神風・愛の劇場スレッド 第169話『青い蜜柑の香り』(その7)(02/20付) 書いた人:佐々木英朗さん
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From: 佐々木 英朗 <hidero@po.iijnet.or.jp>
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Subject: Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
References: <20021021173850.1b607df3.hidero@po.iijnet.or.jp>
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<20021227170142.1db6a13e.hidero@po.iijnet.or.jp>
<20030103161643.0b809aca.hidero@po.iijnet.or.jp>
<20030110171137.5a399b4b.hidero@po.iijnet.or.jp>
<20030117173829.3a42d41b.hidero@po.iijnet.or.jp>
<20030126172602.7c30eea6.hidero@po.iijnet.or.jp>
<20030207193955.4f870217.hidero@po.iijnet.or.jp>
<Yo23a.2551$WC3.310686@news7.dion.ne.jp>
Lines: 343
Message-ID: <_J25a.3308$WC3.341924@news7.dion.ne.jp>
Date: Thu, 20 Feb 2003 20:12:05 +0900

佐々木@横浜市在住です。こんにちわ。

例のやつ、第169話(その7)をお送りします。
#(その1)は<20030103161643.0b809aca.hidero@po.iijnet.or.jp>、
#(その2)は<20030110171137.5a399b4b.hidero@po.iijnet.or.jp>、
#(その3)は<20030117173829.3a42d41b.hidero@po.iijnet.or.jp>、
#(その4)は<20030126172602.7c30eea6.hidero@po.iijnet.or.jp>、
#(その5)は<20030207193955.4f870217.hidero@po.iijnet.or.jp>、
#(その6)は<Yo23a.2551$WC3.310686@news7.dion.ne.jp>です。

# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられているヨタ話です。
# 所謂サイドストーリー的な物に拒絶反応が無い方のみ以下をどうぞ。



★神風・愛の劇場 第169話 『青い蜜柑の香り』(その7)

●オルレアン

ひとしきり笑って気分が落ち着いたユキ。改めてまろんの身体を見下ろします。

「(このまま連れ去るにしても、途中で目覚めたりすると面倒だし強めに催眠暗示を
打ち込んでおくべきでしょうね)」

まろんの脇に両膝を突いて顔を覗き込むユキ。手のひらをそっと近付けてまろんの
額に乗せました。途中でその手が何かに阻まれる事はありませんでした。

「(せっかくだから良い夢をあげましょう。その為に、ちょっと覗いて…)」

ユキの脳裏に纔かな間を置いて色々なイメージが鮮烈に浮かびます。アンとの
あまりの落差にめまいを覚えるユキ。ですがそれで狼狽える様な事はありません。
まろんの頭の中を覗いた時の様な状態こそが普通の反応なのですから。種々雑多な
イメージの中からユキはまろんを深く足止めする為に必要な強い想いを探します。

「(今の一番のお相手はこの娘かしら。何度も出てくるし…そう言えば昨日の…
あの時の娘だわ)」

見付けた内容の読み取りに知らず知らず没頭してしまうユキ。まるで自分の体験の
様に現実味を帯びて感じる事が出来る為、ついつい赤面してしまったりもします。

「(お泊まりってそういう事か。あ〜あ〜、何やってるのかしら。刃物の使い方が
危なっかしいわねぇ。相手の娘に任せた方が良さそう。あら。お風呂も一緒なの?
人間ってそういうものなのかしら。何?同姓なのにしげしげ眺めて………まぁ………
なんてこと…してるのかしら…破廉恥な………あらあら、他の娘も…男性も……
あぁ、これは想像なのね………)」

手を離したユキ。上気してしまった自分に少し恥ずかしくなり、そっと胸に手を
当てて落ち着こうとします。そうしていると乱雑な印象が一つに結び付いていきます。

「(そうか…“好き”を沢山詰め込まないと寂しさに耐えられないのね)」

ふっと漏れる溜息。

「(私達はこんな少女を相手に戦っているのか…)」

座り込んで考えに耽るユキ。しばらくして後、頭を左右に振ると顔を上げます。
そして自分に言い聞かせる様にわざと声に出して言うのです。

「私は同情しに来ているのでは無いの。それに実際のところ神の御子は弱くなんか
無いのだったわ。さっさと仕事を片付けましょう。あの金色の髪の娘に相手を
させてあげましょうね」

