまった」という話も聞いた。というわけで、(ワクチンで)ゲー出る、(それでも)「よっしゃ(大丈夫)」(と言い張る)バッハ・・・ゲーデル,ヨッシャ,バッハ。おそまつ!

(2021.7.20)


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