愛光学園 第1期生を迎えるにあたって (1953年)


(学園創立直後、サンチョ管区長(左端)来校)


 昭和28年2月21日は夜半より急に冷え込み、朝の3時頃より雪が降り始め、明け方から10時頃までは眼もあけられぬほどの降り方で、昼中の雪であるのに、積雪12cm以上という、松山では珍しい大雪となった。100名の募集に対して受験生は223名、学校数も60を数え、相当優秀な生徒が集まってくれたので、「我が事成れり」と喜んだ次第である。また、この大雪は、学園の運命を象徴するものとして、れれれれは深い感激をもってこれを受けとった。一点のしみもとどめぬ純白の清らかさ。この白絹の上には、どのような高い理想の構図をも描くことができるからである。この感激をもって、その日のうちに、建学の理想「われらの信条」を書き上げた。
 入学式の前日には、バラックの木造校害を校長と4人の教師、1人の事務職員、つまり専任教職員全員の6人でT寧に掃除した。教室や廊下の床はもちろん、内外のハメ板、下駄箱、便所も入念に雑巾がけをした。それは、この信条を受け容れてくれるなら、生徒は全部、徳にすぐれて、愛徳の香芳しく、知性に秀でて英智に光り輝く人物に成長するはずであり、もしそうとすれぱ、生徒は全部、日本社会の精神的王者となる筈であり、れれわれは、明日はその貴公子を迎えることになると考えたからである。たとえ建物は貧しくとも、わが学園は日本の精神的王者を育てる聖なる場所であり、かかる学園の誕生は日本歴史に記録さるぺきであり、この聖所の清掃を他人にまかせておけぬと考えたからである。

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愛媛県松山市在住 奥村清志
愛光学園勤務
メール : koko@mxw.mesh.ne.jp