再度、手を伸ばしかけるユキ。そこでふっと違う考えが頭をよぎります。

「良く考えるとこれは大チャンスなのでは…」

その声が自分の耳に届いて更に考えを先へと推し進めます。

「(そもそもの問題はこの女、神の御子の存在が全ての元凶。ならばいっそここで
消去してしまったら…ノイン様やフィン様はお怒りになるかしら…お怒りになる
でしょうね。でも魔王様は魂が回収出来れば何も仰有らないのでは…ミカサ様は…
ミカサ様ならきっと事を素早くおさめた事を讃めてくださるわ。そうよ)」

今まさに神の御子がユキの目の前でこれ以上無いというくらい無防備な状態を
晒していました。再びまろんの額に手を当てるユキ。

「(零距離射撃。これなら絶対に障壁に邪魔される事は無いはず。たとえ私の身体が
いくらか一緒に吹き飛んでしまっても…)」

きっとミカサが優しく介抱してくれるはず。動けない自分の為に身の回りの世話を
してくれるミカサ。食事の世話、着替え、それからそれから…等と自分の世界へ
沈みそうになる心を必死に押さえ、精神を集中させようとするユキでした。

「(攻撃準備、準備、じゅん……………………………あれ?)」

まろんの額から手を離し、手のひらをじっと見詰めるユキ。じわじわと記憶を過去に
溯って何故攻撃出来ないのかを考えます。やがて達した結論に血の気の退くユキ。

「(嫌ぁ〜ん、自分で閉塞モードに入れたんじゃない。これじゃ攻撃出来ない〜っ)」

背中に感じる固い感触にふっと目を醒ましたまろん。目を開けると天井を背景にして
ユキが頭を抱えて見悶えしています。段々と意識がはっきりしてくるに従い、まろんは
自分がリビングに寝て…寝かされて?いる事に気付きました。その脇にしゃがんで
何かの葛藤と戦っている様に見えるユキ。まろんはそれを見て思いました。思わず
押し倒してみたものの、最後の一線を越える為の心の準備が出来ないのだろうか?と。
その視線に気付いたのかユキの動きがぱったり止まり、そして顔がゆっくりとまろんの
方へと向けられます。交差する視線、まろんはつい愛想笑いを浮かべてしまいます。

「うひゃん」

踏まれた猫の様な声を上げて尻餅を突き、その格好のまま部屋の反対側まで一気に
後退るユキ。あうあうと口を動かし声にならない声を発しています。

「(ななななななんななんなんで目覚めているのよ〜)」

首をサっと巡らせアンを見るユキ。アンは変わらぬ姿勢でテーブルにくったりと
伏せています。視界の端にわずかに捉えたセルシアも相変わらず寝ころんだまま。
再びまろんに視線を戻すと丁度むっくりと上半身を起こすところでした。

「あ、あの、あのですね」

頬をうっすらと赤く染めてじっと見詰めて来るまろんに狼狽えるユキ。

「ごっ、誤解ですよ、私は別に、その、変な事は」
「…」
「お、そうそう、お湯なの、お湯が沸いている音がして、でもまろんさん戻って
来ないからどうしたのかなって覗いたら居眠りしているから横になった方が良い
かなってそれで寝室に運んであげようかと思ったんですけどいきなりよそ様の寝室に
入るのはいけないわよねって思ってそれでまた椅子って訳にもいかないから床に
とりあえず寝かせてそれからそれからどうしましょうって」

まろんは黙って聞いていましたが、にっこり微笑んで言いました。

「なんだ。ごめんなさい、私まで居眠りしちゃって」
「いいえ、いいのよ、そうそう、もう遅いんですものね、帰りますね」
「え?」

驚いて部屋の時計を見るまろん。何時の間にか午後十一時を回っていました。

「うわ、本当にごめんなさい。お客様を招いておいて熟睡しちゃうなんて」
「こちらこそ本当に気にしないで」

そう言いながらユキは上着を身に着け、アンには肩に羽織らせてからひょいと背中に
背負いました。再び驚くまろん。それを見てまろんは思います。ユキが力持ちなのか
アンが軽いのかどちらなのだろうかと。ユキはそんなまろんの思いなど知るはずも
無く、いそいそと玄関に出て靴を履き、それから少し困った顔になって言います。

「すみません、この子の履物拾ってもらえませんか?」
「あ、はいはい」

まろんはアンのスニーカーを取上げ、左右両方の紐を結んでユキの手に引っかけて
あげました。ユキは礼を言い、そして別れの挨拶をしてから帰って行ったのです。



セルシアは夢を見ていました。抱え切れない程のミカンの山に囲まれて食べ切れない
程に食べて食べて食べて、そしてミカンに埋もれて満足している夢でした。
その内に漂っていたミカンの甘酸っぱい香りが薄れ、代わりに別の香りが漂って
来ました。その香りに誘われる様に身体を起こして…

