富岳のウソ

 今回は是非知ってもらいためセンセーショナルな表題にしたが、 決して富岳が嘘つきだという意味ではない。 富岳の結果の見方に問題があるという趣旨だ。

 シミュレーション、特に流体解析とか放射性物質の流れ方を生業にしている者として、 コロナウィルスの拡散を扱った富岳のシミュレーションが世に知られたことは、 他人の成果とはいえ頼もしかった。 「2位ではだめなのか」とケチをつけられ、 せっかくの世界最高性能も話題にならなかっただけになおさらだ。

 そういうこともあってうっかり見過ごしていたのだが、 そのシミュレーション結果の誤解を ウィルス感染症の専門家が指摘している (西村秀一氏著「もうだまされない 新型コロナの大誤解」幻冬舎刊)。 あの、毒々しく大量にバラまかれる点の一つ一つがウィルスではなく、 飛沫を表現している。 1回の咳でウィルスが含まれている飛沫は多くて10個程度に過ぎず、 しかも有害な(生きている)ウィルスは、さらにその百から千分の1だという。

 また、実生活では何らかの風もあって吹き飛ばされるので、だいぶ様相が違ってくる。

 そもそも「コンピュータによる判定」という「葵の印籠」も要注意だ。

 私は学力テストに関する「コンピュータの判定」が出始めた頃の世代だが、 コンピュータといえど「計算が早い機械」に過ぎないと知っていたから 「コンピュータによる合否予測」という言い方をうさん臭く思っていた。 集計や統計処理の手間を省くだけであって、そこからどう判断するかはつまるところ 人間次第だからだ。「コンピュータを使っています」と高らかに宣伝していると 「それはそっちの都合でしょ」と言いたくなる。

 最近では「AIによる判定」を売りにしたりしているが、 AIにどんなデータを与えてどんな勉強をさせてどんな考え方を取得させたかによって 判定結果は違ってくる。 使いこなし方を詮索されないように、物言わぬ機械に責任を押しつけているようなものだ。

 「コロナウィルスの拡散」シミュレーションにしても、 富岳は設定条件に基づいて律儀に(機械的に)計算しているのであって、 決して嘘はついていないが、 様々な設定条件を抜きにして結果を示すことは全く意味がない。 有名人の発言の一部を切り取って世間を騒がすフェイクニュースと同じである。

 富岳には、このくらい換気すれば感染リスクは気にならないほど下がるという シミュレーションをしてほしい。マスクをすればいいのだというありふれた結果しかでてこないので、 計算能力のアピールにならないからやらないのだろうとは思う。 いっそ新国立に観客を入れた1競技分のシミュレーションまで出来ればと思うが、世界最高速でもオリンピックに間に合わなかったか。

 以前、原発の地震シミュレーションを手掛けて、初期に関しては震度を上げても核反応量がびくとも変化しなかったため やったかいがなかったことを思い出した。 シミュレーションも実験の一種なのだから、地味な結果になるのが普通だ。 その後の想定外の浸水であんな惨事になったことを思うと、 やはりシミュレーションは設定条件次第だとつくづく思う。

(2021.9.24)


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