「セルシア、起きてってば」
「ほにゃ?」

目を開いて顔を声の方へと向けると少し上にまろんの顔がありました。横向きに
寝ころんでいるセルシアの脇にしゃがんで見下ろしているまろん。

「ごめんね、放ったらかしにして。ご飯食べに来たんでしょ?」
「…あぅ、そうだったんですですぅ」

思い出した途端にまた空腹感が蘇って来ました。そして夢の中で漂っていた香りが
今も鼻に届いている事にも気付きます。

「良い匂いがするですです!」
「ラーメンなんだけど、食べるかなぁ」
「食べます!」

がはっと飛び起きてセルシアはテーブルの上を見ました。どんぶりから湯気と
一緒に良い香りが立ち上っていました。

「これ、食べていいですです?」
「どうぞ」
「いただきますっ」

つるつると小気味好い音が聞こえてきます。向かいに座ったまろんは上手に箸を
使って麺を食べるセルシアを眺めました。美味しそうに食べている様子を見ていると
自分も食べたくなって来ますが、寝る前の時間だったのでぐっと我慢をしながら。



アンは夢を見ていました。正確には夢を見ている様な気分だけだったのかも
しれません。忘れてしまった遠い昔、母親の背中にしがみついているだけで全て
良かった頃の事。その背中で聞いていた歌声に、つい口をついて言葉が出ます。
ほんの微かな呟きでしたが、それはすぐそばのユキの耳にはしっかり届きました。
立ち止まり首を回せるだけまわして背後のアンの顔を見るユキ。起きたわけでは
無い事を確認すると今度はユキが呟きます。前を向いてわずかに笑みを浮かべながら。

「私は子供を産んだ事は無いわよ」

それから再び歩き出すとアンの眠りを妨げない様に小さな声で先ほどまで歌っていた
歌を歌います。何処まで歌ったかを忘れてしまったので歌の初めからもう一度。
旅の空の下で何処かの古老に教わった歌。遥かな昔には種族の歴史を伝える為の
歌であったはずのそれは老人から親へ、そして子へと歌い継がれるうちに元の意味を
失っていったのでした。そうして今はただ一言“子守歌”と、そう呼ばれています。

●桃栗町の外れ

深夜。もう寝静まっているかもしれないというユキの期待は見事に裏切られ、
リビングの窓からは煌々と灯りが漏れていました。リビングの傍を通らずに二階の
部屋へアンを戻すには等とユキが考えていると玄関が内からすっと開いてノインが
顔を出しました。

「おやおや、午前様とは」

もちろんそれは冗談なのですが、今のユキには叱責の言葉にしか聞こえません。
背筋を伸ばしつつも首だけはすくめて上目遣いにノインの顔色を伺います。
何も言わないでいるユキに代えてノインはアンの方を覗き込む様に首を伸ばします。

「楽しかった様ですね」

返事はありませんが、アンは相変わらず幸せそうな寝顔を浮かべています。
それは少なくともこちらに来てから初めてノインが見た、アンの自然な笑顔でした。

「アンを部屋へ。その後で下へ降りて来てください」
「はい…」

ユキは言われた通りにアンを二階へと連れて行き、ベッドに寝かしつけると階下で
待つノインの許へと向かいました。扉を開いたところでバツが悪そうに立ち止まる
ユキ。案の定、ノインと共に待っていたミカサに手招きされ仕方なく中へと入ります。
ですがリビングへ入っても勧められた椅子には座らずにじっと立っていました。
テーブルの上にはワイングラスが三つ。二つには赤い液体が半分程注がれていて、
ノインとミカサが酒を酌み交わしながら待っていた様子を伺わせます。もう一つの
グラスがユキに近い椅子の前に置かれ、ミカサがそれに同じ液体を注いでいます。
それを黙って見詰めるユキ。そんなユキに最初に声を掛けたのはノインでした。

「思惑通りには行かなかったのですね」
「申し訳ありません」
「一応、経過を報告してください」
「はい」

ユキはその日の出来事を全て語りました。途中、ノインから質問を受けた為に
屋敷を出る前まで溯って非常に詳細に報告するユキ。流石に神の御子の内面に
関して感じた個人的感想は省きました。語り終えた後、最後にユキは付け加えます。

「どの様な処分でもお受けする覚悟です」
「ふむ」

ノインは横目でミカサの方をちらりと盗み見ます。ミカサは特に何も言いはせず、
穏やかな表情をユキへと向けていました。ノインはやや意地悪な笑みを浮かべて
ユキに告げます。

「実を言えば失敗して良かったのですよ」
「え?」
「私としてはクィーンの指示で神の御子との会見の場を設けなければならない
のですが、拉致では神の御子もクィーンも良い顔はしないでしょうから」
「それは…」
「むしろ攻撃を“手控えた”判断は賢明でしたね」

やや皮肉を交えてはいましたが、強い叱責では無かった事でユキは少し安堵します。
そこでおずおずとミカサに申し出る事にしました。

「あの…ミカサ様」
「何だい?」
「大変恥ずかしいのですが、閉塞状態を…その、自分では解除出来ない暗示にして
しまいまして。勝手ながらミカサ様のお声が鍵に…」
「それは困ったね」

ミカサは大袈裟に顔をしかめノインの方へ視線を向けます。益々楽しそうな顔に
なってノインは頷き、そして声だけは重々しく告げました。

「ミカサ、ユキは当分そのままに」
「何故です?」
「罰として暫く“か弱い少女”として暮らしてもらいましょう」
「成程、名案ですね」
「そ、そんな、ひどいです…」

ユキは精一杯の抗議をしたい気持ちをぐっと我慢しました。何と言っても勝手な
真似をした挙げ句に失敗して帰ったのは紛れもない事実なのですから。

「ついでにアンの面倒も見てやってください。あの娘も懐いている様ですから」
「ユキ、心配しなくても私の頭脳としての働きは変わらず期待しているよ」
「ぅぅ…」

もしかしてミカサとノインは最初からこの結論を用意していたのでは無いのか?
ユキはそんな考えに思い至り、二人の顔を交互に見詰めましたがどちらの表情からも
真実は見えて来る事はありませんでした。仕方なく別の話題を口にします。

「ノイン様、ひとつ伺ってもよろしいですか?」
「何でしょう」
「何故、神の御子は途中で目覚めたのでしょうか。アンの能力は短時間で耐性が
出来る様な事は無いはずなのですが」
「恐らくですが」
「はい」
「最初から効いていなかった、という事でしょう」
「そんなはずはありません。確かに神の御子はアンに弱く掛けた“他人に警戒心を
抱かない”暗示に従って警戒する事無く私達を自宅に招きました。そうで無ければ
面識の無い私まで一緒に」
「いえ、それは神の御子、日下部まろんの普段通りの行動ですが」
「へっ?でも、アンの睡眠欲に同期して」
「それは本当の居眠りでしょう」
「でも、あの、それは…」
「成長なのかもしれません」
「?」
「神の御子は怪盗ジャンヌと名乗って人間界の警察という組織と小競り合いを
繰り返しています。彼等は良くガスの類を用いますので、そういう物に対しても
障壁が防御能力を発揮する様に適応した…ま、これは私の想像ですが」
「…」

黙って聞いていたミカサが口を開きます。

「その点に関しては私も知りたい事があるんだ、ユキ」
「はい?」
「君こそ何故アンの能力の影響を受けない?先ほどから漂いだしたこの微かな柑橘の
香り、これがアンの力の秘密なのだとノイン様に伺った。そして私は今猛烈に眠い
のだが」
「それは、慣れ…でしょうか」
「慣れ?」

何度か小さく頷いた後でノインが説明を補いました。

「ミカサ、魔界には他者を惑わす“匂い”を発する生物が多いのですよ。大抵は花で
アンの様な例は少ないですが。そして人族の集落の周りは先人の知恵で意図的に
そういった物を排除していますのでね。知らない者も多いのですが」
「そういう事でしたか。ではノイン様も影響は受けないと?」
「いや、私もまだまだの様です。今宵はこれまでにしましょう、眠くて仕方ない」

それだけ言うとノインはさっさと席を立って自分の寝室へと行ってしまいました。
その姿がリビングから消えるのを見計らって、ミカサは改めてユキに椅子を勧め
ました。今度は素直に従うユキ。そしてグラスにそっと手を伸ばします。

「私には良く判らないが、良い物なのだそうだ。頂いてみてはどうかな?」
「はい」

そっと口を近付け、香りを吸い込み、そして少し口に含んでから飲み込みます。

「美味しいです」
「そうか。栓を開けてしまったら飲み切ってしまうべきだとノイン様は仰有った。
まだ残っているので飲んでしまおう。付き合ってくれるか?」
「はい。喜んで」

罰を与えられる代わりに褒美を貰った様な気がしてしまうユキ。
そして小さな幸せに浸る夜がずっと続く様にと祈るのでした。

(第169話・完)

# 何とかなったかな。(謎 ^^;)

では、また。

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■■■■■■ 佐々木 英朗 ■■■■■■■
■■■■ hidero@po.iijnet.or.jp ■■■■
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